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何でも知ってるしろあちゃん  作者: 家佐水井
古江琉重による全知を出し抜く方法
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ペテン師天知しろあ


「で、どうして天知さんは、僕らの犯行だって気付いたの?」


 彼らが面白半分で、解かれることを期待していたと天知は知っていたから、ぶっつけ本番でもなんとかなるとわかっていたのか。しかし、そこはどう取り繕う。


「犯行を見た人がいたんですよ」


 眼鏡男子は愕然とする。


「わたしなんですけどね」


 逢坂も開いた口が塞がらない。よくもぬけぬけと大嘘をつけたものだ。忙しいからと天理に家庭科部にお菓子とパンを買いに行かせたくせに、どこにそんなチャンスがあったというのだ。


「そこの、横尾さんでしたか」


 示されたのは、のっぺりとした顔の男子。急に名指しされ肩をびくりとさせ、野原という女子になにヘマしてんのよと舌打ちされ、俯き申し訳ないと後頭部に手を置いた。


「それで盗んだ足でこの二年三組、ミステリー部に戻っていくものでしたから、こっそり聞き耳を立てて。そうしたら、皆さんが共犯だということもわかったんです」


 もう一度、野原がちっと舌打ちする。横尾は申し訳ないとへこへこ頭を上下させる。

 眼鏡男子は怪盗エスの正体が看破されたこともそこまで気にしていないようで、重ねて、天知に問う。


「じゃあ、僕らのハウダニットは、わからないんだ」


 フーダニットが、誰がやったか。この場合は、怪盗エスの正体。つまり、答えはミステリー部ということになる。

 ホワイダニットが、なぜやったか。この場合は、動機。つまり、答えは現実で名探偵を見てみたかったから。推理してほしかったから。

 そして、ハウダニット。どうやったか。


 盗みの手法のことを指しているのか。ちょっと逢坂にはピンと来ない。あの横尾という先輩男子が盗んだという事実もたったいま知ったことだし、天知は実際には見ていないだろうし。

 すくなくとも、見られているのは横尾の失態である、ということは、放課後、早朝、学校に忍び込んだ、ということではないのだろう。文化祭中に、出し物や店を覗きに行ったついでにくすねた、ということなのか。それだと、どうやったもなにもない気がするのだが。


 ふと横を見ると、天知は目蓋を閉じていた。


「え? 天知さん?」


 いきなり眠ってしまったのか、と心配する眼鏡男子だったが、逢坂はそれが意味するところを知っていた。


「さ、三秒だけ。時間ください」

「さ、三秒?」

「いま、組み立ててるんです」

「はあ……」


 いま? という反応だ。逢坂も同意する。ここに入る前になぜ知っておかなかった! ぶっつけ本番が過ぎる!


「……三秒?」


 三秒経っても応答はない。眼鏡男子に問われる。逢坂も困る。

 本当に眠ってしまったのか。


「も、もう三秒だけ」


 なにか問題でも発生したのか。

 それから、十秒ほどで。


「しりとりですね」


 目蓋をあげた天知は、静かに言った。

 眼鏡男子は、途端に無邪気な少年のように目を輝かせた。野原はふんと、まあ認めないわけにはいかないか、といった風だった。


「す、すごい! よく気付いたね天知さん! 名探偵だよ!」

「いえいえ。たまたまです」


 ただのペテンだろうに。


「では、盗品は皆さんの元に返却してくださいますか」

「うん。探偵が現れて名推理を披露、犯人特定。これで円満解決だ」


 横尾という男子生徒が席を立つ。後ろに並んだ椅子が乗った机を掻き分けていく。逢坂は教壇の上にある工具箱風なケースを睨んでいたのだが、盗品たちは後ろの棚に押し込められていたらしい。

 たしかに、文化祭中は教室の中を弄らない。ミステリー部がこの二年三組をセッティングしていて、細かな配置があるから、と言えば、誰も机と椅子を掻き分けて棚を漁ろうなんてしないだろう。


「返しに行くよ」


 眼鏡男子は満足そうだった。これで解決か。ずいぶんあっけないものだ。




 二年三組をあとにする。天知の教室である一年一組に戻りながら、逢坂は先ほどの眼鏡男子の言葉を思い返していた。


「名探偵だって」


 眼鏡男子はあそこまで嬉々と天知をそう呼んでいたが、当の本人の天知は嬉しくなさそうだ。


「でもミステリーだったら、天知さんダメだね。探偵失格。推理を放棄してる」

「そもそも推理ってなに? から始まると思うけど」


 ん~? と首を傾げる。


「足で捜査?」

「それは刑事でしょ」

「現場は見なきゃ」

「世の中には安楽椅子探偵っていうものがあってだね」

「すくなくとも、全部知ってるなんてのはズル」

「だからわたしは探偵じゃないんだよ」


 まあ、そうなのだろうけど。


「逢坂さんが望んだのは、怪盗エスの犯行を止めること、でしょ? つまりミステリー部の意向に沿った振る舞いをしてあげればいいの。本当に名探偵になる必要はない。向こうが望んでいるんだから、多少の粗は目を瞑るよ」

「だからぶっつけ本番も利いたのか」


 そーゆーこと、と天知は頷く。


 怪盗エスが犯行を重ね、被害報告を目にして耳にして、犯人は知っていたのにくそぉと拳を叩きつけるような思いをするぐらいなら、と逢坂は天知を頼った。逢坂と天知の目的は怪盗エスの犯行を止めることで、怪盗エスであるミステリー部は名探偵を希求していたからその通りに振る舞った。

 本当に名探偵である必要はない。それはその通りだ。


「それに、わたしの物語は、ミステリーじゃないしね」

「じゃあ、なに?」

「ラブコメ!」

「ああ、そう」


 眩しい瞳の輝きは、逢坂の瞳の輝きを吸収してしまったようだ。


「わたしとかいくんのいちゃいちゃちゅっちゅ。爛れた高校生性生活」

「それじゃあ官能小説」


 ……ん? と立ち止まる。


「いま性生活って言った!?」

「やだ逢坂さん、なに考えてるの? 脳内ピンク? やらしいことばっかり考えてるから、勝手に変換してるんじゃない?」

「……」


 ぜったいに言った。言ったはずなのだが……そう言われると、否定もできない。

 単語の流れで淀みなく言うものだから、聞き間違いも否めない。これがもしも性生活だけなら反論できたものを、高校生と間に挟むものだから……。


「あ、しろあちゃん」


 後ろから、馴れ馴れしく天知の名前を呼ぶ男。


「ああ、加賀美音さん」


 逢坂の瞳の輝きを吸収したはずの天知の瞳も、すっかり霧散してしまった。


「知り合い?」

「いいえ」

「名前を呼んだくせに?」


 こと天知しろあにおいては、まったくの赤の他人でも名前はおろか、その人生まで見通してしまうのだろうけど。


「知り合いだよ。昔からのね」


 そう柔和な笑みで言う男は、織高生徒でないことは間違いなかった。二十代後半から三十代前半。軽いパーマをかけたような茶髪に目尻のほくろが色気となる。背は高く天知を馴れ馴れしく呼ぶがいやらしさはなかった。落ち着いた、大人な男といった雰囲気が溢れる。


 時折、織高の女子高生が彼をちらちらと見ていく。


「昔からのって?」


 こそこそと天知に耳打ちする。


「そりゃあ、全知全能の神様だった時から」

「……!」


 どうやら、この男、加賀美音と呼ばれた人物は、本当に昔からの知り合いのようだ。


「私、行こうか?」

「いいよ。本当に込み入った事情なら、こんな場所で声もかけてこないから」

「うん。逢坂さんに会うことも目的のひとつだったから」


 加賀美音は天知に用があるらしいし、と逢坂は斟酌をしたのだが、加賀美音は逢坂にも用があったらしい。


「私……?」


 まあ、逢坂もいきなり見知らぬ人に声をかけられれば警戒するから、天知を間に挟めるこのタイミングはちょうどよかったのかもしれないが。しかし。


「私のこと……知ってるんですか」


 逢坂には用がないし、思い当たる節もない。


「そう。かいくんからすこし話を聞いていてね。いちおう、人となりは見ておこうかなって」


 天理が勝手に、他人へ自分のことを話したのもあまり快いものではないし、見ておこうかなと、初対面で見定められるような視線を受けるのも快くはない。


 敵意はなく柔和で温かな笑みを浮かべる加賀美音に、天知は逢坂を気遣ってくれたのか、口を開いた。


「用があるなら手短にお願いします。着替えとかお化粧とかあるので」

「ああ、うん。そうだな、ごめん。あ、感想、伝えておく。『ロミオとジュリエット』、面白かった。やっぱりしろあちゃんは、ああいうのは上手だね」

「それは皮肉ですか」

「とんでもない」


 逢坂にはいまのやり取りのどこに皮肉があったのかはわからないが、天知は加賀美音の褒め言葉を素直に受け入れなかった。


「ただ、ちょっとアンフェアだったかな。ロミオはしろあちゃんを見ていたのに、ジュリエットは違う人を見ていた」

「母親がいなくなるのを想像して泣く子役と同じですよ」


 つまり天知はジュリエットを演じる上で、ロミオを別人に喩えて愛を囁いていたというのか。


「誰だかわかりやすすぎて、急に現実に戻されてしまったのが、惜しかった」


 逢坂もそれが誰だかはわかった気がした。加賀美音のように劇を見て天知の演じ方を見抜くことはできなかったが、天知が誰を想っているか、という問いにはひとりしか思い当たらない。


 天知は不愉快な面で言う。


「というか、昨日来たんですか」


 ……そうか。まだ天知しろあ主演の『ロミオとジュリエット』は今日、やっていない。ということは昨日、逢坂と同じく鑑賞したことになる。


「誰に招待されたんです。まさかかいくんが……?」

「いやいや。招待券をもらったのは佐白先生」

「佐白ちゃんが……」


 あの野郎、と奥歯を噛んでいる。ふたりの関係値、正確には天知を含めて三人の関係値はよくわからないが、そこも交友があるらしい。


「というか二日連続で来てるのか」


 つい口から出てしまった。


「相当な暇人なんだよ」


 天知も続く。

 あはは……と弱った笑みを浮かべる加賀美音。


「容赦ないな、ふたりとも」


 天知が軽口を叩くのはまだしも、逢坂が言うのは失礼か。すみません、と頭を下げておく。特に気にしていないと手を振られた。


「そういえば、しろあちゃん。これ、見た?」


 加賀美音が取り出したるは新聞紙。見出しには、織高文化祭、怪盗現れる!? と書かれている。


「いいよな、こういうの。お祭りって感じ。これも余興だったり?」

「いえ違います」

「じゃあ、何なんだ?」

「それを教えたらフェアではないでしょう」


 してやられた、と加賀美音は笑う。


「それに、もうそれは解決しましたよ」

「そうなのか。すこし残念」

「次の新聞にでも……もしかしてあなたが関わっていたりしないですよね?」


 どうしてそうなるのか。加賀美音は外部の人間だろう。逢坂からすれば脈絡がない発言だ。しかし天知の鋭い眼差しは、穿った見方をしている。


「どうだったんだ?」

「いえ……」


 弱々しい語尾は、天知が知ったことの真相に加賀美音がいなかったから、だろうか。


「大丈夫、僕はなにもしてないから。する必要もないし。今日はかいくんとしろあちゃん、それから逢坂さんの様子見に来ただけ。これでお暇するよ。またどこかで会おう、逢坂さん」

「は、はい」


 手を振って去って行く後ろ姿に、逢坂は頭を下げる。また会うことがあるのか。単なる社交辞令か。加賀美音。覚えておいたほうがいいかもしれない。


「じゃあ二日連続で来なくていいじゃん」


 天知は毒を吐いた。



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