気まずい店内
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退勤後。兎衣は、鷹中と共に、ガールズバーの下の階にある夜パフェ専門店に入店した。
外の空気は凍てつくように冷たいが、店内の方は暖房が効いていて暖かい。甘い香りがふわりと鼻先をくすぐった。
奥の二人席に通される。鷹中は無言でコートを脱ぎ、兎衣の前にメニューを差し出した。
「いくらでも頼んでいい。情報料だ」
その淡々とした声音に、兎衣の口角がぴくりと引きつった。まるで人を取り調べでもするような態度だ。アフターに誘っておいて、こちらと仲良くする気は全く感じられない。この男、一度助けてくれたとはいえ、やはり感じが悪い。
兎衣は笑顔を崩さずに、わざと明るい声を出した。
「じゃあ――全部頼みます~っ」
どうだ、さすがにびっくりするだろう。この店のパフェを十種類以上も頼もうものなら会計は優に二万円を超える。
笑顔の裏で、強かに鷹中の反応を窺う。
少しの嫌がらせだ。試すような気持ちで鷹中の返しを待つ――が。
「店員さん。これ、全部で」
鷹中は淡々とメニューを指差し、近くにいたスタッフを呼び止める。
店員が「えっ」と一瞬固まりながらも、確認のように目をしばたかせる。
「ぜ、全部……ですか? お二人で?」
「はい。一つずつ、全部で」
「ちょっ、ちょっと待ってください!」
兎衣が慌てて立ち上がり、両手をばたばたと振った。
「嘘です嘘です! 冗談です! 一つにします! 一つで十分ですっ!」
店員が苦笑しつつ「かしこまりました。決まったらまた呼んでください」と頭を下げて去っていく。
(この人、冗談通じないタイプだ……)
兎衣は心の中で呟きながら、そろりと椅子に腰を下ろした。妙に背筋が伸びてしまうのは、鷹中の無駄に整った顔と威圧感のせいだ。彼は、医者というより警察官のような雰囲気がある。
パフェのメニューを一瞥し、無難なチョコバナナ系を指差して「これで」と注文すると、鷹中はすぐに話題を切り出してきた。
「誠は今、何をしてる?」
ズバリと投げられた問いに、兎衣は少し言葉を探してから答える。
「……最近は会ってないので、よく分かりません」
「おとなりケアってところに勤めてるんだろ? それ以外に、何かやってないのか?」
食い下がるような追及の仕方に、兎衣は思わず口をつぐんだが、何とか記憶を引っ張り出してきてぽつりと答える。
「日によっては、訪問診療もやってるって言ってましたけど……」
その瞬間、鷹中の眉がひくつき、舌打ちが漏れた。
「それってつまり、非常勤だろ?」
「ま、まあ、よく分からないですけどなんか特殊な勤務体系っぽかったです。普通のお医者さんって感じではないですよね」
兎衣が曖昧に答えると、鷹中はぐっと顔をゆがめ、ついには感情を抑えきれなくなったように、木製のテーブルをダンッと音高く叩いた。
「あいつが、ゆるふわバイト医になるなんて……! 俺は絶対に認めない!!」
店内の空気が一瞬ぴんと張りつめる。
兎衣は突然声を上げられたことに驚いてビクリと肩を揺らし、視線を泳がせた。
(こ、怖っ……!)
タイミング悪く、店員が注文したパフェを運んできた。クリームと果物が山のように盛られたグラスが、そっとテーブルの上に置かれる。
「お、おまたせしました……チョコバナナパフェです」
店員が気まずそうに頭を下げて去っていく。兎衣はすかさずパフェをすくって口に運び、会話をそらすように無理に笑顔を作った。
「……おいし~い! さすが人気店ですね~!」
怖いこの人、もうさっさとパフェだけ食べて帰りたい……という気持ちになりながら、兎衣は一生懸命スプーンを動かした。
しかし、鷹中はパフェ一つ頼まず険しい顔をするばかりだ。
自分だけが食事をしていることに気まずい思いをしていたその時、カラン――と、店の入り口でドアベルが軽快に鳴る。兎衣は何気なくそちらを見て、思わずスプーンを持つ手を止めた。
そこに立っていたのは、久しぶりに見る誠だった。
薄手の黒のコートに、くしゃっとした前髪。見慣れた輪郭をした彼が、入ってすぐに店内をゆっくり見回す。どうやら一人で来たらしい。
兎衣の口元から、ほんの少しパフェのクリームが零れそうになる。慌ててナプキンで拭い、目だけで誠を追った。
誠が無類のパフェ好きであることは知っているが、ここで鉢合わせることは滅多になかった。
もしかすると兎衣の店が上にあるから避けられているのかも、なんて被害妄想までしていた。でも、違ったらしい。
誠もまたこちらの席に気付いたようで、目が合うと一瞬だけ驚いた顔をした。
それは兎衣の存在に驚いたというよりも――兎衣の正面にいる、鷹中の存在に驚いた、という顔だった。
鷹中はすぐに誠の存在に気付き、片側の口角を上げた。
「奇遇だな、誠」
鼻を鳴らすように言う。その声音には明らかな棘があった。
「……こんなところで何してんだ? お前、甘いもの嫌いだろ」
誠の方は、鷹中を見て、怪訝そうに眉を寄せた。
なるほど甘いものが嫌いだから何も注文しないのか、と兎衣は合点がいく。
「誠こそ、こんな時間に優雅に夜パフェなんて、余程暇なんだな。非常勤は気楽で羨ましい」
鷹中が皮肉たっぷりな笑みを浮かべて言った。




