別れ
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時計の針が十九時を指した頃、紗季は帰っていった。お土産に子供の人数分のマトリョーシカを買っていったが、細川の分は何も買っていなかったのが印象的だった。
「……完全に無駄足だったな」
雑踏の中に飲まれていく紗季の背中を見つめながら、誠がぽつりと言った。
兎衣も苦笑しながら返す。
「検査してるって分かっただけでよかったですよ。放置することになるかもってところが一番怖かったんですし」
細川への報告は後でもいいだろう。彼にはまだ、もう少し怯えていてほしい。
イルミネーションのトンネルを抜けると、光は急に減って、街の輪郭がはっきりした。
信号の青、コンビニの白、車のテールランプの赤。
いつもの夜が戻ってくる。
「私この後すすきので予定あるんで、ここで失礼しますね」
今日の兎衣には、この後用事があった。
誠は足を止め、少し訝しげな顔をする。
「お前、日曜には滅多にシフト入れないって言ってなかったか?」
「あ、バイトじゃなくて。友達と飲みに行く予定があるんです」
兎衣は誇らしげに顔をほころばせて言った。
「バー・ピトンってところで~。夜景が満喫できる本格バーらしいんですよぉ」
兎衣もサクラに誘われて初めて知ったので行ったことはないが、カウンター越しにすすきのの夜景が望めるショットバーとして知られ、上質なカクテルを求める客に人気の高額な店らしい。今回は、サクラが奢ってくれるという。
少し大人っぽい雰囲気の店なので自慢したくて名前を出した。が、誠の反応は「ああ、あそこか」というあっさりしたものだった。
「えっ、行ったことあるんですか!?」
「有名だ。女を口説く時に行く」
「うわっ、不潔! 近付かないでください!」
ズザザッと後ずさった兎衣は、冗談っぽく軽く手を振った。
「じゃあ、今まで本当にありがとうございました。誠先生連れ回すの、純粋にちょっと楽しかったです!」
誠は少しだけ口角を上げて返してくる。
「俺も。マッスルバーなんて、お前に誘われないと一生行ってなかっただろうな」
最後は軽く手を振り合って別れた。
誠とはもう、会うことはないだろう。
元々紗季を病院に連れて行くためにタッグを組んだだけの関係だ。
でもいつか、またどこかですれ違ったら、挨拶だけはしてやろうと思った。




