へっぽこ探偵逢坂愛花、爆誕!!
時間が経つにつれ、校舎から人が消えていく。
14時からジュリエット役天知しろあ、主演天知しろあの『ロミオとジュリエット』が開催される。校舎以外で人が向かう場所といえば体育館と校庭ぐらい。校庭にはそこまで人が集まっていないのは、校舎の窓からもわかった。昨日も大盛況だったというのに、今日も体育館は箱詰め状態になっているのだろう。
天知との約束がある。あの浮気者のバカでゴミを見つけ出し、これは天知さんの分! と鉄拳制裁をしなくてはならない。
しかし、織田高校の生徒は千人を超える。
今日は土曜日で一般客も来場する。千人は優に超える。その中からたったひとりを見つけ出すというのはなかなか骨が折れる仕事だ。あの鶏の着ぐるみを着ているのなら目立つからすぐに見つけられるだろう、と思ったが、反対校舎にいられたら見つけられないし、宣伝と称してどこかの出し物に顔を出していることを考慮すれば、すべての教室に顔を出さなくてはならない。
天知なら全知の名残から天理の居場所を知るのも容易いはずが、あの浮気者は先手を打ってそれも封じている。天知と天理の間の約束によって、天知が天理を知ることは禁じられている。
「律儀に約束、守る必要あるか……?」
浮気をして関係性を傷つけ、天知を傷つけ、信頼を捨てた男との約束を守る必要性があるか、逢坂は懐疑的だった。
「な、な、なんてことだ! 部長……部長! ……くっ。いったい誰が部長にこんなことを!」
これはひどい。部長が殺されてしまった。
「犯人は……この中にいる!」
ええ!? とどよめき、それぞれが顔を見合わせる。
ここは二年三組の教室。現在時刻は14時。ちょうど、体育館で『ロミオとジュリエット』が始まった頃だろう。時を同じくして、ミステリー部も始まった。
ででん! と黒板に白い文字で書かれているのは、ミステリー部部長殺人事件~消えた凶器~
『ロミオとジュリエット』に人は取られ、廊下に人通りはない。校舎は文化祭が嘘のように静まり返っている。時折、ぱたぱたと廊下を駆けるような音がするが、早く早く! もう始まってるよ! という話し声が聞こえるので、彼女らも体育館に向かっているのだろう。
がらんとした校舎。閑古鳥が鳴く出店、展示、出し物。
状況を含めて考えると、ミステリー部に人は入っているほうだった。
逢坂以外にも五人、客がいる。眉目秀麗な男子はネクタイが青なので逢坂と同じ一年か、見覚えはない。腕組みをする女子ふたりは緑のネクタイなので二年、これまた見覚えはない。壁にもたれて早速推理に取り掛かっている風な気取った男子は赤のネクタイで三年生。ポケットに手を突っ込んで微笑んでいる男子、赤のネクタイ三年生。これには見覚えがある。生徒会長だ。なにかと目にするし、開催の宣言もしていたし、パンフレットにも準備風景と一緒に顔写真が載っていた。
部長と呼ばれた男子はうつ伏せで、天知と訪れた際に見かけた白テープの形で倒れていた。人差し指は、何かを指し示している。
部長の死を嘆き、探偵よろしく犯人の存在を示唆したのはあののっぺりとした男だった。たしか、横尾といったか。横尾先輩。彼は影が薄いように見えたが、なかなかどうして、溌剌とした野太い声だ。役者でもやったほうがいいのではないか。
「で、でも……どうするの!? ここは絶海の孤島にある屋敷で、外は雷と大雨、吹雪いてて電気も落ち、それにクマとイノシシが暴れていて、さらに電話も繋がらない。船が到着するのは三日後! 人殺しと同じ屋根の下なんて、あたし嫌よ!」
丁寧な説明をしてくれた野原、野原先輩に感謝。つまり、そういうことだ。
本ならそういう描写がなされるのかもしれないが、導入からやるのは時間の都合上省略ということか。
ここは絶海の孤島にある屋敷で、外は豪雨と猛吹雪。クマとイノシシがウロついていて、電気も繋がらず救助を求めることも警察を呼ぶこともできない。できたとしても、天候がどうのこうの、波がどうのこうの、と期待はできないだろう。
豪雨に雷に猛吹雪では、クマとイノシシも大人しく巣に帰っているだろうに。
「なるほど。これはクローズドサークルということか……」
つぶやいたのは、逢坂も知らない部員。
「なにそれ」
この場には、5名のミステリー部部員がいた。倒れている部長さんを入れれば、6人となる。
「クローズドサークル。外との連絡ができない状況にあることを指すミステリー用語。今回のように、天候、立地といった事情で孤立し閉鎖されたことのことだ」
知らない部員と知らない部員で話が回ってるが、これはミステリーに寡聞な人に伝えるためなのだろう。この教室が屋敷の一室で、孤島だの豪雨だの吹雪だのと言うように、設定紹介のパートなのだろう。
逢坂はミステリーは有名どころを数冊読んだことがある程度なので、専門用語とやらも知らない。説明は助かる。
「つまり、犯人にとっては絶好のチャンスということですね」
「え?」
「誰も助けには来ない。邪魔はされない。犯行は続く。まだ、標的はいるかもしれない……ということですよ」
不気味なことを言うものだ。
野原が身を震え上がらせた。
「だ、誰なのよ!」
恐怖を押し殺すようにして叫ぶ。横尾は首を振った。
「それで出てくるはずがないだろう」
白衣を着た聡明そうな男子が、おもむろに口を開く。
「この中にいる犯人を見つけ出し、三日後、船の迎えが来るまでどこかに監禁する」
丸眼鏡の怯えた小柄な女子も、小さく頷く。
「それしか、ないですよね……」
不気味なことを言ってのけた、この状況をどこか楽しんでいる風なスーツ姿の男も異論はないのか、
「さて、じゃあまずはどこから取り掛かる?」
と言った。
そこで、倒れていたはずの被害者役の部長がすっと立ち上がった。
ミステリー部は何人いるのか。横尾と野原以外は逢坂も知らない。あの眼鏡男子は、どうやらいないようだ。と思っていたのだが、その倒れていた部長さんが、例の眼鏡男子だった。
彼は腹部に、部長と記された白い張り紙を貼り付けられていた。それは単に役付けという印象なのか、それとも逢坂たちにわかりやすくするためなのか。ともかく、名前は知らないので、逢坂は部長と暫定的にしておく。
すっくと立ち上がった部長は明快に笑い、逢坂たち客に向き直り、そして語りかけてくる。
「大変なことになりました。とあるミステリー小説の舞台になったと言われている孤島の屋敷に、映画化を祝してミステリー部の遠征でやって来たのですが、なんと部長が殺されるという殺人事件が発生! 天候不良も相まり、救助は期待できる状況ではありません。迎えの船が来るまでの残り三日。犯人を見つけ出さないと、次の犯行が、次の被害者が生まれるかもしれない……!」
ドラマや映画なら観客、小説なら読者といったところか。
口から血を垂らした部長は、赤く染まった右手の人差し指を立たせる。
「彼らにはそれぞれアリバイや特技があります。気になることがあれば教えてくれるかもしれません」
気付けば、後ろの5人は部長と記された張り紙と同じように、それぞれ胸に張り紙を貼り付けた。
「彼らの命を救えるのは、ほかならぬあなただけ! どうか名探偵、残忍な殺人者の顔を白日の下に! その奸計を白日の下に!」
観客でありながら、探偵でもある。読者でありながら、著者でもある。そういうことか。
犯人の計画を阻止して第二の被害者を守れるか、無実の者に濡れ衣を着せてしまうか、今後のエピソード展開は逢坂の両肩にかかっているらしい。
重い。
ごめん、と最初に逢坂は謝っておくことにした。特別な力があるわけでも、こういった前例があるわけでも、鋭い洞察力、推理力があるわけでもないので、単純に五分の一の確率は外れる。
へっぽこ探偵逢坂愛花の名を冠することになるのは、そう遠くない未来だろう。
部長さん以外の5人はキャラクターのようなものなので、場を回していくのは部長さんということになるのだろう。
逢坂は、まず床を見ることにした。白テープは部長の倒れていた形に沿っている。うつ伏せ、右手の人差し指はまっすぐ伸びていて、なにかを指し示している。しかしその上には何もない。ダイイングメッセージが定番で、天知と訪れたときも本番は用意されるのだろうと思ったが、なにもない。
「気になるキャラがいる場合は、その人に話し掛けて事情を訊いてみると、語ってくれるかもしれません」
部長に促され、逢坂を含めた客は散っていく。演者に接触する。
なんとなく、見知らぬ人と共に演者に話を聞きに行くのは躊躇われたので、余った人を狙うことにした。
5人に貼られた張り紙は役職? 特技? を示唆しているのだろうか。刑事の娘、ミステリー作家志望、医者の卵、奇術部兼部、高校生記者。
どれもパッとしない書き方なのは、本業は高校生だからだろうか。彼らはミステリー部の部員。高校生。ミステリーなら刑事や医者といったキャラは定番だが、高校生という設定と矛盾する。それを志望や卵といった言い方で、知識は備わっているという位置づけにしたのか。
となりには刑事の娘がいる。野原だ。彼女は、腕組みをした女子ふたりと楽しそうに会話している。
「誰が殺したのー?」
「言えない言えない!」
「ここだけ! ここだけの秘密!」
彼女たちは探偵に憧れているのでも、ミステリーが好きなのでもなく、友達の野原を茶化しに来たという側面が強そうだ。部長が探偵を希求したのは、彼女たちのような客が多かったからか。
逢坂は横尾と対面していた。胸には高校生記者と貼られている。医者の卵もミステリー作家志望も先取られていて、奇術部兼部との二択だったのだが、その強みがよくわからなかったので高校生記者を尋ねていた。
傍らに置かれている机の上には缶のケースがある。横尾はその中から一枚の紙を取り出すと、逢坂に渡してきた。
「第一発見者……」
どうやら、この高校生記者が第一発見者らしい。
「驚いた! 部長が殺されてしまうなんて! まさか、口封じか? そうなると、僕の身も危ういのか……?」
高校生記者、第一発見者。と書かれた下に、彼の情報がすこし加えられている。それは横尾が直々に読み上げてくれた。
「この屋敷では本当に殺人事件があったという話だ。僕は、部長に誘われて、その事件の真相を探しに来た。今日も、みんなが寝静まったあとに、この屋敷を探索しようと待ち合わせをしていたんだが現れず……探してみれば、このザマだ」
高校生記者の役割、第一発見者となった経緯、部長との関係。そして、いまが夜であるとわかった。
第一発見者にはまず訊きたいことがあった。
「あの、横尾先輩」
呼びかけると、横尾先輩は指でちょんちょんと張り紙を示した。
「あ、……高校生記者さん」
「ああ、一刻も早く犯人を見つけないと。でないと、僕の身も危うい。さて、どこから手を着けるべきだろう?」
そういうスタンスらしい。いちおう、読者とキャラという一線は保っておくらしい。これは高校生記者の独白、ということになるのか。
いまの発言はスタンスを明らかにすると共に、質問を受け入れるという意味でもあると解釈した。逢坂は言う。
「第一発見者なんですよね。なにもなかったんですか? ダイイングメッセージとか。部長さんの指、なにかを示してるようですけど」
すると、高校生記者はたったいま思いついたかのように声をあげた。
「ん? そういえば、部長の人差し指は伸びていたな。まるで、なにかを指さすような形……なにかを、伝えたかった? ダイイングメッセージ? だが、僕はなにも見てない。もちろん、遺体に触れることも、現場を荒らすことなんしていない」
「ということは、犯人が消した……」
「もしも液体ならなにかしらの痕跡は残るだろう。血なら、より顕著だ。拭き取った跡があるはず」
「あ、そっか」
思考を訂正してもらった。
「じゃあ、固形。紙とか、あからさまな物?」
「もしもそうなら、血がついているかもしれない。部長の血。血が付いた物を持っている人がいたら、かなり怪しいな」
「捨ててなければいいけど」
「ひとまず、僕は持って来たカメラで現場を保存しておこう」
「部長さんと追っていた事件って何なんですか?」
応答はない。
「……? 高校生記者さん?」
「ひとまず、僕は持って来たカメラで現場を保存しておこう」
「あ、なるほど」
もう話すことは話した、ということらしい。ゲームのNPCのように、高校生記者が新たな台詞を言うことはないらしい。
逢坂の後ろに、眉目秀麗な男子が立っていた。順番待ちらしい。軽く頭を下げ、その場を離れる。
医者の卵が空いていた。逢坂は白衣を着た、名前の知らない先輩を訪ねる。
「医者の卵さん」
「ちっ。まさか遠征がこんなことになってしまうとは。医学部受験の息抜きになると上手いこと口車に乗せられてしまったが、これのどこが息抜きだというんだ。責任を取ってほしい。……いや、もう、死んでしまったわけなのだが」
憎まれ口を叩きながらも、部長が死んでしまった事実を思えば、すこし恥じるようにする。
医者の卵もまた、ケースから一枚の紙を渡してくれた。
「まあ、いい。勉強はどこでもできる。この部屋でもな。この中の誰かが犯人だったとしても、全員が犯人ということはない。そうだったとしたら、俺はもう死んでる。相互監視をすれば、三日ならなんとかなるだろう」
そうして医者の卵は参考書を広げたものの、頭を掻いた。ああくそ、と吐き捨てる。
「くそ。頭に入ってこない。集中できない。……当たり前か。遺体は初めて見たんだ。人を殺したやつがこの中にいるんだ」
「初めて見たんだ」
「医者の”卵”だからな」
「あ、答えてくれた」
「ちっ!」
つい反応してしまった、という医者の卵に、逢坂は勝ったような気分で頬が緩んだ。
「仕方ない。気になるんなら、いっそ考えるべきか。犯人がわかれば安心できる。勉強にも集中できる」
これで、質問を受け入れるということだろう。
「医者の卵なら、死因とかわかるんじゃないですか?」
「そういえば、いったい、部長はどうやって死んだというんだ? 目立った外傷はない。鈍器で殴られた、刃物で刺された、といったことはなさそうだ。首にも跡はなくロープかなにかで絞められたのではないだろう。ならば毒殺? 藻掻いて抵抗し暴れた形跡もない。しかし口許は爛れていない。泡を吹いているわけでもない。毒殺なら、口の血も妥当なもの。右手の血は、それを抑えたということ、か……?」
逢坂の脳裏に、がはっ……! と血を吐く部長の姿が浮かんだ。想像であっても、心の中では手を合わせておく。
「高校生記者さんが第一発見者だったということですけど」
「高校生記者……あいつの悲鳴があったから俺たちは飛び起きて駆け付けたわけなんだが……そもそもなぜあいつは遠征に参加してるんだ? あいつはミステリー部の者じゃない。日中も、こそこそ部長と動いてる風だったしな」
「それはここであった殺人事件を追っていたからみたいですよ。……って、言っても意味ないのか」
彼らから情報をもらえても、こちらから情報を与えられることはないのだろう。
「はぁ。ダメだな。ミステリーはあくまで本の中だけ。俺は探偵じゃない。大人しく、救助を待つとしよう」
そう言って、医者の卵は参考書に戻ってしまった。これで話し掛けても同じ言葉しか繰り返さないNPCになってしまったのだろう。
諦めて、次の人を尋ねるとする。
刑事の娘の張り紙を胸につけた野原はまだ女子ふたりと談笑してる。もうこの事件の真相はどうでもよさそうで、文化祭の出し物について話し合っている。
刑事の娘、つまり警察だろう。ミステリーとしては定番ではあるものの、刑事の娘になにを訊けばいいのかもわからないので、野原を訪ねることはなさそうだ。楽しい会話に水を差して嫌な顔をされるのも避けたい。
高校生記者と医者の卵からの話は終わった。刑事の娘を除けば、奇術部兼部とミステリー作家志望。奇術部兼部はどういう役職でどういう位置づけなのかわからない。そもそも、生徒会長がいまは訪ねている。残っているのは、ミステリー作家志望だ。
気取った男の後ろに並んで順番を待つ。
「この部屋で、全員で全員を見張るっていうのはわかったけど……トイレとかどうするんだろう……」
「だから」
「この部屋で、全員で全員を見張るっていうのはわかったけど……トイレとかどうするんだろう……」
「……ちっ」
気取った男は、彼女から望んだ情報を得られなかったからだろうか。不機嫌な顔で舌打ちしていく。この事件はちょろい、自分は名探偵だ、とでも思っていたのか。ミステリー作家志望と書かれた紙を手の中で握り潰しながら、別の人のもとへ歩いて行く。
「ま、まさか小説みたいなことが、現実で起こるだなんて……」
そこには人が死んだことへの恐怖と命の危機への恐怖があるが、作家としての性か、ちょっとした昂奮もあるのは事実だった。
丸眼鏡をかけた小柄な彼女からも一枚の紙を受け取る。ミステリー作家志望。つまり、ミステリーには通暁しているわけだ。
「ミステリー作家志望さんは」
早速、質問だと取り掛かったのだが、そこで堰を切ったかのようにわっと声が膨れ上がった。
「正解! 皆さん、名探偵の登場です! えっと……彼が! 見事にこの事件の犯人と消えた凶器を解明してくれました!」
名前まではわからないらしく、一瞬テンポが置かれたが、なんと。もうこの事件を解決し、犯人と消えた凶器を特定してしまったらしい。
その名探偵は、逢坂と同じ一年生だった。
眉目秀麗で、称賛と注目を一身に受けても涼しい顔で動じない。造作もないとミステリー部を軽んじる様子も、まだ解けない逢坂たちを嘲る態度もない。
「では、名探偵には賞品を贈与します。ミステリー部部員による短編集です。もしも興味が湧いたら、入部もご検討ください」
文集か。薄いが教科書サイズ、文化祭パンフレットと同じ大きさなので、文字数は相当ありそう。
眉目秀麗な男は文集を受け取るとありがとうございます、と礼を言い、能事畢れりと教室を出て行く。野原に詰め寄っていた女子ふたりが駆け出し、彼の行く手を塞いだ。
「誰が殺したのー?」
「言えないです。言ったらネタバレになるんで」
「ここだけ! ここだけの秘密!」
気取った男子は先を越されたことで大変ご立腹のご様子。彼が解けたということは、解けないのは実力不足でしかないということだからだ。生徒会長は焦らず他人と比べることもせず、ここぞとばかりに刑事の娘を訪ねていた。
逢坂は競っていないし、解決できるとも思っていないし、これは遊びの範疇なので、気楽にミステリー作家志望の女子と向き直った。
「ミステリー作家として、なにか気付いたこととかないんですか?」
抽象的な投げかけだったのは、それでもどこか悔しさがあったからか。
「私はうだつの上らない作家だし、志望なわけで本が出ているわけでもない。斬新なトリックが思い浮かんでいるわけでも、突飛なギミックや魅力的なキャラが作れているわけでもない。でも、読んでいる量なら、読者としての目線なら、肥えている自負がある」
だからこそ、自分で書こうと思ったのだろうか。
「クローズドサークル。孤島の屋敷、波が荒れて豪雨と吹雪で連絡手段が断たれ、迎えは三日後。ここまでは定番、よくある設定だ。それに、この屋敷は以前も殺人事件があったって話がある。私たちが映画化を記念して聖地巡礼をした小説も、それをモチーフにしたって話。独自の視点で、独自の解釈で、独自の犯人、解決のひとつを提示したとも言われてる」
「……ん? そのモデルとなった実在した事件って、解決してるんですよね?」
すでに解決し、警察の手によって犯人逮捕となっているのであれば、わざわざ掘り起こして別の解決、別の犯人を書く必要はない。それではまるで、事件の犯人を擁護しているようだし、遺族からすればたまったもんじゃないだろう。すくなくとも、モデルとなったことは隠すはず。
「そう、ここであった事件は、まだ解決していない。ううん、正確には、犯人と思われる容疑者も死んだと思われている。遺体は海に流されて発見困難ということになっている。でも、そうじゃなかったら? もしも、まだ、生きていたら?」
「それって……」
「ミステリーとしては定石。まだ見ぬ犯人。外部からの侵入者。第三者。つまり、私たちよりも先に屋敷にいた存在を疑うこと」
唾を飲む。
「この屋敷の広さは?」
「屋敷は広い。富豪が遊び場として屋敷を建てたと言われている。百人は寝泊まりができる部屋の数がある。私も迷ったぐらいだし、まだ一日目だから見て回れてない場所もある。隠れられたら、見つけられない」
「なるほど……」
逢坂よりも断然、このミステリー作家志望の人のほうが探偵に向いている。ミステリーには詳しくないから当然書き方も知らないのだが、作家は探偵も書いているという前提で考慮すれば、作家は同時に探偵という側面も持っているのは当たり前なのかもしれない。
「作家になれるよ! 本が出たら買います!」
「この部屋で、全員で全員を見張るっていうのはわかったけど……トイレとかどうするんだろう……」
「あ、はい」
逢坂が質問でもなんでもないことを言ってしまったからだろう。ミステリー作家志望はプログラムされたNPCのように脈絡のない発言をする。
逢坂は彼女のもとを離れ、部長を訪ねた。意気揚々と、推理を披露する。
「犯人は、屋敷に潜んでいる第三者」
「では消えた凶器とは?」
「消えたもなにも、第三者が持っている」
にこっと微笑んだ部長は、懐から一枚の紙を取り出す。医者の卵や高校生記者、ミステリー作家志望の面々が渡してくれたものと同じ、メッセージカード。逢坂はそこに、おめでとう! という言葉を期待した。
「……は?」
しかしそこにあったのは、
「残念!」
部長が言うのと同じ言葉。
「探偵は推理を間違え、誤った犯人を名指し、誤った結末へと導いてしまいました。結果、三日後、迎えに来た船員が屋敷を確認すると、五つの遺体がありました」
メッセージカードの文をそのまま読み上げる部長。逢坂は眉を吊り上げる。
「五つ? 5人の遺体ってこと?」
部長、高校生記者、医者の卵、ミステリー作家志望、奇術部兼部、刑事の娘。6人いる。全員死んでいれば、六つの遺体だ。つまり、犯人はやはり、この中にいたということか……?
「誰の遺体がなかったんですか?」
「それは言えません。探偵は推理を終えたのですから」
「……」
もやもやする終わり方だ。犯人は、凶器はどこだったんだ。
あの眉目秀麗な男は、逢坂のあとに高校生記者を質問した。多く見積もっても、話を訊けたのは高校生記者を含めて三人だろう。刑事の娘には訊けなかったはずだから、医者の卵、ミステリー志望作家、奇術部兼部のうちふたりからの話と、高校生記者の話だけで、犯人と凶器の特定は可能だった、ということだ。
逢坂はどうすればよかったのだろう。なにを間違えたのだろう。また、なにが正しかったのだろう。
迷探偵逢坂による推理はもう終わってしまった。彼らは物言わぬ遺体となってしまった。いまからもう一度、というのはできない。
「では、参加賞。ミステリー部による名作ミステリーの論評。これを読み、ミステリー本を読み、推理力を磨いてください」
「また参加賞」
しかしこれはこれで、なかなかいいのではないか。
名探偵に贈られる賞品、ミステリー部渾身の力作である文集よりもさらに薄く小さいが、物差しとしては機能する。外れがあるかもしれない文集よりも、いいのではないか。
逢坂は、そう思うことにした。




