迷探偵クオリティ
ミステリー部の出し物がある二年三組を出る。
もしも眉目秀麗なあの男子がまだいれば声をかけようかとも思ったが、姿はどこにもない。二年の女子ふたりに犯人と凶器の行方を伝えている素振りはなかったので、逢坂にも教えてくれなかっただろうけど、ヒントだけはもらえたかもしれなかった。その思惑も、見事潰えてしまう。
廊下も、階段も、渡り廊下も。校舎内は見渡す限り人がいない。これはこれでなかなか珍しい光景だが、同時に怖さもある。ひとり世界に取り残されたような、隔絶されたような異世界感が強い。
後ろではまだ若干、二年三組から声が漏れているし、ほかの教室からも人の気配はする。それに安堵しながら、逢坂は足を進めた。
二年三組に訪れ、ミステリー部の出し物に参加したのは、天知と怪盗エスの正体を質したときに、その内容が気になったから。しかしそれがすべてではない。本命は、時間を潰すためにあった。
「ふん。さてどこにいる、浮気者」
あの浮気者は天知しろあ主演の『ロミオとジュリエット』を観に行く気がない様子で、実際昨日、その姿は見なかった。昨日観ないで今日は観る、というのもおかしな話なので、きっと今日も明日も観ないのだろう。
素直じゃないなあ、と最初こそ思っていたが、いまでは腑に落ちる。
天理は、天知がステージに上がるというぜったいに席を外せない状況にある隙に、浮気相手と文化祭を見て回っているのだ。あのパーカーダウナー系女子と一緒に、今頃この校舎内のどこかの教室で、仲睦まじくランデブーと洒落込んでいるのだ。
「天知さんも言ってたからね」
言い逃れできない状況に追い詰める。逃げ道を潰す。
そのためには物証、証拠。決定的な瞬間を捉える。
「現場でとっちめてやる」
あの廊下で天知と見てしまった、女子にペットボトルを飲ませてもらっている瞬間。あれと近しい距離感、瞬間をスマホに収め、言い逃れの余地ができないようにして、逢坂から一発お見舞いしてやる。いや、天知からも一発頼まれていたのだった。
「任せて、天知さん」
逢坂は拳を握る。これは天知さんの分! と、頭の中で台詞を練習しておく。
映画であっても二回目を観に行く、という人は多い。二日目で、同じ内容であっても、『ロミオとジュリエット』を観に足を運ぶ人が多いことは誰の目にも明らかだった。つまり、校舎内のこの閑散とした光景は、わかりきっていたのだ。逢坂は、この状況を待っていたのだ。ミステリー部を訪れたのは、そのための時間潰しだったのだ。
これなら、虱潰しといける。教室ひとつひとつを見て回るのも、そう時間はかからない。鶏の着ぐるみか前髪を掻き上げた男子、それかグレーのパーカー女子。それを目印に、逢坂は教室の探索を始めた。
逢坂が一般棟の教室すべてを見終わったのは、それから30分ほどだった。
「どこにもいない。どこに隠れた」
一年生、二年生、三年生の教室がある二階から四階は調べた。全部の教室に顔を出したし、教室に人がいれば特徴を伝えて見かけていないかと尋ねもした。しかし彼らは皆、一様に首を横に振るばかりだった。
「隠れるってことはやましいことがあるってことだ。男女ふたりきり……いやらしい」
浮気相手と逢引してすることとはひとつだろう。文化祭で、校舎で、なんて破廉恥な!
「あとは特別棟だけど……」
いるような気がしない。しかしいないと言い切れる自信があるわけでもないので、逢坂は渡り廊下を歩いた。
三階の最奥、角部屋。文字通り窓際の極小な教室を手始めに訪れることにした。いちおう、ここは逢坂たちが所属する相談部なる部活動の部室として登録されている。逢坂が学校で持つ唯一の個人部屋みたいなものなのだが、それは同時に同じく部員である天知と天理にも適用される。
「……いるわけないか」
鍵はかかってなかった。
隠れる暇も与えない、と勢いよく扉を開けたのだが、中に人の気配はない。念のため、室内を覗く。といっても一般教室の半分程度しかない地歴教室、その準備室なので人が隠れられるスペースはないのだが。
「なんでこれがここに?」
よくわからないが、織高文化祭一日目、天理が貞子に扮して宣伝していた際に持ち歩いていた派手な看板が置いてあった。
準備室だから物置としての面が強いが、一年三組の物置部屋としては使われていないはずだ。まあ、もう使わないからと天理が置いて行ったのだろう。
「つまり、ここに天理くんは一度、立ち寄った」
ふむ、と尻尾を掴んでやったという雰囲気で言ったが、それがいつなのかわからない。昨日の放課後だったのか、今日の朝だったのか、それともいまさっきなのか。そこがわからなければ、無意味だ。
天知しろあならもっとスムーズに事が進むのだろうが、これが逢坂だ。これが迷探偵、逢坂愛花なのだ。




