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すすきの性病専門クリニックのワケあり医師とバニーちゃん  作者: 淡雪みさ
FILE1 手に入らないもの

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13/52

サクラと外出



 誠は最後に、「目を離すな」と言った。

 ハナとは、勤務時間外にも飲みに行っていた仲だ。けれど、最近はそれもなくなってしまっていた。

 兎衣は大きく頷いた。


「……やってみます。ハナのこと、ちゃんと見ます」

「できることなら専門家にも繋げた方がいい。もう繋がってるなら別だけどな」

「精神的なケアができてるか確認するってことですよね。本人が話しにくそうでなければ聞いてみます」


 兎衣は早速ハナに、『明日の勤務後、アフターなければラーメン食べに行かない?』と送った。Onlyには体型を気にしているキャストが多く、なかなか夜ラーに付き合ってくれる子がいない。このような兎衣の誘いに乗ってくれるのは、いつもハナだった。



 ラブホ街を離れてしばらく歩いた。

 マンションの近くの道路沿いで兎衣は歩みを止め、誠の顔を見上げる。


「この辺でいいですよ。……すみません、わざわざ付き合ってくれたのに収穫なしで」

「次はアルコールのない店で頼む」


 誠が呆れたように笑った。

 兎衣は意外に思って聞き返す。


「……次も付き合ってくれるんですか?」

「お前が飲みまくらなければ一回で済んだんだけどな。済まなかったんだから仕方ないだろ」

「ご、ごごごごめんなさい。深く反省します!」


 ぎろりと睨まれ、兎衣は萎縮する。

 そして、慌てて頭から引っ張り出すように、マッスルバーでの紗季の発言を思い出した。そういえば紗季は、クリスマス市という、大通公園でやっているイベントに行きたいと言っていた。


「私、紗季さんのこと、今度はクリスマス市に誘ってみます! ええっと……初日が土曜日みたいなんですけど、誠先生は大丈夫ですか?」


 兎衣が提案すると、誠はスマホのスケジュールに目を落とした。人の流れが背後を抜けていく中、考えるような間があった。


「土曜はオンコールがある。何かあった時途中で抜けてもよければ行ける」


 兎衣は目を瞬かせる。


「……オンコールって、病院の外にいてもなんかあったら病院まで駆けつけるってやつですよね? 性病専門クリニックにオンコールなんてあるんですか?」

「いや。俺は掛け持ちで訪問診療もやってるから、そっちの都合だ」

「掛け持ち……。なんか、誠先生って、特殊な働き方してます?」


 何だか自分の想像する医者の勤務体制と違うような気がして、兎衣は首を傾げる。

 兎衣の中の医者は、一つの病院に勤務して、せっせと昼夜働いているようなイメージだ。お金に困って入院期間ありの治験バイトをしていた時、医療従事者たちの疲弊しきった顔つきを見て、大変なんだろうな……と感じたのを覚えている。しかし、マッスルバーなんてものに付き合ってくれるあたり、誠はそこまでスケジュールが詰まっている感じがしない。


「正解。普通は研修医上がりの新人がこんなヌルい働き方してねぇよ。……本当は元々、医局っつーのに入ってたんだけどな。大体の医者は医局に所属してお前が想像するような医者になる。そうなると北海道内の色んなところに飛ばされることが大半だ。ずっと札幌にはいられない」

「……それが嫌でやめたんですか?」


 聞くと、誠の表情が曇った。あまり聞かれたくないことなのだと瞬時に悟った兎衣は、大袈裟に驚いたような声を上げた。


「ああっ! そういえば私、レポートやらなきゃ! そろそろ帰りますね。また連絡します。送ってくれて、ありがとうございました!」


 兎衣と誠は友達ではない。踏み入っていい範囲はわきまえなければならない。

 兎衣が小さく手を振ると、誠も「部屋付いたら連絡しろ」と一言だけ返し、来た道を戻っていった。



 :



 後日、Onlyの給料日が来て、母への十万円をどうにか送金できた。

 ノルマを達成したので十一月は生活が少し楽になり、月の中頃にはるとマッスル……畠山への借金も送金して返すことができた。


 ハナは相変わらず、他のキャストの客を取っているようで、Onlyの内部で煙たがられるようになっていた。それでも兎衣は、誠と話し合った通りハナによく話しかけた。すっかり嫌われ者になってしまったハナを、兎衣がまだ遊びに誘ってくることに、ハナ自身が一番驚いているようだった。



 あっという間に月日が巡っていく。

 畠山やハナと遊ぶことも多い兎衣だが、今日は別の人物と会っていた。

 札幌の街が少し霞んだ曇天に包まれた午後、ヒールを履いて街を歩く。隣には、黒のタートルネックに白のロングコートを羽織ったサクラが、小ぶりなバッグを肩にかけて歩いている。髪はいつもの夜仕様よりも柔らかく巻かれ、香水もどこか控えめな香りだった。

 兎衣とサクラが会うのは今日で二回目だ。サクラの方から兎衣を誘ってくれて、兎衣は喜んで飛びついた。

 向かった先は、大通公園近くのビルの上階にあるアフタヌーンティー専門店である。ビルのエレベーターを上がると、落ち着いたピアノ音楽のかかる店内に到着し、ゆったりとした椅子に案内される。テーブルには既に白いクロスと細長いグラスが並んでいた。

 サクラは紅茶のメニューに目を落としてにこりと笑う。


「ここ、ずっと来たかったのよね。女の子とじゃないと来れないから、ばにぃちゃんが付き合ってくれて嬉しいわ」


 三段のティースタンドには、上段にスコーン、中段にプチフール、下段には小さなサンドイッチとキッシュが並ぶ。ティーカップに注がれたダージリンの香りが立ちのぼる。兎衣ははしゃぎながら写真を撮った。


 その後兎衣たちは、札幌駅近くの百貨店でコスメカウンターを巡った。兎衣は新作リップを試しながら鏡を覗きこみ、サクラはそれを見て「それ、ばにぃちゃんの顔には少し浮かないかしら? こっちの方が似合うと思う」とアドバイスをくれる。

 自分の見せ方や化粧に詳しいサクラからの言葉が頼もしくて、兎衣はふむふむと勉強するかのような態度で聞いていた。

 その後、ちょっとお手洗いに行ってくると言って消えたサクラを待っていると、ふとスマホの通知が震えた。画面にはハナからのDMが表示されている。


『ばにぃ、これって誰と一緒に行ってるの?』


 添えられていたのは、今日の昼間に投稿したアフタヌーンティーの写真。三段スタンドのスイーツと、向かいの席に置かれたカップやスマホ、そして片隅にはサクラの服の袖口と手がわずかに映っていた。




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