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すすきの性病専門クリニックのワケあり医師とバニーちゃん  作者: 淡雪みさ
FILE1 手に入らないもの

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18/52

無意識の偏見


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 堺誠の勤める性感染症性病専門クリニック・おとなりケアは、すすきのに立ち並ぶビルの中にある。

 すすきのの他には渋谷や梅田、横浜など性風俗店が多く存在する都会を中心に全国的に展開されている、ターゲット層が明確な病院である。

 訪れるのは主に夜職をしている人や浮気をしている人といったワケありが多く、プライバシー配慮のため「極力誰にも会わずに薬をもらえる」というのが売りだ。

 問診も受付表に記載されているQRコードから患者自身が勝手に行い、モニターに受付番号が表示されると指定の場所で検体の採取を行うという仕組みで、検査のみを希望する場合は検体を提出するだけで終わる。検査結果も誰とも会わずWebで確認することができる。

 医者の診察は触診が必要な場合や本人から希望があった場合、薬を処方する場合にのみ行うため、極力誰とも話さずさっさと検査だけ終わらせたい患者にとっては楽であるし、正直そこに勤めている医師――誠にとっても楽である。

 患者に直接会うことは、日によってはあまりない。診察希望がなければ待機していればいいだけの仕事なので、誠は自分のパソコンを持ち込んで待っていることが多かった。

 そして今日、誠はクリスマス市から帰った後に重大なことに気付いた。

 ――パソコンを病院に忘れた、と。


「あれ、誠先生、今日休みじゃなかったっけ?」


 日曜にも出勤しているらしい小太りの院長が、入ってきた誠を見て驚いたように顔を上げた。


「すみません、忘れ物です」

「あれ~? 何かいい匂いしない?」


 机の上に置きっぱなしになっていたパソコンを鞄に入れる誠に近付いてきた院長が、くんくんと鼻を動かして誠の匂いを指摘する。


「クリスマス市で飯食ってきました」

「ええっ!? クリスマス市!? 誠先生が!?」

「……俺が行ってちゃおかしいですか」

「いや、おかしいよ! どうしちゃったの急に。誠先生、徹底的インドアじゃん。甘い物で釣らないとなかなか外に出てきてくれないし、おれがキャンプに誘っても毎度断るくせに!」


 どうしちゃったの、と聞かれ、誠はふと、一緒にクリスマス市に行ったガールズバー勤めの女子大生のことを思い出した。誠は彼女の名前を知らない。交換した連絡先の名前欄が兎の絵文字だったため、心の中で兎と呼んでいる。

 兎と関わるのは新鮮だった。後先を考えないパワフルさ、若さ故の愚かさがある。これまでの友人や知り合いとはまた違う――どちらかといえば、誠の研修が終了して一年目の頃に死んだ妹に近い傾向を感じた。

 『おにいちゃんのせいじゃないからね』――と力なく笑う妹。あの兎といるとたまに、嫌なことを思い出す。だから少し、彼女と会う理由が、今日で終わってほっとしている。

 彼女とはもう会うことはないだろう。


 そう考えていたその時。


「失礼しますっ!」


 乾いたドアの音と共に静けさを破って、女が二人、勢いよく中に入ってきた。

 思わず顔を上げた誠の目に映ったのは、見覚えのある顔だった。

 一人は、一度だけ車で送ったことがある、兎のルームメイトの女。バニーガールの衣装の上にコートを羽織っただけのその女は、何やら血相を変えていた。

 もう一人は以前、兎との帰り道で、男と共にラブホテル街へ入っていった細身でショートカットの女だ。確か、ハナとか言ったか。性暴力を受けたとかいう、兎と同じガールズバーで働いていたキャスト。


「誠先生! いたっ!」


 兎のルームメイトの女が、看護師の制止を無視してズカズカと診察室へ踏み込んできて、まっすぐ誠の前へ来る。


「誠先生、今日兎衣とクリスマス市行ってましたよね!? その後、兎衣がどこ行ったか知りませんか!?」


 兎の名前は、正確には兎衣というらしい。

 ルームメイトが早口でまくしたてる声には、明確な焦りと不安が滲んでいた。後ろに立つハナは何も言わない。ただ唇をきつく結び、視線を左右に泳がせている。

 誠はすぐには返事をしなかった。何か大変なことが起きたという直感が、胃を重くする。


「……何かあったのか?」


 できるだけ冷静な声で聞き返した。


「兎衣、レイプ犯に会いに行っちゃったかもしれなくて……っ」


 兎のルームメイトの女性が、苦しげに言葉を吐き出した。その手が小刻みに震えている。

 誠は一瞬言葉を失った。だがすぐに、記憶の糸をたぐるように思い返す。


「……そういえば、友達と飲みに行くって言ってたな。だけど、その男がレイプ犯だって何で思った?」


 冷静に確認すると、横に立つハナが、俯いたままぽつりと呟いた。


「……男じゃ、ないです」


 誠が顔を上げた。

 女は唇を噛みながら、まるで言葉を紡ぐたびに自分の喉を裂くように、苦しげに続けた。


「あたしを襲ったの、男じゃなくて、女性なんです。すごく綺麗で話しやすくて、優しい人。だからいくら今この街でレイプ事件が増えてるからって、あの子もあの人のことは全然警戒してないと思う」


 その場にいた誰もが息を呑む。

 アンコンシャス・バイアス――無意識の思い込みだ。今増えているレイプ事件の犯人は男であると誰もが思っていただろう。おそらく兎衣も。だから、油断した。

 ハナの声は掠れ、その瞳から涙が溢れた。


「あたしっ、あたしが逃げちゃったから……あたしを襲った人と同じネイルをしてる女が兎衣のインスタのストーリーに映ってて、一緒に遊んでるのが分かって、兎衣のこと怖くなって、もしかしたら急にあたしに接近してきたのもあのレイプ犯とグルだからなのかもって思って、連絡を絶ってしまったんですっ……ずっと周囲の人間が怖くて、一人でいたあたしに手を差し伸べてくれた兎衣のこと、敵だって思ってしまった。それにもし兎衣がグルとかじゃなくても、あの女と関わってる兎衣と関わっててまたあの女に見つかったらと思うと怖くて、保身に走ってしまったんです。あ、あの子、ただでさえ色んなことに首突っ込むしっ……これ以上関わってたら、あたしまで」




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