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何でも知ってるしろあちゃん  作者: 家佐水井
古江琉重による全知を出し抜く方法
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浮気をするゴミ


 階段をあがり、一般棟四階、一年生の階に戻ってくる。


「あの加賀美音っていう人は、どんな人なの?」

「公平を謳っている、変な人」

「ひどい言い種だ」

「よく厄介ごとを持ってくるんだよ」

「天理くんみたいに?」

「まだかいくんのほうがマシ。もしもまた会うことにでもなったら、あの人には気を付けたほうがいいよ。友好的な態度だしちょっと顔はいいけど、人間性的にはクズだからね。敵でも味方でもない。平然とすり寄ってくるし、平然と裏切る。なのに公平だと言う。変なクズな人」

「ひどい言い種だ」


 そして、逢坂は目を見開いた。


「……なに、急に」


 天知は、立ちはだかった逢坂という名の壁に行き止まりを食らい、戸惑ったように言う。

 後ろをちらりと見やり、なにか都合のいい話題はないだろうか、と思考をフル回転させる。


「……たこ焼き食べに行かない!?」

「なぜ急に」

「唐揚げでもいいよ!」


 無言の圧を頂戴する。逢坂の不自然な態度は二秒と天知を欺けなかったらしい。だらだらと冷や汗が流れる。


「そこを退いてください」


 脇が湿った。


「そこを、退いて、ください」


 頑として動かないでいると、天知はするりと抜けていく。


「天知さん私のロミジュリ感想でも……! ……ぁあ」


 がっくし。ごめん。

 はてさて、誰に謝ったのだろう。どっちに謝ったのだろう。


「な、な、……なな!」


 天知がその視線の先に見た光景。逢坂も同じく目にする。顔を覆う。項垂れる。

 廊下には、男女の組み合わせがひとつあった。いや男女の組み合わせぐらいいくらでもあるのだが、あってはならない男女の組み合わせがひとつ、あったのだ。

 天理がいた。今日は貞子ではなかったらしい。着ぐるみ? を着ている。いまは休憩中なのか、頭部分だけ外している。暑さからか、お祭りだからか、前髪を掻き上げている。額には薄らと汗が滲んでいて、すこし艶めかしい。女子の視線もちらほら受けている。


 そこまでは、まだいい。まあ、いい。言い訳も利く。

 しかし、着ぐるみの、鶏の頭部を持った天理は、そばにいる女子にペットボトルを支えてもらっている。女子に持ってもらったペットボトルに刺さったストローから、水分補給をしている。飲み物か食べ物かが違うだけで、ほとんどあーんだ。

 あれは、どう言い訳するのだろう。


『大丈夫? 喉渇いてない? ……手が塞がってるじゃーん。もう、しょうがないなあ……ほら』


 なんて、天知が熱望するきゃっきゃうふふでいちゃいちゃなやり取りをしていそうだ。

 逢坂はあの女子に見覚えがなかった。クラスメイトでないのは明らかだ。独特な雰囲気というか、文化祭の盛り上がりとは裏腹に冷めている。気怠げな目元はダウナー系で、黒髪に青のインナーが覗ける。パーカーはスカートを隠している。それはパーカーがオーバーサイズだからなのか、スカートを折って上げているからなのか。妙に距離感は近いように見えた。天理も、クラスメイトの早瀬としゃべったときよりも親しそうだった。あの女子はあまり感情を表には出していなかったものの、天知が天理を見るときと同じ顔をしていたのはわかった。


 天理は着ぐるみの頭部を抱えたまま、女子と横並びになって人混みに消えていった。こっちに来なくてよかった、と心の底からほっとする。

 逢坂は言った。


「『ロミオとジュリエット』って、悲劇的な終わり方をするはずだったと思うんだけど、天知さんたちがやったあれ、ハッピーエンド……ではないにしろ、原作と比べたらロミオもジュリエットも生き延びてる分、未来のある終わり方だったよね。そのせいで、ちょっと結末の印象が薄れたというか、平凡的だったというか。あの終わり方だったらたぶん、後生まで語られなかったというか、ここまで有名にはなってないと思うんだけど。その辺、どう?」

「浮気だと思う」


 どうして原作通りにやらなかったのか、アレンジを加えたのか。一年一組の総意なのか、アレンジを加えることを出発点にしていたのか、脚本家でもいたのか。それとも、天知が直々に意見したのか。

 逢坂はそういう意味でどう? と尋ねたのだが……。


「……そう」


 天知の目は、天理が消えていった喧噪の奥をいまでも見つめている。青空の瞳に、雲がかかっている。


 高校では交友を断っていたから男友達はいまのところ天理ぐらいしかいないが、小中ではふつうにいた。異性の友達ぐらいふつうにいるだろう、と思う反面、さすがに天知が不憫だ、と思う。


「き、着ぐるみ着てたし。宣伝じゃない? 仕事だよ、きっと」

「じゃあなんでおばけ屋敷なのに鶏の着ぐるみ?」

「それは、そう」


 逢坂は頭を悩ませる。


「……私にもわからないや」


 あのバカ天理のために頭を悩ませるのがアホらしくなって、逢坂は言ってしまった。


「逢坂さん、かいくんと同じクラスでしょ。おばけ屋敷、鶏出てくるの」

「う、うーん……」

「鶏肉の逆襲、産んだ卵を奪われた執念、箱という狭い世界で飼い殺しにされたことへの憎悪。それをコンセプトにしたおばけ屋敷だったの。そうだったんだよね?」


 詰め寄られる。どうどう、落ち着け、と手で抑えるようにする。いまにも泣きそうだ。


「私、入院してた、出し物、ノータッチ」


 言葉を覚えてたのバケモノのような話し方をしてしまった。はぁ、と息を飲む。


「っていうか、知ればいいだけじゃないの」

「それで鶏が無関係だったらどうするの!?」

「たぶん無関係だよ」

「うわぁん!」


 そもそもなぜあれをおばけ屋敷の宣伝と考えるのか。天知は天理のことになると途端にポンコツと化す。


「べつのクラスかもしれないよ」


 天理は看板製作という自らの役割をやり遂げても一日目は貞子に扮して宣伝を担った。自分が階段から突き落とした犯人ではないかと疑われても逢坂の嘘を守り通した。お人好しだ。頼まれれば他クラスでも平然と手伝うだろう。


「天理くんがなにやってるか、知れば?」

「それは……できない」

「なんで?」


 純粋に気になる。天理にだけ通じないとはいったいどういう了見か。


「約束だから……」

「約束?」

「かいくんと、約束したの。俺のことは全知を使って知ろうとしないって約束しろって」

「それで頷いたの」


 こくん、と潤んだ瞳で頷く。あきれたものだ。


「それって知られたらやましいことがあるって言ってるようなもんだよ。スマホの画面を下に置いたり帰りが不規則なのは浮気の兆候」

「どれも当てはまってる……! じゃあ、かいくんは……」

「やってるね、十中八九。最悪だ。まさか浮気者だったとは。見損なった」


 愛する人が浮気していたショックで絶望の淵に立つ天知と、表には出さないものの天知のことを想っているとばかりに思っていたので、まさかそんな半端者だったとは、と嫌悪感でいっぱいの逢坂。


「あ、天知さん……? 泣いてるの……?」


 おそるおそると後ろから声をかけてくるのは、ジャージ姿の男子だった。稲葉と胸には縫われている。

 天知は目尻を拭うようにした。


「いえ……すこし、ゴミが目に入ったようで」


 さすがだ、もう切り替えている。浮気をするような男のことはもうゴミ呼ばわりだ。そう、天知ならもっといい人がいる。この稲葉という男子だって……そう。優しそうじゃないか。


「そっか、大丈夫そう? そろそろメイクに入りたいってさ」

「ああ、はい……わかりました」


 声を聞いてようやくわかった。稲葉という男子が、『ロミオとジュリエット』で天知と同じく主演を張る、ロミオ役の男子だ。

 ほう、と逢坂は瞠目する。文化祭でロミオとジュリエットを演じた男女が、本当に付き合い始める。なかなか悪くないではないか。あんなゴミは捨てて、さっさと鞍替えをするべきだろう。


「あ、あと逢坂さん……結末は、わたしが変えました。変えてもらったんです。名を捨てる、家を捨てる、いままでの生を捨てるとまで宣言したんですから、ジュリエットはロミオと一緒に追放の道を歩むべきじゃないか、と思って。まあ、単純に、結ばれないエンドが嫌だったというのもあるんですが……」

「うん、わかった。私に任せて。あの女子の素性、調べるから」

「はい。それと、同じ公演はしないことになってます。おおまかな筋は辿ってますけど、二日目は、戦いの面が強いです」

「なるほど。これは天知さんの分だ、ってやつだね。任せて」


 逢坂は自分の腕を叩く。天理は殴られなくてはならない。天知の悲しみを、涙を、受け止めなくてはならない。


「ロミオとジュリエットがモンタギュー家とキャピュレット家の不和を解消して、マキューシオもティボルトも死なせずに手を取り合い正式な婚姻をするんです」

「たしかに、いくら正当な理由があっても殺すのはダメだ。うん、その辺もちゃんと加減するよ」

「感想、また聞かせてください」

「なんなら写真も付けるよ」

「撮影は禁止ですよ」

「そりゃそっか」


 天理の泣き顔を見せてやれないのは可哀想だが、天理の醜い弁明は子細まで記憶して、きちんと天知に語ってやろう。


「では」

「うん」


 一年一組に戻っていく天知。稲葉が語りかける。


「友達?」

「はい」

「物騒な友達だね」

「はい」


 天知には物騒な友達がいるらしい。いったいどこに。

 逢坂は単なる部活仲間だし、物騒とはかけ離れているから、逢坂のことを言っているのではないだろう。


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