父からの手紙
戦闘が一段落した隙間に、俺は楓さんの横に立った。
「楓さん、どこまで出てくると思います?」
楓さんは腕を組んで三方向の穴を見渡している。
「ゴブリンから始まって、今はB級のモンスターが出てきているわ。次はA級、その次はS級でしょうね」
「じゃあ、いずれ氷の壁じゃ止められなくなる」
「そうね。S級モンスターが集団で現れたら氷の壁なんか意味がないわ。すぐに壊されるわね」
俺は覚悟を決めて言った。
「撤退も視野に入れて考えています」
楓さんが俺を見た。その目は冷静だった。
「そうね。いつまでもここで粘るのは得策じゃない。綾斗、撤退のタイミングはあなたが決めて」
「父さんたちは勝てたと思いますか?」
恐る恐る聞いてみた。楓さんは少し考えてから答えた。
「私たちみたいにローテーションで耐えることができないとなると……厳しいかも」
「そうですか…」
「でも」楓さんが続けた。「優斗さんは規格外よ。何があったにしても簡単に死ぬような人じゃないわ」
「そうだといいんですけど」
俺は深呼吸して決断した。
「今のうちに父さんのバスを回収しておきます。その後撤退しましょう」
「わかった。道は私たちが作るわ」楓さんが頷く。「バス回収作戦を始めるわよ!」
楓さんが声を上げると同時に全員が動き出した。
「9班一斉攻撃で数を減らせ! 瑞葉先頭! 萌香琴音続け!」
「了解!」9班の魔法職が一斉に魔法を放つ。炎と氷と雷がモンスターの群れを直撃する。
「行くわよ!」瑞葉が盾を構えて突っ込む。
「右に続け!」萌香が剣を振り上げて走る。
「左は任せて!」琴音が薙刀を構えて続く。
俺も走った。バスまでの距離は約50メートル。だが俺のスピードは遅い。12.6倍に強化された仲間たちと比べると、その差は歴然としていた。萌香や琴音は俺の3倍は速く走っている。
「綾斗早く!」萌香が叫ぶ。
その時、また穴からモンスターが溢れてきた。A級のモンスターだ。今までより明らかに強い個体が押し寄せてくる。
「バスまでの道を作れ! 綾斗を守るんだ!」楓さんが叫ぶ。
106人の女性たちが俺のために道を作ってくれた。タンクが左右に壁を作り、アタッカーが前を切り開き、魔法職が後方から援護する。俺はその道を必死に走った。
「早く! 早くしろ綾斗!」
「すみません!」
バスにたどり着く。俺はバスに手を触れてアイテムボックスに入れた。一瞬でバスが光に包まれて消える。
「回収完了! 戻ります!」
「よし全員撤退だ!」楓さんが叫ぶ。
俺たちは来た方向へ走った。背後からモンスターの咆哮が追いかけてくる。
「9班氷の壁で入り口を塞げ!」
「了解!」9班が振り返って氷の壁を展開する。大広間への入り口が氷で封鎖された。
「時間は稼げるわ。走れ!」
107人が一斉に撤退を開始した。俺は遅い足を必死に動かして走った。萌香が隣についてくれている。
「綾斗大丈夫?」
「大丈夫だ。まだ走れる」
「無理しないでね」
「お前こそ前を見て走れ」
「ははっ。そうね」
必死で撤退して、モンスターの追撃が止んだ頃、俺たちは安全な場所を見つけた。
「ここで休憩だ」
俺がアイテムボックスからバスを2台出した。107人がバスに分かれて乗り込む。みんな疲労の色を隠せない。
「お疲れ様でした」梨々香が俺に水を差し出してくれた。
「ありがとう梨々香」
俺は水を飲みながら息を整えた。それから俺はアイテムボックスからもう一台のバスを出した。父さんのバスだ。
「父さんのバスを調べさせてくれ」
俺は一人でバスに乗り込んだ。中は散らかっていた。食料の空き容器、使い捨てられた包帯、武器の手入れ道具。激しい戦闘の痕跡がそこここに残っている。
そして机の上に、一通の手紙が置いてあった。
俺の手が震えた。封筒には「ここまで来た探索者へ」と書かれている。父さんの字だ。
俺は手紙を開いた。
『ここまで来た探索者へ。祝福の絆か、綾斗か。』
俺の目が止まった。綾斗か。父さんは俺が来ることを想定して書いていた。
『俺たちは無事だ。モンスターハウスの猛攻を耐えて、最後にボスを倒すと奥に扉があった。その扉はカグヤの故郷のパラレルワールドの日本と繋がっていた。そこは神級のダンジョンが誰も攻略できずに神級モンスターが溢れてきた世界だった。俺たちはこの扉から神級モンスターがそっちの世界に行かないように向こうで神級ダンジョンを攻略しようと思っている。帰れなくてすまん。綾斗、神級ダンジョンはいつか絶対に来る。強くなれ。期待しているぞ。父より』
手紙を読んで、俺の目から涙が溢れた。
父さんたちは生きていた。あの大群を倒して、ボスを倒して、そして神級ダンジョンに向かったのだ。こちらの世界を守るために。
「生きてた…父さんたち生きてた…」
俺は手紙を握りしめて泣いた。涙が止まらなかった。安堵と、悔しさと、誇らしさが混ざり合って胸が張り裂けそうだった。
「綾斗?」バスの外から皐月の声がした。
「皐月…父さんたち生きてた」
「えっ?」
「手紙があったんだ。父さんからだ」
皐月がバスに乗り込んできて手紙を読んだ。その目が潤む。
「神級ダンジョンに向かったのね」
「ああ。向こうの世界を守るために。こっちに神級モンスターが来ないように」
「優斗様らしいわね」皐月が涙を拭いて笑った。「自分を犠牲にしてでも人を守る。そういう人よ」
「もう一度作戦を練るために1度帰ろう」俺が言うと皐月が頷いた。
「そうね。この情報を協会に持ち帰らないと」
俺はバスから出て107人に告げた。
「みんな聞いてくれ。父さんたちは生きていた」
歓声が上がった。
「よかったぁ!」
「生きてたのね!」
「さすが優斗様だわ!」
俺は手紙を高く掲げた。
「父さんたちは神級ダンジョンに向かった。向こうの世界を守るために。俺たちは一度帰って作戦を練り直す。必ず父さんたちを追いかける」
「「おー!」」
107人の声が洞窟に響き渡った。
俺は手紙を胸に抱いて歩き出した。父さん。生きていたんだな。神級ダンジョンか。
「よし、帰るぞ」
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