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何でも知ってるしろあちゃん  作者: 家佐水井
古江琉重による全知を出し抜く方法
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97/99

怪盗エスの殺し方


「1マッチョ、入ります!」


 野太い声が響いて、新たな来客の登場。


「「「いらっしゃいませ!」」」


 というのもまた弾幕のようで、ビリビリと音波が頬を叩いた。


「待ち合わせのマッチョのご案内です」


 野太い声に違わず、がっしりとした体格をしている。硬そうな筋肉はいまもメイド服がはち切れそうだ。笑顔だけはとびきりにいい。


「なんだここは」


 来店してまだ一分と経っていないのに、対面に座った彼は疲れ切っている。とは言っても、前髪が重たくて表情はよくわからないが。


「メイド喫茶。パンフレットに書いてあったでしょ」


 にこりとする。皮肉と思われたのか、すこしトゲのある口調をした。


「それはわかってる。ただ、メイドってこう……もっとお淑やかなイメージがあったんだが?」

「いまはどこも多様性の時代」

「というよりおふざけだろ」


 そこは否定しない。それが文化祭というものだから。


「そんなこと言ってると叩かれるよ」

「誰に、どこに」


 コップに手を伸ばして口につける。何も頼まないというのも悪いかと、彼もメニューに手を伸ばした。そして目を点にする。


「すごい。飲食のメニューで、トレーニング後はこちら、だなんて初めて見た。どこでトレーニングしろって言うんだ」


 する場所なんかないだろ、という反語。それはリサーチ不足に過ぎない。目で彼にふり返るよう促す。首だけふり返ると、彼は気に当てられてまた疲れたように嘆息した。


「おいおいその筋肉は飾りか!?」

「筋肉が泣いてるぞ!」

「筋肉の親御さんに顔向けできないなぁ!?」


 教室の後ろにはトレーニング機器がある。懸垂をしているのはふつうの制服姿で、それをメイド姿のマッチョ共が囃し立てて煽り立てている。


「マッチョによるマッチョ検査があって、懸垂の回数を指示される。それを見事にクリアすると、代金無料」

「……どこかのラーメン店みたいなことしてるな」


 パチパチと拍手が鳴る。よく頑張りました、と肩を叩いている。やろうと思ったその心意義が明日の筋肉になりますから、と親指を立てている。どうやら慰めているようで、クリアとはならず。しかし、自己ベストの更新を記念して半額と致しましょう、と白い歯を光らせている。

 さすがだ。優しい。やったという事実、努力も褒めている。これできっと、あの彼も近い将来肩にでかい重機を載せることだろう。


「お前もやったのか?」

「いや? 僕はああいうのはちょっと。きみこそやれば? 普段、鍛えてるらしいじゃないか。愛の賜物だね。泣けるね」


 運動は得意ではない。何せ好みでないのだ。筋トレにもあまり意味が見出せない。

 まあ、その点で言うと彼は、意味があるからやっているのだろう。愛の賜物。危なっかしい愛しの愛しの彼女。天知しろあのために。


 これまた皮肉と受け取ったのか、眉がほんのすこし動いた。手を挙げる。


「すみません。プロテインプロをください」

「かしこまりました。少々お待ちください」

「僕のオススメはプロテインミックスなんだけどなー。プロテインプロは、なんというか粉っぽい。たぶんプロテインは全部市販の物を使ってるんだと思う。だから粉っぽいと思うのは当たり前。でも、プロテインミックスやプロテインレボリューションは、その辺が上手く混ざってる。プロテインプロだけが、濃い甘さが粉っぽさを強調させてるんだよ」

「……プロテインプロテインばっか言うな。頭が痛くなる」


 頭痛を覚えたようだ。ただでさえヘンテコな場所だから余計に、だろう。


「お待たせしました。プロテインプロでございます」

「ありがとうございます」


 プロテインミックスがクリーム色ならば、プロテインプロはココア色。コップに注がれたココア色の液体を眺め、一度回転させる。


「お前のせいで覚悟を決めてるのが不服だ」


 と言って、一息に飲み干す。


「味は悪くないけど、たしかに、舌にザラザラ感が残る。粒感がある」


 粉っぽくないとも言えない、とのこと。

 だろう? と快活に笑った。


「プロテインはトレーニング後に飲むのがいいとされているんだけどね」

「お前もそうだろう」


 まあ、そうだ。彼はこの文化祭ではいろいろと動いた。それをトレーニングと言っていいかは怪しいが、エネルギー消費といった観点では抜きん出ているだろう。


「僕は何もしてないかな?」

「たしかに。お前のせいで俺も四苦八苦したし、しろあも要らぬ懸念をしてしまった。だというのに、琉重、お前はこの文化祭中、何もしなかった」


 ここに訪れたのがあの何でも知っている何でも知れる天知しろあではなく、この、天理かいであることからもそれは自明。天知しろあは、古江琉重に辿り着けなかった。


 琉重は満面の笑みを浮かべる。


「ここに天知しろあは現れなかった。ということは、今回は僕の勝ちかな」

「勝ち負けじゃない。危うく、文化祭は壊れるところだった。怪盗エスが何の陰謀も悪意もないものならよかったさ。でも、怪盗エスは野原先輩の、そしてお前の策謀によって生み出されたものだ。野原先輩は毒殺の犯人、織高は文化祭中に死者を出す事態になっていた」


 この、天理かいという男は人の機微を読み取ることに長けている。

 天知しろあのように全知の名残によるインチキ推理力も論理力もないが、天知にない共感力や気遣い、配慮といった人間らしい側面は他を寄せ付けない。

 天知が知った事実を、彼は聞くだろう。しかし彼は天知に思ったことを言わない。だから天知は事実の通りに動く。残酷なまでに。言ってしまえばひどく偏屈で頭でっかち理屈でしか動かないのが天知だ。彼は、それを補うような立ち回りをしている。


 肩をすくめた。


「でもそれを僕の責任にするっていうのはお門違いだ。僕は一度も毒殺だなんて口にしていないし、そこに気付けなかった天知さんの責任。それにどうせ、水筒を入れ替えたのはきみなんだろ?」


 ならば最終的に天知の推理が一歩及ばずの結果になっても、最悪の事態にはならなかった。


「まあ、さすがに野原先輩がどんな水筒を使ってるかなんてわからなかったしな。しろあに訊くわけにもいかない。中身を捨てたよ。飲み物なら、調達できる。特にこの文化祭中ならな」

「いろんな出店があるからね」


 同意して頷くものの、嬉しくないと腕を組んだ。


「でも、天知さんにもきみにも、それとそうだな、あの逢坂って女子にもわからなかったことをひとつだけ、教えてあげよう」


 警戒を強めているが、べつに、そんな構えることはない。


「花菖蒲には毒がある。でもね、そんなに強い毒じゃない。死にはしない。精々、嘔吐ぐらいだ」

「だからって許されることじゃないけどな」

「ごもっとも」


 肘をついた拳に顎を乗せ、不機嫌そうにする。だがしかし。


「でも、野原先輩は止まらなかったよ? 僕の与り知らぬところで、もっと短絡的な行動に出ていたかもしれない。包丁でグサリ。これだったらどうだろう。いくらきみでも止められない。気付けないからね」

「怪盗エスがいて、しろあを巻き込んで、だから俺も動いた。だから怪盗エスを作り出したお前のおかげ、って? 恩着せがましいな」

「それに万が一、きみが関わらなくても精々が嘔吐ぐらいだからね」

「だから恩着せがましい」


 にこりと口角をあげる。


「じゃあ、天知さんにもそう言うんだね?」


 どういうことだ、と懐疑的な目。


「天知さんにもそうやって強い言葉で批判するんだね? 僕がやったことは、天知さんがやったこととそう変わりないよ。誘導して犯行に及ばせた。する必要はないのにね。あの、なんだったか……三浦彰って男子もだし、橘柚奈って女子の件もそうだし。彼らがやろうとしていることを知っているのに、止めはしなかった。むしろ、促してた。それを良しとしていた」


 三浦彰のときは、自らが被害者となって罰を加えることを意図していたし、橘柚奈のときは、彼女が逢坂愛花に殺意を持っていたにもかかわらず、依頼はいじめ問題だからと無視した。


 はたして、古江琉重がやったことと、何が違うのか。違わないのなら、彼は、天知しろあへ同じく強い非難ができるのか。いいや、できない。事実、していない。今回のように暗躍しているだけだ。


 彼は黙った。暴論で言い返さないのは自分でも重々承知しているから。ならば琉重も追及はしない。琉重は彼を罵りたいわけではないのだから。

 プロテインミックスに口をつける。味はバナナか。筋トレにバナナも相性はよかったはず。どこまでも細かい。


「お前はくろあの側についたってことでいいのか」


 また別角度から切り込んできた。確信めいた口調だし、否定する意味もない。


「そう思ってもらってもかまわないよ」

「なら、俺とお前も敵ってことか」

「そうかな? そうか。そういうことだろうね」

「お前が、くろあがしろあを否定するというなら、俺は、しろあを肯定する」


 これはまたアツアツだ。

 くろあを、琉重を否定することで、しろあを肯定するということだろう。決意表明というより愛の告白をされたが、だからといって琉重もはいそうですかと引き下がるわけにはいかない。あのくろあも同じだろう。


「まあ、お互い譲れないところはあるよ。答え合わせをしない?」

「そうだな。俺も、琉重も知っている通り、推理ができるわけじゃない。実をいうとどこまで合っていて、どこが間違っているのか、わからない」

「じゃあ、まずはどうして僕の存在に気付いたか。僕は今回、この文化祭をふつうに過ごした。ふつうの生徒として、ね。怪しい行動はしていないはずだ」

「あのパンフレット。パンフレットのコメントと盗まれた物がちょうどしりとりとして繋がっている。これはちょっと、好都合が過ぎる。俺がパンフレットをもらったのは文化祭の前日だ。ミステリー部だけ一足先にもらった、ってのは考えにくい」

「じゃあ、ミステリー部はパンフレット製作に関わっている人がいたのか。実行委員、生徒会メンバー」

「いなかったよ、そのどっちも」

「へえ。本当に?」

「ああ、生徒会長に訊いた」

「地道な作業だ。ご苦労様」


 茶化すな、と目で咎められる。


「そもそも実行委員や生徒会メンバーも全員が全員、関わっているわけじゃない。経費の報告書だったり、飲食なら許可書が必要になってくる。校門のアーチ、校舎内の装飾も大部分が実行委員だ。つまり、パンフレット製作に関わる人は限られてくる。限られているっていうことは透明性がない。改竄も可能だ」

「当人から文句が出るんじゃない?」

「そりゃあ、丸っきりコメントを変えてたらな。でもしりとりに必要なのは頭文字と末尾だけだ。文字数の問題だとかバランスがどうのとかいくらでも方便は立つ。こっちで変更があるかもしれないと承諾を得ていれば、気にするのはコメントの内容だ。頭文字や末尾が違ってても大差はない」


 自分の行動がすべて解き明かされていくのは、得も知れぬ感慨がある。ミステリー部の名探偵が見たいという動機も、ちょっとだけ理解できた。


「だからパンフレットを作った人が知りたいって生徒会長に頼み込んだ。表紙に一目惚れしたって言ってな」

「教えてくれたんだ? それで」

「ああ、おかげで仕事を頼まれたけどな。キャンプファイヤーのために消化器を運んだり丸太を組み立てたり……その甲斐あって、古江琉重という名前を見つけた」


 鋭い目つきはほんの些細な変化も見逃さないといった風。だが、動揺はしない。


「その時点ではまだ僕が怪しいとはならないと思うけど?」

「しろあならそうだろうな。警察ならそうだろうな。だが俺はそうじゃない。お前を見つけた瞬間、何かあると思った」

「信用ないな~」


 あるいは、信用があるのかもしれない。古江琉重なら何かすると思ってくれているということなのだから。


「俺も、ミステリー部が怪盗エスで模倣犯……野原先輩が模倣犯だってことは、しろあから訊いてた。だから、短編集も読んだよ。あれはなんていうか、恨みが籠もってたな。主人公の描写がリアリティに富んでた。まるで自分を投影していたみたいに。それで最後に花菖蒲による毒殺という結末。野原先輩にとっての犯行予告だって腑に落ちたよ」

「それで? どこに確信に至ったの?」


 古江琉重はまだその時点では怪しいに過ぎないはずだ。何かあると確信していても、何があったのかまでは、確信できていないはず。


「短編集は一度、突き返されたらしいな。野原先輩の短編はすでに漫画として形になっているから、と。野原先輩はすぐにパクられたって察した。なぜならある人にしか話してないから。だが、もうひとり、野原先輩の短編を知っていて、漫研がパクったのだと知り、野原先輩に憎悪が宿ったのを知った人がいる」

「それは?」


 勿体ぶることはない。


「短編集を突き返した人、つまり実行委員の誰か。……それがお前なんだろ?」

「証拠は?」

「ないな。野原先輩が白状するとも思えないし。まあ、生徒会長に当たるのでも悪くないけど。ただ、琉重がそうだとすると、筋が通る。野原先輩は激昂したんだ。そんなはずがない! とかな。それで事情を知った。そこでお前はそれを利用したんだ」

「そうなると、僕は短編集の検閲とパンフレットの製作、両方に携わっている。ミステリー部だけじゃない。漫研の漫画、文芸部の論評、諸々の検閲にパンフレットの製作は、手一杯だ。きみじゃないんだから、そんなことはしないよ。だから役割分担があるんじゃない?」

「逆だろ。短編集の検閲や、メイド喫茶で出す飲み物食べ物の試飲試食を、お前は担当してた。そこで野原先輩がやって来て、すこし強引にでもパンフレットのほうにも首を突っ込んだ」


 違うか? と薄く笑う姿は、おそらく裏も取っているのだろう。パンフレット製作の人物を探ったときにでも、生徒会長に問い合わせていたに違いない。


「そうだね。違くない。その通り」


 お見事、と音はないが拍手を送る。

 ほう、と肩の力を抜いて背もたれに身を預けた彼は、つぶやく。


「だから、怪盗エスなんだな」

「ん?」

「名前ってのは大事だ。その者を表す。子どもの名前を適当につける親なんていない。子どもがもらう最初の愛情で、親が最初にあげられる愛情だ。怪盗エス。なんでカタカナなんだろうって思った。ローマ字でSだと不都合があったからだ。ミステリー部には佐川って人がいる。そしてミステリー部を怪盗エスの模倣犯に仕立て上げようとしていた。怪盗エスがその人の、ある特定の誰かの頭文字だと解釈されたら困ったんだ」

「……で?」

「それでもエスであることは敢行した。SはSでも、人名に捉えられては困る。じゃあ、ほかにどんな意味があるか。Sって言えば、真っ先に思い浮かぶのは複数形だ。ミステリー部全員が共犯で怪盗エス。そして、野原先輩とお前で、オリジナルの怪盗エス。野原先輩だけを捕まえても終わりじゃない、ってことを意味してたんだ」


 さすがにそこまでわかるとは思ってなかった。目を丸くする。忍び笑いをする。


「まあ、まるで僕の影がないっていうのも、フェアじゃないからね」

「どういうことだ?」

「全知の天知さんを討つ方法はいくらでもある。それこそくろあさんの全能の名残の力にかかればね。でも、それじゃあ意味はない。世の中にはいまも犯罪で溢れかえっているし、それらは天知さんの手にかかれば全てが解決できる。文字通り、全てがね。でも、その責任は天知さんにはない。なぜなら天知さんとは関係がないから」

「……」

「もしもきみがいなかったら、この怪盗エス騒動はどうなってたかな?」

「どうもなにもないだろ。逢坂が止めてくれたんだから」


 その逢坂に気付きを与えたのも彼のおかげだ。彼が花菖蒲と菖蒲を持ち込んでいなければ、……いいや、それ以前に。


「たぶん、逢坂さん、彼女が止めることもなかっただろうね。その前に、解決していた。天知さんは野原先輩こそが怪盗エスだと突き止めていたはずだ。でもそうはならなかった。なぜか。天知さんには要らぬ懸念があったからだ。くろあさんの存在」


 ラジオ部、新聞部に怪盗エスの法則性を、匿名で投稿した。天知しろあはそれを知ろうとした。当然の行動だ。障害になり得るかもしれないし、もしも野原だったなら危険視する必要のある行動だから。

 しかし実際に投稿したのはくろあでもなければ野原でもない。


「天知さんが知ることのできないものはそう多くない。人の頭の中、人の心。訪れていない未知のこと、未来。そして自分自身。つまりくろあさん。だから天知さんはくろあさんがこの文化祭にいると思って、警戒心を強くした。余分にリソースを割かれた。行動がワンテンポ遅れた。でももうひとり、天知しろあには知れない人がいる。きみだ」


 この、天理かいという男は、天知しろあに約束させた。自分のことは知ろうとしないことを。


「天知さんはきみと約束している。きみのことは、知れないんだ。きみはそれがわかっていた」

「まあ、そうだな。だが俺の疑問には答えてもらってないぞ」

「ああ、そうだったね」


 解き明かされていくことに感慨はあったが、それでも反論したくなってしまったのは意地だろうか。

 琉重は反省して一度、頭を掻く。


「お前らは何がしたいんだ?」


 これまた直球だ。そこにも驚いたが、わかっていないことにも驚いた。


「わからないのか」

「琉重たちがしろあを否定しようとしているのはわかってる。でも、何のために否定したいのか、否定すればどうなるのかが、わからない」


 それなら一枚上手ということか、すこし機嫌もよくなる。


「全知はそこまで恐れることではない。これが僕の結論だ。天知さんに勝つなら、天知さんに知られなければいいだけの話」

「簡単に言うな?」

「簡単ではなかったね。でも、僕の目の前にいるのは天知さんではない」


 天知本人が来ていれば負けていた。彼女は来ていないから勝ちだ……と言いたいところではあるものの、残念ながら天知しろあの側に立つ男が来ている。天知しろあに泥を塗ることは、寸前でできなかった。

 引き分け、というところだろうか。


「天知さんは文化祭に起きた怪盗エスの解決に尽力した。だから文化祭前のことは知ろうともしなかった。きみみたいに準備期間を知っていれば、僕と野原先輩の繋がりはわかっただろうに、そうしなかった。天知さんには知られなければいい。これが僕の結論だ。もっと言うならば、知ろうと思われなければいい」


 完全に覆い隠すのではダメなのだ。その点でいうと、ミステリー部の矜持と通じるところがある。法則を考え、それを辿っていくと最終的には答えに辿り着く。フェアにしていた。

 琉重もそう。完全犯罪がしたいわけじゃない。木を隠すなら森の中。天知しろあに、どの木を隠したかったか。それを選定させたい。そして、今回、天知しろあは正しい木を選定できなかった。短編集に籠もった並々ならぬ恨みも読み解けず、漫画を検めることも、パンフレット製作の人間、野原と文化祭以前に関わっていた人間も、それらを知ろうとしなかった。


 刀で素振りをしてみせる。


「全知、見切ったり」


 やれやれ、と彼は辟易のご様子。


「でも、いま、言ってしまったな」

「きみに言うのは問題ない。それに、全知を出し抜く方法は、何もひとつだけじゃないさ」

「ふうん」


 ばん、と机に投げ捨てるような勢いで、彼はある物を捨て置いた。


「……これは?」

「つまり、琉重は、こうしたかったわけだ。しろあに、野原先輩が怪盗エスだと言わせたかった。これで事件は解決です、と言わせたかった。そのあとにまた怪盗エスの犯行が起これば、解決じゃなかったのか!? 野原は冤罪? となる。しろあへ非難囂々。赤っ恥だ。それがお前たちの、しろあを否定する方法だったってわけだ」

「怒ってる?」

「ちょっとだけな」

「で、これは?」

「ウチのクラスで使ってる、正しくは使ってた、看板だ」


 それが何になる? と目で尋ねる。


「しりとりは終わってない。終わる方法は『ん』がつく時だけだ」

「でもきみのクラスのコメントには、続かないんじゃない? 漫研から盗まれたものは天使。『し』から始まってる?」

「いや、たしか『お』だったな。おばけ屋敷の」

「じゃあダメじゃないか。破綻してるよ」

「マジか。それはしまった。あちゃー」

「……ははっ」


 そういうことか。まったく、白々しい。


「これじゃあ怪盗エスも破綻だな」


 犯行予告も出さず、法則性にも則らない怪盗。白ける。寒いな。だから彼は、しりとりという法則性をラジオ部新聞部を使って公表したのだ。怪盗エスを、殺すために。


 これで、怪盗エスは死んだ。


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