名探偵よ、今一度!
けっきょく、天理の浮気は誤解だった。天知の勘違いだったのだ。逢坂の捜索は徒労に終わってしまった。これはあとで謝礼をもらうべきだろう。誤解させるようなことをした天理にも、それなりの誠意の証は持って来てほしい。
天理は、
「さて」
と言ってあの鶏の頭を被り、
「まだ仕事が残ってるから」
と言って校庭を去って行った。
ダウナーパーカー女子こと名字不明の柑奈氏は戻ってるとも言っていたので、もしかしたらふたりは何かの仕事を任せられていたのかもしれない。仮装大会にからあげクンの仮装をして出るというのがいったいどんな仕事なのかはわからないが。
時刻を確認すると16時前だった。
日が傾き始めた頃でも仮装大会は盛り上がっている。希望者が終わるまで続くらしい。何人いるかは公開されていない。
いまから体育館に行っても目立つし、『ロミオとジュリエット』は昨日観たし、と、逢坂は天理と会話した場所、仮装大会のステージ前からはすこし離れた場所に腰を降ろしていた。
ステージ上には、青く丸い球体を頭に被った人がいる。地球儀か?
顔にも塗料で塗られている。あの球体が地球儀だとすれば、青は海で緑が陸ということになるのか。
その人は半身になると、キリッと横顔で決めポーズをした。左目は瞑ってウインク。顔のほとんどは陸なのだが、右目だけが何かしらの目印のように光っている。
「いーやここ! キト!」
訳がわからない。
ぽかんと呆けているのは逢坂だけではない。ほかの客もどうしたらいいかわからない様子だった。
文化祭という特別な雰囲気が相まって、ふつうなら笑わないであろうネタでも笑ってしまうほど、みんなのツボは浅くなっている。それでも彼の、ネタ? 仮装? はどう受け止めればいいのかわからない。
MCの人も言葉を失ったようで、校庭は一瞬しんと嘘のように静まり返った。すこしの間を置いてから、地球儀は下に落ちていく。
それでもステージに立った勇気だけは讃えよう。逢坂は心の中で拍手を送った。
仮装大会も、頃合いを見て切り上げた。
お笑い研究会といったその道の者でもない素人ばかりだったので、時折笑いどころがわからなかったりクオリティが低い出演者がいたものの、テンポ感がよかったのでつい見入ってしまった。自ら切り上げないと、文化祭二日目の終わりを告げるチャイムを校庭で聞いてしまいそうなほどだった。
16時を5分ほど過ぎた時刻だった。『ロミオとジュリエット』はもう終わり、挨拶も済ませた頃だろう。移動時間も考えれば、ちょうどいいかもしれない。
校庭から体育館に移動していくと、続々と体育館から出てくる人を目の当たりにした。この波に逆らって進むのはないな、と判断する。
遠目で人の波を眺めていると、
「あ、あ!」
上から声がした。
「……?」
逢坂を見て言ったのかは定かではなかったが、方向は合っていたので無意識に顔を上げてしまう。
三階の廊下の窓から、顔を突き出している人がいた。
「ちょっ、ちょっと待って! 待ってて! すぐに行くから!」
首を左右に振る。逢坂のほかに、人は見当たらない。
どこかで見覚えがあるような気がしたが、誰だったか。あの慌てようは、緊急の用件でもありそうだ。
逢坂は心当たりがなかったが、待っておくことにした。
すぐに行くから、と言葉に嘘はなく、1分となくその人は降りてきた。夏が過ぎて秋の涼しさが深まってきた十月でも、彼だけは夏に取り残されたかのように、汗だくが相応しい格好だった。
「よ、よかった。やっと見つけた……」
「……ああ。ミステリー部の部長さん」
そこでようやく、逢坂は思い出した。
天知と二年三組を訪れ、怪盗エスだと自白させ、ミステリーに対しての強いこだわりを熱弁していたあのときの印象とはひどい乖離があるが、緑色のネクタイを首に締めたあの眼鏡男子先輩だった。
「役だけどね」
丁寧に訂正し、
「それと、来てくれてありがとう」
律儀に感謝してくる。
「いえ。それで……何か用ですか?」
個人的な関係はないので、あるとすれば彼が言ったようにミステリー部の出し物に参加したことぐらいだろう。逢坂が何かしたのか、論評に不備でもあったのか。
「そ、そうだ! きみ……えっと」
「逢坂です」
「逢坂さん! 僕は、佐川。よろしく」
「よろしくです、佐川先輩」
「うん。……じゃなくて! そんな場合じゃないんだよ!」
眼鏡男子ミステリーに強いこだわりのある彼は、佐川というらしい。
いまさらながらにお互いの名前を知ったが、そんな場合じゃないらしい。そんな場合じゃないとは、ではどんな場合なのだろう。
「逢坂さんは、天知さんと友達なんだよね!?」
「では、ないですけど」
「え。違うの?」
「うーん……友達ってどこからが友達ですかね?」
面倒くさい、という目をされた。急いでいる佐川をおちょくるような応対はよろしくなかったか。逢坂からすればけっこう真面目な悩みであったし、天知との関係性を言葉に表すのにも苦労しているのだが。
ともかく、逢坂は言った。
「部活仲間です」
「部活……? ああ、たしかに天知さんが部活に所属して部長になったという話は聞いたな……。でもあそこは部員を拒否してるって話じゃなかった?」
「部員がいなかったら部活としては認められないですよ」
「それもそうか。どんな部活なの?」
「相談部です」
「なにその部活」
「同感です。どう思います?」
相談部。相談を受ける部活なのか。相談したらどうしてもらえるのか。解決してもらえるのか、ただ慰めてくれるだけなのか。なんとも不明確な名乗りをする部活である。
「いや、いまはそんなのはどうでもよくて」
自分から始めたんだろ、と、逢坂は出掛かった言葉を懸命に飲み込む。
「とにかく、天知さんとは知り合いなんだよね? なら、繋いでほしいんだ!」
「繋げる?」
知り合いであることは否定しないし、ふたりで二年三組を訪れて怪盗エスの正体を看破したのだから、親密な関係と思うのも無理はない。しかし、繋げるとは。
逢坂の胡乱げな目を、佐川は否定するように手を振った。
「いや、そういう意味じゃない! 名探偵天知しろあの力を、今一度、貸してほしいんだ!」
「……え?」
もう事件は解決したではないか。探偵は推理を終え、犯人は自白し、幕は閉じたではないか。
逢坂は首を傾げながら、尋ねた。
「どういうことですか」
「……うん。順を追って、説明する」
唾を飲む佐川に、逢坂は最初からそうしてほしいと思う。
「僕の今日の出番は一回目と三回目だったんだ。だから、三回目が終わってから、怪盗エスが盗み出した品々を返そうとしたんだ。そしたら……消えてたんだ! 僕たちが、この文化祭中に盗んだ物たちが!」
それは、たしかにおかしな話だ。
「演技じゃないですよね?」
いちおう、疑っておく。
「演技じゃない! 逢坂さんも見ただろう? 僕らは盗んだ物を後ろの棚にまとめて入れておいたんだ。でも次に見返したら、ひとつだけ、消えていたんだ! しかも、怪盗エスの犯行声明が残されてたんだ!」
言いながら、佐川はメッセージカードを見せてきた。
『部長を殺したのは誰だ そして凶器はどこへ消えた え? 俺死ぬの?
ノートブックは頂戴した 怪盗エス』




