これが‥ボスモンスター?
探索4日目、ダンジョン『神亡き絶界』の地形はさらに過酷さを増していた。
足場はぬかるみから鋭利な岩場へと変わり、一歩間違えれば足を切り裂かれる。空気は重く、呼吸をするだけで肺に鉛のような負担がかかる。
「気をつけて! 足元が崩れるわよ!」
沙織の警告と同時に、斜面が滑り落ちた。
そこに現れたのは、岩皮を持つ蜘蛛型モンスター。天井から糸を引き、足場の悪い斜面から攻撃してくる。
「くっ、足場が悪すぎて踏ん張りがきかない!」
凛がバランスを崩しそうになりながら剣を振るう。7倍強化された力はあっても、足場がなければ十分な威力は出せない。
相手の土俵だ。地形を利用した不意打ちに、10人は少しずつ押されていた。
「凛ちゃん、下がって!」
藍が前に出て盾を展開しようとした瞬間、蜘蛛の糸が藍の足元を絡め取った。
「きゃっ!」
藍が体勢を崩し、そのままヌルヌルとした粘液の池へと滑り落ちた。
粘液は藍の服を溶かすように絡みつき、ローブがはだけ、白い肌と下着が露わになる。
「藍ちゃん!」
灯が回復魔法を準備するが、蜘蛛がすかさず藍に追撃をかけようとする。
「させないわよ!」
美鈴が割り込んで魔法で牽制し、静香が盾で糸を断ち切る。
藍は這い出ようとしたが、粘液で滑ってまた倒れ込む。その無防備な姿は、後方にいる優斗の視線にも留まった。
(あ…見られてる…)
藍は顔を真っ赤にした。好きな男の前で、こんな無様で恥ずかしい姿を晒してしまった恥ずかしさと、モンスターへの怒りが同時に湧き上がる。
「このっ…エロ蜘蛛ぅぅぅ!!」
藍は羞恥心を力に変え、怒りの咆哮と共に立ち上がった。
「《絶対防壁!!》」
展開された魔法盾は、藍の怒りに呼応して通常の数倍の大きさとなり、蜘蛛の糸を完璧に防ぎ切った。
「えっ、こんなに大きく…?」
「今よ! 綾乃さん!」
怒りに燃える藍の完璧な防御の隙に、綾乃が神速の抜刀術を放ち、蜘蛛の核を一刀両断した。
「ふぅ…やったわね」綾乃が刀を納める。
優斗はすかさずアイテムボックスから予備の防具を取り出して藍にわたす。
藍は急いではだけた服を直し、優斗と目が合うと顔を赤らめて俯いた。
「見ないでください…」
「ご、ごめん! でも、すごかったよ、あの盾」優斗も顔を赤くして褒める。
戦闘は勝利に終わったが、過酷な環境は確実に少女たちの心を削っていた。
いつ終わるとも知れない深淵。先が見えない不安。体力が回復しても、精神的な疲労は蓄積していく。
休憩中、灯がポツリと呟いた。
「まだ先があるんでしょうか…」
「帰りたいな…」翠も弱気な声を出す。
優斗は立ち上がり、全員の顔を見渡した。
「みんな、聞いてくれ」
彼の声は静かだが、力強かった。
「確かにここは過酷だ。先が見えないし、帰りたくなる気持ちもわかる。でも、俺たちはここまで来れた。強化された力と、みんなの絆で、ここまで来れたんだ」
優斗は灯の頭を撫でた。
「俺はみんなを信じてる。みんなも、俺と隣にいる仲間を信じてくれ。大丈夫、絶対に攻略して、みんなで帰るんだ」
優斗の言葉に、少女たちの瞳に再び光が戻った。
「はい…!」灯が頷く。
「私たち、最強のクランですものね」凛も笑顔を見せる。
そして、とうとう最深部に到達した。
巨大な黒曜石の扉が、行く手を阻んでいる。扉からは、今までとは比べ物にならないほどの圧迫感が漂う。
「ここがボス部屋か…」優斗がごくりと唾を飲む。
「今日はもう無理よね」綾乃が言う。「少し戻って安全地帯で休息して、明日の朝からボスに挑みましょう」
全員が同意し、少し戻った広間でキャンピングカーを出して野営した。
夜、皆が寝静まった後、沙織が優斗の元に来た。
「優斗さん、ボスの偵察に行ってきます」
「え? 危険だろ?」
「大丈夫です。私のスキルなら見つからずに覗けますから」
沙織は静かにキャンピングカーを出た。彼女の偵察スキルは、罠の察知だけでなく、気配を消しての潛入も可能だ。
数分後、沙織が戻ってきた。しかし、その顔は青ざめていた。
「どうしたの?」
「ボス…いました」沙織が震える声で言う。
「それが…人型でした。そして、装備してるのは…探索者の装備です」
「え?」優斗は聞き返した。
「間違いありません。探索者の装備をした人型のモンスター…いえ、あれは探索者そのものです。ダンジョンに取り込まれて、化け物になった元探索者です」
沙織の言葉に、優斗は戦慄した。ダンジョンは人を食らい、人を変える。彼らの行く手に立ちはだかるボスは、かつて人だった者。それが意味するものは何なのか。
キャンピングカーのテーブルを囲み、10人は真剣な顔で向かい合っていた。
「対人戦となると、話が変わってくるわ」
綾乃が腕を組んで言う。
「モンスターは一定の行動パターンがあるけれど、人間は違う。裏をかくし、意表を突く。沙織の情報がなかったら、間違いなく初手で戸惑って遅れを取っていたわ」
「沙織ちゃん、ありがとう」灯が頭を下げる。
「ええ、あなたの偵察がなければ危険だったわ」静香も続く。
沙織は恥ずかしそうにしながらも、「みんなの役に立てて良かったです」と安堵の表情を見せた。
「対策は立てた。後は実行するだけよ」
綾乃が全員を見渡す。
「いつも通りにやればいい。私たちは7倍強化されている。負けるわけがないわ」
「そうね!」凛が拳を握る。「A級だろうが何だろうが、私たちの敵じゃないわ!」
明日の勝利を疑う者はいなかった。圧倒的な力と絆を持つ彼女たちに、敗北という二文字は存在しない。そう信じて、少女たちは深い眠りについた。
翌朝。黒曜石の扉を開くと、そこには異様な光景が広がっていた。
部屋の中心に立っていたのは、ボロボロの探索者装備を纏った男だった。しかし、その目は光を失い、皮膚は土気色で血管が浮き出ている。かつてA級探索者だった者が、ダンジョンに取り込まれ、化け物と成り果てた姿だ。
「グァァァァ!!」
男が咆哮を上げ、襲いかかってきた。
速い!
綾乃が刀で受け止めるが、衝撃に顔が歪む。
(重い!?)
「綾乃さん!」
凛が横から斬り込むが、男は紙一重でかわし、静香の盾を素手で殴り飛ばした。
静香の身体が10メートルほど吹き飛ぶ。
「静香さん!」
「っ…かすり傷よ」
静香はすぐに立ち上がったが、その腕は痺れていた。
(あり得ない…)
優斗は戦慄した。元A級探索者にダンジョンの強化が加わり、さらに人間の脳のリミッターが外れて身体の限界以上の動きをしている。その結果、綾乃や凛よりも速く、静香よりも力が強い化け物が誕生していたのだ。
「くそっ、硬い!」
日向の魔法が直撃するが、男は意に介さず突進してくる。
「灯! 美鈴!」
後衛から回復魔法が飛び、前衛のダメージを回復していく。しかし、男の攻撃は激しくなる一方で、回復が追いつかなくなっていく。
防具が砕け、血が飛び散る。
このままでは負ける。全員がそう直感した。
「綾乃!」
優斗が叫んだ。
「こっちに来てくれ!」
綾乃は男を一刀斬りつけて距離を取り、岩陰にいる優斗の元へ駆け寄った。
「何? 早くしないとみんなが…」
「5分でいい! みんな!時間を稼いでくれっ!」
優斗は綾乃の手を強く握った。
「強化の上昇率を上げる」
「どうやって?」
「綾乃の中に俺のを出したら、もっと強くなれると思う」
優斗の言葉に、綾乃は一瞬目を見開いたが、すぐに意味を悟り、頬を赤らめながらも強く頷いた。
「…わかったわ。5分よ」
綾乃は岩陰の死角で装備の下着をずらし、優斗を受け入れた。
「あっ…」
優斗の熱が体内に入ってくる感覚に、綾乃は声を押し殺す。
「綾乃…」
優斗が彼女の腰を抱き、《祝福の絆》を発動する。
「うぅっ…!!」
体内から迸る莫大な魔力。それは今までとは次元の違う力だった。
5分後。綾乃は男の前に立っていた。
「遅いですよ!」
凛が血まみれで叫ぶ。
「ごめんね。もう大丈夫よ」
綾乃の身体が眩く光り出した。
「《祝福の絆・改》!」
綾乃のステータスは爆発的に跳ね上がった。もはや人外の領域だ。
男が爪を振り下ろす。しかし綾乃はそれを片手で受け止めた。
「これくらいで…!」
刀を逆手に持ち、男の腕を斬り落とす。
「今よ! みんな!」
綾乃が男を押さえ込む。
「やったぁぁぁ!!」
凛が渾身の一撃を叩き込み、静香が盾で強打し、日向と灯の最大魔法が直撃した。
「オォォォォ」
男の身体が崩れ落ちていく。
ドサッという音と共に、A級ダンジョン『神亡き絶界』のボスは消滅した。
「勝った…」優斗がへたり込む。
「優斗!」綾乃が駆け寄り、抱きついた。「あなたのおかげよ」
「綾乃さん、すごかった!」凛たちも集まってくる。
「優斗のを中に出したら、もっと強くなれたわね」綾乃が耳元で囁き、優斗は顔を真っ赤にした。
こうして、未踏の地であったA級ダンジョンはついに攻略されたのだ。
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