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何でも知ってるしろあちゃん  作者: 家佐水井
古江琉重による全知を出し抜く方法
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それはよかった


 時刻は11時を迫っている。


 逢坂は一般棟の一年七組を出たところだった。片手に紙コップを持っている。となりの天知も同じようにしている。逢坂の紙コップにある液体は、なんだろう。茶色? とでも言えばいいのか。コーラに似ている。光が遮断されればほとんど黒というのもコーラに似ている。

 だがもちろん、一年七組で売られているのはオリジナルドリンクなので、コーラなんて普遍的な飲み物なわけがない。


 となりの天知をこっそり覗き込む。コップの中身はレインボーの色。ぐるぐると手中でかき混ぜているが、それでもレインボーは保たれている。不思議だ。

 やがて、意を決したように天知は飲み込んだ。なにも一口で飲まなくてもいいのに、と逢坂は構える。


「……どう?」


 返ってきたのは、なんともつかみ所のない顔。美味しいけど美味しいとは言いたくない、美味しいのが悔しい、といった感じで、天知はベロを出した。


「うげえ」

「不味いの?」

「お酒みたい。これは3.5はあるね」

「わからないから。いやなんで天知さんはわかるの。3.5って? pH? 酸性なの? 酸っぱいの?」

「質問が多いよ」

「なら下手なボケはしないでよ」


 お口直し、と天知は家庭科部のパンやお菓子が入った袋からコーラを取り、口をつける。


「うん。やっぱりこれだね」


 満面の笑みだ。それはよかった。


「お供え物とかでお酒はよくあったからね。昔は飲んでたの」


 ほんの一瞬、固まる。


「ああ。神様の時の話ね」


 いきなりだったものだから、何のことかわからなかったが、逢坂もお賽銭箱にはお金を投げる。時と場所、それから役職によっては飲み物食べ物も供えるだろう。


「一瞬、お墓参りかと思った」


 お供え物と聞くとそれが真っ先に出てくる。


「実はわたしはもう何年も前に」


 精一杯に顔を作って手もつけてくれたが、元々の顔がどうしても可愛らしいので子どもが頑張っている風にしかならない。怖いという感想には、ならない。

 話をぶった切る。


「そもそも神様って食べたり飲んだりするんだ」

「しないよ。お供え物だから食べる、お供え物だから飲む。了承しましたっていう意志表示みたいなもの。人間の物に無闇矢鱈に手を伸ばしたらどんな影響が出るかわかったもんじゃない。伸ばそうという興味すら湧かないんだけどね。お酒やおはぎでも、美味しいと感じる味覚もない」

「ふーん」


 それはそれは。


「いよいよお墓参りだね」

「わたしの時はコーラでお願い!」


 縁起でもない。


「まあ、わたしはそんなものよりもどちらかというと、そっちのほうが気になるんだけど」


 そっちと目が向いているのは、逢坂の持つ紙コップだった。


「飲む?」

「逢坂さんのだから」


 はあ、とため息。


「ビビってるの?」

「そんなわけ」


 オリジナルドリンクは一度、経験がある。その時はハズレを引いている。チョコバナナ味。どこにバナナの風味があるのか、チョコをそのまま飲み干している気分だった。甘ったるくて温くて舌と歯にべったりまとわりつく重さがあった。

 だから天知の問いに対する返答は是。そんなわけ。に続くのは、ある。逢坂はビビっているのだ。そんなわけあるのだ。


「えぇい」

「やっぱビビってた」


 鼻から息は吸わず、匂いも感じず、勢いのままにぐいと。


「どう? どう?」

「ん? ん!?」


 まるで上空で爆撃戦でも起こっているかのように、天知が頭を抱えている。

 逢坂は言った。


「美味しい」

「……へ?」

「美味しいよ。ふつうに美味しい」

「ど、どんな味!?」

「焼き肉」

「わたしにも一口!」


 奪われそうだったので、残りも飲んでやった。これは、紙コップの量で充分だ。ペットボトルの量は飲めない。


「あぁ……」


 名残惜しそうな天知に、勝ち誇ったような顔をした。




 階段で二階に上がり、二年四組に立ち寄る。そこではわたあめが売られていた。二本買う。

 機械の中に棒を突っ込み緩く混ぜていくと、雲のように膨れ上がった砂糖が棒に絡みついた。その工程を二度、眺めると先輩がいい笑顔で棒を差し出してくれる。


「はいよ、二本」

「ありがとうございます」


 礼を言いながら、ふと、ふり返った。


「あの、ひとつ訊いていいですか」

「ん?」

「ここからめん棒が盗まれたって」


 すると先輩は、すこしくたびれた顔をする。


「ああ、それね。うん、そうだよ。めん棒が、それが盗まれたらしいんだ」


 それ、と指さすのはいま逢坂が持っているもの。


「らしい?」


 面倒な客だったかもしれない。天知なら皆、嬉々として訊いてもいないことも教えてくれるだろうに。逢坂も、すこし表情を和らげることを検討するべきかもしれない。

 先輩は機械の下に屈み、


「めん棒なんていくらでもある。袋詰めされた塊で持ってかれたならわかるけど、一本だけ取られてもそうなんか、くらい。言われても気付かない。あの犯行声明? 予告状? があったからまあそうなんだろう、くらいの認識」


 袋詰めされためん棒を抱えて、見せてくれる。ひとつの袋には100本入っているらしい。たしかにこの中の一本が消えたとしてもわからない。数えようとも思わないだろう。犯行声明が教えてくれた、ということか。


「どう? 満足?」

「え?」

「君が初めてじゃないよ。もう何人も、何回も、同じ質問してくる。まっ、買ってくれるからいいんだけど」


 ほかに質問は? と訊かれる。逢坂はその何人の内のひとりではない。本命はわたあめで、そういえばと思って訊いただけ。ほかに訊くことは、あるのかもしれないけどない。


「いえ。ありがとうございました」

「よかったら宣伝して!」


 ぺこりと頭を下げ、二年四組の出入り口付近にいる天知へ近寄る。そこまでわたあめは盛況ではなく、ものの五分程度だったというのに。天知を遠巻きにする人は多く、話し掛ける者も多く。この人混みを吶喊するのは嫌だな、と思っていると、天知がこちらに気付いた。


「すみません」


 愛想笑いをしていた天知が申し訳なさそうに断る。


「大変そう」

「元アイドルのくせに、他人事みたいな感想」

「他人事だし」

「すこしは共感してくださいよ」

「大変そうだぁ」

「言い方の問題じゃない」


 じゃあどうしろと。


「はい、わたあめ」

「ありがと」


 逢坂も天知もわたあめを一口含む。たしかに甘いのに、口に入れると途端に消えてしまう不思議な食べ物。名は体を表す。まさしくわたのようなあめ。


「で、どんな感じ?」

「もうそろそろ終わると思うけど……」


 人の邪魔にはならない程度で、扉から廊下に顔だけ突き出す。

 わたあめをやっている二年四組のとなりは二年三組の教室で、二年三組は文化祭中、ミステリー部が押さえている。

 例の朝刊と朝のラジオを聴いて佐川がすっ飛んできたのは一回目の事件の最中と考えていいだろう。その後に話し合いを持ち説得の末、被害を申告。ラジオ部、新聞部、それから探偵志望や野次馬が押しかけた、という流れだ。

 ミステリー部で特に見張りをせずとも済んだのは天知がそれを知ったから。

 もうそろそろ時計は11時30分となる。第二回目の開催となる。


「まだ、野原先輩に怪しい動きはないんだよね?」

「うん。朝は一回目の準備があったし、そのあとは片付け。佐川さんからの話で部員全員集合、怪盗エスの被害者であると公表してからは取材に応じててそんな隙はなかった。それでいまから30分間は、あの教室に拘束される」

「つまり、30分後に、野原先輩は行動を始める……」

「うん」


 ちらとわたあめを啄む天知を見下ろす。視線に気付いたようで、天知は目だけ上に上げてくる。


「ん?」

「30分後」

「うん」

「つまり12時。平気?」


 天知は昼食やリハーサルや化粧にお着替えといろいろある。そのため、12時には戻りたいと言っていた。


「まあ、平気だよ。最終防衛ラインは13時」


『ロミオとジュリエット』は14時。一時間じゃあ足りるものも足りないだろう。


「本当に無理しないで。戻っていいからね」

「優しい。わたしのことを気にしてくれて気遣ってくれて。優しい」

「いや。べつに天知さんのことを気にしてるわけじゃない。天知さんが遅れてほかの人に迷惑がかかって、ロミジュリが遅延とか中止とかになって、元を辿れば私のせいだってことになるのが嫌なの。つまり自分のため」


 下で天知の眉根が寄る。


「まるでかいくんみたいなことを言う」


 よっぽど、天理はツンデレなのだろう。素直じゃない。


「だから私と天理くんが、じゃなくて。ごく一般的なことを言ってるだけで」

「それじゃあ人間はひどく我が儘で独善的ってことになっちゃうよ」

「……まあ? けっきょくは?」

「かいくんは何よりわたしのことを優先するよ」

「それはよかったね」

「わたしも何よりかいくんのことを優先するよ」

「それはよかったね」


 えへっ、と破顔する。それはよかったね。


「それに、元を辿るなら模倣犯のことを考えなかったミステリー部に責任があるよ。逢坂さんのせいじゃない。これは依頼じゃなくて相談なんだから、よしよしお前は何も悪くないよってするだけでもいいの。解決する義務も、責任もないよ」


 フォローしてもらってるのか。


「……それはよかった」


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