レブナント
安全な場所を見つけてキャンピングカーをアイテムボックスから取り出した。A級ダンジョンの毒霧から離れたこの場所は、空気が澄んでいて落ち着く。
「今日はここで宿泊だ。毒霧の中で寝るのは危険だからな」
キャンピングカーの中で萌香が作ったシチューをみんなで食べた。温かい食事が胃に染み渡る。A級ダンジョンの疲労が少し和らいだ気がした。
「萌香、美味しいよこれ」琴音がおかわりを求める。
「ありがとう琴音。まだあるよ」
食後に俺が紅茶を淹れて全員に配った。湯気が立ち上るカップを両手で包みながら、萌香がふと思い出したように言った。
「そういえばキャンピングカーもう一台あるんだよね? なんで二台もあるの?」
「父さんたちは初めてA級に行った時は十人だったからな。二台必要だったんだと思う。父さんから二台とも譲ってもらったけど、俺たちは六人だから一台で充分だろ?」
「十人か…」皐月がカップを口に運びながら呟く。「綾斗のお母さんたちはレベル解放してない状態でA級ダンジョンを踏破したんでしょう? すごいよね。私たちはレベル解放して強くなってるから余裕があるけど、当時の最難関を踏破した英雄は憧れるわ」
「父さんたちの頃はレベルの概念すらなかったからな。7倍強化でもA級ボスに苦戦したって聞いてる。今の俺たちは5.5倍だけどレベルが上がってる分ステータスは上回ってるはずだ」
「でも神級ダンジョンに行くにはまだ全然足りないわね」皐月が冷静に分析する。
「あとスカウトが欲しいな」俺が言うと五人が顔を上げた。「罠を見つけたり敵を察知したりする役目の。A級以上のダンジョンは罠が厄介だ。転移罠なんか踏んだら一発で戦線崩壊する」
「祝福の絆から引き抜けるかな?」萌香が聞く。
「難しいだろ。父さんたちがSS級で戦ってる今、戦力を減らすわけにはいかない。俺たちで探すしかない」
「気配察知のスキルは私が持ってるから敵の気配は分かるよ」萌香が手を挙げる。
「そうだったな。頼りにしてるよ」
俺が何気なく萌香の頭を撫でた。妹たちにやっていた癖で、つい自然に出てしまった手だ。
萌香が真っ赤になってフリーズした。
「あっごメン。妹たちにやっていたからつい」
俺が慌てて手を引っ込めると萌香が口をパクパクさせている。
「あ…えっと…その…いえ…」
「萌香大丈夫?」琴音が覗き込む。
「大丈夫じゃない…かも…」萌香が顔を覆う。
悠花がそれを見て小さく手を挙げた。
「あの…私も魔力強化のスキルを持ってます」
悠花が俺の前に頭を差し出した。ぶっきらぼうだけど、期待が透けて見える。
俺が戸惑っていると皐月が冷静に言った。
「撫でてあげなさいよ」
「えっでも…」
「悠花が望んでるんだから」
「うん…撫でてほしい…かも…」悠花の声がだんだん小さくなる。
俺は悠花の頭を優しく撫でた。柔らかい髪が指の間をすり抜ける。
「悠花も頼りにしてるからな」
悠花が満足そうに目を細めた。
「うん…ありがとう綾斗…」
「よしよし」瑞葉も頭を差し出してくる。「私も撫でて」
「お前までかよ」
「いいじゃない。仲間なんだし」琴音も並ぶ。
「はいはい全員撫でてあげるから並べ」
俺は四人の頭を順番に撫でた。皐月だけが腕を組んで横を向いている。
「皐月はいらないのか?」
「別に…いらないわよそんなの」
でも耳が赤い。
「素直じゃないな」俺が笑うと皐月が振り返った。
「うるさい」
「ははっ。よし、明日も先に進むから早く寝るぞ」
六人はそれぞれの布団に潛り込んだ。キャンピングカーの中は狭いが温かい。仲間の寝息が聞こえる中、俺は天井を見つめていた。
父さんたち無事かな。SS級ダンジョンでもう一週間以上。長い戦いだ。でも父さんなら絶対に帰ってくる。そう信じるしかない。
翌朝、萌香が作った朝食を済ませてダンジョンを進み始めた。
毒霧の森を抜け、さらに奥へと進んでいく。何度か戦闘をこなしながら進むこと数時間。
「綾斗! 前方に扉がある!」萌香が声を上げる。
ボスへの扉だった。黒鉄で作られた重々しい扉が行く手を阻んでいる。
「どうする? このまま行くか?」俺が聞くと皐月が首を振った。
「少し休んで行きましょう。全員のステータスも確認したいし」
「そうだな。一回休憩しよう」
全員で体勢を整えた。HPもMPも全快。装備も問題ない。
「よし、少しだけ扉を開けて中を見てみる」
俺が慎重に扉を少しだけ開ける。隙間から中を覗くとそこに立っていたのは。
「レヴナント…」俺は息を呑んだ。
ボロボロの探索者装備を纏った人型のモンスター。土気色の肌に浮き出た血管。光を失った目。かつて人だった者がダンジョンに取り込まれ化け物と成り果てた姿だ。
「綾斗あれは…」琴音が覗き込んで声を失う。
「レヴナントだ」俺が言う。「父さんたちがA級ダンジョンで苦戦した相手だ。人間だった者がダンジョンに食われて化け物になったんだ」
「人間だった…」悠花が顔を青くする。
「でもステータスはこっちの方が上のはずだ!」俺が声を荒げる。「瑞葉が止めて琴音と萌香が削る。悠花は魔法で牽制をしてくれ。皐月は瑞葉を集中して回復を頼む」
「了解!」五人の声が重なる。
「全員準備はいいか?」
「「おー!」」
「よし行くぞ!」
ボスの扉を開ける。レヴナントがギャァという咆哮を上げて襲いかかってきた。
「瑞葉行け!」
「おうっ!」
瑞葉が盾を構えて正面から突っ込んでいく。レヴナントの爪が振り下ろされ瑞葉の盾に弾かれる。ガギンという重い音が響き渡った。
「くっ重い!」瑞葉が歯を食いしばる。でも5.5倍に強化された瑞葉は一歩も退かない。
その右後方に琴音が走る。
「右から行くわよ!」
左後方に萌香が回り込む。
「左は任せて!」
二人が同時にレヴナントの両脇を斬り裂く。魔法剣で強化された刃がレヴナントの硬い皮膚を切り裂いた。
「ギャァァ!」
レヴナントが暴れる。爪が瑞葉の盾を何度も叩く。
「皐月回復!」
「任せて!」皐月のヒールが瑞葉に飛ぶ。傷が瞬時に癒えていく。
「悠花魔法で牽制!」
「えいっ! ファイアボール!」
悠花の火球がレヴナントの顔面を直撃する。視界を奪われたレヴナントがよろめる。
「今だ琴音、萌香同時に攻撃!」
「「おらぁっ!」」
二人の同時攻撃がレヴナントの両腕を断ち切った。黒い血が飛び散る。
「もう一度瑞葉強打!」
「はいっ!」瑞葉が盾でレヴナントの体を強打する。後退したところに萌香の剣が胸を貫いた。
「トドメだ! 全員一斉攻撃!」
六人の攻撃が同時に炸裂した。琴音の薙刀が首を刎ね萌香の剣が腹部を貫き瑞葉の盾が頭部を砕く。悠花の最大級ファイアボールが残骸を焼き尽くした。
レヴナントは黒い灰となって崩れ去った。
「勝った…」萌香が息を吐く。
「綾斗の指示が完璧だったわ」琴音が薙刀を収める。
「瑞葉の防御が一番凄かったよ。あの重い攻撃を全部止めるなんて」悠花が感心する。
「皐月の回復があったから耐えられたよ」瑞葉が盾を下ろす。
「A級ボスもやれるじゃない」皐月が微笑む。
レベルが16に上がった。A級ダンジョン踏破完了。俺たちは確実に強くなっている。
「よし今日は帰ろう。報告して次の準備だ」
「次はS級?」萌香が目を輝かせる。
「いやまずはA級をもう一回攻略してレベルを上げよう。S級はもっと準備が要る」
「了解!」五人の声が重なった。
ダンジョンの外に出て協会に報告に行く。受付嬢が驚いていた。
「A級ダンジョン踏破ですか? お見事です白夜様」
「いやみんなのおかげだよ」
五人が照れくさそうに笑った。俺たちは確実に前に進んでいる。




