タンク職のお姉さん
B級ダンジョン「嘆きの廃坑」への挑戦を三日後に控え、四人は探索者協会の依頼掲示板の前で顔を突き合わせていた。
「B級かあ…ついにここまで来たわね」
日向が掲示板を見上げながら感慨深げに呟く。いつの間にか優斗、灯、日向もB級探索者に昇格していた。祝福の絆のおかげで実力は十分だったし、何より藤宮クラン事件での戦闘データが評価されたのだ。
「装備も新調したし、ポーションもアイテムボックスに山ほどある。準備は万端よ」
綾乃が指を折って確認する。
「でもB級からは長期戦になることもあるから、食料と水は多めにね」
灯がメモを取りながら言った。
そんな四人の背後から、艶やかな声がかけられた。
「ねえ、あなたたちが最近勢いのある『祝福の絆』かしら?」
全員が振り返る。そこに立っていたのは、二十代半ばくらいの女性だった。豊かな黒髪を無造作に束ね、体の線がはっきりとわかる革の鎧を着ている。何より目を引くのは、その色気だった。切れ長の瞳はどこか潤んでいて、唇は熟れた果実のように赤い。立っているだけで男の視線を集めそうな女だった。
「タンクは必要ないかしら?」
彼女は腰に手を当て、わざと胸が強調されるような姿勢で言った。
「私、結構使えるわよ。B級ダンジョンなら何度も潛ってるし」
「タンク…」
優斗は彼女を見つめた。確かに今のパーティにタンク役はいない。前衛は綾乃だが、彼女は回避型の剣士で、敵の攻撃を受け止めるタイプではない。
「あなた、お名前は?」
綾乃が一歩前に出る。
「美影静香。C級探索者よ。でもタンクとしての腕はB級以上って自負してるわ」
静香は色っぽく微笑んだが、その笑顔の裏に優斗は何かを感じ取った。この女は、何かを隠している。いや、隠すというより、押し殺している何かがある。
「少しお話を聞かせてもらえませんか?」
優斗が静かに言った。
◇
協会のカフェテリアで、静香はぽつりぽつりと自分の過去を語り始めた。
「私はね、ずっと男たちに媚びを売って生きてきたのよ」
静香の声からは、先ほどの艶めかしさが消えていた。
「探索者になってすぐ、わかったの。女一人じゃ生き残れないって。パーティに入れてもらうには、男たちの機嫌を取らなきゃいけない。夜のお相手も、断れなかった」
「そんな…」灯が悲痛な顔で呟く。
「おかげでね、タンクが上手くなったわ」
静香は自嘲気味に笑った。
「だって私、いつも囮にされたから。モンスターを引きつけて、男たちがその隙に後ろから攻撃するの。何度も死にかけたわ。でも死ねなかった。生きるために、もっと媚びた。もっと体を差し出した」
日向が唇を噛みしめ、綾乃は目を伏せている。それは彼女たちにも覚えのある痛みだったからだ。
「このクランの噂を聞いたの。女の子ばかりで、しかもみんな幸せそうだって」
静香は顔を上げ、優斗をまっすぐに見た。
「私も、そっち側に行きたい。もう、媚びるのは疲れたのよ」
優斗は立ち上がった。そして、静香の前に手を差し出した。
「俺たちのクランでは、誰も媚びる必要はない。あなたは、ただあなたのままでいい」
「…信じていいの?」
「もちろんだ。仲間になろう、静香さん」
彼女は震える手で優斗の手を握った。その瞬間、彼女の瞳から初めて本物の涙がこぼれ落ちた。
「ありがとう…ありがとう…」
◇
その夜、クランハウスに戻った一同は、静香の歓迎会を開いた。鍋を囲み、笑い声が絶えない。静香も次第に緊張を解き、笑顔を見せるようになっていった。
しかし深夜、優斗が自室で作戦を練っていると、ドアが静かにノックされた。
「優斗…入っていいかしら?」
静香だった。薄い部屋着だけで、体の線がくっきりと浮かんでいる。
「どうしました? 眠れないんですか?」
優斗が尋ねると、静香は部屋に入ってきて、ドアを背にして立った。
「ねえ、優斗」
彼女はゆっくりと距離を詰めてきた。
「あなた、あの子たち生娘ばかりでしょ? 灯ちゃんも日向ちゃんも綾乃さんも、まだでしょ?」
「な、何の話です?」
「とぼけないで。男なら、溜まってるんじゃない?」
静香は優斗の前に膝をつき、上目遣いに彼を見た。それは何度も男たちにしてきた媚態だった。
「私、お礼がしたいの。これしかできることがないから…」
優斗は彼女の肩にそっと手を置いた。
「静香さん。俺には媚びを売らなくていい」
「でも…」
「あなたはもう、やりたくないことをしなくていいんだよ」
優斗の声はあくまで優しかった。
「俺たちは仲間だ。見返りなんていらない。あなたが一緒に戦ってくれるだけで十分なんだ」
静香は呆然と優斗を見上げた。そして、彼女の目から大粒の涙が零れ落ちた。
「…ありがとう」
彼女は泣きながら笑った。
「でもね、優斗。今は本当に、あなたのためにやりたいの」
「え?」
「媚びるためじゃない。感謝でもない。ただ、私はあなたともっと深く繋がりたい…」
「静香さ…うっ」
優斗の言葉は途中で止まった。静香が彼のベルトに手をかけ、口を近づけたからだ。
「断らないで。これは私が望んですることなの」
優斗はもう何も言えなかった。静香の手が優しく彼を包み込む。そして彼女は、これまでとは全く違う、真心のこもった動きで優斗のものを咥えた。
月明かりだけが差し込む部屋の中で、二人は確かに結ばれたのだった。
◇
翌日、探索者協会で静香のステータスを測定することになった。
「嘘でしょ」
静香が自分の数値を見て固まる。祝福の絆をかけた後の彼女の数値は、なんと7倍に跳ね上がっていたのだ。
「7倍!?」日向が叫ぶ。
「静香さん、優斗さんのこと大好きすぎませんか?」灯がニヤリと笑う。
「だって昨日…」静香が言いかけて慌てて口を押さえる。
「「「昨日?」」」
灯、日向、綾乃の冷たい視線が優斗に突き刺さった。
「えっと…その…あの‥」優斗の額に汗が浮かぶ。
「白状しなさいよ」日向が詰め寄る。
「優斗さん、私たちにはしてくれないのに」灯が頬を膨らませる。
「クランマスターとして、説明責任があるわね」綾乃が冷徹に言い放つ。
優斗はついに観念し、事の次第を包み隠さず話した。静香が部屋に来たこと、彼女を諭そうとしたこと、しかし最後は彼女の意志を尊重したこと。
「…というわけで、体の関係になれば上昇率が上がることがわかりました」
三人は顔を見合わせた。怒りと、嫉妬と、そして何か別の感情が混ざっている。
「つまり」綾乃が口火を切った。
「体を重ねれば祝福の絆の効果が強まるのね」
「そ、そういうことになります」
その夜だった。優斗が部屋で休んでいると、ドアがノックされた。
「優斗さん、いますか?」灯の声だ。
「開けなさいよ」日向の声。
「話があるの」綾乃の声もする。
優斗がドアを開けると、三人が勢いよく部屋に入ってきた。彼女たちの目は据わっている。
「私たちも7倍まで上げるわよ」
「ずるいじゃないですか、静香さんだけ」
「灯ちゃんたちを泣かせるクランマスターにはお仕置きが必要ね」
「ちょ、ちょっと待ってくれ、何を…」
優斗の声は、三人の唇によって封じられた。
その夜、祝福の絆は新たな段階へと昇華したのだった。
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