A級ダンジョン探索2〜3日目
朝、キャンピングカーの窓から差し込む薄暗い光で目覚めた10人は、朝食を済ませるとすぐに出発した。今日からが本番だ。未踏の地区への侵入となる。
「気をつけて行くわよ。ここから先は前例がないんだから」
綾乃が先頭に立ち、厳しい声で注意を促す。
「はい!」
8人の少女たちが力強く返事をする。
歩みは慎重だった。壁や床の些細な変化も見逃さず、沙織が罠の有無を確認し、翠が遠見で前方の安全を確保する。藍と静香が盾を構え、いつでも敵の襲撃に対応できる態勢を取った。
しばらく進むと、広い空間に出た。そこには今まで見たこともないモンスターがいた。
「何あれ?」
日向が声を上げる。
それは、透明な水晶でできたような巨大なサソリだった。物理攻撃が通りにくそうな外殻を持っている。
優斗の頭についたカメラで録画しておく。
「来るわよ!」
凛が剣を構える。サソリの巨大な尻尾が振り下ろされ、静香が盾で受け止める。硬質な音が響き、静香の足が少ししずむ。
「硬っ!」
「私に任せて!」
日向が魔法を放つが、水晶の外殻に弾かれてしまう。
「物理も魔法も通りにくいなんて!」
「核は頭部よ!」翠が叫ぶ。「首の付け根に薄い部分があるわ!」
「そこだね!」
綾乃が瞬時に間合いを詰め、首の付け根へ刀を突き入れる。バキッという音と共に刀が食い込み、サソリが絶命した。
「ふぅ…やりづらい」
綾乃が刀を抜きながら呟く。
「初めてのモンスターは手探りだからね」
優斗も汗を拭きながら言った。「でも、みんなの連携があれば問題ないよ」
昼休憩は、和気藹々とした雰囲気で行われた。
「あのサソリ、中身は意外と柔らかかったわね」凛が笑う。
「素材としても多分高く売れるよ」沙織が親指を立てる。
「やった! 儲かるじゃん!」日向がガッツポーズをする。
優斗はそんな彼女たちを微笑ましく見つめながら、「よし、もう少し進もうか」と声をかけた。
しかし、その言葉の直後だった。
「ぐっ…」
優斗が突然膝から崩れ落ちた。
「優斗さん!?」
灯が悲鳴を上げる。
「優斗! どうしたの!?」
綾乃が駆け寄る。
優斗の顔色は土気色で、荒い息を吐いていた。
「か、体が…動かない…」
そこで全員が気づいたのだ。優斗だけは、《祝福の絆》による強化を受けていないただの人間だということに。7倍のステータスで動く彼女たちにとっては軽い行軍でも、普通の体力の優斗にとっては過酷なマラソンだったのだ。
「バカね、私たち…」
静香が涙目で呟く。「優斗のこと、すっかり忘れてたわ…」
「大丈夫だよ…ちょっと休めば…」
優斗は無理に笑おうとするが、足に力が入らない。
「無理しないで!」
静香が背中を向け、しゃがみ込んだ。「乗って!」
「え?いや、重いぞ」
「いいから! 私は7倍強化されてるのよ! 優斗なんて羽みたいなものよ!」
静香の強い口調に押され、優斗は彼女の背中におぶられた。
「ごめん、静香さん」
「謝ることはないわ。私たちこそごめんなさい」
静香は7倍強化された脚力で、難なく優斗を背負って歩き出した。一行は近くの安全地帯を見つけ、そこでキャンプを張ることにした。
キャンピングカーの中で、優斗はベッドに横たわっていた。
「もっと鍛えておけばよかったな…」
彼は自嘲気味に笑う。
「優斗のせいじゃないわ」綾乃がきっぱりと言う。「私たちが鈍感だったのよ。これからの行進速度は、絶対にあなたに合わせるわ」
「ええ、当然よ」日向も頷く。「人間の限界超えて歩かせたりしない」
「優斗さん、ごめんなさい…」灯が涙を浮かべる。
「私たちが気をつけるべきでした」凛も下を向く。
「みんな…ありがとう。でも本当に大丈夫だから」
優斗は少女たちの手を握った。「ごめんね、迷惑かけて」
夜になった。優斗は「もう寝ろ」と言ったが、誰もベッドから離れようとしなかった。
「私たちが見てるから」静香が言う。
「優斗さんが寝るまで、私たちはここにいる」藍も頷く。
優斗は諦めて目を閉じた。やがて規則正しい寝息が聞こえてくる。
少女たちは互いに顔を見合わせ、そして優斗の寝顔を見つめた。この男は自分たちを守るために力を尽くし、そして自分だけが限界を迎えて倒れた。そんな彼を、これからは自分たちが守らなければならない。
「絶対に守ろうね」
灯の囁きに、全員が無言で頷いた。
キャンピングカーの外では猛毒の風が吹き荒れているが、中には静かで温かい誓いが満ちていた。
3日目
朝、キャンピングカーの窓から差し込む薄暗い光で目覚めた10人は、朝食を済ませると出発した。今日は3日目。昨日の反省を踏まえ、行軍のペースはがらりと変わった。
「優斗、無理しないでね」
先頭を行く綾乃が振り返る。彼女たちは7倍強化された脚力を持っているが、意図的に歩幅を狭め、歩調を緩めていた。優斗の歩く速度に完全に合わせているのだ。
「すまない、みんな」
優斗が申し訳なさそうに言う。
「謝る必要なんてないわよ」静香が即答する。「昨日みたいなことになったら、それこそ私たちが困るんだから」
行軍速度は落ちたが、その分慎重に進むことができた。沙織が一歩一歩罠を確認し、翠が遠見で周囲を警戒する。無駄な動きは省き、安全なルートだけを選んで進んでいく。
しばらく進むと、前方から不気味な唸り声が聞こえてきた。
「来るわよ! 3時方向!」翠が叫ぶ。
現れたのは、腐った肉と骨で構成された巨人だった。悪臭が漂い、その一歩ごとに地面が揺れる。
「戦闘配置!」綾乃が指示を飛ばす。
「優斗さん、下がって!」
藍が優斗の前に立ち、魔法盾を展開した。
「ああ、頼む」
優斗は言われるがままに後方へと下がる。
前線では、凛と綾乃が巨人の足元に斬り込み、静香が盾で攻撃を受け流す。日向と灯が後衛から魔法と回復を飛ばし、翠の矢が正確に急所を狙う。
圧倒的な力だ。7倍強化された彼女たちにとって、A級モンスターといえど脅威になり得ない。
しかし、優斗は後方でその光景をただ見つめることしかできなかった。
(俺は…もうついていけない)
藍の背中を見つめながら、優斗は痛感する。彼女たちが繰り出す一撃一撃は、もはや人間の域を超えている。それに対し、自分はただの荷物だ。安全な場所に守られて、指揮を飛ばすことしかできない。
(次からの課題だな…俺ももっと役に立たないと)
優斗は心の中で呟いた。
戦闘はあっけなく終わった。巨人は倒れ込み、腐った肉片を撒き散らして消滅した。
「終わったわね」綾乃が刀についた汚れを拭う。
休憩時間。優斗は水筒の水を飲みながら、思考に沈んでいた。
(俺自身の戦闘力を上げる方法はないか? 魔力強化のスキル? いや、今更新しいスキルを覚えるのは難しい。じゃあ武器か? 遠距離攻撃に特化すれば…)
ブツブツと考え込む優斗の様子を、綾乃と静香がニヤニヤしながら見ていた。
「ねえ、優斗」
日向が水を飲みながら声をかける。
「何か考えてるでしょ? バレバレよ」
優斗はハッとして顔を上げる。
「え? いや、その…」
「(次はもっと役に立ちたい)とか(俺も戦いたい)とか考えてたでしょ?」静香が図星を突く。
「…バレてたか」
「バレバレよ」綾乃が呆れたように言う。「優斗のそういうところ、本当に分かりやすいんだから」
「でもよ、俺だけ守られてるのは心苦しいし…」
「もう」藍が優斗の手を握る。「優斗さんは大事なバッファーなんだから、どっしり構えて守られたらいいんです」
「その通りよ」凛も頷く。「私たちは優斗さんに強化してもらえるから戦えるんです。優斗さんが前線に出たら、私たちパニックになりますよ」
「ええ」藍も真剣な顔で言う。「私たちが守りますから。だから優斗さんは後ろで指揮をしてください。それが一番の役割です」
「藍…」
優斗は彼女たちの言葉に胸を打たれた。自分はただ守られるだけの存在ではないかと悩んでいたが、彼女たちにとっては自分の存在そのものが希望なのだ。
「…わかった。ありがとう、みんな」
優斗は力強く頷いた。「俺は後ろでしっかり指揮するよ。みんなを勝たせてみせる」
「その意気よ!」日向が背中を叩く。
「痛いって!」
キャンピングカーの中には明るい笑い声が響いた。
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