団体客
え、と兎衣の口から驚きの声が漏れる。
「……誘っていいかな? 忙しいと思うんだけど」
「誘っちゃえ誘っちゃえ。あれから一回も会えてないんでしょ?」
誠と最後に直接会ったのは秋だ。
あの後誠に、サクラに最後に言われたことを共有し、一緒に調べようと誘った。しかし、『犯罪者の言うことに耳貸すな』『余計なことに首突っ込むな』と言われるばかりで、応じてくれる気配はない。しつこくするのは兎衣の得意技であるため、やり取りは途絶えていないが、兎衣としては物足りない距離感だった。
千香子の言う通り、いい機会かもしれない。
千香子に背中を押されるようにして、兎衣はスマホを取り出し、雪まつりに誘う文章を打ち込んで、送信ボタンをタップする。
『今度の雪まつり、もしお時間あれば一緒に行きませんか? 久しぶりに会いたいな~って!』
送った直後、スマホがぶるっと震えた。返事が来たのだ。
「えっ速っ……!」
いつもの数十倍は反応が速い。
しかし、ドキドキしながら開いたメッセージには、素っ気ない六文字が表示されているのみだった。
『寒いから無理』
撃沈である。
兎衣は立ち止まってがくりと項垂れた。千香子も画面を覗き込み、「うわ~」と笑いながら肩を震わせた。
「あの人本当愛想ないねえ」
「はぁ、私嫌われてるのかなぁ……」
「嫌われてはないんじゃない? 通常運転でしょ。誰に対してもこんな感じと見た」
兎衣はココアの缶をぎゅっと握りしめながら小さく唸った。隣の千香子は笑って肩をすくめる。
冷たい風が吹く中、二人は再び歩き出した。
雪まつりは、まだ少し先だ。
:
その夜、兎衣と千香子はガールズバーOnlyに出勤した。
兎衣が待機室でバニーガールの衣装を整えながら軽くメイク直しをしていると、交代で戻ってきた千香子が、ヒールの音高らかに中に入ってくる。
「疲れたー……。あの席の団体客の右から二番目のオジ、めっちゃ手握ってくるから気を付けて。全員お医者さん。研修医の子の歓迎で来てるんだって。カウンターの上に手置かない方がいいかも」
千香子が髪を纏め直しながら忌々しげに吐き捨てる。近くにいたボーイがにやりと口を挟んだ。
「医者? 金持ってんじゃん。ばにぃ、絞りとろ。二十分で五万は出させて」
「無茶言わないでくださいよぉ……初来店じゃ余程酔わせないと無理ですって」
兎衣は苦笑いを浮かべながら、軽く肩を回す。
誠が来るはずないと分かっていても、医者という共通ワードに少し期待してしまう。
しかし、カウンターの方へ向かうと、いたのは中年男性三人と、それに混じって見知らぬ若い男が二人だけ。案の定、誠はいない。少しがっかりした。
「こんばんはっ! ばにぃっていいます」
満面の笑顔でそう言って、軽くお辞儀する。視線が一斉にこちらに向けられ、酔いの混じった目が値踏みするように動く。
「一杯、いいですか?」
わざと少しだけ上目遣いでそう言うと、中年の一人が陽気に笑った。
「もちろんだよばにぃちゃん、何でも好きなもん飲みな!」
「ありがとございます~、嬉しいっ。太っ腹ですね~!」
そう返しながら、兎衣はそっと全員を冷静に観察していた。
若い二人のうち、一際幼い顔をしている左側の人物が研修医だろう。ノリが悪いし、居心地悪そうにスマホの画面に逃げている。おそらくこういう店にも女性にも全く慣れていない。
となると今日財布を出すのは右手に並ぶ中年三人。中年の方を気分良くさせるのが優先だ。
新しいドリンクの注文が入り、ボトルを手にした兎衣は、手際よく氷の入ったグラスへと酒を注ぐ。
グラスの縁をナプキンで拭い、カウンター越しに笑顔で差し出したその時。
「ありがと、ばにぃちゃん」
中年の客の一人が、ぐいっと兎衣の手に自分の手を重ねてきた。
ざらついた男の掌。アルコールと香水の混ざった嫌な匂い。
兎衣は笑顔のまま手を引こうとしたが、その手は兎衣の手を離すまいとぎゅっと力を込めてきた。
表面上はにこやかに微笑みながらも、背筋に冷たいものが走る。
「ばにぃちゃんって彼氏いるの~?」
「ええ~? いないですよっ。彼氏できたことないです」
「うそだぁ。それはさすがに嘘でしょ~」
「おっぱい大きいし、夜は凄いんじゃな~い? どれくらいの頻度で彼氏とセックスすんの?」
酒の入った赤い顔で兎衣の身体をじろじろと舐め回すように見つめてくる中年たち。
手をしっかりと握られたまま話が進み、内心キツいなと思いながら耐える。が。
「ガールズバーは接触禁止ですよ」
隣から、低くはっきりとした声が響いた。
左側に座る若い男性客――研修医の方よりは年を重ねた顔をしている、落ち着いた雰囲気を持つその男が、中年の手首を無造作に掴み、兎衣から離させようとしている。
「ええ~? 何だよお前、いいだろ別に」
中年男は酔った調子で言い返すが、その手は自然と兎衣から離れていく。
兎衣は密かに安堵の息を吐きながら、助けてくれた若い男をちらりと見る。
男は一瞬こちらを見たが、何も言わずにグラスの酒を口に運んだ。




