初めての勝利 これからの期待
D級ダンジョン「風鳴りの洞窟」の最奥、ボス部屋の扉を開けた瞬間、巨大な狼型モンスター「ダイアウルフ」が唸り声を上げて飛びかかってきた。
「危ない!」
優斗が前に出ようとしたが、それより早く日向が杖を突き出した。
「どきなさいっ!《ファイアボール》!」
ドゴオォォォォンッ!
轟音と共に放たれた巨大な火球は、ダイアウルフを直撃し──跡形もなく消し炭にしてしまった。
「…あ」
日向が呆然と呟く。残骸からは黒い煙が立ち上るだけだ。
「えっと…終わり?」
灯がきょとんとした顔で言う。
「一撃かよ…」
優斗は苦笑するしかなかった。トイレの件で日向の怒りが頂点に達していたせいか、あるいは危険な目に遭って親密度が跳ね上がったせいか、彼女の魔法威力は異常なほどに高まっていたのだ。D級ボスなど相手にもならない。
「あ、あんたのスキル…やっぱり反則級じゃない?」
日向が自分の手を見つめながら震える声で言った。
「これなら、私たちだって上を目指せるかも…」
「はい! これからもっともっと強くなれますよ!」
灯が目を輝かせる。あっけない勝利だったが、三人の胸には確かな手応えがあった。クラン「祝福の絆」初陣は、大勝利に終わったのだ。
ダンジョンを出て探索者協会に戻ると、三人は直行で換金カウンターへ向かった。探索者の主な収入源は、倒したモンスターから採取できる魔石だ。ランクが高いほど、そして個体が強いほど金額は跳ね上がる。
「D級の魔石ですね。個体数も多く、ボス級のものもあります。こちらで買い取らせていただきます」
受付嬢が計算を終え、提示した金額を見て三人は息を呑んだ。
「三十万!?」
優斗も驚いた。今までE級やF級を細々とこなしてきた彼にとって、これほどの金額は初めてだ。灯と日向に至っては、目が丸くなっている。
「私、これまでバイト代込みでも月に五万稼げるかどうかだったのに…」
日向が信じられないという顔で呟く。
「優斗さんのおかげです! これなら一人暮らしも安心ですね!」
灯が弾んだ声で言う。優斗は首を横に振った。
「俺のスキルだけじゃない。灯が回復してくれたから俺は前衛に集中できたし、日向が殲滅してくれたから怪我なく進めた。三人揃って初めてだ」
「ふふん、まあね。私の火力も大活躍だったわよ」
日向は得意げに胸を張ったが、その頬は少し赤らんでいた。
「さあ、今日はこれを祝って食事に行こう! 俺のおごりだ!」
優斗が宣言すると、二人は歓声を上げた。
協会近くの居酒屋に入り、テーブルいっぱいに料理を並べる。初めての豪勢な食事に、灯も日向も箸が進むようだ。
「美味しい! この唐揚げ最高!」
「優斗、ここのハイボール安いわよ。いっぱい飲んじゃえ!」
「はは、はいはい。でもお前たち飲んでいいのか?」
「私たちはもう18歳ですよ、成人です」
「ああ、成人になったら飲んでいい事になったんだっけ?」
和やかな雰囲気の中、優斗はふと尋ねた。
「そういえば、二人はなんで探索者になろうと思ったんだ? もしかして学校とか行ってたのか?」
その言葉に、灯と日向の箸が止まった。二人は顔を見合わせ、少し沈んだ表情になる。
「私たち、学生とかそういうのじゃないんです」
灯が静かに言った。
「私も灯ちゃんも、施設出身なんです」
「施設?」
「災害孤児の施設です」
日向が短く答えた。空気が少し重くなる。
「五年前のあの日…日本を大地震と大津波が襲ったんですよね」
灯が語り出した。五年前のあの日、巨大な地震が日本列島を揺るがし、続いて押し寄せた大津波が街を飲み込んだ。それだけでも災害としては最悪だったが、更に悪夢は続いた。津波が引き去った後、瓦礫の山となった街のそこここに、異形の空間──ダンジョンが出現したのだ。
「政府は復興を優先してたから、ダンジョンへの対応が遅れたんです。そしたらダンジョンからモンスターが溢れ出してきて…避難所だった学校も襲われて」
日向が拳を握りしめる。
「私たちの両親も、その時に行方不明になりました。多分、もう生きてない」
「ごめん、嫌なこと聞いちまって」
優斗が謝ると、灯は首を横に振った。
「いいんです。私たちにとっては現実ですから。それで施設で育ったんですが、年齢が上がると出なきゃいけないし、普通の仕事に就くのも大変で…」
「探索者の適性があったから登録しただけ。最初はただ生きるためだったわ」
日向がグラスの氷をカランと鳴らした。
「でも今は違うわね。少しずつだけど、前を向いてる気がする」
「はい! 優斗さんに出会えたからです!」
灯が笑顔で言う。その笑顔は暗さを感じさせない、本当に嬉しそうなものだった。優斗は彼女たちの強さを感じずにはいられなかった。
「そういえばさ」
日向が唐突に切り出した。
「女の子の探索者って、本当に大変なのよ」
「トイレの件もそうだけど…他にもあるのか?」
「あるわよ! あんなの序の序よ」
日向は少し声を潜めた。
「嫌な男たちはね、わざと水をたくさん飲ませてトイレに行く瞬間を覗こうとする奴らがいるの、昼間のアイツらも多分それ狙いだわ」
「マジかよ……」
優斗は眉をひそめる。そんな下劣な手があるとは思わなかった。
「他にもさ、パーティに入れてあげる代わりに身体を要求してくるリーダーとか、わざと怪我させてヒール魔法の練習台にするとか…女の子だけのパーティを作りたくても前衛がいなくてどうしようもないし」
灯も辛そうな顔でうなずく。
「私たちみたいに弱い子は特に狙われやすいんです。だから日向ちゃんみたいに気が強い子は身を守れるけど…」
「あーもう、思い出すだけで腹立つ!」
日向が愚痴をこぼしている時、ふと店のテレビ画面に映っているニュースが目に入った。
『──今日も藤宮クランの中核メンバーである桜庭綾乃さんが、単独でC級ダンジョンを攻略しました』
画面には、あのポニーテールの剣士が凛とした表情でカメラに向かっている姿が映し出されていた。
「あの人、桜庭綾乃さんよね。A級探索者」
日向が言った。
「すごいですよね。あんなに強くて綺麗で」
灯が目を輝かせる。
「でもさ、あの人も大変だと思うわ」
日向はグラスを置いた。
「藤宮クランの中で女の子一人なんでしょ? 多分、私たち以上に嫌な思いをしてるはずよ。あそこのリーダー、ちょっと噂怪しいし」
「そうなんですか?」
「あんた何も知らないわね。有名クランだって裏は真っ黒なのよ。多分、彼女も何か抱えてるわ」
日向の言葉に、優斗は画面の中の綾乃を見つめた。彼女の表情は相変わらず涼やかだが、その奥に見え隠れする影があるような気がしてならなかった。
「いつかさ、あんな風に一人で戦わなくていい世の中になればいいのにね」
日向がぽつりと言う。
「俺たちのクランがささやかでもさ、女の子が安心して戦える場所になればいいな」
優斗が言うと、二人は驚いたように彼を見た。
「…あんた、本当にそれ本気で言ってる?」
「当たり前だろ。俺のスキルは女の子を強くするためだけじゃない。守るためにもあるんだからな」
「優斗さん…」
灯がじんわりと目を潤ませる。
「ま、まあ期待はしてあげるわよ。あんたが裏切らない限りはね」
日向も照れくさそうに視線を逸らした。
三人はグラスを碰わせた。カチンと乾いた音が、新たな誓いのようだった。外はすっかり暗くなり、街のネオンが窓越しに煌めいている。小さなクランの夜はまだ長そうだ。
読んでいただきありがとうございました




