疾走と女の子の弱点
朝食を食べながら、楓さんと作戦会議をした。萌香が作った味噌汁とおにぎりを齧りながら、楓さんが地図を広げる。
「問題は時間よ」楓さんが指を立てる。「前回は6日かけて大広間まで行ったわ。でも時間がかかればみんなの疲労も溜まっていく。万全の状態でモンスターハウスに突入したいわ」
「どうします?」
「綾斗、あなた、おぶられなさい」
「おぶられる?」
俺が聞き返すと楓さんが当然のように頷いた。
「誰でもいいから綾斗をおんぶして。ステータスに任せてダンジョンを一気に駆け抜けるのよ」
「なるほど…」
「道は分かっているから今日中に大広間に着くわ」
「確かに俺のステータスに合わせてたら時間がかかるもんな」
「そういうこと。あなたが1番遅いのよ綾斗」
「痛いところを突くな…」
瑞葉が手を上げた。
「私がおんぶするのが1番安定するでしょ。身長が高いから」
確かに瑞葉は俺より頭一つ背が高い。180センチ近い体格だ。おんぶするには最適だろう。
「瑞葉よろしく頼む」
「任せて!」瑞葉がしゃがんで背中を向けてくれた。俺が背中に乗ると瑞葉が立ち上がった。軽々と持ち上げられる。35.7倍のステータスなら俺の体重など羽根みたいなものだろう。
「軽いね綾斗」
「いや俺は普通の体重だろ」
「うん。軽いよ」
瑞葉が笑う。背中が温かい。
「でも綾斗」瑞葉が振り返りながら言った。「匂いを嗅ぐのはいいけど耳に息を吹きかけたらダメだよ。落としちゃうからね」
「匂いは嗅がないよ!」
「嘘。さっきちょっと嗅いだでしょ」
「嗅いでない!」
「じゃあ証拠に…」
瑞葉が俺を背負ったまま振り返ろうとして、俺が反射的に耳にふっと息を吹きかけた。
「ひゃあっ!」
瑞葉がへたり込んだ。俺ごと。
「だっダメだって言ったじゃないか!」瑞葉が真っ赤になって怒っている。
「ごめんごめん。つい」
「ついって何よ! 落としたらどうするの!」
「ごめんってば」
「瑞葉の弱点は耳か。覚えておこう」
「覚えないでよ!」瑞葉が叫ぶ。
「でも可愛い反応だったわね」琴音が笑う。
「可愛くないわよ!」
瑞葉は耳まで真っ赤になりながらも俺を背負い直してくれた。
「もう息吹きかけないでね」
「わかったよ」
「約束よ」
「はいはい」
バスやテントをアイテムボックスにしまって出発の準備をする。前回来たメンバーを先頭と1番後ろに配置した。道を知っているメンバーが案内するから迷うことはない。
「全員準備はいいか?」
「「おー!」」
307人の声が洞窟に響く。
「よし行くぞ。瑞葉頼むぞ」
「任せて! 」瑞葉が走り出す。
速い。速すぎる。35.7倍のステータスで走る瑞葉のスピードは、俺の全力疾走より速い。いや比べ物にならない。風が顔を叩く。
「速くない?」俺が瑞葉の耳元で言った。
「普通だよ。これくらいが丁度いいでしょ?」
「俺にとってはジェットコースターだよ」
「大丈夫落ちないから」
瑞葉が笑う。背中が揺れる。でも安定している。さすがタンク役だ。
307人が一斉に走り出した。洞窟の中を307人の女性たちが走る。足音が地鳴りのように響き渡る。圧巻だった。
モンスターが現れた。巨大な蜘蛛型モンスターが道を塞ぐ。
「邪魔!」先頭集団の一人が剣を一閃する。蜘蛛が真っ二つになった。
次々と現れるモンスター。先頭集団が一閃しては倒していく。SS級モンスターが障害物になっていない。
「すごい…」俺が呟く。
「当然でしょ」瑞葉が答える。「32.7倍よ。こんなの敵じゃないわ」
307人の女性たちが走る光景は圧巻だった。今まで俺に合わせてくれていたのが申し訳なく思うほどだ。彼女たちの本来のスピードはこんなにも速いのか。
「ごめんな皆。俺のせいで遅くなってたんだな」
「何言ってるのよ」琴音が隣を走りながら言った。「綾斗がいるから私たちは強くなれるんでしょ。感謝してるわ」
「そうよ」萌香も反対側から。「綾斗が遅いのは仕方ないことなんだから。気にしないで」
「気にしてないけど」
「嘘。ちょっと気にしてるでしょ」
「まあ…ちょっと」
「素直でよろしい」皐月が後ろから走りながら言う。「でも今は瑞葉がいるから問題ないわ。明日は私がおんぶしてあげる」
「私が先に言ったのに」萌香が唇を尖らせる。
「順番は後で決めなさい」楓さんが先頭から声をかける。「今は走ることに集中して」
途中1度休憩を取った。トイレと水補給だ。
「やっぱりトイレは足りないわね」
「次はもっと持ってきます」
「頼むわ」
休憩を終えて再び走り出す。夕方までには大広間の前まで来てしまった。前回は6日かかった距離を1日で到達した。
「着いたわね」楓さんが大広間の入り口を見上げる。
「1日で…」俺が呆然とする。
「32.7倍のステータスならこれくらい当然よ。前回はあなたの歩くスピードに合わせてたから」
「そうだったのか」
「罠の確認もあったから、それで良かったんだけどね」
「そういや罠は今回無かったのか?」
「作動する前に全員走り抜けたから問題無かったわ」
「あっ、そうですか‥‥」
大広間の前で野営することにした。明日の朝からモンスターハウスの攻略を始める。バスを2台出してテントも張る。
「明日に備えてしっかり休んでくれ」俺が全員に告げる。
「了解」
308人がそれぞれの寝床に就いていく。
夜、俺は寝袋に入っていた。瑞葉におんぶされて走ったせいで少し疲れている。でも悪くなかった。瑞葉の背中は温かかった。
寝ながら悠花が横に来た。
「綾斗…」
「ん?」
「私がおんぶしたかったな…」悠花が甘えるように俺の腕に顔を寄せる。
「お前は小さいだろ。俺を背負ったら潰れるよ」
「失礼ね。32.7倍なんだから大丈夫よ」
「でも瑞葉の方が安定してたじゃないか」
「むっ…」悠花が唇を尖らせる。「明日は私がおんぶするからね」
「はいはい」
「はいは一回よ」
「はいはい」
「もう!」悠花が俺の胸をポンと叩く。
俺はふと思いついて悠花の耳にふっと息を吹きかけた。
「はぁん…」
色っぽい声が出た。悠花の顔が一瞬で真っ赤になる。
「綾斗…いきなりはダメだよ…」悠花が耳を手で覆う。
「悠花の弱点もこれだったのか」俺が笑う。
「ダメだってば…帰ってからゆっくりしてね…」
「ゆっくり?」
「そう。ゆっくり」悠花が意味深に笑う。
「悠花、お前…」
「ふふ」
悠花が俺の胸に顔を埋めたまま呟く。
「明日は異世界だね」
「ああ。歴史が違うだけで同じ地球なんだけどな」
「うん。お父さんお母さんと会えるといいね」
「会えるさ。父さんたちが待ってる」
「信じてる」
「ああ」
「でも神級ダンジョンなんでしょ? 危険じゃない?」
「危険だろ。でも俺たちが行くしかない」
「うん…」悠花の声が小さくなる。「みんなで行こうね」
「ああ。みんなで行く」
「綾斗がいれば大丈夫」
「俺がいるから大丈夫」
「自信あるね」
「父さん譲りだよ」
「ふふそうだね」
悠花が安心したように目を閉じる。
「明日のために寝よう」俺が言うと悠花が小さく頷いた。
「おやすみ綾斗」
「おやすみ悠花」
俺も目を閉じた。明日はいよいよ大広間のモンスターハウスを攻略して、その先の扉を開く。異世界に繋がる扉。父さんたちが待つ世界への入り口だ。
「父さん。明日行くからな」
俺は心の中で呟いて眠りに落ちていった。
明日は運命の日だ。308人が一つになって父さんたちを迎えに行く。百花繚乱の花たちが最も咲き誇る日になる。そう信じて俺は眠った。
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