藤宮クランの消滅
ユウトは夜の街を疾走していた。胸の内で渦巻く怒りを必死に抑え込みながら、ただ一つの目的のために足を動かす。
灯を助ける。
それだけが、彼を突き動かしていた。
途中、協会の近くの路地で人影を見つけた。桜庭綾乃だ。彼女もまた、藤宮クランの拠点へ向かおうとしていたのか、足早に歩いていた。
「白夜さん!」
綾乃が気づき、足を止める。彼女の顔には深い罪悪感が刻まれていた。
「ごめんなさい…私が、あなたのクランに行くって言ったせいで…灯ちゃんが」
綾乃の声が震える。彼女にとって、灯が巻き込まれたのは自分の軽率な発言のせいだと思っていた。
「謝るのは後だ!」
ユウトは怒鳴った。綾乃を責めるつもりはない。今はただ、灯を救い出すことだけが最優先だ。
「今は灯を助ける。それだけだ!」
その言葉に、綾乃はハッとして顔を上げた。彼の瞳に宿る炎は、怒りだけでなく、仲間を救うという強い意志の光だった。
「…はい!」
綾乃の迷いが消えた。二人は並んで走り出した。
藤宮クランの拠点であるマンションの最上階。エレベーターで昇り、重厚なドアを蹴破った。
「おいおい、もう来たのかよ」
部屋の中では、藤宮雷人がソファにふんぞり返り、余裕の笑みを浮かべていた。その周囲には数人の手下たちが取り巻いている。
そして、部屋の中央。
「灯ちゃん!」
日向が悲鳴のような声を上げた。
灯は全裸のまま、天井から吊るされていた。目隠しをされ、口を塞がれ、寒さと恐怖で小刻みに震えている。その周囲を、下卑た笑みを浮かべた男たちが取り囲んでいた。
「気を利かせてゆっくり来いよなあ。まだ何もしてねえぞ? ただ見てただけだ」
藤宮が薄ら笑いを浮かべる。
ユウトの視界が真っ赤に染まった。だが、彼は冷静さを失わなかった。怒りに任せて突っ込めば、灯に危害が加えられるかもしれない。
「日向、綾乃さん!」
ユウトは二人の名前を呼んだ。
「ええ!」
「任せて!」
日向と綾乃が即座に応じる。
ユウトは両手をかざした。
「《祝福の絆》!!」
黄金色の光が二人を包み込む。だが今回は、これまでよりもさらに強く、さらに激しい光だった。それはユウトの怒りと信頼が極限まで高まっている証拠だ。
光を浴びた瞬間、日向と綾乃のステータスが爆発的に跳ね上がった。
「うそ…これって!」日向が自分の腕を見つめ、驚愕する。体の中から無限の魔力が湧き出してくる感覚。
「行くわよ!《ファイアボール》!!」
日向が杖を振ると、もはや火球と呼べる代物ではなかった。灼熱の奔流が部屋全体を飲み込み、壁や天井を一瞬で溶解させた。熱風が舞い上がり、男たちの髪を焦がす。
「なっ!? 何だこの威力は!?」藤宮が驚愕の声を上げる。
しかし、それ以上に凄まじかったのは綾乃だ。
彼女は刀を抜き放った。一歩踏み出すと、その姿は風のように消えた。
次の瞬間。
「ぎゃああああっ!!」
灯の周りにいた男たちの悲鳴が重なった。彼らの手足が一瞬にして切り落とされ、血飛沫が舞う。綾乃の神速の剣撃は、A級探索者としての実力に《祝福の絆》の強化が乗ったことで、もはや人間業とは思えない領域に達していた。
「灯!」
ユウトはその隙を逃さず、灯の元へ駆け寄った。ロープを切り落とし、彼女を抱き留める。
「優斗さん!」灯が涙ながらに彼の首に腕を回す。ユウトは自分の上着を脱ぎ、彼女の裸体に被せた。
「もう大丈夫だ。絶対に離さない」
ユウトは灯を強く抱きしめた。彼女の震えが少しずつ収まっていく。
一方、手足を切り落とされた男たちは床でのたうち回り、藤宮だけが残されていた。彼の顔からは余裕の色が完全に消え失せていた。
「お前…桜庭…お前正気か!? 俺たちのクランを攻撃すれば、協会から」
藤宮は引きつった笑みを浮かべながら後ずさる。
綾乃は血振るいをして、藤宮と対峙した。冷徹な眼差しが彼を射抜く。
「藤宮さん……あなたは私を仲間だと思ったことは一度もない。ただの道具として使い捨てるつもりだった」
綾乃の声は低く、静かだったが、その内には激しい炎が燃えていた。
「これでおあいこよ。さようなら」
藤宮が何かを言おうと口を開いた瞬間、綾乃の姿が再び消えた。
そして次の瞬間。
藤宮の体は、まるで切り絵のようにバラバラに切り刻まれていた。血の海の中で、元B級探索者の肉体は無惨に四散していた。
静寂が部屋を支配する。日向も灯も、その凄惨な光景に言葉を失った。
綾乃は刀を鞘に納めると、振り返ることなく言った。
「白夜さん。このクランの財産、すべてあなたのクランに譲渡します」
「え…?」ユウトは目を丸くした。
「慰謝料です。私が巻き込んでしまった代償として。そして…あなた方の新しいスタートの資金として」
綾乃は淡々と言った。それは彼女なりのけじめであり、感謝の表現だった。
ユウトは少し考えた後、うなずいた。
「…わかった。ありがたく受け取らせてもらう」
ユウトは灯を抱きかかえたまま立ち上がった。
「帰ろう。家に帰ろう」
「はい…」灯が小さくうなずく。
日向も呆然としていたが、ハッとして二人に続いた。
夜明けが近づいていた。長く辛い夜がようやく明けようとしていた。
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