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サラブレッドの憂鬱《大井競馬場》

凛の親友、今野は莉子が好きだと打ち明ける。その言葉に男の友情が熱く燃え上がり凛は一計を案じたのだが莉子の反応は極めて冷たく今野はその場で固まってしまうしかなかった。

 乗降客が比較的多いのに各駅停車は停まるけど空港快速は通過するという不思議な大井競馬場駅にモノレールは到着した。桜の季節には大賑わいの『しながわ区民公園』が近くにあるのだが、その季節にはまだ少し届かないからなのか、競馬のレールが始まるまでにはまだ時間があるからなのか、乗降客はこれまたあまり多くなくて、車内はかなりの余裕があった。


 改札がスタートゲート風のデザインだと聞いたことがあった凛はスマホで駅の外観を検索してみた。そして改札の画像を見つけると、それを少し驚いた表情で眺めた。確かにサラブレッドがファンファーレと共にスタートするゲートそっくりの造りで、そこから出てみたい衝動に駆られた。しかし彼女の表情はすぐに曇る……自分がとてもサラブレッドと呼べるような才能を持ち合わせていなからだった。


 サラブレッドの才能、それは血筋と生産者と調教師の努力が作り出すものなのだろう。血筋が確かでも育てるものがいなければそれは発揮されることはない。逆に、育てるものの努力だけでもそれは発揮されることはない。この二つが相まみれたとき、それは選ばれし者になるのだろう、ある意味自分には縁遠いことなのかもしれないと思うと、自分の存在がちっぼけで陳腐なものに感じられた。


 凛が女の子になった時点で紗久良より先に恋人になることを宣言したのは女子バスケ部のエース小花こはな莉子りこだった。竹を割ったような性格で物怖ものおじしない行動力、周りに何を言われようが凛に対する恋心を貫くその圧倒的な圧力に凛はどう接していいのか分からずに逃げ腰の態度を見せたがその魔の手から逃げ切ることは難しいと感じられた。紗久良にさり気なく接近して絡め手を駆使し通学友達の座を手中にした後、そのアプローチは更にパワーアップを見せるのだが、そこに嫌らしさが全く感じられなかったから凛は強く拒否することが出来なかった。逆に不思議な爽やかさを感じたのは莉子のキャラクターなのだろう。女子バスケ部のエースを張る彼女の度量と才能はある意味、凛を引きつける。もしも、紗久良と出会う順番が逆だったら莉子に憧れたかも知れない。


 しかし、それはあくまで憧れと言うか形で表現される。紗久良に抱く恋愛感情とは少し違う。言い表せない微妙な違いはアイドルを見詰めるファンの目線と言えばよいだろうか。勿論、それが恋愛感情とイコールの場合は現実に存在する。手の届かない相手に対する人の想いは千差万別存在するのは確かだが、凛の想いは確実に違うのだが、その違いの説明を求められたらおそらく口籠ってしまう筈だ。彼女のしたたかさが作り出す笑顔には裏がありそうに思えるが実は裏側など存在しない、見えている部分、それが彼女の全てなのだ。純粋でまっすぐで実は隠し事ができないのが莉子の本当の姿であり、それが皆を引きつけるのかも知れない。


 彼女は策士ではない、普段見せる意味有りげな行動からそう誤解され易いのだが彼女にはそんな気は全くない。彼女は真っ赤な目をしながら登校することが有った。紗久良と自分、そして莉子と三人の登校風景の中、凛はその理由を問うことはなかった、問わずともその理由わけを察することができたからだ。莉子は一人で泣いていた。その声が、その姿が一瞬だけでいいから凛に届くことを願って。恋する心はその瞳を曇らせる、快活でさっぱりとした性格を湿らせてしまうから。


 だが、彼女は涙を表で見せなかった、それが彼女流の気高さであり美しさだからだ。バスケのコートを駆け巡り小柄な体で相手選手を翻弄する姿は爽快で清々しい。見ているものを裏切らない活躍を見せるのだが凛の前ではその破天荒さはさっぱりと消えてなくなるのは恋心の無せる技なのだろうか。そして、幼馴染の今野が凛に打ち明けた、莉子が好きだと。


 ……そして凛は策略を巡らせた。


 今野の言葉は勇気の結晶。ある意味豪快で頭の回転が速くて凛よりもはるかに行動力が有る彼だったが恋する心は初心者以外の何物でもなくて経験不足が否めない。彼の親友、男の友情を幼い頃から育んできた関係だったから凛が見方をしない訳はなくて必死で考えた結果のサプライズを用意した。


 体育館のバルコニー、バスケ部が練習する中でおもむろに楽器を構えた今野が演奏し始めたのは『いきものがかり』の楽曲『ありがとう』だった。出会えた事を、愛した事をありがとうと言う言葉と共に伝えたいと言う内容の曲に自分の思いを音色に乗せて体育館に響かせる。その透明な音色に、ざわめいていたバスケ部員達もおわず聞き入り体育館はサクソフォーンの音で満たされる。同時にバスケ部員の足は止まり音源に向かって視線が集中、今野は必至の極致の中で莉子にその曲を捧げ切った。


 その音色を聞きながら莉子は不敵な笑みを浮かべて見せたが、それは呆れたと言う雰囲気も含まれてはいるのだが、それ以外にもキュリアスな意味も含まれている様にも見えた。今野の演奏は終わり体育館に静けさが戻り、暫くの静寂の後にバスケ部員のさざめきに混じり拍手が沸き起こる。だが、莉子は憮然ぶぜんとした表情を崩さなかった。その冷たい視線に今野は絶望的な表情を見せたが莉子との関係はそれが始まりだったのだ。


 彼女は決して不快さだけを露にした訳ではなかった。それは一目惚れによく似た感覚だったのだ。


 ごつごつとしたモノレール独特の振動と共に乗客の乗降を終えた車両は再びゆっくりと走り出し、同じく独特の加速を感じたのとほぼ同時に凛の思考が窓の外に見える特徴的な外観の『ブランズシティ品川勝島』の姿と今野と莉子の姿になぜか重なって見えた。それは今野と莉子の関係性で力加減がどちらに傾くか察する事が出来たような気がしたのと同時にそれは自分と紗久良の関係によく似ている様に感じられたからかも知れなかった。

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