クラン結成
E級ダンジョン「霊樹の迷宮」は、その名の通り淡い光を放つ木々が生い茂る初心者向けのダンジョンだ。空気は澄んでおり、微かに花の香りがする。だが、油断すれば弱いモンスターとはいえ命取りになる。
「わあ、綺麗ですね…」
灯がきょろきょろと辺りを見回しながら歩く。彼女の足取りは軽い。初めてのダンジョン探索という高揚感があるのだろう。
「油断するなよ。ここはE級とはいえ、モンスターはいる」
優斗は周囲を警戒しながら、灯の少し前を歩く。彼のアイテムボックスには、ポーションや保存食、予備の武器などがたっぷりと詰め込まれている。これだけの補給力があるのは、探索において大きなアドバンテージだ。
「はい! あ、あそこに月光草があります!」
灯が指差した先には、月明かりのような淡い青白さを放つ草が群生していた。依頼品だ。
「よし、採取しよう。俺が周りを警戒するから、灯は採取を頼む」
「わかりました!」
灯は屈み込み、丁寧に草を摘み取っていく。その手際は悪くない。ヒーラー志望だけあって、繊細な作業は得意なようだ。
その間、優斗は灯との距離を感じていた。まだ出会って数時間。だが、彼女の真っ直ぐな瞳は、優斗の心にある空白を少しずつ埋めていくようだった。
「ねえ、白夜さん」
採取を終えた灯が、立ち上がりながら言った。
「ん?」
「白夜さんも、ずっと一人で探索してたんですか?」
「ああ。スキルのせいで、誤解されたくなくて」
「誤解?」
「《祝福の絆》は女の子を強くするスキルだ。それを知られると、どうしても…その、下心があるとか、利用しようとしてるとか思われがちで」
優斗は苦笑いをする。実際、何度もそういう目に遭ってきた。
「でも、本当は違うんですよね? 白夜さんは、誰かを強くして、一緒に戦いたいだけなんですよね?」
灯の言葉は、いつも核心を突いてくる。
「そうだといいけどな」
「信じてますよ」
灯は屈託なく笑った。その笑顔が、優斗には少し眩しかった。
その時だった。
草むらがガサリと揺れ、緑色のスライムが二体、飛び出してきた。E級ダンジョンで最もポピュラーなモンスターだ。攻撃力は低いが、不意打ちされれば驚く。
「きゃっ!」
灯が小さく悲鳴を上げる。優斗は即座に彼女の前に立った。
「大丈夫か?」
「は、はい! あの、白夜さん!」
灯が何かを期待するような目で優斗を見た。
「あのスキル、使ってくれませんか? 私、強くなりたいんです。白夜さんと一緒に戦えるくらいに」
優斗は少し驚いたが、灯の真剣な眼差しにうなずいた。
「わかった。いくぞ、《祝福の絆》」
優斗が手を灯に向けると、淡い金色の光が彼女を包み込んだ。
「わあ…暖かい…」
灯が目を閉じて光を浴びる。その瞬間、彼女のステータスが跳ね上がったはずだ。だが、相手はスライム。灯が杖で突けば潰れるような相手だ。
「えいっ!」
灯がスライムを叩くと、弾けるように消滅した。
「倒せました! でも…」
灯は自分の手を見つめ、首を傾げる。
「強くなった感じ、しますか? 私にはよくわかりませんでした」
「相手が弱すぎたな。実感するには、もっと手ごたえのある相手じゃないと」
優斗も苦笑する。スライム相手では、ステータスが上がってもオーバーキルすぎて差が分からない。
「そうですね。じゃあ、もっと奥へ行ってみましょう!」
灯は怖気づくことなく、むしろやる気を見せた。
採取した月光草をアイテムボックスにしまい、二人はダンジョンの奥へと進む。道中、ゴブリンの群れに出くわしたが、灯の強化されたステータスのおかげか、彼女の放つ初歩的な攻撃魔法がゴブリンを一撃で仕留めるほどの威力を見せた。
「すごい…これが白夜さんのスキルの力…」
灯が自分の手を見つめ、感動に打ち震える。
「まだ親密度は低いはずだ。もっと上がれば、さらに強くなれる」
「親密度?」
「ああ。その…俺が、お前をどれだけ信じ、認めているか。そしてお前が俺をどれだけ信じているか。その絆の深さで効果が変わるんだ」
「じゃあ、もっと白夜さんのこと知らないとですね! 私もっと白夜さんのこと話してください! 好きな食べ物とか、趣味とか!」
「はは、今度な。まずはボス部屋だ」
二人はダンジョンの最奥、ボス部屋の前へと辿り着いた。E級のボスは「コボルトリーダー」。知能を持ち、小剣を使う厄介な相手だ。
「気をつけろよ」
「はい!」
優斗が扉を開けると、広い部屋の中央にコボルトリーダーが立っていた。だが、様子がおかしい。コボルトリーダーは優斗たちに気づくと、威嚇するように唸り声を上げたが、その足元には何かが倒れていた。
「あれは!」
灯が声を上げる。コボルトリーダーの背後で、一人の少年が倒れていた。初心者用の革鎧を着た探索者だ。足から血が流れている。
「誰かいるの!助けて!」
少年の声が響く。
「灯、俺がボスを引きつける。君はその子を!」
「はい!」
優斗は剣を抜き、コボルトリーダーの注意を引くために前に出た。コボルトリーダーは小剣を振り回し、優斗に襲いかかる。優斗は必死に剣で受け止める。戦闘力は中の下。E級のボス相手でも、決して楽ではない。
一方、灯は少年の元へ駆け寄った。
「大丈夫ですか? すぐに治します!」
灯は杖を握りしめ、ヒールの詠唱を始めた。
「癒やしの光よ、《ヒール》!」
通常なら、淡い光が傷口を覆い、少しずつ傷を塞ぐ程度の初級魔法だ。だが――
「えっ?」
灯の目の前で、杖から溢れ出した光は淡いものではなかった。眩いほどの金色の光が、部屋全体を包み込むように奔る。それはまるで、《祝福の絆》の発動時の光と同じ色をしていた。
「な、なんだこの光…!?」
優斗も戦いながら驚く。コボルトリーダーさえも光に当てられ、動きを止めた。
そして数秒後。光が収まったとき、少年の足の傷は完全に消失していた。血痕すら残っていない。
「嘘だろう…傷が…消えてる…」
少年は自分の足をさすりながら、信じられないという顔をした。
「これが…私のヒール?」
灯も自分の手を見つめ、呆然としている。
「灯! 今だ!」
優斗の声で我に返った灯は、即座に攻撃魔法を放った。強化された魔力が迸り、コボルトリーダーは為す術なく吹き飛び、壁に叩きつけられて絶命した。
「勝った…」
優斗は荒い息をつきながら、灯を見た。彼女のヒールの威力は異常だった。あり得ない回復速度。それはきっと、《祝福の絆》の効果だ。灯が優斗を心から信じているからこそ、彼女のステータスが極限まで引き上げられ、その効果が魔法にも現れたのだ。
「白夜さん…これって…」
灯が震える声で言った。その瞳には、驚きと共に確かな自信の光が宿っていた。
「お前が俺を信じてくれたからだ」
優斗は微笑んだ。
「さあ、この子を連れて帰ろう」
少年を肩で支えながら、二人はダンジョンからの帰路についた。
協会に戻り、依頼報告と少年の引き渡しを終えると、外は夕暮れ時になっていた。灯と二人、協会の前のベンチに座って温かい飲み物を飲む。アイテムボックスから取り出した缶の温かさが掌に伝わってくる。
「まだ信じられません。あんなに凄いヒールが使えるなんて」
灯が自分の手を見つめながら呟く。
「でもよかったな。これでお前はもう、どこにも負けない立派なヒーラーだ」
「ふふ、白夜さんのおかげです」
灯が優斗の方を向いて微笑む。その時だった。
「灯ちゃん!」
甲高い声と共に、一人の少女が駆け寄ってきた。灯と同じくらいの年頃で、赤みがかった髪をツインテールにしている。服装は灯と同じく初心者用だが、その瞳には少し気の強さが感じられた。
「日向ちゃん!」
灯が立ち上がり、彼女と抱き合う。どうやら友人らしい。
「どこ行ってたの? 心配したんだから! まさかダンジョンに潜ったの? 一人で? 危ないよ!」
「違うの! パーティを組めたの! この人、白夜優斗さん!」
灯が優斗を紹介する。
「初めまして。橘日向です。灯の友達で…同じ魔法使い志望」
日向は警戒するような目で優斗を値踏みした。
「白夜さん? あんたが灯ちゃんとパーティ組んだの? 確か戦闘力低いって噂の…」
「日向ちゃん! 白夜さんはすごい人なんだから!」
灯が慌てて間に入る。
「あー、はいはい。で、どうだったの? 初めてのダンジョン」
「それがね! ほら、ボス部屋で怪我してた子いたでしょ? その子の足の傷が私のヒールで一瞬で治ったの!」
「はあ? 一瞬で? 初級魔法のヒールで? あり得ないでしょ」
日向は呆れた顔をした。その時だった。
「ねえねえ、そこの可愛い子たち。俺たちとパーティ組まない? D級ダンジョン案内するよ」
軽薄な声と共に、数人の男たちが近寄ってきた。探索者協会によくいるタイプだ。実力はそこそこあるが、女性目当てでパーティを組もうとする連中。
「あんたたちか。しつこいね」
日向が露骨に嫌な顔をする。
「何言ってんだよ。俺たちはC級探索者だぜ? お前らみたいな初心者を守ってやるって言ってんだから感謝しろよ」
男の一人が日向の肩に手をかけようとした。
「触らないで!」
日向がバッと身を引く。
「やめてください!」
灯も男たちを睨みつける。だが、男たちは退く気配がない。
「おい」
その時、低い声が響いた。優斗がゆっくりと立ち上がったのだ。
「彼女たちが嫌がってるのがわからないか?」
「ああ? お前誰だよ。邪魔すんな」
男の一人が優斗を突き飛ばそうとした。だが、優斗は動じない。ただ静かに男を見返した。
「俺は彼女たちのパーティメンバーだ。彼女たちに手を出すなら、俺が相手になる」
優斗の瞳には、不思議な威圧感があった。それは戦闘力の強さからくるものではない。仲間を守ろうとする意志の強さだ。
男たちは一瞬たじろいだが、周囲の探索者たちの視線も気になり始め、「チッ、つまんねえ女だな」と捨て台詞を吐いて去っていった。
「大丈夫か?」
優斗が日向に声をかける。
「何よあんた。戦闘力低いって聞いてたけど、意外と度胸あるじゃない」
日向は少し顔を赤らめて言った。
「仲間を守るのは当たり前だろ」
優斗は短く答えた。
「ねえ、日向ちゃん」
灯が日向の手を取った。
「日向ちゃんも一緒にパーティ組もうよ。白夜さんならきっと、日向ちゃんの魔法も強くしてくれるから!」
「え…でも私、初級魔法しか使えないし」
「私だってヒールだけだったけど、すごいことできたんだよ! お願い!」
灯が必死に頼む。日向は灯の顔を見つめ、それから優斗の方を見た。
「あんたが私の魔法を強くするって、本当?」
「約束はできない。でも、俺は君を仲間として認めるなら全力でサポートする。君が俺たちを信じてくれるならな」
優斗は真剣な眼差しで言った。
日向は数秒間黙り込み、やがて覚悟を決めたように顔を上げた。
「わかったよ。灯ちゃんがそこまで言うなら。それにあんたの目、嘘つきの目じゃなさそうだし」
「ありがとう、日向ちゃん!」
灯が日向を抱きしめる。
「でもさ、パーティって三人以上が普通でしょ? 私たちでいいの?」
「ああ。クランを作るつもりなんだ。三人いれば申請できるからな」
「クランだって? あんたリーダー気取り?」
「嫌なら辞めていいぞ」
「む…わかったわよ! やってやろうじゃない!」
日向はそう言って、ふんっと鼻を鳴らした。
翌日。三人は揃って協会に出向き、パーティ結成とクラン設立の申請を行った。
クラン名は「祝福の絆」。優斗が提案し、灯と日向が賛同した名前だ。
「よし、これからは俺たちのクランだ。改めてよろしくな」
優斗が二人に手を差し出す。
「はい! よろしくお願いします!」
灯が手を重ねる。
「ま、よろしくね。頼りにしてるから」
日向も少し照れくさそうに手を重ねた。
三人の手が重なったその瞬間、優斗は確信した。この小さな輪が、いつか大きく育つことを。そしてその絆が、やがて世界を変える力になることを。
新設されたばかりのクラン「祝福の絆」の最初の依頼は、D級ダンジョン「風鳴りの洞窟」の攻略だ。三人は気合を入れて、ダンジョンの入り口に立ったのだった。
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