襲撃
きっと平穏が戻ってくる。
――そう思っていた矢先のことだった。
夏の終わり。夜風はまだじっとりと湿っていた。
コンビニで買ったアイスが入った袋を片手に、兎衣はいつもの帰り道を歩いていた。
ふと、背後に気配を感じた。
振り返ると、遠巻きに三人の男がついてくる。全員、仮面をつけている。夏祭りの屋台で見かけるような、おどけた狐や天狗のお面。子供の付けるようなそれが、かえって不気味だった。
心臓が早鐘を打つ。瞬時に察した兎衣は、ビニール袋を握り直して走り出す。彼らも、それに合わせるように歩を進めてくる。兎衣は逃げながらスマホを開き、誠の電話番号をタップした。
マンションの角を曲がり、エントランスへ走り込む。しかし、そこにも――いた。
エントランスの柱の影、建物の暗がり。お面をつけた男が、ぬっと現れる。
兎頃は驚いて、持っていたスマホと袋を床に落とした。スマホが音を立てて割れる。
迂回はできない。エレベーターが下りてくるのを待っている暇はない。階段を駆け上がった。
背後から荒い息が迫ってくる。ドアまであと少し。
が、次の瞬間、誰かの手が兎衣の腕を掴んだ。
「やめっ……!」
叫ぶ間もなく、ドアをこじ開けられ、兎衣の身体が部屋の中へと押し込まれる。仮面の男たちが一気に雪崩れ込んできた。
兎衣は後ろへ倒れ、這いずって部屋の中まで逃げる。しかし、得体の知れない男は兎衣の上に覆いかぶさり、その服の中に手を伸ばそうとする。
「嫌だっ!」
兎衣が必死に抵抗すると、重い拳が降ってきた。
頭と顔に向かって、何度も何度も。
――『わたしを襲った男はね』
頭蓋骨が揺れるほど激しく殴打されながら、蘇るのは、サクラの言葉だった。
――『わたしを襲った男はね、わたしのことを殴ったの。わたしが言うことを聞くようになるまで、抵抗せずに大人しくなるまで、わたしのことを殴り続けた』
サクラの言う通りだった。兎衣を押さえつける男は、一度や二度では飽き足らず、何度も兎衣のことを殴り付けてくる。
必死に抵抗する兎衣の手が、男の顔に当たった。仮面がずれた。
露わになった顔の持ち主は――山原だった。
ぞっとするほど無表情な顔に、ぞっとするほど狂った笑みが貼り付いている。
「――やってくれたね」
薄く笑うその声は、ぞわりと肌を逆撫でるようだった。山原の手が兎衣の服にかかる。逃げようとしても、身体がすくむ。
「今日、警察がうちに来たよ。兎衣ちゃん、君だよね? 君が僕たちを裏切ったんだよね? 警察が提示してきた商品は、この一ヶ月で君にしか売っていない特別なものなんだ。だからすぐに分かったよ。君は僕たちに背いた。悪魔にそそのかれた悪い子は、地獄に落とさなきゃいけない。そう教えたよね?」
こんな状況だというのに落ち着いた口調だ。相当慣れているように感じた。山原に叩かれた恐怖が蘇ってきて、声も出ない。
「女ってやつは本当に生意気だよね。そんな態度だから罪を背負うんだよ。醜悪な君に明るい未来なんて来ない。一生消えない傷をあげる。生涯苦しみながら人生を送るといいよ。君は他の女の子たちと違って、証拠集めまでしたから、特別に、子宮を潰してあげる」
他の男たちが兎衣の両手を押さえつけた。下着の中に山原の手が入ってくる。兎衣の口から、ひゅっと風を切るような息の音がした。
山原が、兎衣の子宮のある位置を手で押した。
「ここ、ここ、ここだよ。お前らの価値はここにしかない。お前らは子宮に支配された動物だ。これがあるから子を孕み、男に媚びられ、特別な配慮をしてもらえる。ただこの、受精卵を発育させる気色の悪い器官があるというだけで、僕たちとは違う醜い生き物として育つんだ。今日はお前のことを散々犯した後でその子宮を潰して、一生女としての役割を全うできないようにしてあげるからね。それこそが、一番高位の浄化だよ」
怖くてうまく息ができない。気持ち悪い。誰にも触れられたことのない身体を、特別な関係でもない男に弄られている。吐き気がせり上がってくる。今すぐに意識を失ってこの現実から逃れたい衝動に駆られた。




