高校教員の話
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翌日の夕方、兎衣と誠は、北星高校に向かった。
冬休みが明けたばかりの校内には、授業を終えた生徒たちの声が疎らに残っている。薄暗い廊下を進み、職員室横の応接室に通された。学校独特の放課後の少しの騒がしさや、壁に貼られた行事のポスターが懐かしかった。
けれど、それらは兎衣に、いい思い出ばかりを想起させるわけではない。
兎衣にとっての高校の記憶。楽しかったこともあるはずなのに、三年生の時の両親の離婚の方が出来事として存在感が大きく、胸の上に重りを置かれたように、嫌な気持ちが侵食してきた。
兎衣はその気持ちを振り払うように、早足で歩き続けた。
ノックして現れたのは、赤縁の眼鏡をかけた四十代くらいの女性教諭だった。痩せ型で、小さな肩にカーディガンを羽織っている。気弱そうなその眼差しには、警戒心と戸惑いが同居していた。サクラの手紙に書かれていた電話番号からアポイントメントは取っていたが、急な話でまだ兎衣たちへの不信感が拭えないのだろう。
「えっと……羽山兎衣さんと、堺誠さんですよね?」
「はい」と兎衣が頷くと、女性教諭は小さく会釈し、向かいの椅子に腰を下ろす。
「あの事件について聞きたい、とのことですが。失礼ですが、うちの卒業生でも、取材でもないのですよね?」
緊張の空気が走る。兎衣は唾を飲み込んで、怪しまれないように、できるだけ堂々と答えた。
「はい。私は、違うんですが……。田山桜子さんに頼まれていて、あの事件の犯人を突き止めたいんです。先生の個人的な連絡先を教えてもらったのも、桜子さんからです」
女性教諭は眉を寄せ、目を伏せる。
「……そう。田山さん、やっぱりまだ諦めてないんですね。……無理もないです。事件当時からずっと引きこもってしまって、人生を滅茶苦茶にされたようなものだから……」
そう言うと、少し遠くを見るように目を細めた。
「私は、当時の被害者たちの担任でした。何度か家に会いに行ったんです。でも……途中から、誰にも会いたくないと言われてしまって」
その声には、申し訳なさと、自責の念が滲んでいた。
やがて、女性教諭は小さな箱型のキャビネットを開け、一枚のパンフレットを取り出して兎衣たちに差し出す。
「……事件当時、うちの高校から同時期に五人の生徒が被害に遭いました。田山さん含め全員、歓楽街付近で性的暴行を受けて、一人殺害されています。……そして、後になって、共通点が浮かび上がってきました」
兎衣は差し出されたパンフレットを受け取って目を通した。
『あなたの魂を解き放つ、真実の霊導』
その文言を目にした瞬間、兎衣の背中に薄い氷の膜が張りついたような感覚が走った。
――これ、見たことある。
記憶の中に浮かび上がったのは、母が函館から持ってきた、同じデザインのパンフレットだった。
赤縁の眼鏡を指で押し上げながら、女性教諭は少し言いにくそうに口を開く。
「被害に遭った生徒たちは、当時すすきののホストに通っていました」
「えっ、年齢確認はされなかったんですか?」
兎衣は顔を上げて問い返す。
ホストクラブは十八歳未満の入店禁止のはずだ。偽装の身分証明書でも使わない限り、当時高校生だった被害者たちは入ることができない。
女性教諭は目を細め、無理やり記憶を引っ張り出しているかのような渋い顔をして言った。
「ホスト……じゃなかったかも。男の人が沢山いるような、コスプレカフェ? だったかな……。でも、ほとんどホストみたいな、そういうグレーな場所に通っていた子たちでした」
兎衣は考え込む。
その内容ならおそらくメンズコンカフェだろう。特定のコンセプトに基づいて運営されている、女性客を接客する男性キャストたちがいるカフェだ。酒を提供しないので、高校生でも入ることができる。
表向きはホストと違い、営業行為や指名制度が禁止されているが、似たようなことをしているグレーな店は多いと聞く。
兎衣と誠が黙って先を促すと、教諭は目を伏せながら続けた。
「生徒たちは全員、そのお店の男性キャストの一人と付き合っていました」
「全員が、同じ人と付き合ってたってことですか……?」
赤縁の眼鏡の奥の目が、わずかに曇る。
「何股もかけた色恋営業です。好意があるように装って、女の子たちの心を掴んでいく。特にうちは、女子校ですから。全然興味ないって子もいますけど、恋愛に憧れる子も中にはいて。そういう子はのめり込みやすいでしょう。それに相手の男の人にも、人の心を掌握するような、奇妙な魅力があったようで」
兎衣の背中に、寒気が走る。
先生の発言に、サクラの手紙に綴られていた過去の内容と重なる部分があったからだ。サクラの表現ではそれは、『人の心の穴に入り込んでくるような、不思議な魅力があった』と書かれていた。
「それで、女の子って占いが好きでしょう? その男性に勧められる形で、最初はお試しのような形で、占いとか、ヒーリングとか前世鑑定とか、そういったものを無料で受けていたらしいんです。でも……」
教諭は言い淀んだが、少ししてまた口を開いた。
「だんだんどっぷりと浸かっていって。何十万、あるいはそれ以上のお布施をするようになった子もいて。当時、うちの学校にも一部の保護者から苦情が寄せられていたんです。『娘が、知らない男とその団体に、貢ぎ物のように高価なプレゼントをしていた』と」
誠の眉がわずかに動く。
「学校としてはどう対応したんですか?」
「口頭注意で終わらせました……。その時はレイプ事件なんてうちの学校の周辺ではなかったですし、まさかあれほど大事になると思わなくて。でもその後も、生徒たちとその男の関係は続いていたようです。そして……一部の生徒が、より高度な浄化を受けるという名目で、団体の男たちに性的な行為をされたと打ち明けてきたんです」
兎衣は息を呑み、ぎゅっと膝の上で手を握りしめた。
「そこで目を覚まして、団体から逃れようとした子もいた。でも……」
教諭の声がかすかに震えた。
「団体と縁を切ろうとした生徒は、次々と襲われていきました」




