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すすきの性病専門クリニックのワケあり医師とバニーちゃん  作者: 淡雪みさ
FILE2 誠の過去

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墓参り



 バーを出ると、夜風が頬を撫でた。熱くなっていた頭が少しだけ冷える。

 天音いぶきの本名を、圭人は知らなかった。けれど、疑念は確信に変わった。――サクラを襲った犯人は、魂啓会と関係している。そしておそらく、その主犯は過去、天音いぶきと名乗っていたホストだ。

 夜の歩道を誠と二人並んで歩く。ビルの明かりが窓から漏れ、アスファルトに淡い影を落とす。通り過ぎる車の音が遠く響いた。


「……わ、私、明日も聞き込みします! もっと情報集めましょう」


 兎衣は重たい空気を盛り上げるようにそう切り出した。居ても立っても居られない。とにかく魂啓会の情報を集めなければという気持ちで焦ってしまう。

 歩みはそのまま、誠の目がわずかに動いた。


「明日は俺が無理だ」

「じゃ、じゃあ、明日は一人で聞きに行きます」

「一人では行くな」


 すぐさま、はっきりとした制止を受ける。誠なりに心配してくれているのだろう。


「明日、何かあるんですか?」

「妹の命日だ。墓参りに行く」


 その言葉に、胸が痛んだ。

 墓参り。誠の話の中でしか聞いたことのない妹の存在が、実感を伴って迫ってくる。被害に遭った妹は、実際に存在し、今はもう死んでいるのだ。


「……ご家族と一緒に?」


 兎衣の問いに、誠は苦い顔をして笑った。


「親には絶縁されてる。親にとって、俺は妹を放置して殺した殺人犯だ。そう簡単には会えねえよ」


 しばしの沈黙の後、兎衣は咄嗟に口を開いた。


「じゃあ、私も付いていきますっ!」


 歩道の上でピーンと手を挙げる。真っ直ぐに誠を見て。

 誠は少し驚いたように目を見開いた後、兎衣から視線を逸らした。


「何でお前が来るんだよ。関係ねえだろ」

「でも、誠先生悲しそうだから。私、サクラさんの件があってから、色んな人の〝見ていてくれる人〟になろうって決めたんです」


 数秒の沈黙が走った後、誠がゆっくりと口を開く。


「……勝手にしろ」


 それはきっと、精一杯の許可だった。



 :



 翌朝。旭川にあるという墓までは、車で二時間ほどかかった。

 冬の朝の空気は張り詰めていて、吐く息がすぐに白くなる。高速に乗る頃には、札幌市内よりも高く積もった雪景色がちらつき始めていた。兎衣は誠の車の助手席で、静かに座っていた。

 車内は暖房が効いていて暖かいのに、兎衣と誠の間の空気は冷たいほどに静まり返っている。ラジオも音楽もつけていない。話しかけてもいいのか迷うほどの、張り詰めた沈黙がある。

 兎衣は窓の外に目を向ける。雪原の上に、葉を落とした木々が骨のように突っ立っていた。電線に積もった雪が風に揺れ、まるで白い布が千切れていくようだ。


「妹さんもきっと、誠先生が来てくれるの嬉しいでしょうね」


 兎衣の言葉に、誠がハンドルを握る手をわずかに強めた気がした。


「……むしろ、嫌がるんじゃねえかな」

「ええっ!? 何でですか?」

「俺、働いてばっかだったし。俺が見ててやれば死なずに済んだのに。実家にいた頃も妹の世話は母親に任せきりだった。だからあいつの特性がどんなものか、俺は深くは理解してなかったんだよ。上っ面の、医療知識だけあった。そんな馬鹿兄に来られて、あいつは嬉しいかな」

「誠先生は馬鹿じゃないですよ」

「馬鹿だよ」

「馬鹿じゃないですっ」


 そんな不毛な言い争いをしたきり、また、しばしの沈黙が落ちる。

 やがて峠を越え、旭川の市街地が近づくにつれて、空は灰色の雲に覆われていった。窓の外を流れる雪景色の中に、ぽつぽつと家が見え始める。

 兎衣は、はっきりとした声で言った。


「私だったら、そんなに後悔してくれてるお兄ちゃんのこと、恨んだりはしないです」


 誠は何も言わなかった。少しだけ、車のスピードが遅くなった。



 墓地はしんと静まり返っていた。墓参りシーズンでもないためか、誰の気配もない。

 ふかふかに積もった雪を踏みしめながら、兎衣と誠は並んで歩いた。空は重たい雲に覆われている。太陽は影すら落としてくれない。白と灰の世界に、兎衣たちの吐く息が消えていく。

 小さな墓石の前で誠が立ち止まった。


「……父方の墓だ。妹の遺骨もここにある」


 誠はそう言って、持ってきた雪用のブラシで墓石に積もった雪を払い落とす。その手つきは丁寧だった。

 線香に火をつけ、手を合わせる。兎衣もその隣でそっと手を合わせた。


 風の音だけが鳴っていた。

 先に目を開いたのは兎衣だった。

 隣を見ると、誠は手を合わせたまま目を閉じていた。何かに耐えるような、苦しそうな顔だった。兎衣はその横顔から目を離せなかった。


 誠の肩がわずかに震えていた。

 それが寒さのせいではないことに気付くまで、ほんの数秒だった。

 誠は涙を零していた。必死に声を殺しながら。


 その姿が兎衣の胸を締めつけた。


 泣いてはいけないと、自分に言い聞かせているのだろう。

 そんな資格はないと刷り込んでいるのだろう。

 こんなに近くにいるのに、こんなにも遠い孤独。

 罪の意識を背負った誠は、一人でそれと連れ添っていこうとしている。


 雪が、しんしんと降り積もっていた。

 兎衣はそっと誠の背に手を添えようとして、やめた。代わりに、固く唇を結ぶ。


(やっぱり、野放しにしてちゃダメだ)


 サクラのためだけではない。誠の妹や、誠のような犠牲者を、もうこれ以上見たくない。見て見ぬふりをしたら、自分の胸にこの痛みはずっと残る。だからこそ、怖くても踏み込もう。


(証拠を見つけて、終わらせてみせる。あの事件を)


 兎衣は静かに泣いている誠を置いて先に墓地を出た。コートのポケットに手を突っ込み、スマートフォンを取り出す。


 画面に表示されたのは、〝ママ〟の文字。

 意を決して、発信ボタンを押す。

 数コールの後、懐かしい声が受話口から聞こえた。


『もしもし? 兎衣じゃない、珍しいわね』

「……もしもし、ママ?」


 自分の声が思ったより緊張しているのに気づいて、兎衣は小さく息を吸い直す。

 そして言った。


「去年ママが言ってた魂啓会の本部の人と、会ってみたいんだけど」




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