ひかれ合う名探偵
更衣室に入り、天知はロッカーを前にする。鶏の中身はとんでもない美少女だった。元のよすぎる顔面をすこしの化粧で彩っている。こうも間近で見ると、改めて、うっとりしてしまう。あの追っかけにはそうなって然るべきだと気持ちが強くなるし、実面は鶏のほうだから騙されているぞと警鐘を鳴らしたい気分にもなる。
薄らと浮かんだ額の汗と、濡れた髪。着ぐるみの中は熱いという。頭だけでも、この短時間でもそれは例外ではないのだろう。水も滴る良い女、汗も滴る良い女。
ドレスに手をかけたところで、逢坂は見るのも憚られるという気持ちで背を向けた。その配慮を、天知が笑ったような気がしないでもない。
「まあ、いちおう報告はしておこうかな」
逢坂は言う。
「浮気ではなかったみたい。名字まではわからないけど、あの女子は柑奈さんっていうらしい。で、その鶏は、仮装大会に出場するためのもの。からあげクンのコスプレ? らしい。頭が開く」
天知がトサカを摘まむ音と、
「ホントだ」
と特に驚いてもない様子で言う声。
「頼まれたっぽいね」
「また?」
「また」
「断ることを知らないんだね、かいくんは」
ご尤もだ。
「で、なにを頼まれたんだって?」
「え?」
「仕事なんでしょ。何の仕事をかいくんはしてるの」
考える。これはしまった。
「そこまでは聞いてなかった」
ばん! とロッカーの閉まる音。びくりと肩が跳ねる。
「誤魔化されてるじゃん!」
そうと、言えなくもない。
「出店でからあげはあるけどからあげクン関係ないし。宣伝もしてないし。もしもしてたなら、仕事道具をわたしに渡さないでしょ!」
「じゃあ、どういうこと?」
「逢坂さんとかいくんがどんな会話をしてたかまでは知らないけど……かいくんのことだからね。いい感じに会話を躱して切り上げたんでしょ」
「ベッカムの話をされた」
「……ベッカム?」
「ペンギンの問題。コロコロコミックだって」
「えぇ……?」
天知も困惑している。べつにふたりの間にある共通趣味、というわけではないらしい。
「ふん。とにかく、あとで徹底的に絞り取ってやるから。ふたつの意味で」
ジャージのファスナーを勢いよく上まであげた天知は、決意の表情だった。
「ひとつの意味にして」
決意の表情で、下品なことを言わないでほしかった。
二年三組、ミステリー部の看板を前にする。16時開催の第四回が中ではいま現在、進行中なのだろう。扉は硬く閉ざされている。
脇に鶏の頭を抱えた天知に代わって、逢坂は扉をノックすることにした。
扉が開きながら、すでに取り決めている断り文句が出てくる。
「ごめんなさい。もう始まっていて、途中参加はお断りさせてもらっていて……」
部長、と張り紙を胸につけているのは佐川ではなかった。第四回の部長役は女子生徒らしい。
逢坂は参加希望者でも遅れたわけでもない。
「ああそうではなくて。部長さんに用があって」
「はい? 部長は私ですけど」
「じゃなくて、えっと……佐川先輩、いますか」
「ああ、ちょっと待ってね」
第二の部長女子生徒。こうも短期間で長の座が入れ替わるとは、ミステリー部は権力争いが激しいらしい。
彼女は教室内にいるらしい佐川を呼んだ。
「佐川くん。お客さん」
佐川はすぐに出てきた。とても嬉しそうな顔をしていた。
「ああ! 天知さん待ってたよ!」
「お待たせして申し訳ありません」
もう天知の変化には驚かない。
「いいよいいよ! おかげで、また名探偵に出会ってしまったからね!」
はて? と首を傾げるのは逢坂だけではなかった。
「どうやら、名探偵は名探偵にひかれ合うんだね!」
佐川のあとに教室から出てきたのは、天理だった。その手には文集がある。
それは、ミステリー部が書き上げたという短編集。あの屋敷での事件を解決しなくては手に入れられない代物ではないか!
「いやー天理くん? だっけ。ぜひミステリー部に入らないか。相当なミステリー通と見た。君とはいい酒が飲めそうだよ!」
「未成年飲酒。通報したほうがいいやつですか、佐川先輩」
「あははは!」
ばしばしと背中を叩く佐川と叩かれる天理。どうしてここまで仲良くなっているのか。
「……わ」
見ろ見ろ、この膨れっ面を。
どうやら天知の嫉妬の対象は女子だけではないらしく、男子の先輩である佐川と仲良さそうにしている天理にも、天知は頬を膨らませている。
「さ、佐川先輩? 天知さんに話があるんじゃなかったでしたっけ?」
佐川と天理がこちらを向く。逢坂は器用に、天理へ目で合図した。
……ああ。と、意を得たりと頷いた。これで慰めてくれるだろうと思ったのも束の間、
「それ、返してくるから」
そうじゃない。
天理は天知が脇に抱える鶏の頭を引き受けた。すんなりとは行かなかった。天知は鶏が名残惜しいのか、一度、力が拮抗した。その隙に、天知はなにかを囁くようにした気がした。
天理の顔が引き攣る。なにやら空恐ろしい文言が聞こえた気がしたし、天理の表情からも間違ってはなさそうだが、逢坂は聞き取れなかった。聞かなかったことにした。
「じゃ、じゃあ……佐川先輩。また」
「またね!」
頭を求めてさ迷っていた首から下が鶏の彼は、ようやく頭を取り戻し、チキンデュラハンとなった。
次は馬でも探すのだろうか。




