古江琉重は思う
「いやー『ロミオとジュリエット』、連日大盛況でしたねー!」
ラジオが響いてくる。なんとも楚々とした声音が応じた。
「はい。ですがあくまでわたしは代表、この作品はわたしだけのものではありません。既存の『ロミオとジュリエット』をさらに膨らませた脚本家を始め、小道具係、演出家、演者さん。それから観てくださった皆さんのおかげです」
答えはわかりきっていたが、訊いた。
「そういえば、観に行ったの? ロミジュリ」
「いいや」
「それは勿体ない。よかったよ? ジュリエット役の天知さん。とても綺麗だった。たぶんあれは、ロミオを通してきみに向けてたんじゃないかな。一日目だってそれこそ、きみと天知さんのお話じゃなかったか」
プロテインプロを飲み干した彼は、やはり美味しくなかったらしい。微妙そうな顔をする。
「バカにしてるのか?」
「なんでさ」
「……」
「言いたくないなら、僕が言ってあげようか?」
彼は何も言わなかった。それが無言の圧というやつで、言うなと仄めかしているのであれば、残念。
「ロミジュリのモンタギュー家とキャピュレット家は、昔の皇帝派と教皇派がモデルになったって言われてる。ホントかどうかわからないけどね。三日目の公演のロミオとジュリエットが政敵だったのは、そこの脚色を強めたからからかもしれない」
そういった斟酌は琉重には通じない。注意書きは充分に読んだ上で、乗り越える質なのだ。
「面白かったよ。けっきょくはふたりともが結ばれるために、政治に食い込んでいるっていうよくあるすれ違いコメディって感じだったから」
観てない彼からはいい反応はない。何も言えない、といったところだろう。観てないのだから。
琉重は肩をすくめた。
「まあ、演技であっても、嘘であっても、彼女が別の男に愛を囁くところなんて、見たくないよね」
ムスッとした。
「食前のメニューもあれば、食後のメニューもあるらしい」
「へえ?」
「腹が減った。この、タンパク質増し増しオムライスを食べることにする」
「すみません。この人、懸垂チャレンジするらしいです」
店員を呼ぶと瞬く間に連行されていく。ボディーチェックのように身体をべたべたと触られている。
「ふむ。いい筋肉だ」
「これは着痩せするタイプ……」
「日々のトレーニングを教えてもらえるかな」
触診だけではなく舐め回すような視診と質疑応答も加わっている。
彼は素直に応じている。おお……! とマッチョメイドたちが一言一言に唸っている。自己肯定感が高まりそうだ。
「では懸垂自己ベストの更新を目指して。目標に達したら無料だ!」
懸垂が始まった。
始まる前までは優しかったのに、一度始まれば厳しい言葉が飛び交う。
「それが懸垂かー!?」
「泣きたいのは筋肉の方だ!」
「それじゃあマッチョに100年かかるなぁ!?」
「……きっと」
マッチョメイドに激励を飛ばされている友人を眺めながら、琉重は思う。
――きっときみは、僕のせいじゃないと言うだろうね。でも、違う。こんなことになってしまったのは、僕のせいだ。僕のせいで、きみは、天知しろあと出会ってしまった。だから僕は、その責任を果たしているだけなんだよ。
「……まっ、どうしたって、きみは認めないだろうけどね」
「お待たせしました。タンパク質増し増しオムライスです。ではご一緒に。美味しくなるおまじないを。――美味しくなぁれ。マッスルー!」
低く野太い声は、床が震えそうだ。
「この注文、僕じゃなくてあの人のです」
「……それはとんだ失礼を。では、懸垂が終わり次第、また参ります」
また美味しくなる野太いおまじないを耳にするのか。耳が痛くなりそうだ。




