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何でも知ってるしろあちゃん  作者: 家佐水井
古江琉重による全知を出し抜く方法
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口約束


 とりあえず、地歴準備室を訪れたから特別棟の三階にある教室は洗っておく。角から角まで廊下をまっすぐ歩き、採光窓から中を、暗幕があれば潜って失敬、すでに開始と看板が立っていれば受付の人に特徴を伝えて見かけていないか尋ねる。どれも、不発に終わった。


「どこに行ったんだ……?」


 はぁ、と反対の角まで歩いてきて逢坂は、窓の枠に腕を預ける。


「実はロミジュリ観に行ってるとか? だったらずいぶん図太い神経してる。浮気相手と観に行くだなんて……ひどい」


 天知を笑いものにしているのか。バカにしているのか。鬼畜の所業だ。


「……ん?」


 窓の枠にもたれると、その視線の先には校庭があった。校庭でもまた、なにかイベントらしいことをしているらしい。『ロミオとジュリエット』が上演中の体育館には負けるだろうが、校庭のイベントも集客に成功している。

 校庭には仮設ステージのようなものが置かれている。そこに、MCらしきユニークな男がマイクを持って立っていた。


「ではこれより仮装大会を始めまーす!」


 スマホを取り出す。時刻は15時。

 パンフレットをめくる。校庭。15時から、仮装大会。


「ははあん」


 校舎にはいない。『ロミオとジュリエット』を観るつもりがなく体育館に行かない。となれば、あとは校庭だ。校庭が残っていた。そういうことだったのだ。


「待ってろ浮気者」


 逢坂は生徒玄関に走り、上履きとローファーを履き替える。


「これは、な、なんと……! ……お寿司! マグロかー!」


 真っ白なタイツに身を固めたひとりが膝を抱えて蹲るようにしている。その上に、赤いタイツを着たひとりが覆い被さるようにする。お寿司、マグロの仮装だった。そういう、仮装大会だった。

 再現度やリアリティを追及するのではなく、おふざけ感の強い誰でも頷けるような仮装大会だった。


「お、お、……なんだなんだ!? 黒が来て、白に、シャリに巻き付く……おおっと。これは軍艦だーっ!」


 黒いタイツがふたりやって来て、シャリに巻き付くようにしてそれぞれの足を手で掴む。ただのマグロからの軍艦という変化球。

 観客席にいる相当数の客から、くすくすとした笑い声が漏れた。あはは! と腹を抱えて笑っている人もいる。逢坂も、この仮装大会を観に来たのであれば笑っていたかもしれない。

 人が多すぎて、この中からたったひとりを見つけるのは至難の業だ。


「にわとりにわとり……トサカ。黄色いトサカ」


 口の中でつぶやきながら、合致する見た目を探す。しかし順番までは客側にいるのか、それとも出演は終わったのか、仮装をしている人が客席にも目立つ。派手な見た目が多いので鶏の着ぐるみがいても埋もれてしまうだろう。

 だがなんとか、逢坂は黄色の頭頂部を見つけた。


「トサカ!」


 人混みを掻き分け、そのトサカを掴む。


「え? え?」


 すると、呆気なくトサカは抜けた。逢坂は手中に目を落とす。


「……モヒカン?」


 そこにあったのはモヒカンだった。


「僕のモヒカンは!?」


 逢坂の手中にあった。


「ごめんなさい。人違いでした」


 すぐさま謝罪、返却。


「ひ、人違い……? ……人違い?」


 これでどう人違いをするのだ、と言われている。そりゃそうだ。逢坂も、これを誰と見間違える。


「それ、何の仮装ですか」


 黄色いモヒカンに、全身は青い。顔も腕も足も、ペンキで塗りたくれたように青い。服は、赤の腹巻き? だけ。


「ベッカム」

「ベッカム……?」

「ほら。すベッカム! ってやつ」

「イナバウアー?」

「知らないの!?」


 膝を曲げて背を仰け反った格好は、あいにくと逢坂の中にはイナバウアーしかない。

 というか、仮装大会ってそういう感じなのだろうか。あのお寿司を見たあとだと、ちょっとコンセプトが違う気がするのだが。なにかのキャラ? のコスプレはこの仮装大会にそぐわないのではないか、と思う反面、コスプレと呼ぶには雑な仮装だから受け入れられるのか、と思う。


「つ、次は……これはなんだ? 鶏? 着ぐるみだぞー!」

「……!」


 客席ばかりを捜索していた逢坂は、いまになってその発想に思い至った。着ぐるみはなにかの宣伝かと思っていたが、仮装大会ならステージに上がるのもおかしくないだろう、と思う反面、着ぐるみははたして仮装なのだろうか……? と思う。

 ステージ上のMCも困惑気味だった。

 逢坂は、ステージに立つ鶏の着ぐるみ、その頭が、天理が抱えていた頭部と同じであるとわかり、一息つけた。やっと、居場所を突き止めたのだ。

 鶏に扮する天理はステージで膝立ちになった。すると、奥から女子が出てくる。あのパーカーダウナー女子だ。出てくるとき、コンビニの入店音のようなものが響いた。


「わあ、ラスイチで残っててよかった~。さて、いただきます、と」


 パーカーダウナー女子はそう棒読みで言いながら、鶏のトサカを蓋のように開けた。どうやら、その頭部、トサカは蓋のようになっているらしい。逢坂はその姿を見た瞬間、強烈に記憶が蘇った。

 客席の一堂も皆、同じようにしただろう。MCが、代弁するがごとく、叫ぶ。


「こ、これは……からあげクンだーっ!」


 鶏の着ぐるみはからあげクン。より正確に言えば、からあげが入っているパッケージのからあげクン。からあげクンが入っている容器は開けようとすると、蓋に赤いトサカが残るのだ。いま、バーカーダウナー女子がやったように、トサカだけがバカッと。

 笑い声に混じってどこか感心するようなおぉ……という唸り声があがる。ステージの床は抜け、からあげクンとパーカーダウナー女子は落下。


 どこまでも既視感がある。


 とにかく、逢坂はステージのほうへ向かうことにした。拳を握る。気分は決戦に挑む猛将だ。

 ステージ下に落ちたからあげクンとパーカーダウナー女子は裏からのこのこと出てきた。ステージの裏では出番を待つ人が並んでいて、どんどんとステージに出て行く。鶏の頭を外した天理はパーカーダウナー女子と楽しそうにしていた。

 執拗に睨んでいたからか、やっと天理が逢坂に気付いた。平然と、手を挙げてやってくる。


「お、逢坂! どうだった? 俺たちのからあげクン」


 すっと目を細める。着ぐるみの中は熱かったのか、十月であっても首元がゆったりしたシャツ一枚に見える。額と腕には汗が浮かんでいる。


「ん?」


 逢坂の睨み、不機嫌さを気取ったのか。それでも首を傾げるだけ。


「これは天知さんの分!」


 先手必勝。自分の行いを恥じず、悪びれもしない極悪非道、冷徹無比、悪鬼羅刹。その辺の類いの天理に向けて、渾身の一撃を放つ。


「あぶなっ」


 だが軽々と避けられてしまった。


「避けるな」

「避けるだろ、いきなり殴りかかられたら……どうした。俺、何かした?」

「現在進行形でね」

「ふむ。あいにくと、思い当たる節がない」

「ならとりあえず受けておけ!」


 二発目。


「あぶなっ」

「だから避けるな」

「避けるだろ、痛いもん」


 はぁ、とため息をつく天理だったが、ため息をつきたいのは逢坂のほうだ。

 すると、口を挟んでくるパーカーダウナー女子。


「私、戻ってる」

「ああ、悪い」

「ん」


 慣れた風にパーカーダウナー女子からペットボトルをもらった天理。器用に短い腕で脇に挟んでいる。ふたりは短いやり取りで意思疎通を終えた。これもよくないだろう。天知が見たら卒倒ものだ。自分の好きな人が、想い人が、彼氏が、べつの人と通じ合ってる場面なんか見てしまった日には……。


 パーカーダウナー女子は去り際、逢坂を一瞥した。あまりいい視線ではなかった。気怠げな目元の中に、一筋の鋭さがあった。牽制のようだった。これは、天知に似ていると言っていい。

 浮気相手を見送った天理は、鶏の頭を持ったまま、口を開く。


「おおかた、しろあが勘違いしたんだろ」

「わかってるならちゃんと謝って誤解を解け」

「逢坂が来たからわかったのであって、誤解されてるなんて思ってなかった。どこで見られてたのか……」

「ほう。次の浮気のために、もう反省ですか」

「どうしたらバレないと思うか。後学のために教えてもらっても?」

「うわ。天知さんに言ってやろう」


 不潔、と汚物を見るような目を向ける。が、これでわかった。べつに浮気しているわけではないようだ。あのパーカーダウナー女子が天理をどう想っているかは明らかだったが、天理は女友達として接していたのだろう。

 着ぐるみの腕ではペットボトルの蓋が開けられないらしく、逢坂が請け負ってやることにする。


「助かる」

「で? あの女子は誰?」

「柑奈だよ。友達」

「本当に?」

「なぜ疑う」

「仲良さそうだったし。近かったし」

「まあ、長い関係ではあるからな」


 喉を潤し、天理はほう、と肩の力を抜く。


「天知さんに、自分のことは知らないようにって約束させたんだってね」


 じろりと見上げる。


「そうだけど」


 なにか問題があるか? とでも言いたげだ。


「それじゃあまるで、やましいことがある、知られたくないって言ってるようなもの。だから私も、浮気してるんじゃないかって思ったんだよ。いまでも思ってるけど」

「いまはもう思わないでほしいなあ。浮気してないんだし」


 もう一口、ペットボトルに口をつける。重い腰を上げるかのように、天理は重々しく口を開いた。


「何でも知れる。この世界の全てが知れるとしたら、これ以上につまらないことはない」

「難しい話?」

「いやそこまでは」

「じゃあ踏み込んだ話?」

「そうだけど、いまさら感」


 それは逢坂のことを疎ましく思っているわけではなさそうだ。天知が全知全能の神様である。世の中には神様がいる。それを伝えた時点で踏み込んだので、いまさら躊躇うこともないという風だった。


「対人関係もそうだ。俺は逢坂のことを知らない。逢坂も、俺のことは知らない。これから知っていくことだ。時間と共に、会話や何かを一緒に体験したり、いまもこの時間で、俺は逢坂を、逢坂は俺を、知っている」


 その通りだ。

 口は挟まない。


「でもしろあにはそれがない」


 何でも知れる。難事件や複雑怪奇な問題の真相だけではなく、そこまでも対象の範囲なら、たしかにそうだ。


「友達の新たな一面を知って驚くと共に、知れるだけの時間を、距離感を、心を許されたんだって嬉しくなる。それが人間だ。ふつうの友情、人間関係。でも、しろあは気になったら知る。力があるんだから。知ろうと思えば、知れる。その瞬間、感動も喜びも消えてしまう。薄っぺらい。友達なんて名ばかりで、希薄なものになってしまう」


 天理は天知を憂いている。寂しそうに悲しそうに、ひとり笑って、ペットボトルのストローから口を離す。


「それは、俺も例外じゃない」

「たしかに……」


 逢坂は、つぶやく。


「たしかに天知さんは、天理くんに対しては感情が激しい。視野も狭まる。好きな人なら当たり前だけど、人は、それを抱えて付き合っていくもの。独り善がりに解決したらダメ」


 その結果、解消できるか爆発するかはその当人たちによるだろう。


「好きな人のことは何でも知りたいっていうのは当然の心理だけど、だからって監視もストーキングも許されない。それはその人が好きなわけじゃなくて、その人のことが好きな自分が好きなだけだから。自分が満たされて喜んでるだけ」


 天知の愛は本物だろう。もしも逢坂が言った通りの人間なら、彼女は天理との約束があっても平気で破る。天知なら痕跡も証拠も残らずバレないのだから、知るぐらいするだろう。それでもしないでグッと堪えているのは、天理との約束だから。天理のことを信頼し、愛しているから。


 天理も異論はないのか、頷く。


「しろあと交わした、俺のことは全知の名残を使ってでも知ろうとはしない、という約束は単なる口約束だ。だからもし、しろあが俺のことを知ろうとして、知ってしまったのなら、俺たちの関係は破綻する。するべき」

「それは大袈裟だと思うけど」

「どうかな」


 天理の意志は硬そうだ。彼にとっての許せないラインなのかもしれない。

 友達の人となり、好みや趣味嗜好、いま何をしているかといったことまで、天知は知ろうと思えば知れる。それで知ってしまった先の友達は、たしかに友達とは呼べない。希薄で薄っぺらい、名ばかりの関係性。

 それを天理にも行使してしまえば。天理のことも知ろうとすれば、天知の言う将来を誓った関係性とやらも瓦解してしまう。口先だけで、愛がない。そういうことだろうか。


「しろあは、人間として生きていく。そう決めたんだから」


 人間として生きていくのなら、天理の破綻するべきと意志が硬いのも、一理あるのか。


「天理くんは、天知さんに、人間性を与えようとしてるってこと?」

「それは大袈裟だけど」


 大袈裟。本当だろうか。逢坂は、仕返しのつもりで言ってやった。


「どうかな」


 目を丸くする天理。一泡吹かせてやった。


「それはそれとして、とりあえず謝ったほうがいいよ。勘違いさせたんだから」


 ステージの上に、あのベッカムが立つ。全身が青色で、赤い腹巻きのようなものを巻いていて、黄色いモヒカン。イナバウアーの体勢で、


「すベッカム!!」


 すぐにステージ上から消えた。落とされていた。


「ベッカムのモヒカンって黄色だったか?」

「いや知らない」


 訊かれても困る。


「黄色は口だけだった気がする。なんなら、モヒカンもなかったはず。あれじゃあ、サッカー選手になるぞ」

「って、話を逸らすな」


 とは言いつつ、


「そもそもベッカムって何なの?」

「ペンギンの問題」

「なにそれ」

「コロコロコミック読んでない? ボンボン派だったか。あ、ちゃお?」

「なにそれ」

「えぇ!?」


 そこまで驚くことか。


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