百花繚乱
翌朝、綾乃母さんが俺をクランハウスの裏手に連れて行った。萌香と皐月も一緒だ。裏庭の奥に進むと、シートで覆われた大きな物体が二つ置かれていた。
「これは…」
「キャンピングカーよ。二台とも」
綾乃母さんがシートを引き剥がす。現れたキャンピングカーは少し古びていたが、手入れが行き届いているのが分かった。
「最初に父さんが使っていたキャンピングカーよ。あなたにあげるわ」
「えっいいの? これすごく高いんじゃ…」
「いいのよ。もう父さんは今は大型バスを改造してトイレやシャワーをつけて使ってるから。これじゃ狭すぎるの」
俺は母さんの愛情を感じて胸が熱くなった。
「ありがとう。大事に使うよ」
俺は二台のキャンピングカーをアイテムボックスにしまった。巨大な物体が光に包まれて消えていくのを見て、萌香と皐月が目を丸くした。
「相変わらずすごいわねそのスキル…」萌香が呆れている。
「便利すぎて反則じゃない?」皐月も呆れている。
綾乃母さんが俺の肩に手を置いた。その手が少し震えている。
「それと自分の荷物も全部アイテムボックスに入れなさい」
「全部って…でもまだ…」
「あなたはもう自分のパーティがあるのだから、自分の城は自分で作りなさい」
綾乃母さんの目が潤んでいた。俺は息を呑む。綾乃母さんがこんな顔をするのは珍しい。
「綾斗。弟や妹よりも、あなたは父さんの才能を一番引き継いでいるわ」
「母さん…」
「次のダンジョンの脅威に対抗できるのはあなた達だけなの。強くなりなさい」
綾乃母さんが俺を抱きしめた。その体は小さかった。A級探索者だった母さんは、俺の前ではただの母親だった。温かくて、柔らかくて、少し泣いている母親だった。
「絶対強くなって、父さんや母さんたちみたいに日本を救ってみせるよ」
俺の言葉に綾乃母さんが腕に力を込めた。背中をポンポンと叩いてくれる。子供の頃と変わらない手つきだ。
「…信じてるわよ」
綾乃母さんが離れた時、隣で見ていた萌香と皐月が泣いていた。
「何泣いてんの二人とも」俺が言うと萌香が鼻をすすりながら答えた。
「だって…だってお母さん泣いてたんだもん…」
「感動したのよ…仕方ないでしょ…」皐月も目元を赤くしている。
「二人とも泣きすぎよ」綾乃母さんが笑いながら二人の頭を撫でた。
クランハウスを出る時が来た。玄関には父さんと母さんたちが全員揃って並んでいた。十四人の母さんたちと父さん。そして玄関の奥から弟や妹たちも顔を覗かせている。
「行くのか」父さんが前に出た。
「うん」
父さんが俺の前に立つ。十五年前に初めて探索者になった時の父さんと同じくらいの年齢だ。でも俺は父さんよりずっと恵まれている。幼い頃から剣も魔法も教わった。アイテムボックスも百花繚乱も持っている。何より仲間がいる。
父さんが俺の頭に手を置いた。大きくて温かい手だ。
「子供扱いするのは今日が最後だ」
「うん」
「頑張って自分のパーティを作れ」
「うん。父さんを超えてみせるよ」
父さんがふっと笑った。頭をガシガシと撫でられる。くすぐったいけど嫌じゃない。
「…行け」
「いってきます」
俺は振り返らずに歩き出した。背中から十四人の視線を感じる。でも振り返らなかった。振り返ったら泣いてしまう気がしたから。
「あっ綾斗待って!」萌香が追いかけてくる。
「私たちも行くわよ」皐月も並ぶ。
「えっでも二人のアパートとか…」
萌香が首を振った。
「私たちもアパートを引き払って綾斗と一緒に心機一転頑張る。そう決めたの」
「萌香の部屋なんて狭かったしね」皐月が付け加える。
「皐月の部屋だってそんなに広くなかったでしょ!」
「二人とも一緒の家に住むってこと?」
「当然でしょ! パーティ組んでるんだから一緒に暮らさなきゃ」萌香が当然と言った顔をする。
「今日が私たちの始まりの日よ」皐月が真っ直ぐに前を見ながら言った。
その声には熱があった。いつも冷静な皐月の奥にある熱いもの。俺は少し驚いたけど、同時に嬉しかった。
「しっかりしてるな皐月は」
「当然よ。ヒーラーは常に冷静じゃないといけないの」
「でも今の熱っくるしい皐月も悪くないよ」
「うるさい」
三人で探索者ギルドまでの道を歩く。春の陽射しが暖かい。桜が散り始めていて道には花びらが舞っていた。
「そういえばクランの名前どうする?」萌香が聞いてきた。
俺は少し考えた。父さんのクランは『祝福の絆』だった。絆を大切にする名前。でも俺は俺の名前をつけたい。
「百花繚乱でいいじゃない」皐月が言った。
「百花繚乱? スキルと同じ名前でいいの?」
「いいのよ。色んな美しい花が咲き乱れるクラン。綾斗のクランにピッタリだわ」
萌香がパンと手を叩いた。
「いいね! カッコいいし意味もいいし! 賛成!」
「じゃあ決まりだな」
俺は二人に手を差し出した。二つの手が重なる。
「よし。クラン百花繚乱のスタートだ」
「「おー!」」
三人の声が重なった。
探索者ギルドに到着し、新規クラン設立の窓口に向かう。書類に記入していると受付嬢が聞いてきた。
「クラン名は?」
「百花繚乱です」
「百花繚乱…素敵な名前ですね。マスターは白夜綾斗様。メンバーは二名。承りました」
手続きが終わると、正式なクランカードが渡された。小さなカードだが、これで俺たちは独立した一つのクランになった。
「クランハウスはどうする? まだ資金が足りないけど…」
「当面はアパートを借りて、そこを拠点にするわ。資金が貯まったらちゃんとした場所を探すのよ」皐月が計画を立てる。
「とりあえず今日は引っ越しと荷造りだな」俺が言うと萌香が元気よく答えた。
「任せて! 私荷物少ないし!」
「私も最小限よ。杖と服があればいいわ」
三人で安いアパートを借りて、荷物をまとめる。俺のアイテムボックスのおかげで引っ越し自体は一瞬で終わった。
夜、狭いアパートの一室で三人で座り合わせた。テーブルにはコンビニのおにぎり。キャンピングカーから取り出した紅茶。
「さて」俺が口を開く。「目標を確認しよう」
「目標?」萌香が首を傾げる。
「英雄を超えること。父さんたちを超えること。そしていつか来る神級ダンジョンを攻略すること」
皐月が頷いた。
「高い目標ね。でも妥協したらそこで終わりよ」
「妥協しない! 私は綾斗の前衛として最強になる!」萌香が拳を握る。
「私は最強のヒーラーになるわ。死なせない」
「俺は最強のバッファーになる。仲間をどこまでも強くする」
三人の目が合った。どの目にも迷いはなかった。
「よし。じゃあ明日からまたダンジョンだ。レベルを上げて、もっと仲間を増やして、いつか父さんたちと肩を並べる」
狭いアパートの灯りは暗かったけど、三人の目だけは明るく燃えていた。
俺たちの物語は始まった、父さんが十五年前に歩いた道とは違う道。でも目指す場所は同じだ。
どんな敵が現れようと、俺たちは絶対に諦めない。
百花繚乱。
色んな花が咲き乱れるクラン。いつかこの名前が、日本中に響き渡る日が来る。
そう信じて、俺たちは明日へ歩き出した。




