しりとりのルール
落ち着ける場所はどこだろう、となる。
「三組はおばけ屋敷だからな。一組はどうだ?」
「座るぐらいなら……」
ということで、一組に決まった。
椅子を三脚、机をふたつほど引っ張り出してきて、腰を降ろす。天理はカバンから新聞紙を取り出した。
天知はまだ船を漕いでいる。
「キスでもすれば? 寝覚めのキス」
「新聞部が情報はまとめてくれてる」
冗談でもなかったのだが、天理は冗談と無視して新聞紙を丁寧に置いて行く。時系列順、発行順になっているようだ。
「一日に三回出ているみたいで、怪盗エスはその存在が発覚してから全ての新聞に載ってる」
一日目の一部、朝刊に当たるものは文化祭が開幕して二時間後に出されたものだ。そこで書かれている内容は文化祭の熱を煽るようなもの。ネタバレにもなるような出店や出し物の中身については、軽くしか触れていない。自分の目で確かめてくれ、とのこと。
ネタ集め取材、構図や配置のレイアウト、書き上げてから印刷までがたったの二時間でできるとも思えないので、それらは先に終えていただろう。
そして二部、昼刊に当たるもので、やっと怪盗エスが出てくる。と言っても、些細なものだ。
一面の隅っこに、
『織高文化祭に迫る黒い影……!?』
と書かれているだけで、怪盗エスの字も、盗みが横行しているのだということも、明言されていない。
「急遽削ってスペースを作ったんだろうな。それに、まだその頃は怪盗エスの犯行は被害者ですら認知していないことが多かった。新聞部も、信ぴょう性のないことを書いて無闇に読者を不安がらせるわけにもいかない」
右手に朝刊、左手に昼刊を持つ逢坂を見て、思考を読み取ったように天理は言う。
「それでも書くには書くんだ」
信ぴょう性のない情報を書けばあらゆる方面から非難が飛ぶのはそうだろう。不安がらせるわけにもいかないというのも頷ける。だというのに、書くのか。急遽、スペースを作ってまで。
まるで、スペースがあればこの時点で大々的に書いていた、という風に思えるのだが。
天理は肩をすくめた。
「情報は争奪戦だから」
「自分たちがどこよりも早いっていうアピールってこと」
「ほかが怪盗エスの存在を広めたら、人はそこに流れる。誰も遅い新聞部の新聞なんか見向きもしない。プライドもある」
「ほかってどこ? 新聞部以外に新聞は出さないよね?」
「ラジオ部とか」
「ああ……」
なにもメディアとは新聞だけを指すのではなかった。
校舎にいると、いなくても、敷地内にいれば聞こえてくるラジオ部による校内放送。逢坂はあまり聞いていなかったが、耳を傾けてみようか。
「で、これか」
一日目の三部目、夕刊……にしてはかなり早いが、まあ便宜上夕刊と呼ぶのがちょうどいいだろう。
夕刊になって一面を飾るのは、
『織高文化祭、怪盗現れる……!?』
だった。
斜め書きで走り書きのようなフォントで、緊急性があるような焦燥に駆られるような、そんな勢いと迫力のある大見出し。
逢坂は内容を目で読み飛ばしながら、重要そうなところだけ口にしてみる。
「ひとつめの被害者、美術部。盗まれたもの、カッター。現場にはこんなものも残されていた」
写真が掲載されている。盗まれた物と同じ物と、メッセージカードが一枚に収められている。そのメッセージカードが、怪盗エスの犯行声明だ。
お題ください 描きます 似顔絵も可
カッター 怪盗エス
メッセージカードには端的な言葉だけが残されている。
逢坂は文化祭のパンフレットを取り出し、めくってみた。一文は美術部を示すもので、カッターとは盗んだもの。怪盗エスとは署名。自己主張は最低限。その正体と動機も知ったいまならば、理解できる。解き明かしてほしかっただけなのだから、自己顕示などの不要な情報は排除したかったのだろう。
「ふたつめの被害者、二年四組。盗まれたもの、めん棒。めん棒?」
「わたあめ作るときに使うやつ」
「ああ」
佐川に見せてもらった盗品の中には、木の棒があった。あれがめん棒だろう。ここにも写真が掲載されている。めん棒もまた、メッセージカードと一緒に掲載されている。佐川の言に嘘はない。
たこ焼きと焼きそばで揉めに揉めた結果、勝者はわたあめ
めん棒 怪盗エス
「一日目は確認が取れる限りこの二件。怪盗エスはどれも些細な物ばかりを盗んでいる。皆も注意してくれ。もしかしたら身の回りの物が消えているかもしれない。この犯行声明があれば、それは単なる紛失ではない。怪盗エスによる犯行なのだ! だって」
「一件だけじゃ連続犯とはならない。二件出てきてやっと、新聞部も連続犯と断定して、大々的に報じようと思ったんだろうな」
「カッターとかめん棒とかがなくなっても特に気にしない。怪盗エスがそういう物ばかり盗んでたら、たしかに被害に気付かない。だからこの新聞が広まれば、被害者が自覚するかもしれない。それを望んだってこと?」
「だろうな」
新聞部が新聞に書くように、確認が取れる限り、怪盗エスの犯行は二件なのだ。三件四件と実は発生していた、という可能性は十二分にある。
「それで、その狙い通り、三件目は二日目の朝に発覚する。新聞を読んで気を揉んだ生徒が自分たちの備品を確認。すると、犯行声明と共にあるはずの物がなくなっていた」
それが書かれているのは二日目の朝刊ということになるのか。
逢坂が手を伸ばしていると、天理は一度、大きく手を叩いた。空気の破裂する音。それを眼前で受け止めた天知は、
「はっ!」
鼻ちょうちんも破裂した。
「三件目、被害者一年一組。『ロミオとジュリエット』で使うためのあぶらげが盗まれる。また、あぶらげとは舞台のセットを高くする際に使う台のようなもの」
逢坂は説明口調をしながら、天知に目をやった。天知は胸を叩く。
「登校するとクラスがすこしざわざわしていましてね。何事かと尋ねると、まあ、その通り。犯行声明が残されていて、あぶらげがひとつ、なくなっていたんです。演劇部に事情を話せば快く貸してくれたので、べつに問題はなかったんですけれど」
なぜ敬語なのか。まだ誰も登校していない。それでも寝起き、ということか。
美しすぎて練習がまともに進まなかった…… 『ロミオとジュリエット』ジュリエット役 天知しろあ
あぶらげ 怪盗エス
そこも例に漏れず、同じようなメッセージが記されている。
逢坂は、天知が目を覚ましたことだしちょうどいいとばかりに訊いてみる。
「怪盗エスことミステリー部には法則性があるって言ってたし、天知さんはそれを見破った名探偵。たしかしりとりとか言ってたけど、けっきょくどういうことなの?」
腕を組み、天知は働かない頭に強制労働を強いるようにした。
「文化祭の出し物、出店、それらの煽り文句や宣伝文の末尾が、盗まれた物の頭文字。盗まれた物の末尾と、次の犯行に遭う出し物出店の一言コメントの頭文字が同じ。メッセージカードの中で次の予告と答え合わせを同時にしているってことだね」
逢坂は確かめるべく、新聞を寄せ集めてメッセージカードだけを並べるようにした。
「お題ください 描きます 似顔絵も可。これは『か』。だから『カッター』」
「二件目はたこ焼きから始まって、わたあめで終わってる」
「『め』。だから『めん棒』」
「そして『う』。美しすぎて……んふっ。わたしが美しすぎるせいで被害に遭ってしまったってことだね」
にやけている天知は無視して。
「天知しろあで終わってる。あぶらげは『あ』。……ホントだ」
感心しつつ、
「ってことは」
次の犯行もそれで予想できるということ。
「『げ』で終わってるから……」
『げ』で始まる文を辿ればいい。
パンフレットを開いて、指で頭文字をなぞっていく。すると、
「……パソコン部」
ゲームも動画もあるよ! ……バ、バグもあるよ涙
パソコン部にはそう一文が書かれていた。
「ご名答」
天知がよくできましたと頷くと、いいタイミングで天理が新聞を出してくれた。
二日目の昼刊、そこにはパソコン部が被害に! と書かれている。メッセージカードの写真もある。
ゲームも動画もあるよ! ……バ、バグもあるよ涙
ダストブラシ 怪盗エス
「これは涙ってそのままなみだ読みでいいの?」
「そうじゃないとダストブラシには繋がらないね」
ダストブラシなら次は『し』か。と思ったが、答えはその新聞にもう載っていた。
パソコン部が被害に! という小見出しの次に、ディベート部も為す術なし! と書かれていたのだ。ディベート部の煽り文句は、こうだ。
史上最高! 白熱? 激熱!? 魂を削る大大大討論! 源太VS頼綱!
そして盗まれた物は、名札。源太、頼綱とそれぞれ胸につけるための名札が消えていたらしく、代わりに犯行声明が置いてあったらしい。
「名札で『だ』。また、だ」
二日目の夕刊、つまり現時点での最新版に答えはあった。
「園芸部」
だから中庭が多彩でカラフルな花たちで溢れてるのは俺たちのおかげって言ったっしょ!?
菖蒲 怪盗エス
「二日目になっても怪盗エスの犯行は止まらず。正体を見破る優秀な名探偵も現れず! はたして怪盗エスはどこまで行くのか。彼は何を伝えたいのか。三日目、織高文化祭が終わったその時、決着はどのようにつくのか。明日に期待!」
読み上げてからは、言わずにはいられない。
「無責任な人たち」
「まあ、ただの余興だと思ってる連中が大半だから」
正直、言い返せない。
天理から新聞を受け取り、天知という何でも知れる人がいなければ、逢坂もここまで首を突っ込まなかっただろう。新聞が発行されたとなれば、そういえばあれはどうなったんだ? と小さな興味で新聞を手に取るだけで終わる。
我こそが名探偵なり! と事件解決に奔走するはずもないし、一度読めばそれで興味も失せるのは間違いない。
「でも実際、二日目はこれで終わりじゃないんだよね?」
「ミステリー部が被害に遭ってるな」
言いながら、天理はメッセージカードを見せてくる。驚かずにはいられない。
「くすねた?」
「なんでそうなる。本物は持って来れないからな。自分で書いたんだよ」
メッセージカードも特別な物ではなく市販の物だから、真似ることもできるだろう。だから模倣犯なんてものが現れたのだが。
受け取り、今一度目を通す。
部長を殺したのは誰だ そして凶器はどこへ消えた え? 俺死ぬの?
ノートブックは頂戴した 怪盗エス
「ちょっと文体が変わった」
「オリジナルを挑発してるんだろう。だがルールは守ってる」
「菖蒲の『ぶ』で、部長から始まり、死ぬの? の『の』で終わり、ノートブックで始まる」
「つまり次は『く』で始まるところが被害に遭う」
逢坂は天知の意見を仰ぐようにしたが、彼女はうんともすんとも言わない。いちおう目は開いているようだが、まだ脳が活性していないのか。目を開きながら寝ているわけではなさそうだが。
パンフレットをめくり頭文字を指で辿り、
「『く』で始まるのは……苦節一ヶ月 血と涙の結晶 『山の麓に住む天使について』。……漫画研究会」
目で追っていた様子の天理も、頷く。
「これでわかりましたね」
明瞭な声を飛ばすのは天知。
「模倣犯こと野原さんの次なる標的は漫画研究会。盗む物については、『て』から始まるもの」
まとめる天知。彼女ならその盗む物もわかるのではないか、と逢坂は思ったが、天知は続けてこう言った。
「では、解散で」
もう7時30分になる。
廊下はすこし騒がしく、人気を感じ始める。一年一組の生徒も登校するだろう。件の怪盗エスの正体を知っていて、いまは模倣犯が暗中飛躍していることも知っていて、オリジナルの怪盗エスから模倣犯逮捕の相談をされているなんて、あまり知られたいことではない。
天知の学校で通っているキャラと、逢坂の知る探偵らしい振る舞いは相応しくないのだから。




