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何でも知ってるしろあちゃん  作者: 家佐水井
古江琉重による全知を出し抜く方法
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メッセージカード


 どうたとえたらいいのかわからない甘さのプリン。それをスプーンで一口すくって食べる。


 焼き肉味のオリジナルドリンクを飲んで、わたあめとプリンを食べて、口の中は甘さ一色。さっぱりしたものかすっきりしたものがほしいところだが、この場を離れるわけにはいかない。


 時刻は12時五分前。あれから三十分が経った。ひとまず麦茶で誤魔化しておく。


 わたあめの売れ行きがよくなったように、ミステリー部にも入っていく人は多かった。専ら制服姿か仮装姿ばかりで、外部の客はさほど怪盗エスに興味を持っている様子はなさそうだったが、それでも客に違いはない。

 開始から十五分ほどで教室から出てくる人はいた。その顔はあまり感触のいいものではなく、手に持っている物も短編集ではなかったので推理を外したのだろうとわかった。きっと自分も同じ顔をしていたに違いない、と、逢坂はすこしの恥ずかしさもあった。


 12時を過ぎると、扉が開いて部長と張り紙を胸につけた男が外に出た。


「ありがとうございました~」


 見送りらしい。続々と客が出てくる。

 素知らぬふりをして、逢坂は天知と廊下を歩く。出てくる客の波に逆らって進み、二年三組を横切る。扉から中をうかがった。野原の姿はある。まだいる。


「で? どんな感じ? 野原先輩の狙いとか計画とか、わかりそう?」


 ミステリー部がミステリー事件という問いを出している間の三十分間、天知は時折、目を瞑って返事をしない時間があった。野原が途中抜けをしたり隙を縫って姿を消したりせず、きちんと演者を遂行しているかどうかの確認をしていたのだろう。


 逢坂が訊くと、同じように天知は静かに目を閉じた。知りたい内容、情報量のいかんによって、天知の知る時間も長くなるのだろう。今回は三秒ほどだった。

 目蓋が上がる。しかしその瞳ははっきりとせず、不明瞭で困惑の色が強いように思えた。


「どうしたの?」


 口は開くが、言い淀むように一度閉じた。やがて、


「計画はわからない。野原さんは単独犯だからね。共有したり作戦を立てたり、計画書みたいなのに書き起こして形があればわかるけど、彼女にはそれがない。頭の中で完結してる。わたしに知る術はない」


 天知にも知れない、知ることのできない内のひとつだ。


「狙い……つまり、野原さんがこれから盗もうとしているもの。漫画研究会にあって、『て』から始まると思われるものだけど……これ、どういうことだろう」


 天知にわからないものが逢坂にわかるはずもない。急かすことはせず、ひたすら天知の考えがまとまるのを待つ。


「なにか、書くものあったりする?」


 制服を上から叩く。


「パンフレットなら……余白とかに書けると思うけど……」


 制服を上から叩く。


「ペンがない」


 紙じゃないとダメなのだろうか、と逢坂は試しにスマホを見せてみる。


「こっちのメモ帳じゃダメ?」


 まるで思いつかなかった! とでも言いたげに丸い目をパチパチとさせる。


「逢坂さん天才だね!」

「はあ。ありがとう」


 飛び付くように逢坂のスマホを手に取るが、べつに天知もスマホは持っているだろう。自分のスマホを使えばいいのに。

 逢坂が天才というより、単に天知が抜けている。


「これ。野原さんが手にしているメッセージカードには、こう書いてある」



 苦節一ヶ月 血と涙の結晶 『山の麓に住む天使について』

               天使は燃えた  怪盗エス


「ふむ」


 天使について、と書かれているぐらいだから、本物の天使か比喩の天使かどうかは関係なく、その漫画にはとりあえず天使が出てくるのだろう。その漫画から天使を盗むのは理解できる……。


「燃えた?」

「うん。そう書いてる。おかしいね。というか、振り返ってみると、模倣犯になってからすこしだけメッセージが変わってる。ノートブックは頂戴した、になってた。ひとつの事例だけじゃ法則性も何もなかったけど、模倣犯は明らかに、意図して付け足しをしてる。いままでは盗んだ物だけを記してたのに……」


 なんで、と口が動く。

 しかし、逢坂はそこは考える必要はないのでは、と口早に言う。


「とにかく、野原先輩が狙うのは天使なんでしょ? しかも燃えた。これってけっこう、危ないんじゃない? 止めないと」


 しかし天知は動こうとしない。漫画研究会には向かおうとはしない。逢坂のスマホも返さず、まだ画面を弄っている。

 さすがに返してほしいと手を伸ばそうとすると、画面がこちらを向いた。


「え?」


 そうだった。

 本当にこれだけなら、天知はもっと、いつも通り自信に満ちた様子で滔々と語れる。困惑していた理由が、そこにはあった。



    野原舞香から

          栗原彩矢へ



 きっと逢坂も、先ほど見た天知の表情をしていただろう。口は、なんで……と、音もなく動いた。





 犯行声明が、二枚。しかも内一枚は、文化祭の出し物でも出店でもない。パンフレットにも当然、そんな名前はない。さらに怪盗エスではなく、野原は自分の名前を書いている。これでは怪盗エス=野原舞香だと言っているようなもの。バレたいのか、バレてもいいと思っているのか。


 天知を問い質しても意味がないことはわかっていた。何より、時間がない。


「とりあえず、漫研に行こう。野原先輩は?」

「向かってる」

「じゃあ、急ごう」


 渡り廊下を急いでいると、見慣れた顔……は見えないのだが、それこそが見慣れた顔があった。


「逢坂!」


 人混みと喧噪に消えないよう声を張っている。天理だ。


「わたしもいます!」


 胸を張る天知。人混みで単純に見えなかったのだろう。


「ああ、しろあ」

「ああってなに、ああって」


 いつも通りのふたりのやり取りが始まってしまう。逢坂は天知の背中を押した。


「ごめん! いまそんな暇ないの!」

「お、あ、ああ……頑張って!」

「ありがとう!」


 何に対して応援してくれたのかわからないし、天理もそうだろう。それでも礼は言っておく。

 漫画研究会に到着。人の入りは、激しい。漫画という門戸が広いことに加え、ミステリー部が被害を申告したことで次の怪盗エスこそは! と息巻く探偵の方々が揃っているのだ。

 長机を揃えてそこに漫画が山を築いている。『山の麓に住む天使について』。タイトルはそれだ。かなりの量を刷ったようで、自信と熱量がうかがえる。事実、手に取る人は多く売れ行きは好調のようだ。机の脇には白い翼を持った女の子が等身大パネルで置かれていて、漫画の表紙にもその顔はある。彼女が天使と思っていいだろう。

 怪盗エスを待ち侘びている人も、いまはこの漫画を読みながら時間を潰しているらしい。それらの顔を逐一確認するが、野原の顔は見当たらない。


 じれったい! と、逢坂は受付? レジ? とにかく漫研の人がいる机に手をついた。


「あの、野原先輩、来ませんでした?」

「野原……?」

「二年三組、ミステリー部部員の野原舞香さんです」


 天知が子細丁寧に尋ねる。もしかしたら逢坂だったから信用が足りなかったのかもしれない。ああ、とその人は頷く。


「うん、来たよ。舞香ならさっき来て、漫画を一冊だけ買って出ていったよ」


 ということは、一足遅かった? いやしかし、まだ怪盗エスが現れたと騒ぎにはなってない。天使が燃えた。燃えたなら、もっとわかりやすいはずだ。ボヤ騒ぎなんて起きていない。


「ありがとうございます」


 なんとなく、それだけで立ち去るのは悪い気がして。


「いくらですか?」


 一冊だけ、買ってから立ち去ることにする。


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