マッチョCLUB
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二週間後の金曜日の夜、兎衣は早速紗季との約束を取り付けた。細川には代わりに子供の面倒を見るように命じ、紗季が来やすい環境も作った。
兎衣は薄手のチェスターコートとボルドーのリブニット、タイトスカートに歩きやすさを重視したヒール低めのショートブーツですすきのに向かった。
張り切ってコーディネートを考えてきた兎衣とは打って変わって、待ち合わせた誠はいつもと同じ服を着ていて、お洒落に興味ないんだろうな……と感じられた。
店に向かうと、駅前通り沿いに看板があり、『北海道初マッスルバー・当ビル最上階 マッチョCLUB』と大きく書かれている。
兎衣は、誠と並んでエレベーターでビルの最上階に上がった。
「ここ、友達が勤めてる店なんで、ちょっとだけ料金安くしてもらえるんですよね~。貧乏学生としては有り難い限りです」
「貧乏……学生……?」
何故か誠が衝撃を受けた様子で一歩後ろに下がった。
「お前、学生なのか……? 馬鹿のくせに……?」
「なっ、ば、ばかって」
「本当に勉強、できてるのか?」
「できてますよっ!!」
むきーっと怒っていたその時、エレベーターの扉が開く。
途端、待ち構えていたかのように快活な挨拶が響いた。
「おかえりマッチョッチョ!」
兎衣の友達である畠山、源氏名『はるとマッスル』である。
マッチョCLUBに勤めているキャストはどれだけ寒くとも原則上裸で、はるとマッスルも例に習って黒いズボンしか履いていない。
「兎衣、久しぶりだな! 最近Tシャツ破りオプション追加したから、絶対頼んでくれよな!」
はるとマッスルの白い歯がキラリと光る。
「ええ~。オプション頼むお金の余裕ないよぉ」
「ダメダメ、楽しまなきゃ! 兎衣なら50%オフにするから!」
「そうは言ってもなぁ……」
マッチョCLUBは、基本的な料金体系は兎衣の勤めているOnlyと変わらないのだが、マッチョ壁ドンやマッチョ抱っこ、マッチョ腕立て、マッチョチェキなど特徴的なオプションメニューが存在し、それらを注文すると料金がかさんでいく。
「行きマッスル! 付いてきてくだサイドチェストぉ~!!」
兎衣にとっては慣れたものだが、誠の方は初めて耳にする語尾と、はるとマッスルの想定以上の声量に困惑している様子だ。
兎衣は苦笑いしながら案内してくれるはるとマッスルに付いていく。
薄暗い照明に照らされた店内。圧倒的な筋肉を纏ったスタッフたち。割れた腹筋に、隆起する二頭筋。高校時代美術室に置いてあった彫刻のような肉体を持っている男たちが、暗い中を歩き回り、女性客の接待をしている。
連れがいることを伝えると、紗季のいる卓に案内された。紗季は既に酒を頼んで推しマッチョを指名していた。
「紗季さん、お久しぶりです~!」
紗季が兎衣に気付いてにこやかに手を振ってくる。淡いベージュのニットにジーンズを合わせ、気取らない服装ながらも清潔感のある雰囲気の女性だ。
紗季は兎衣の隣にいる誠に視線を移し、不思議そうに首を傾げた。
「……今日連れて来る友達って、男の人だったの?」
「そうそう、この人最近市内に転勤してきたみたいだから案内してるんですよ~。すすきので楽しめるところって言ったらここかなぁって!」
「いきなりここはハードル高くない?」
紗季がおかしそうにぷっと噴き出す。
兎衣も笑いながら紗季の隣に座った。誠は無言で会釈した後、兎衣の隣に座り、紗季に挨拶する。
「誠です。よろしくお願いします」
「誠くんね。はじめまして。初回指名は誰にする?」
「……何ですかそれは?」
「初回指名。好きなマッチョを指名するの」
「好きなマッチョ……」
「言っておくけど、りくマッスルはやめてね。あたし、男であろうと被りは嫌いだから」
「被り……?」
まるで言葉を覚えたての幼児のように初めて聞く単語を反芻している誠がおかしくて、兎衣は隣でぷるぷる震えながら笑いを堪える。
誠は眉間に皺を寄せながらパネルの中からマッチョを選んでいた。
その隣で、兎衣は紗季に話しかける。
「紗季さんと久しぶりに会えて嬉しいですっ! 今日は楽しみましょ~!」
「そうだね、楽しみましょう。あたしも今日はいっぱいお酒飲むつもりで、張り切ってお金おろしてきちゃった。ふふふ」
「やる気すご! っていうか、今日ほんとに大丈夫でしたか? お子さんいるのに、無理に誘っちゃってごめんなさい」
「ううん、こういう夜遊びって息抜きにもなるから。普段はずっと家事育児で家にいて、旦那ともろくに話さないんだもん。上の子も反抗期だし、大人とまともに会話する機会がないって案外ストレスなの。誘ってくれて嬉しかった」
兎衣はうんうんと相槌を打つ。ふとグラスを持つ紗季のあかぎれだらけの手が目に入った。家事の中で水仕事が多く、乾燥してしまっているのだろう。
紗季は家のことをきちんとこなしているのに、細川ときたら……と、細川への怒りが芽生えてくる。
(ていうか、何で私が細川さんのためにこんなことを!?)
家庭を壊さないためとはいえ、結果的に細川を庇う形になっていることが少し馬鹿らしくなった。
しかし、ここまできたら引けない。
兎衣は酔わないようアルコール度数低めのメニューである『マッチョカシスオレンジ』を注文し、友達であるはるとマッスルを指名した。




