相談部の初仕事
チキンデュラハンを見送った佐川、逢坂、そして天知。佐川に招かれ、二年三組に入る。中は逢坂が訪れたときと変わっていない。演者こそ変わっているところもあるが、張り紙は部長と合わせて六人。客、この場合は探偵か読者に相当する人は、四人だった。
老夫婦と赤いネクタイは三年生男子、それから一般男性客。
天知の登場に息を飲む者はすくなくなかった。ジャージ姿であっても化粧をしているからか普段と違ってより一層美しさに磨きがかかっているだろう。滅多に見れるものではないし、新鮮さもあるからその反応には頷ける。
ミステリー部の演者も、あの天知しろあが佐川の客!? という驚きがあるようだった。
教室の隅っこで引っ張り出された椅子に、座るよう促される。天知は会釈してから座った。逢坂は、なんとなく座る気になれなかったので立っていることにする。
佐川は二年三組の教室の後ろ、机と椅子を掻き分けて隠れた収納棚に手を入れる。ミステリー部全員が共犯、との言葉に嘘はないようで、その行動に演技も忘れて注視する演者もいた。
天知の前に持って来た机に、佐川が抱えた諸々を置く。
「さて、厄介なことになったんだ」
「ここでいいんですか」
逢坂は早速、口を挟んだ。ここにはすくないが事情を知らない客もいる。そこで話していいものか。
佐川は仕方ないとばかりに頷く。
「話すからには実物も見せるべき。でも、これらを持ち運んでどこかで、ってわけにはいかない」
そこですこし、声を潜めるようにした。
「それに、こそこそとしていると怪しいけど、大っぴらにしてれば逆に騙されると思うんだ」
「逆に」
「うん。まあ、万が一、この中のどれかを被害に遭ったものだと気付いて、周囲に、それこそ新聞部やラジオ部にタレコまれたら、しょうがない。あれは僕らの仕業であることは事実だし、きちんと話を通して正式に謝るしかないよ。模倣犯がいるかもしれないという警告の意味も含めてね」
「甚大な被害に遭ってからでは遅いと思いますけどね」
佐川が希望的観測を語る一方で、天知は無情にも、絶望的な側面を語る。佐川は言い返せない、と苦い顔をした。言い換えれば、苦い顔で済ませた。まだ、新聞部やラジオ部に模倣犯の存在を、自らが怪盗エスであることを伝えはしないらしい。
たしかに、天知の言う通りだ。いまこそすべてを打ち明けるべきなのだろう。だが、模倣犯の正体さえ突き止めれば、あとは盗品を元の場所に戻すだけで怪盗エスは公にされずに済むのだ。
佐川曰く、盗品はどれも貴重品ではないものばかりで、犯行声明がなければ紛失で済んでしまうものばかりを選出したらしい。ならば、文化祭を盛り上げる一幕として笑って済み、文化祭が終われば怪盗エスの存在も、けっきょく何者だったんだろうね、で終わるものとなる。
しかし、ミステリー部が怪盗エスだった! と判明すれば、糾弾する者も現れるかもしれない。被害者だけではなく、火が見たいだけの人が燃料を投下するかもしれない。
穏便に、うやむやで終わる方法があるのならば、それを求める。それは至って普通の人間心理だ。
「逢坂さん、天知さんには……?」
天知がもう話は知っている素振りで話に入ってきたから、佐川はそう言ったのだろう。
逢坂はまだ何も言っていないが、いつの間にやら。天知は知ったのか。
「まあ、さわりぐらいは」
とりあえず、話は合わせて頷いておいた。
「じゃあ、わかってると思うけど」
佐川は天知に視線を動かしながら、
「改めて、説明するね」
と言った。
天知はそれには目を向けず、しかし聞く態勢だけは保ち、机の上に並ぶ小道具たちを睥睨している。
「僕らは、天知さんの名推理の通り、いま文化祭を賑わせている件の賊人。とは言っても悪意があるわけではないし、出し物や店に甚大な影響があるような行為は、誓ってしていない。代替品があるとわかっている、使わないとわかっている、すぐに売店や自販機で調達ができるとわかっているものだけを、失敬している。もちろん、きちんと返すつもりだ。名探偵のご登場によって僕らの行為が見破られたら、もしくは三日目の終わりまでにはね」
「悪意がなければいいってものでもないと思いますけどね」
おさらいのように語る佐川へ、天知はふたたび冷たい正論を放つ。
佐川は苦笑いで続けた。
「ところが、模倣犯が現れた」
やんごとなき事態。しかし、それは予想できたことだろう、とでも言いたげに、天知は机の上にある盗品たちを入れていた段ボール箱に触れる。
「これ、ここにあったんですか」
どうやら、天知は盗品のいずれかに覚えがあるらしい。逢坂も覗きながら、訊く。
「天知さんも被害に遭ってるの?」
やっぱり貴重品らしきものはない。
花、木の棒、カッター、刷毛? 名札?
特別な物はないし、量産品だし、すぐに作れそう。もしも逢坂が家からこれらがなくなったとしても、新たに買って済ませるだろう。盗まれたなんて、微塵も過ぎらない。
「わたしが、と言うか、わたしたちが、ですけど」
「どれ?」
「これです」
そう天知は、段ボール箱を両手で叩くようにした。
「……これ全部ってこと?」
「いえ。この箱です」
段ボール箱も何の変哲もないふつうの段ボール箱。
「演劇で使うんですよ。あぶらあげ、またはあぶらげと言って、まあ、簡単に言えば台ですね。セットを高くするための物です」
そう言われると、段ボール箱というよりもがっちりとした木製の箱型と言ったほうが近いか。
「美味しそうな名前」
「はんぺんと言う場合もあるそうです」
「おでん?」
「おでんに油揚げを入れるんですか」
初耳だ、と目を丸くする天知に、逢坂は首を振る。
「入れない」
じゃあなんでおでんなんだ、と胡乱げな目をするものだから、逢坂は弁明を口にした。
「はんぺんっておでん以外に何で食べる?」
「チーズはんぺん」
「あそうか」
おでんの認識が強すぎて、意識の外にいた。はんぺんはそのまま生で食べてもよかったはずだ。
「話しても、いいかな」
遠慮がちに、佐川が入ってきた。脱線しすぎている。
小さくすみません、と謝る逢坂と、悪びれもせずどうぞと促す天知。
「模倣犯が現れて、盗品を更に盗んでいったんだ」
逢坂も聞いた話。佐川は犯行声明を取り出す。
「これが、その犯行声明」
はたして天知に必要かどうかはわからない。おそらく不要だろう。佐川へのパフォーマンスか、天知は受け取り目に通す。
『部長を殺したのは誰だ そして凶器はどこへ消えた え? 俺死ぬの?
ノートブックは頂戴した 怪盗エス』
話が同じならば犯行声明も同じ。
ふむ、と天知は頷いた。
「どうやら、この模倣犯は怪盗エスの法則性を見破っているようですね」
「うん。それから、たぶん、僕らの正体も見破ってると思う。これは挑戦か、そうじゃなかったら挑発だと思う」
「世間は模倣犯かオリジナルか判別つかないですからね。早々に突き止めて、犯行をやめさせなければ、すべての罪がオリジナルの怪盗エス、つまりこのミステリー部の皆さんに着せられます」
渋い顔をする佐川に、天知は言う。
「オリジナルの犯人がいくら否定しても誰も信じません。文化祭を賑わせて、盗みを働いたのは事実なのですから、苦し紛れの言い訳としか受け取ってもらえませんでしょうね。模倣犯は、罪も罰も逃れられるのですから、ミステリー部のように貴重品を避けたり、文化祭を破壊しないようにするなんて配慮もしない」
佐川の、ひいてはミステリー部の懸念、心境、立場を、天知は的確に言い当てる。佐川は言葉もないようだ。
「それで、わたしに話というのは」
流れからわかっているだろう。佐川が話しやすいようにと、天知は水を向けた。
「虫のいい話だってわかってる。僕らは天知さんの小道具にも手を出したわけだから。でも、頼れるのは天知さんぐらいしかいない。文化祭の参加者は千人、一般客の出入りもあるから、それは軽く超える。その中から、模倣犯のただひとりを突き止めろだなんて、無茶を言っているのもわかる。でも、どうか、模倣犯を見つけてくれないか」
佐川は逢坂の推理をバカにしたし、実際その通りなのかもしれない。しかし、普通の高校生なら推理力なんて逢坂と大して変わらないだろう。ミステリー部が正式に出し物として開催している事件だって、解決できている人はそう多くないはずだ。
文化祭の参加者千人、その中から怪盗エスを捕まえることすら、至難の業と言っていい。もしもミステリー通の彼らが探偵の立場だったとして、突き止められるかどうかはわからない。
だからこそ、その至難の業を成し遂げてしまった天知には、砂漠の中から砂金を見つけるような真似でも、縋ってしまうのだろう。
まっすぐ頭を下げる佐川。顔を伏せたのをいいことに、天知は視線を寄越してきた。アイコンタクトをもらっても、困る。としか言えない。
やがて、観念したように天知はため息をついた。
「ひとつ勘違いしているようですけど」
佐川は頭をあげた。
「わたしはべつに推理をしたわけじゃないですよ。犯行現場を見かけて、その後に犯行声明が見つかったとの報告を知り、ならばと跡をつけ、その結果、このミステリー部に辿り着いた。わたしはどちらかと言うと、探偵よりも刑事のほうが近い気がしますが」
たしかに、その通りだ。
天知は何でも知れる。しかし鶴の一声よろしく天知の一声で物事は決まらない。だから地道に足を運び言葉を交わし証拠を集め嘘を暴く。それは探偵というよりも、刑事の仕事のほうが近しい。
けどそれは悪手じゃないか、と逢坂は思う。案の定、佐川は決意を硬くした。
「いま希求しているのは探偵じゃない。解決してくれる人だ。それが刑事だって言うなら、刑事でいい」
開き直ってしまった、とでも言いたげに天知は苦慮の笑顔をする。
「それに、天知さんは僕らの法則性を見破った。これは偶然じゃ片付けられない。ちゃんと考えてたってことだ」
しりとりだったか。
未だ逢坂はどれがしりとりになっているのかわからない。しりとりと見破るには、最低でも二つ、できれば三つの情報が欲しいところだろう。佐川からすれば、天知が犯行現場をただ見かけただけではなく、きちんとほかの犯行声明、盗品を調べ思考を巡らしたとも思っているのだ。
まあ、単に天知は知っただけなのだろうけど。ミステリー部の会話でも盗み見たのか、それを得意げに語ったことが、自分の首を絞めている。負けず嫌いだったのか意地だったのか、天知の不徳だ。
天知は更に弁を尽くす。
「なら、わたしがその模倣犯という可能性もありますよね?」
たしかに、法則性を見破り、ミステリー部の口から自供も聞いているのだから、これぞ好機と利用している可能性は否定できない。
佐川は苦笑した。
「自分で言ったら世話ないね」
まったくだ。
「それに、そっちの逢坂さんならまだしも、天知さんは、あり得ないよ」
「どうして私ならあり得るんですか」
いきなり疑いを向けられたものだから、つい尖った語気になってしまった。よく顔が怖いとも言われているから、それも相まって迫力があったのか、佐川は首と手を慌てて振った。
「いやっ、そうじゃなくて。そうじゃなくて。気を悪くしたならごめん。ただ、盗られたと思われる時間に、天知さんは体育館で『ロミオとジュリエット』をやっていたから。だから不可能だって話で」
「ああ、そういうことですか」
「そういうこと」
ならば天知に不可能というのも頷ける。
「で、どうかな。引き受けてくれる?」
逢坂のときもそうだったし、天知はこういう面倒ごとを避けている。それはわかりきっている。なんとか自分の能力を低く見せようと弁を尽くしていたのもそういうことだ。きっと、天理との時間がすくなくなることを憂いているのだろう。
心底嫌そうな顔をしている天知だったが、もう言葉は尽くしてしまったのか、口は開かない。すると、なにやら閃いたような顔をした。
「……! つまりこれは、相談ということでよろしいですか」
「え? ……え、うん。もちろん」
嫌な予感がした。
「そういうことでしたら、ぜひとも引き受けましょう。部長として、この相談部が、わたしたちが、そのご相談、お引き受けしましょう」
チャイムが鳴る。いつの間にやら、二年三組、ミステリー部の客はいなくなっていて、ミステリー部部員は天知の言葉に聞き耳を立てていた。
逢坂は、顔を覆った。




