信じる心が未来を変える
千香子が手早く用意した夕食を、兎衣と母、千香子の三人で囲む。蒸し鶏と胡麻だれのサラダ、小松菜のおひたし、豆腐とわかめの味噌汁。ささっと作っていたわりに品数が多く、千香子の料理スキルの高さを感じた。
それは母も同様のようで、嬉しそうに目を細めている。
「あら、おいしい~。若いのによくこんなに作れるねえ」
「うち弟が二人いるんで、昔から作ってたんですよ」
「そうなの。苦労したのねえ。ねえ、千香子ちゃんって、AKB初代のあの子に似てない? ええっと、名前何だったかしら……」
「そうですか? そんな風に言ってもらえたの初めてです」
奇しくも千香子の顔は母が昔推していたAKBの某メンバーに酷似している。さっきまで兎衣と千香子との相性ばかり気にしていた母は、千香子の人当たりのよさと顔のよさのおかげでどうにかなった。
箸を進めながら、母がふと自分の手首に視線を落とし、自慢のように話し始めた。
「このブレスレットね、見ての通りちょっと派手なんだけど……特別な祈祷をしていただいたもので、開運と守護の意味があるのよ~。千香子ちゃんもどう?」
母の腕には、カラフルなビーズや石のブレスレットが何重にも巻かれている。
兎衣はぎょっとした。そんなものを友達に進めないでほしい。恥ずかしい、やめてくれ、この場から消えたい。そう思ったが、千香子はというと。
「え~! すごいですね、その祈祷? って、どういう方法でされるんですか? どこか特別な場所に行ったりするんですか?」
まるでテレビの特集を観ているような顔で身を乗り出していた。
引くどころか面白がって聞いてくれる千香子の姿に、兎衣は密かに、救われた気がしていた。
翌朝、母は函館に帰ることになった。一限のない兎衣と千香子は、最寄りの地下鉄の駅までスーツケースを引く母を見送った。
(……千香子がいてくれたおかげで、嫌な感情に飲まれなくて済んだ)
母と二人でいるのがしんどい。そう感じてしまうようになったのはいつからだろう。今回は、千香子がいたおかげで、少しだけ気が楽だった。
ホームに電車が入ってくる直前、母は思い出したように「あ、そうそう」と兎衣に向き直った。
「兎衣、今度先生に会いに行ってみない?」
「……先生?」
「ママが通ってるところ、札幌に本部があるのよ。『魂啓会』っていうグループでね。本部の人と直接お話できる機会ってあまりなくて、ママはいつもオンラインで話してるんだけど。先生が、兎衣みたいに直感が鋭くて気を受けやすい子は守ってあげないといけないって言ってて。兎衣のこと話したら、ぜひ一度お会いしたいっておっしゃってたの」
兎衣は眉を顰める。
何を言い出すかと思えば、また占いの話だ。その人々は兎衣に直接会ったこともないくせに、直感が鋭くて気を受けやすいなんて、生年月日と名前だけで決めつけている。
しかし、母が良かれと思って言っているだけに否定できない。
「ねえ、会うだけでもいいの。本部にいる方たち、とても親切な人なのよ。それにすごく霊格が高いんだって」
ホームにアナウンスが響き、電車が滑り込んできた。母は慌てた様子で鞄から何かを取り出す。それは、光沢のある小さなパンフレットだった。
「これ、本部の案内と、先生のメッセージも載ってる。目を通すだけでもいいから」
兎衣は受け取るのを躊躇ったが、拒絶するのも気まずく、仕方なく受け取った。
母は満足そうに笑い、ドアが開くと「じゃあ、ママ帰るね。千香子ちゃんもありがとう」と軽やかに乗り込んだ。電車が発車する間際、ドア越しに手を振る母が声を張り上げて言った。
「信じる心が未来を変えるんだからねー!」
電車が、母を乗せて走り去っていく。
ホームに残された兎衣は、手の中のパンフレットに視線を落とした。
満面の笑みを浮かべた女性が手を広げて空を仰いでいる写真と共に、きらびやかな金文字でこう書かれている。
『あなたの魂を解き放つ 真実の霊導』
兎衣は無言でパンフレットを折りたたみ、鞄の奥に突っ込んだ。
少し後方に立つ千香子を振り返る。千香子は駅の自販機で買った缶コーヒーを飲んでいた。
「ごめんね。ママ、変なこといっぱい言って……」
兎衣が遠慮がちに言うと、千香子は不思議そうに首を傾げる。
「変なこと?」
「ほら……幸運を運ぶブレスレットがどうとか、占い師がどうとか……」
千香子はぽかんとした後、ふっと可笑しそうに笑った。
「ああ、それ? 別にスピってる人とか今時珍しくもないでしょ。客にもそういう人いっぱいいるじゃん。信じる人が元気になれるなら、パワーストーンでも風水でも何でもアリじゃない? あたしもそういうのちょっと好きだし」
千香子は本当に、スピリチュアルな事柄に偏見がないらしい。引かれるかもしれない、母を変な目で見られるかもしれないと思っていた兎衣の緊張の糸がふっと緩んだ。
兎衣はたまらず、「千香子、大好き!」と叫び、勢いよく抱きつく。
「ちょっと、重いし目立つから離れなさいよ」
千香子は文句を言いながらも、抱きついた兎衣の背中を軽くとんとんと叩いてくれた。
地下街を出ると、冷たい風が頬をなでていった。空は鈍色に曇っている。
兎衣は、そういえばと思い出し、誠に事件について調べたことを送った。
『これ、多分サクラさんが巻き込まれた未解決事件だと思うんですけど、合ってると思いますか? https://news――』
その後、千香子とコンビニに寄る。さっきの自販機で買えばよかった、と思いながら。
コンビニで買った温かいココアで手を温め、千香子と並んで歩いていると、ふと道沿いの掲示板に貼られた大きなポスターが目に入った。
『さっぽろ雪まつり 今年も開催!』
巨大な雪像の写真と、幻想的にライトアップされた会場の様子が目を引く。
「雪まつり……今年ももうそんな時期なんだね」
兎衣が呟くと、千香子がにやりと笑う。
「ねえ、誠先生誘ってみたら?」




