霊感商法の始まり
次の週も、その次の週も、兎衣は決まった時間に占いのビルに足を運んだ。もう入り口のスタッフも顔見知りになり、山原の部屋へはノーチェックで通されるようになっていた。
山原はいつも通り、タロットを並べるふりをしながら兎衣と向かい合った。
そのうち、彼の口から、占いの枠を超えた偏った考え方が語られるようになった。
「女性という生き物は、罪を背負って生きてるんだ」
唐突に、山原はそう言った。彼の声は落ち着いていた。このようなことを、話し慣れているようだった。
「子を孕むしか能がないくせに、権利ばかりを主張する。そういう人、君も見たことあるでしょう? 周りを見ていて思わないかい? 他の生き物より醜いと。兎衣ちゃん、君なら分かってくれるよね。ここに来ている時点で君はちゃんと導かれているし、他の女性とは違う、特別な人間なんだから」
山原の手がカードの上を滑る。
「兎衣ちゃんも、女性である時点で原罪を背負っているんだよ。それに君の魂は、非常に重い」
山原がゆっくりと口を開いた。
「この星の配置は、前世から受け継いだ強い因果があることを示している。君は業の強い星に生まれてるんだ。だから、浄化が必要だよ」
山原はそう言って、重ねてきたカードを整え直し、にこりと笑った。
「今後、兎衣ちゃんには特別なケアを受けてもらう。選ばれた人にしか送らない、特別なものを使ってね」
その日から、ついに霊感商法が始まった。
まず最初に渡されたのは、手のひら大の白い石だった。
運気が上がる浄化の石だと教えられた。夜、枕元に置き、感謝の言葉を三回唱えることで、魂の歪みを緩和する効果があるらしい。
次に渡されたのは、ブレスレットだった。
前世の因果を清算する道具らしく、浄化の呪文が書かれた冊子がついていた。ページの最後には、これは他人に見せてはいけない聖なる秘密の言葉です、と赤字で書かれている。
勧められるがままに高額なサブスクリプションへ加入した。
霊格に合わせた個別指導や、天啓のメッセージの配信、浄化に必要な聖具の定期配送を受けられるというシステムだった。
兎衣はその全ての説明を笑顔を崩さずに聞き、喜んで見せた。バッグには常にボイスレコーダーと小型カメラを仕込ませていた。
魂啓会からの説明、山原との会話、商品の内容など全てを録音し、写真に収め、詳細な日記を書いていく。
(私、だんだん熱心な信者だって思われてきてる気がする)
なんせ、あの母親の娘だ。元々スピリチュアルなことにのめり込みやすいと思われているだろう。
実際、事前情報もなしに占いに迷い込めば、兎衣だってのめり込んでいたかもしれない。危険な世界がすぐ近くにあったことに少し寒気を覚えながら、兎衣は届いた商品を丁寧に保管した。
「うわ、このブレスレットダサくない? 身に付けるものなんだからもうちょっとデザイン可愛くした方が人気出ると思うんだけど」
兎衣が持ち帰ってきた魂啓会のグッズを横から覗き込んできた千香子は、そのデザインに文句を言っていた。
:
兎衣は、順調に魂啓会の信者として内部の人に信用されていった。
しかし、そのうち一つ問題が生じた。苦学生の兎衣のお金は、あっという間になくなってしまったのだ。
霊感商法の証拠は揃った。そろそろ身を引きたいという思いはある。
(でも、私が欲しいのは、霊感商法の証拠だけじゃない……)
兎衣が最も掴みたいのは、女性への性的暴行のことである。その証拠を得るために、もっと長期的にこの組織に関わりたい。
兎衣がサブスクリプションを続けたのは、まだたった三ヶ月。しかし、三ヶ月でもう生活が苦しい。
兎衣は覚悟を決め、いつもの占いの際に、山原に月々の値段を安くしてくれないか頼んでみようと思い立った。兎衣は学生であるし、表向きは常に寄り添ってくれる山原のことだ。全く聞き入れないということはないだろう。
魂啓会の占い部屋に入ると、いつものように淡く香る線香の匂いが兎衣の鼻をくすぐった。山原は既に椅子に座っていて、兎衣を見るなり穏やかな笑みを浮かべる。
「こんにちは、兎衣ちゃん。今日はいつにも増して疲れた顔をしているね。波動が少し、乱れてるよ」
いつものように優しげな口調だった。
兎衣は苦笑いを浮かべながら、ゆっくりと中に足を踏み入れ、席に座った。
「……先生、ちょっと、お話があって」
「うん?」
タロットに手を伸ばしかけた山原の動きが止まる。
「月々の霊導、少しだけでいいので、値段を下げてもらえませんか?」
山原は目を細めた。そして、笑顔を崩さぬまま、しばし沈黙する。
「……どうして?」
「大学の学費もあるし、生活費もあって。今まではバイトもたくさんしてたけど、最近体調崩しちゃって……ちょっと、きついなって」
山原は机の上で指を組み、少し首を傾げる。
「……君の前世からの因縁は、非常に深い。だから、こちらもそれに見合う特別な霊導を用意している。その安売りを求めるのは、失礼だとは思わない?」
声に、微かな刺があった。
普段優しい山原が、初めて叱るような口調になったことが恐ろしく、兎衣は一瞬言葉を詰まらせたが、それでもなお頭を下げた。
「お願いします。生活が苦しいんです……月々の霊導費、少しだけでも、値下げしてもらえませんか?」
慎重に選んだ言葉だった。
すると、山原が静かに椅子から立ち上がり、兎衣の方に歩いてきた。
――乾いた音が部屋に響く。何が起きたのか理解するのに数秒かかった。
頬に鋭い痛みが走る。平手打ちされたことを認識した時には、山原の手が既に元の位置に戻っていた。
驚愕で声も出なかった。叩かれたことよりも、叩いたのがいつも優しい態度の山原だったことに、兎衣の心はひどく動揺した。
「何を甘えたことを言ってるの?」
山原の声が冷たい。
今までの、温厚な占い師の先生の面影は、どこにもなかった。
「女なんだから、お金がないなら体でも売って稼げばいいだろう。その胸は、性器は、何のために付いてるの? ただの飾りじゃないでしょう。兎衣ちゃん、君はもっと真面目な人だと思ってたよ。真剣さが足りないよね。自分の魂を救いたいんじゃなかったの?」
兎衣は言葉を失い、震える指で頬に触れた。
痛い。現実だった。夢ではない。
恐怖と混乱で、呼吸が浅くなる。




