第一部 第二章 18~19
第一部
第二章
18
午後二時。
三校のほとんどの教師が帰ったあと、中学二年の担任で、現国を専科にしている黒滝村の山本和馬は、一学期の成績表のコピーと二学期の資料を鞄に詰め込んで三郷図書館に出向いた。出入口の大きなガラスドアは村で唯一の自動ドアなので、手がふさがっているときはきわめて便利だ。
「今年の夏休みも、今日から先生が担当するんですってね」
出入口を入ってすぐ、受付のカウンターの斜め前には自販機が設置されており、休憩用のスペースとして、テーブルをはさんで二人掛けのソファが置いてある。そのいっぽうに座っていた林田信夫が、待ちかねたように声をかけてきた。
「ええ。例年通り受験生が詰めかけるでしょうからね。それにここ一週間のうちに、小学生たちからも参考書を頼まれましたよ。すでに中学を卒業したあとの、高校に照準を絞っているんでしょう。私も映画をいくつか見繕ってきましたよ。勉強の息抜きに、ちょうどいいですからね」
「ああ。先生のDVDコレクションですか。それにしても、先生も物好きですな。せっかくの夏休みだっていうのに」
三郷図書館は、通常は教師たちが授業の合間をぬって運営し、土日祝日も交代で開けている。しかし、学期ごとの休みの期間になると、教職員もそこまで協力的にはなれない。ここができた当初は、長期休暇期間中は閉館が予定されていた。
それを和馬が、せっかくの施設を解放しないのは、生徒にとっても、村民にとっても、不利益にしかならないと学校に提起し、ひとりで引き受けることにしたのだった。受験を志す生徒にとって、また一般の住民にとっても、ここを活用しない手はない、という主張も、彼がひとりでやるぶんには、誰も異議は唱えなかった。
さらにもうひとつの理由は、校庭開放だった。三校には生徒数と教員数の問題もあって部活動がない。当然のことながら、体育祭もないし、学園祭はせいぜいグループワークの発表といった程度だ。和馬が三郷図書館の開閉時間に合わせて校庭を開放すれば、自由に、多目的に使うことができる。これも彼ひとりでやるぶんには問題なかった。
人格――その基礎となる感情や感性、感受性や価値観などは、個人の資質のみで育成されるものではない。環境、とりわけ家庭や学校によって大きく左右されるものだ。人格形成は資質、環境、努力、この三つの要素で決まるといっていい。だからこそ和馬は、家庭のみならず、学校もしっかりとした体制で臨むべきだと考えていた。
「それもこれも生徒たちのためですよ」
和馬は受付の内側に入り、カウンターに鞄を載せると、棚の下段から電子式蚊取り器をひとつ取りだし、ソケットにつないで足元に置いた。
黒縁眼鏡の位置を直しながら、林田があからさまにフンと鼻を鳴らす。
「志望校にはなかなか受かりませんけどね」
表情の乏しいその顔からは、相変わらず温度が感じられない。和馬は小さく嘆息した。
この林田信夫という、和馬と同じ黒滝村出身の数学専科の教諭は、典型的な職業教師といえた。公務員として教鞭をとっているだけなので、自分の評価に響かなければ生徒のことで親身になることはない。さらには自分の理解を超える物事を受け容れるだけのキャパシティなどいっさい持ち合わせていないから、夏休み中の図書館運営など彼にとっては愚の骨頂、1+1=3以上にとんでもないことなのだろう。
まあ、それ以前にこんなのが教師になれる、いまの教員資格のほうが問題なんだが。ついでにいえば、それをいうならかくいう自分自身も、ではあるが。
「教師がそんなこといったら、元も子もないでしょう」
「ほう。山本先生といい、篠原先生といい、熱血ですなぁ」
ん? 小学校の篠原健一のことか。
「篠原先生がどうかしましたか?」
「いや、いや、なんでもありませんよ」
林田は大きくあくびをすると、立ち上がって伸びをした。
「さて。今日で私も、当番からはしばらく無罪放免ですな。同じ村のよしみで、用事があるときは連絡してくれれば手伝いますよ」
社交辞令、よりは揶揄に近いか。
ふたりとも年代的には同じ五十代後半だが、バツイチで一人暮らしの和馬と違って、林田は農業を営む父母と妻と息子と暮らしている。「用事があるときは」というのは、あんたにはどうせ用事なんてないでしょ、という暗に秘めた裏返しだ。もっとも、そう思っているのは、なにも林田だけではないだろうが。
世の中には毒を吐き、刺を刺す人間がいる。そんな輩に出会うと、和馬は「ああ、心が荒んでるんだな」と思う。それを無意識に、もしくはきわめて意図的に、かつ正当化する輩にいたっては、「愚かだな」と思う。毒は、吐いた側も自家中毒を起こす。呪いと同じだ。かけたほうも呪われる。
場合によっては、「毒」を以って「毒」を制したくもなるが、それはかの「怪物と対峙するときは、自らも怪物と化さねばならない」の名言のごとく、自分も同じレベルに堕ちる覚悟があればこそ。賢い人間は、そんなことはしない。それゆえ毒がまわり、ときにやられてしまうこともあるけれど、それは強者の証であると和馬は考えている。
そして自分はといえば、怪物になる覚悟もなければ、賢者でも強者でもない、ただただ毒や刺に免疫を持っているだけの年配者だと自負していた。
だから笑顔で、
「そういっていただけると助かります」
頭を下げることができる。
「まあ、せいぜい頑張ってください」
林田はつまらなそうに言い置き、出入口のガラスドアの向こうに消えていった。毎度のことながら、とてもその外見と雰囲気からは想像もできない足軽さで。
そう。学校という場所は、子供たちが本格的に(最初はいうまでもなく親からだが)「毒」を学ぶところでもあるのだ。友だちから、先生から、あるいは自分自身から。
自動ドアの規則的な開閉音がやむと、和馬は同じ黒でもメタルフレームの眼鏡をはずし、指先で目頭を揉みほぐした。
19
午後二時三十分。
今日は林業が非番の日だった小山俊昭は、朝から自分のところだけでなく、村じゅうの畑や田んぼを回り、かつての会社の同僚の訪問を受けたあと、タバコとビールを片手に風呂につかりながら(妻の郁江と娘の裕子はこの悪習を嫌っているが)、農法の見直しと導入、そして一昨日下市のJA支部で見てきた各種新型農耕機のことを考えていた。
農家の現況から林業への依存度が高くなっていることを、俊昭は真剣に憂慮していた。林業もすでに衰退しつつある産業だ。げんに地方都市では、早くから林業を営んできた林家でさえ、廃業に追い込まれたりしている。最たる理由は輸入木材の流通だが、そうでなくても、林業は自治体の助成金がなければ成り立たないくらい、効率も利益も悪くなっている。いずれは農業にもっと力を入れておけば、そう思う日が必ず訪れる。
奈良の五條市にある燃料会社を十二年前に退職して村に帰ってきてからというもの、俊昭は日々農業に関する研究を惜しまず、いまでは農家のよきアドバイザーとして村人たちから信頼されていた。
帰郷のきっかけは、ほかでもない。この村の多くのUターン者同様、農業をリタイアした両親の跡を継ぐためだが、遅かれ早かれ会社を辞めるつもりだった俊昭にしてみれば、タイミング的にもちょうどよかったのである。
というのはそのころ社長に就任した先代の息子というのが、会社を引き継いだだけの、およそつまらない男だったからだ。まあ、二代目というのは、往々にしてそんなものである。
仕事先で知り合って結婚し、子育てに専念していた妻の郁江も、田舎に移り住むのに異論はなかったし、いざ農業に従事してみると燃料会社の仕事よりむしろやりがいがあった。
日本は国内食料自給率が低く、半分以上は輸入食品に頼っているといわれている。農業はきつい。儲からない。冬場を抜かせば、春先から秋の終わりまでフル稼働。百姓というイメージも毛嫌いされる。しかし、農耕は食生活の基本である。都会でどれほど洒落た暮らしをしていようとも、百姓なしでは生活そのものが立ち行かない。
本腰を入れてみて、よくわかった。
減反などせず、農耕地をフル活用すれば、国民が飢餓に陥るような危機的状況にはならないはずだし、極端なことをいえば(外交上の政策的な問題を抜きにして)、日本の国土と風土からすれば、自給自足・地産地消で充分まかなえるのだ。
矢島泰三が林業に誇りを持っているように、小山俊昭も農業に誇りを持っていた。どちらも生きていくための基本だ。そしてそれだけの資源と知恵がある。それを日本人に認識させなくてどうする。そのためには、たとえ小さな村でも、農業を発展させていくことに意義がある。彼はいま、農業を天職と思えるようになっていた。
これらを村全体の事業として考えるなら、先程退職の報告に訪れた元後輩の羽村淳一などはぜひとも欲しい人材だった。
パッと見、草食系だが、これがなかなかどうして体力もあり、芯も一本通っている。さらに持って生まれたものなのだろう、人徳も具わっている。格ならとり繕うことはできても、本質である核はそうはいかない。
残念ながら彼は彼でやってみたいことがあるというので、それは叶わなかったが。彼ならどこへいっても、やっていけるだろう。
俊昭は湯船の端に腰をおろすと、窓のブラインドをすこし開け、庭を眺めながら一服つけた。娘の裕子が三つのときに植え、いまではその弟の剛がまめに水やりしている花壇の花々が色彩豊かに咲いている。
歳とるわけだな――。
ついでに出っぱってきた腹をポンポンと叩いてみる。やけにいい音が反響する。肥満というより、肉が弛んできたというか、ちなみに上から見ると、一文字に近い楕円形の線があるだけで、ヘソそのものは見えない。髪も減ってきていて、こうして濡れるとまるでカッパだ。
と、そこでガラガラッと風呂場のドアが開き、まだ制服姿のまま、娘の裕子が顔を出した。が、すぐにそれとわかるほど頬を歪めてピシャリとドアを閉めた。すかさず、磨りガラス越しに尖った声が飛んでくる。
「ちょっと、なにやってんのよッ! 湯船、入んなさいよッ! 娘にヘンなモン見せないでよッ!」
「いや、そんなこといったって、ここは風呂……」
「アタシさ、シャワー浴びたいんだよ。汗でベッタベタだし。ツヨシも一緒に入れるからさ、早く出てよ」
ふむ。小学三年生の剛ならいいが、親父はダメ、と。そりゃ、そうだ。
「わかった。あと十分で出るよ」
ほんとは昼間収穫した農作物の出荷準備の前に、もう少しゆっくりしたかったのだが、
「ダメ! 三分だかんねッ!」
踵を返し、小走りにパタパタと足音が遠ざかっていった。
シャワーを浴びたら、また出かけるつもりなのだろう。
ウザがられようが、ダメ出しされようが、それでも娘は可愛いものだった。むろん、息子だって同じだ。ただ、容量は同じでも、質が違う、とでもいおうか。そこが男の子と女の子の違いではないだろうか。とりわけ男親にとっては。
裕子は中学を卒業したら都会の高校へ進学し、いずれ東京へいきたいらしいが、それはべつにかまわない。もちろん心配だし、できればいつまでも手許に置いておきたいが、でもいっぽうで好きなように生きてほしいとも思っている。剛にしたって、そうだ。
故郷があるということは、良くいえば保険、悪くいえば手枷足枷。だから親としては、土台だけはしっかりしておいてやりたい。ふたりがどんな人生を送ろうと、ここに帰ってくればなんとかなる。そう思えるように。
俊昭は不承不承、湯船につかり(残された時間はあと、二分ほどか)、ふたたび新型農耕機のことを考えた。
この農耕機を一括購入すれば価格も割引になるし、農業の効率も格段によくなるはずだ。先日、林業に出たとき、現場でみんなにカタログを配ってみたが、手応えはまずまずだった。これは近いうちに高石たちと下市のJA支部へいって、担当者と話を詰めてみるべきだろう。
これが彼の夢であり、生きがいだった。




