ホテルの一室
事のあらましはこうだった。
ハナは今日、兎衣に冷たい態度を取ってしまったことを後悔して、勇気を出してガールズバーOnlyに来店した。
しかし兎衣が休みで出勤していなかったため、代わりに兎衣のルームメイトである千香子がハナの元に付いた。
カウンター席で飲んでいるうちに話題が兎衣の話になり、今日はどこかで飲んでいるみたい、と千香子が兎衣の大学用アカウントに投稿されている写真を見せると、ハナが黙り込む。
何故ならそこには、レイプ犯らしき女の、高価な腕時計が映っていたからだ。
兎衣とプライベートでも仲良くしている千香子に相談したことで、兎衣は見たままの女性であるとようやく安心できていたハナは、であれば兎衣はレイプ犯の次のターゲットであるのではないかと考えた。
そのことを千香子に打ち明け、すぐに兎衣に連絡してもらったが返信が来ない。位置情報が載っていないのでストーリーに映っている店がどこかも分からない。
そこで焦った千香子とハナは、昼間に兎衣と会っていたはずの誠の元へ走ってきたのだった。
「……あいつが行ったのはバー・ピトンだ。でもあのバーはこの時間帯にはもう閉まってる」
誠はスマホでバーの名前を検索し、営業終了していることを確認する。兎衣はもうどこかへ移動しているだろう。
「お、おれ、警察に連絡しようか?」
横から院長が不安げに口を挟んでくる。誠は小さく頷いた。
しかし、おそらく警察もこの程度では動かないだろう。写真に映った時計が加害者のものと同じというだけでは不十分だ。同じ時計を付けている人物なんていくらでもいる。
兎衣の脳天気な笑顔が頭に浮かぶ。どうしてあの手の馬鹿は、不幸な目に遭いやすいのだろう。
誠は一度兎衣に電話をかけたが、『お掛けになった電話は現在電波の届かない場所におられるか、電源が入っておりません』――と呼び出し音なしに決まり文句を告げられた。
「しらみつぶしだ。あのバーに近い人目につかない路上、近くのホテルも探す。あいつから連絡が返ってきたら教えてくれ」
誠は千香子とも連絡先を交換し、手分けして兎衣を捜すことにした。
コートの袖に腕を通して外に出る。すすきのの夜はひどく冷え込み、雪が降り始めていた。
焦りが襲ってきて、誠は拳を握り締める。
兎衣という人間は本当に、誠に嫌なことを思い出させる。
救えなかった人間の記憶を。
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目を覚ますと、兎衣は薄暗い部屋の中にいた。
ここがどこだか分からない。二つのベッドが並んでいて、兎衣はそのうちの一つに横たわっている。どこかのホテルの一室なのだろう。
重たい静けさが部屋全体に沈殿していた。窓のカーテンはしっかりと閉められ、外の音も光も遮断されている。薄暗い照明が、まるで舞台のスポットライトのように兎衣とサクラの二人を照らしていた。
兎衣は、何故自分がここにいるのか思い出そうとした。
確かバーで飲んでいて、それから……と考えているうちに、やけに肌寒いことに気付く。
兎衣はいつの間にか一糸まとわぬ姿になっていた。今日のために選んだお気に入りのスカートも、今はどこかに行ってしまっている。
(飲みすぎた……?)
頭がズキズキと痛む。また記憶を飛ばしてしまったのだろうか。
ベッドから少し離れた位置に座るサクラも何故か裸で、鏡の前で髪を整えながら、機嫌よく鼻歌を歌い始めた。
そして、鏡越しにふと兎衣を見つめて、「ああ、起きたの」と言って笑顔で振り向いた。
サクラが立ち上がる。兎衣の視線が、サクラの手元へと引き寄せられた。サクラの手の中に、きらりと光る銀色の道具が見える。
ゆっくりとバーでの記憶が戻ってきた。
眠る前のサクラの笑い。発言。思い出した途端、サッと血の気が引くような恐怖を覚える。
動こうとして、体に力が入らないことに気づいた。
指が重い。足が言うことをきかない。視界が微妙に滲んでいる。酔いではない――何か薬を盛られている。
やめて、と言おうとしたが、恐怖で口が回らない。
目の前には静かに近付いてきたサクラの綺麗な顔があった。
「動かないでね。動いたら、もっと痛いわよ」
何かが金属音を立てた。バチンッ――と音を立てて、兎衣の右手の人差し指の爪が剥がれた。
「っ、……!!」
兎衣は身じろぎもできず、ただ目を見開いていた。背筋を伝う汗が、シーツの上へと滑り落ちていく。
激しい痛みが襲い、視界が白く染まるような感覚がした。
「わたしを襲った男はね、わたしのことを殴ったの。わたしが言うことを聞くようになるまで、抵抗せずに大人しくなるまで、わたしのことを殴り続けた。でも女のわたしの細腕じゃ、それって再現できないでしょう。だからいつも色んな道具にお世話になってるの。これは爪を剥ぐ機械よ。痛い? 怖い? こういうのって初めてよね? ねえ、どう感じる?」
「ひっ、う、ぐ、う、ああっ」
「お返事できないみたいね。まだいい子になれてない」
恐ろしくてうまく言葉にできず、涎を垂らしながら泣きじゃくる兎衣の中指の爪を、サクラは容赦なく剥がした。
兎衣の悲鳴が室内に響き渡る。




