戦力が足りない
最愛の妻たちとの幸福な時間は、無情にも中断された。
優斗は両親や親戚に「ゆっくりしていってくれ、俺たちは仕事だ」と丁寧に断りを入れ、パーティ会場の隅に急ごしらえの作戦会議室を設けた。
協会長をはじめ、他クランの幹部たちも顔を曇らせて集まってくる。当然、カグヤも呼んだ。彼女の知識なくして、この脅威に対処することはできない。
「現状を報告する」協会長が深い皺を刻んだ顔で口を開いた。「秩父のダンジョンから検知されている魔力は、これまでのS級を遥かに凌駕している。総力を挙げて対処しなければ、首都圏が壊滅しかねない」
「他クランはどうなんだ?」優斗が問う。
全国2位のクラン『鋼鉄の熊』のマスターが、苦渋の表情で首を振った。
「我々でもレベルは3から4が精一杯だ…。上位のダンジョンに行くには、到底足りない」
絶望的な空気が漂う中、優斗はカグヤに向き直った。
「カグヤ、このダンジョンに行くには、レベルがどれくらい必要だ?」
カグヤは腕を組み、真剣な眼差しで答えた。
「…レベル70の5人パーティは欲しいところだね」
「70!?」その場が騒然となる。「カグヤでも無理なのか?」
「絶対無理よ」彼女は即答した。「今の私のレベルは35。半分も届いていない。それに装備も足りない」
会議室が重い沈黙に包まれた。レベル70の5人パーティなど、この世界ではまだ実現できるわけがない。
「時間が足りない!」
だが、優斗は諦めなかった。彼は静かに口を開いた。
「カグヤ、俺たちのステータスを見てくれ」
優斗はメンバーのステータスボードを提示した。
「今の俺たちは、最強メンバーで今のカグヤと同じか、ちょっとだけ上くらいのステータスがある」
カグヤが目を見開く。「えっ…嘘でしょ? レベル5で?」
「これが『祝福の絆』の力だ」
優斗はスキルの効果を包み隠さず話した。裸を見せることでステータスが跳ね上がり、クランメンバー全員にかけることで莫大な倍率を実現していること。
「カグヤにこのスキルをかければ…今のステータスから5倍になるはずだ」
「5倍!?」カグヤは息を呑んだ。
「頼む、一緒に戦ってくれないか?」優斗は頭を下げた。
カグヤはしばし沈黙した後、決意を固めたように顔を上げた。
「…わかった。試しにそのスキルをかけてみてくれない? 実際にどれくらいの力になるのか確かめたい」
「ああ!」
優斗はカグヤに向き合い、《祝福の絆》を発動した。
黄金の光がカグヤを包み込み、体の奥底から力が溢れ出す感覚に彼女は目を見開いた。
「すごい…これなら行けるかも!」
カグヤの瞳に希望の光が宿る。
「よし!」優斗は拳を握りしめた。
「一体ずつ倒してレベルを上げながら行けば、もしかして攻略できるかもしれない!」
「また君たちに頼りっぱなしになるとは…」
協会長が深く頭を下げる。その肩は、後悔と無力感で小さく縮こまっていた。
「もっと早く、レベル解放の仕組みがわかっていれば…他クランも育てられたはずなのに…」
優斗は静かに首を振った。
「しょうがないですよ。誰も知らなかったことです。それより今は、出来る事を全員でやりましょう」
その言葉に、陰で見守っていた父と母が、そっとハンカチで目頭を押さえていた。
「あいつ…立派になりよって…」
父親が涙声で呟く。母親も無言で何度も頷いていた。
「そうだ、カグヤ。武器は何を使うんだ?」
優斗が問うと、
「私はショートソードより、ちょっとだけ短い剣の二刀流よ」
「二刀流か…」
「任せてくれ給え!」
協会長が目を輝かせて立ち上がった。
「協会の保管庫には、秘蔵の業物がいくつもある。すぐに最高のものを持ってこさせよう!」
協会長が電話で指示を飛ばすと、わずか30分で数振りの短剣が届けられた。どれもが名工の手による一級品だ。カグヤは一振り一振り手に取り、重さやバランスを確かめた後、漆黒の刃を持つ二振りを選んだ。
「これならいける。ありがとう」
彼女が満足げに笑う。
準備は着々と進められた。優斗はパーティ会場に残っていた料理人たちを呼び集め、頭を下げた。
「すみません、食材を全部使って、保存の利く料理を作ってください。これからの遠征で必要なんだ」
「任せてください! 英雄の役に立てるなら本望です!」
料理人たちは快く引き受け、総力を挙げて調理を開始した。出来上がった料理は次々と優斗のアイテムボックスに詰め込まれていく。長期戦に備え、食料は十分に確保できた。
その後、優斗はクランメンバー全員を集めた。
「みんな、聞いてくれ。メインメンバーとカグヤはこれから秩父のダンジョンに向かう。この戦いは長期戦になるかもしれないし、どうなるかわからない」
ざわめきが広がる。
「だが、みんなは心配するな。祝福の絆をかけられなくても戦えるように、それぞれのレベルに合ったダンジョンでレベル上げを続けてほしい。綾乃が俺たちの家に残っている、何かあれば遠慮なく言え。俺たちのクランは、どんな状況でも全員で支え合っていくんだ」
「わかりました、マスター」
「任せてください!」
「優斗さんたちも気をつけて…!」
一人ひとりが真剣な表情で頷くのを見届け、優斗は最後に綾乃の前に立った。
庭の片隅で、二人は向かい合った。純白のドレスを風に揺らしながら、綾乃は静かに微笑んでいる。
「綾乃、絶対に攻略する」
優斗は彼女の両手を握りしめた。
「生まれてくる子に、平和な世界を作ってやるんだ。だから…」
「うん」
綾乃はそっと優斗の頬に手を触れた。
「無理しないでね。あなたは私と赤ちゃんの英雄なんだから。いつまでも待ってるから」
その言葉に、優斗は強く抱きしめ返した。ドレスの温もりと、その内側にある小さな命を感じながら、心に誓う。この命を、未来を、絶対に守り抜くと。
「さあ、行こう」
優斗は顔を上げた。目に迷いはなかった。
カグヤの新しい武器が確認され、アイテムボックスには十分な物資が収められた。バックアップの装備も万全だ。
出発の時が来た。
「みんな! 行ってくる!」
「「「いってらっしゃい!!!」」」
クランメンバー全員の声援を背に受け、優斗たちは秩父へ向かう車に乗り込んだ。窓の外では、綾乃が手を振り続けている。
「必ず帰ってくる。そして、本当の意味での結婚式の続きをやろう」
優斗が呟くと、隣のカグヤが短剣を磨きながらニヤリと笑った。
「いいね、終わったらまた上手い料理が食べれるんだな。そのためにも、まずはダンジョンをぶっ潰す!」
車は一路、強大な魔力が渦巻く秩父の山々へと向かっていった。
評価、ブックマークありがとうございます




