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何でも知ってるしろあちゃん  作者: 家佐水井
古江琉重による全知を出し抜く方法
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毒殺未遂


 逢坂の通う織田高校は特別、屋上への立ち入りが禁止されているわけではない。だが施錠はされているし、鍵を借りるには正当な理由がないと借りられないので、誰でも立ち入れるというわけではない。

 屋上へ出られる扉はひとつだけ。逢坂は屋上から人が出てくる瞬間が見える場所に位置取る。


 何もせずに扉を凝視しているというのも怪しい。野原には、逢坂の顔も知られている。しかも名探偵天知しろあ嬢の側にいたのだから、助手と思われてなくもない。佐川がミステリー部に話しているかもしれないし、監視していることがバレれば彼女の警戒心を強めるだけだ。

 持ち物は家庭科部のパンとお菓子、パンフレットにスマホとハンカチぐらい。あとは漫画研究会で買った漫画と、天理から押し付けられた紙袋だ。


「……そうだ」


 ふと、気になった。天理が言っていたことだ。

 正確には菖蒲ではなく花菖蒲。

 では菖蒲と花菖蒲はどう違うのだろう。


 監視を誤魔化すためにも、時間潰しのためにも、スマホで検索をかける。


 まず花菖蒲は観賞用で、菖蒲は香りを楽しむものらしい。

 菖蒲のほう、つまり黄色い粒があって一般的には定着していないほう、正しく菖蒲で今回盗まれていない物は端午の節句で使われるもので、湯船に入れる菖蒲湯というのもあるらしい。

 なんと、菖蒲には別の読み方もあるらしい。アヤメとも読む、読めるらしい。つまり、菖蒲と一言で書いてもショウブなのかアヤメなのか、口に出すまではふたつの可能性があるということだ。

 菖蒲、花菖蒲、菖蒲。

 これで三つの花が存在するというのだから、なんともややしこい。

 どうしてそんなことになったのかと歴史まで調べ始めてしまったが、アヤメでは怪盗エスの法則が成り立たないので単にショウブでいいだろう。


 屋上に近づく人の姿が視界にちらついて顔を上げる。出てくるのではなく入っていくようだ。野原も屋上に出られたのだし、文化祭のいまは開放でもされているのだろうか。


「もしも……」


 もしも、が過ぎった。


 天理は花菖蒲も菖蒲もどちらも持って来た。つまりどちらも、園芸部にはあったということだ。なのに、怪盗エスは花菖蒲を盗んだ。この菖蒲を盗んだ時は、オリジナルの怪盗エスだ。ミステリー部には八人の部員がいるという。八人が共犯。八人で考えたということ。


「八人で考えて、誰も花菖蒲と菖蒲について言及しなかった……?」


 もしも、もしもこれが単なるミスではなかったとしたら。

 相応しく正しい菖蒲があったというのに、意図して花菖蒲を盗んだとしたら。


「盗ませたと、したら」


 野原もミステリー部の部員でオリジナルの怪盗エスでもある。模倣犯の実行を最初から考えていたとしたら、野原の意志も加えられただろう。

 怪盗エス、ミステリー部は、花の知識がなかった。のではなく、花の知識があったにも関わらず、花菖蒲を貫き通したのだったとしたら。

 そこに、模倣犯である野原の目的が、介在しているだろう。


 嫌な予感がして、そうでないことを願って、逢坂は検索をかけた。そしてその検索結果が出てからは、一目散に屋上へ駆け出した。


 さっき、屋上に出て行った人の顔には見覚えがあった。それは漫画研究会で逢坂が野原の所在を訊いた人だ。彼女は『舞香』と呼んだ。野原とは親しいのだろう。そのふたりがいま、屋上にいる。

 鍵はかかっておらず、扉は簡単に開く。秋の冷たい風が頬を叩いた。秋の冷たい風に乗って、こんな声が届いた。


「飲む? 好きだったよね、アヤ」


 その瞬間、逢坂は叫んだ。怪盗エスの、野原の狙いとは、これだったのだ。


「飲んじゃダメ!」


 半瞬遅れたのが悔やまれる。アヤはすでに、野原から渡された水筒に口をつけていた。喉は動いていた。飲んでしまった。


「んえ?」


 間の抜けた声を出すアヤと、どうして、何しに来た、と困惑怒りのふたつの感情を表情に浮かべる野原。

 とにかく、逢坂は水筒を奪った。ふたりは昼食を取っていたのだろう、弁当箱が膝から落ち、中身が散乱する。


「ごほっごほっ」


 と、そのアヤは咽せた。遅かったか、とスマホで救急車の準備をする。


「ちょっと……何するの? 歯に当たったじゃない」


 そう言ったのは、アヤ本人。アヤが無事であることが理解できないのは逢坂だけではない。野原もだ。


「アヤ……さん? 大丈夫なんですか?」

「大丈夫って、何が?」

「気持ち悪いとか、吐き気とか、ないですか?」

「ないわよ。なに急に」


 逢坂の嫌な予感は外れたのか、しかし野原の反応も嘘とは思えない。すると、野原に水筒を奪われた。野原は蓋を開けて中身を覗き込む。そして、つぶやく。


「ない……」

「じゃあ、やっぱり……」

「え、え? どういうこと?」


 野原はぐいと水筒の中身を一気に呷った。逢坂からすれば自殺行為だ。野原も覚悟を決めたかのような顔つきだったが、飲み干すと悄然と、目を見開く逢坂に、一言だけ。


「安心しなさい。何ともないから」

「何ともないって……」


 アヤが野原に懇願するが、野原は説明する気もないようだ。力のない瞳で、続きはどうぞと任せられる。

 いまとなっては逢坂も不安ではあるが、野原の態度からまったくの見当外れというわけではないだろう。唇を舐めた。


「野原先輩は、その水筒に……園芸部から盗んだ花菖蒲を入れてたんじゃないですか」


 無言は肯定と受け入れる。


「花菖蒲? ……そうするとどうなるの?」

「私もさっき知ったことなんですけど、花菖蒲には、毒があるみたいなんです」


 つまり野原はアヤに、毒入りの水筒を勧めていたのだ。


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