これにて相談終わり
二年三組、ミステリー部。現在は扉が閉まり、看板には第四回開催中と書かれている。
天知は扉をノックした。教室は一瞬、静まり返った。中から顔を見せたのは、野原だった。
「来ると思ってた」
第一声はそれ。佐川はミステリー部も模倣犯の被害に遭ったことを申告しようと説得したし、模倣犯逮捕に天知の協力を仰ごうと提案しただろうし、どこかでミステリー部にその名は出てただろう。硬い表情は緊張しているのか。
「……なにその格好」
第二声はそれ。目の前にドレスアップしたお姫様がいるのだ。天知は特に答えず、スカートの端を摘まんでお辞儀した。
流し目で逢坂にもおこぼれの視線が来た。屋上で一悶着あったので気まずい。会釈だけしておく。
すこし柔らかい顔になったように見えた。毒殺が不発に終わったことを悔しがっているのなら逢坂も疎んじるかと思ったが、そんな風には感じない。
「佐川ー。お客さん」
ふり返って野原は声をかける。
佐川もまた厳しい顔をしていたが、天知の顔を見るとぱあっと輝く。まるでこれで万事解決だと言わんばかりに。
「天知さん! じゃあ……わかったんだね!? 模倣犯の正体が! ……って、なにその格好」
まだ野原は自分で言っていないらしい。天知が来ると思っていたなら、それを待っていたのか。だから演者でもないのに教室で待機していたのか。
「ええ、ひとまず。目的も、もう犯行は続かないということも」
「そうか! よかった。ほら、漫研も天使がやられたって話があったから。でも実際にはなにも盗まれてないとか、とにかく不安で!」
「いいから。行くよ」
「え、野原も?」
「なに、ダメなの? それとも、客がいるのに模倣犯だオリジナルだって話すの」
それを語れるのは自分がどちらかの正体を知っていないと、だ。
「いや、うん。場所を変えよう」
変えた場所は階段の踊り場だった。それも階段の続きはなく、右手には外に出る扉と掃除ロッカーがあるのみ。屋上前の踊り場なら人目にはつかないし、近づく人にもすぐに気付ける。
「それで天知さん。模倣犯は? 誰だったんだ?」
勿体ぶるように天知は間を置いた。ちらりとさり気ない視線は、自分で言うか? と野原に自白を促しているようでもあった。しかし野原は腕を組んで冷ややかに突き返す。
天知は相分かったと視線を切ると、佐川へ戻した。
「そもそも、どちらがオリジナルで模倣犯だったんでしょう」
「そりゃ、僕らがオリジナルで模倣犯は向こう」
「そう思わせられていた、としたらどうですか」
要領を得ないと佐川は渋面を作る。
天知はひとつひとつ、丁寧に説明を始めた。
「元々、怪盗エスには目的があった。怒りや恨み、その辺は何でもいいですけれど、ある特定の誰かから、盗みたい物があった。厳密には、盗まれた物を、取り返したかったんです」
「盗まれた物……?」
「ですが、単に盗めばいいわけではなかった。もっとも、盗んでも手遅れだったというのもあるでしょうけれど」
盗んだ物は返せばいいというものではない。知りもしない人の手垢がついた物を同一と思いたくないし、どういった扱い、保管のされ方をされていたかもわからない。一気に価値は落ちる。
盗まれた瞬間に手遅れ、というのは素直に飲み込める。
「怪盗エスから物を盗んだ瞬間、その盗人は怪盗エスから尊厳を奪ったんです。我が子を奪ったような物なんです。成長した子どもは育ててくれた人が誘拐犯だとは思いたくないですし、貴重な経験も時間もすべて手垢がついている。やっぱり、盗み返せばいいというわけではなかった。だから、怪盗エスはミステリー部を操り、自らを模倣させた。己の罪を反省させ、刻一刻と歩み寄る魔の手に震え上がらせた」
公にはそれが盗まれた物だとされていなくても、盗まれた人と盗んだ人は、その事実を知っている。怪盗エスは、罪悪感を刺激した。あるいは、罪の意識があることを期待していた。
ごめん、の一言が、欲しかったのかもしれない。怪盗エスとは、そのための時間制限だったのかも、しれない。
「ちょっ、ちょっと待って! それじゃあ、まるで、僕らが模倣犯で、いまの模倣犯がオリジナルって聞こえるけど……!?」
「ええ、そう言ってます」
「いや……いや、さすがにそれはあり得ないよ。だって」
「だって?」
動揺で笑みが漏れてしまったのだろう。半笑いの佐川だったが、天知の真摯な目を受け止めると、口角も落ち着く。
「だってそれじゃあ、ミステリー部の誰かが怪盗エスだってことになってしまう……」
裏切られたと怒りに満ちていたか、嘘をつかれていたと悲しくなっていたか、佐川は俯く。
「ミステリー部に犯人がいるのならノートブックを盗むことも容易ですし、最終的に自分の盗みたい場所、漫画研究会に着地させることもできます。なにより、道具の調達もできますからね」
「調達、って?」
「怪盗エス……ああ、この場合はミステリー部の皆さんですね。佐川さんたちが盗んだ品々を、一度洗ってみたんです。聞き込みにも行ってみました。大抵が気にしていない様子で、やっぱり犯行声明がないと気付かないものばかりでした。しかし、園芸部は怒ってましたよ」
よくもまあぬけぬけと言えるものだ。聞き込みなんか行かずにふつうに文化祭を楽しんでいたし、園芸部の件は天理から聞いたこと。
「園芸部から盗んだものは、たしか菖蒲でしたね」
「うん」
「彼らは花を我が子のように大切に育てていました。何本もあるからと一本盗んでも、花に興味ない人なら心を痛めないかもしれませんが、園芸部は悲しみに暮れ、怒りに拳を握っていました。……まあ、そこはどうでもいいんですけれど」
じゃあなんで話したんだ、と思わずツッコみそうになってしまう。
野原がすこし、顔を曇らせた。
「園芸部は犯行声明を見て、こう言ったんです。菖蒲って書いてあるけど、盗まれたの、厳密には花菖蒲なんだけどな。……と」
十中八九、そこはねつ造だろう。天知は話を聞きに行ってないのだから。
野原がさらに顔を曇らせ、佐川は神妙そうに、何かに気付いたような顔をする。
「ではなぜあなた方ミステリー部は花菖蒲を盗んだのでしょうか。厳密に菖蒲である花もいちおう、園芸部にはあるみたいです。なぜわざわざ花菖蒲のほうを取ったのか。ルールにも厳しいミステリー部なら、しりとりという法則性が崩れてしまう可能性がある花菖蒲は取らないはずです」
『し』から始まらないといけないのに、それでは『は』から始まってしまう。ルールを守らない怪盗は魅力も失われる。
「誰も気付かなかったというのは考えにくい。となれば、花菖蒲でないといけない理由があった。花菖蒲にあって、菖蒲にはないもの。花菖蒲には、毒がある」
それが怪盗エスが調達したかったもの。ミステリー部は気付かぬ内に、怪盗エスの足となっていたのだ。
「そして、怪盗エスは盗んだ本人を震え上がらせるには、この一連の犯行、しりとりという法則を、盗んだ本人に教えなくてはいけません。ということで、読みました。これ」
天知はどこで準備したのか、両手で短編集を持つ。
「ミステリー部はきちんと、怪盗エスが自分たちであるとわかるようにしていましたね。美術部の前はミステリー部から部長さんが消え、その部長さんの名前は野田文雄でしりとりになっている。そこまで凝っているなら、本物の怪盗エスが反省させたくて震え上がらせたかったのなら、その仕掛けにも余念がないはず」
パラパラと短編集をめくっていき、目当ての短編を見つけるとそのページを野原と佐川に見せつける。
「書いてありますね。盗みが題材になったミステリー。しかもご丁寧に、最終的には毒殺されてます」
その短編を書いたのが誰かは、ミステリー部ならすぐにわかるだろう。きっと名前も、載っているはずだ。
「では佐川さんにお訊きします。この怪盗エスを提案したのは誰ですか? 法則にしりとりを用いるよう提案したのは? 園芸部から菖蒲を取ればいいと提案したのは、実際に園芸部から菖蒲を取ってきたのは、誰ですか」
天知にしてみれば、わかりきっていることなのだろう。それらの発案者、提案者、実行者はすべて野原。天知はそれを知ったから、問いかけている。
「まあ、もしも別の誰かが園芸部に行って、本当に菖蒲を持って来たら、困るから」
だから自分が行くしかなかった、と認めるのは、野原だった。
「野原……。じゃあ、野原が……怪盗エスだった? 僕らを操ってたこと……?」
「そういうことになるかな」
「どうして……!」
「天知さんの話、聞いてなかったの? 盗まれた物を盗み返したかったから。短編集、一度出して返ってきたでしょ? あたしの短編、すでに形になってたんだって。漫画にね」
それが漫画研究会、漫画と繋がる所以だったのか。
「キャラの名前すら同じ。書き上げた短編を、全部消していく作業。まるで自分が消えていくかのよう。虚しいなんてもんじゃない。真っ白になって、その瞬間、あたしも消えた」
怒りなんて遠い昔のようで、虚しさを通り越してしまった野原は、表情が消えていた。無表情とも違う。人間とはこういう顔にもなるのかと、逢坂は畏怖でしばし動けずにいた。
犯人が自白して認めたなら、天知はもう語ることはないと口を閉ざす。逢坂もしばし動けずにいた。
最初に口を開いたのは、佐川だった。
「……ありがとう、天知さん。さすがだよ。お見逸れした。本当に名探偵だ。菖蒲と花菖蒲……よくこの違いだけで、わかったね」
「ありがとうございます」
天知は推理をしたのではなく、正に知っていたのだ。そこから逆算して、矛盾やおかしな点を繋いでいっただけ。
阿漕な商売……と言いたいが、べつに彼女は名探偵を謳っているわけでもないし、依頼人としては解決しているからいいのだろう。
「怪盗エスについては……うん。最後までミステリー部の仕業ってことにしようかな」
「よろしいんですか」
「うん。僕らが危惧していたのは、重大な犯罪をしないかってことだけ。僕らに罪を着せられるからってタガが外れた怪盗エスが、文化祭を壊したり金品を盗むのが怖かっただけで、野原はそんなことはしてない」
「毒の準備をしてたのに?」
「でも、救急車は来てないし。使わなかったんでしょう?」
野原はふいと顔を背けた。佐川は笑う。笑って、階段を降りていく。
「また、改めてお礼はするよ」
野原も、あとに続くように遅れながら階段を降りていく。沈黙を貫くかと思ったが、階段の中腹で一度、立ち止まった。
「アヤ……わたしの発想を盗んで漫画にした人のことね」
この屋上で昼食を共にしていた人。毒を盛ろうとした人のことだろう。
「べつに漫研でその漫画を作るつもりはなかったらしいの。単純に、あたしの話を訊いて、絵にして形にしてあげればもっと生き生きとできるんじゃないかって思っただけらしいの。でもそのノートを漫研に置き忘れて、取りに行ったらほかの部員に見られてて、面白いって絶賛されたら、言い出せなかったんだって」
はっ、と笑い飛ばす野原。
「だから何だって感じ。あたしには関係ない。でも……あんたが止めてくれなかったら、それも聞けないままだった。ありがとう、止めてくれて。毒も、すり替えてくれて」
それだけ、と言って、野原の姿は見えなくなっていく。




