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何でも知ってるしろあちゃん  作者: 家佐水井
古江琉重による全知を出し抜く方法
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名探偵天知しろあ


 二年三組にやって来た。


 扉の採光窓には張り紙がピタリと貼り付けてあって、ミステリー部と書かれている。看板もあった。


 ミステリー部部長殺人事件~消えた凶器~ と、看板が置かれていて、次の開催時間も予告されている。パンフレット通り、二日目第三回14時より。とも記されていた。

 扉の採光窓には張り紙が貼られていて中が覗けない。そうでなくても、廊下に面した窓には沿うようにしてカーテンが引かれているので、中の様子はわからなかっただろう。

 準備中だから、消えた凶器や犯人の面が割れてしまう、トリックが漏れてしまうから、というのがもっともな理由で、ほかの出し物、たとえば奇術部もそうしているからなにも怪しくないのだが、怪盗エスの犯人がこのミステリー部だと知ってしまったいまの逢坂には、やましいことがあるのでは、秘密会議でも開会されているのではないか、と勘ぐってしまう。


 こっそり聞き耳立てる。不審者は、逢坂のほうかもしれない。


「どうするの?」


 天知がとなりにいるから咎められることはしないだろうけど、あえて印象を下げるような行為をする必要もない。


「ミステリー部の部員が出払った隙にこっそり忍び込むしかないけど、盗品を隠してる場所を無人にするとも思えない。実際、昨日もこの二年三組に部員は最低、ふたりは常に残ってた」

「確認なんだけど、ミステリー部全員が怪盗エスなんだよね?」

「指示役や実行役、主犯や従犯といった関係性はあるだろうけど、うん、そうだね。全員関係者、共犯っていうのは、間違ってないよ」

「強襲してみるとか?」


 天知の力は疑ってない。ここにあるのはわかってるんだ! と、中の部員を押し倒し、隠し場所を暴き盗品を明るみにする。動かぬ証拠。彼らは言い逃れできない。


「中にいるのは二年生の男子ふたりと女子ひとり。わたしは戦力外だから、逢坂さんが三人を、年上を、男子を、相手取れるならそれもいいかもね」

「殴れないし殴られたくない」

「そこまでされるとは思わないけど」


 逢坂も、そこは同意だ。

 体力も筋力も運動神経も、きっと同年代の女子、年上よりも逢坂はあるとは思う。だがそれはダンスや歌といったアイドルのパフォーマンスで培ったものだ。喧嘩するためのものではないし、もしもそうであったとしても、男に勝つ自信はない。


「仕方ない。かいくんを呼んでみよう」


 仕方ないと言う割りには目が輝いているし、なんだかべつの意図があるようにも聞こえる。いちゃいちゃする口実なんだろうな、と思う反面、これで三対三で対等だ、と思う。

 ああ、それでも天知は戦力外なのだから、三対二なのか。しかも、実態は男一女二で、向こうは男二の女一。

 とはいえ文句は言わない。


 しかし、天知の顔色は曇る。最初はスマホをタップしてスワイプして、メッセージを送っていたようだ。三秒と待たずに返信がないと通話に切り替えスマホを耳に当てたのだが、それも応答がないと知ると、天知は不機嫌そうに唇を尖らせた。


「出ない」

「まあ、天理くん宣伝とかしてたから」

「宣伝?」


 知らなかったのか、とすこし驚く。


「おばけ屋敷の宣伝。貞子の仮装して、看板持って」

「看板製作が役割だって言ってたのに」

「頼まれたんだって」

「だろうね」


 それがかいくんだ、と誇らしくもあり苛立ちもありと複雑そうな顔で、天知はスマホを仕舞った。


「天理くんって、その、強いの?」


 単に頭数として男として期待しているのか、腕っ節が確かなのか。逢坂には判断がつかない。


「強いよ、けっこう」

「けっこう」


 その度合いもまたわからないのだが。


「夜な夜な毎晩わたしを抱いて、わたしを泣かせて」

「訊かなければよかった」

「なにを想像してるの?」


 口に手を当ててにやにやとほくそ笑んでいる。想像したものを言えば、なんて返ってくるか。からかわれるに違いない。


「どうするの?」


 話を変えた。天知は、つぶやくように言う。


「まあ、なるようになるか」

「ちょっ」


 遠慮なしに、逢坂の制止も間に合わず扉を開けてしまった。

 がらら、と扉の音。中の人が気付かないはずもない。カーテンをくぐっていった天知を、逢坂も追う。


 教室には、天知の言う通り、現状三人がいた。男子がふたりと、女子がひとり。

 床には、刑事ドラマやミステリー映画で見るような、白テープが貼られている。倒れた人型を模していた。右手の人差し指は伸びて床を示しているようで、思い当たるのはダイイングメッセージだろうか。いまはない。

 その脇に、机を三つくっつけたトライアングルが築かれている。椅子も三脚で、それぞれ座っていた。


 男子のひとりが、突然の訪問者。いや、不躾な闖入者を追い返そうと立ち上がり、語気を強める。


「な、なんだきみたち」


 眼鏡をかけた男子と、のっぺりした顔の男子。特に語るほどではない。女子のほうも可もなく不可もなく。闖入者である逢坂と天知にはいい顔をせずに高圧的で威圧するような目つきでもあったので、逢坂はすこし苦手な印象を持った。しかし、悪いのは逢坂たちだし、逢坂も目つきに関しては人のことは言えない。


 中途半端に腰をあげた眼鏡の男子は、しかし天知の顔を見るや否や、自分の非を認めるような顔をした。


「あ、天知さん……? こんなところに、どうしたの? ミステリー部はついさっき終わったところで、いまは休憩中なんだ」

「はい、存じてます」


 恭しい、表の顔の天知しろあ。逢坂からすれば裏の顔の天知しろあ。つい数秒前の慎ましやかとはなんぞ? という発言をした天知を知っていると、吐き気がする。逢坂は心の中で、舌を出した。


 眼鏡の男子はそれから逢坂にも目を向けた。ネクタイは青色をしていることから、一年とわかっただろう。特に気にすることもないと見切りをつけられたのはすぐにわかった。天知が横にいれば誰だって天知を優先するのだろうけど、こうも雑に扱われるのは頭にこないでもない。

 教室に元々あるであろう四十ほどの机や椅子は、すべて後ろに下げられていた。椅子が机の上に乗せられ、掃除の時間のように前方は空間が保たれている。

 黒板には、ミステリー部部長殺人事件!! と書かれていた。犯人がわかった人、消えた凶器の行方がわかった人は、部長に教えてね。とも。

 白テープと黒板の文字は使い回しだからいちいち消すのも剥がすのもしない、といったことなのだろうか。


「じゃあ、何の用? あまりにも礼儀がなってないんじゃない?」


 威圧的な先輩女子は背もたれに身を預け、仰け反るようにして言った。のっぺりとした顔の男子は何も言わなかったが、その顔は不満たらたら。

 まったくもって反論の余地のない正論だった。態度は気に食わないが、逢坂たちにしか非がない。

 教壇の上には、工具箱のような重量のありそうなケースが置いてある。鍵もかかっているようだ。怪しいのはそれか。


「ま、待てよ野原。天知さんのことだ。なにか大事な用があるのかもしれない」


 天知しろあは男女共に織田高校の全校生徒に顔と名前が通っている。人気もある。しかしその全員が好意的かどうかについては、首を捻る。逢坂は天知しろあを知っていたしかわいいとも思っていたが、それだけだった。好きでもなく嫌いでもなく、彼女の言動に一喜一憂はしていない。

 女子的には、男子からの絶大的な人気、無条件の迎合、いまの眼鏡男子のそういった態度がより気に食わないのだろう。勘の鋭い人ならば、天知しろあの楚々とした慎ましやかな振る舞いが意図したもので、嘘であると見抜く人もいるかもしれない。


 野原と呼ばれた女子生徒は、眼鏡男子に諫められると不承不承と落ち着いた。眼鏡男子が胸を撫で下ろし、天知に向き直る。


「それで?」


 いちおう、話は聞いてくれるらしい。天知は頷く。


「いま、文化祭で大変話題になっている、新聞部が盛大に盛り上げている、怪盗エスについて」


 なるようになるか、と言った通りぶっつけ本番。


 逢坂は緊張した。天知よりかは逢坂は戦える。最悪、何かあれば、時間稼ぎぐらいはしなくてはならない。

 眼鏡男子の一挙手一投足を見逃さないようにしていると、表情が固まった。天知のことを疑っていたわけではないが、確信に変わった。眼鏡男子の奥では、野原という女子、のっぺりとした男子も顔色が変わる。ミステリー部の三人全員が表情を一変したのだ。


 単刀直入に言われ、軽く御せそうな天知しろあからの鋭い一言は度肝を抜くものだっただろう。口を挟む隙も与えず、天知は言う。


「それ、あなたたちですよね?」

「ちょっ……!」


 根拠もなく物証もなく、逃げ道を潰してからでないと言い逃れをされてしまう。そういう話ではなかったのか。

 逢坂の目は天知と眼鏡男子を行ったり来たりする。いままでは冗談で喧嘩や時間稼ぎと言っていたが、それが現実となるかもしれない。犯人を刺激するな! と同じだ。早まった行動に出かねない。つまり、口封じ。

 軽く拳を握る逢坂。不敵に口の端を吊り上げる眼鏡男子。冷静に怪盗エスを見上げる天知。


「新聞は読んだよ。新聞部に友達もいるからね。でも彼からもミステリー部が疑わしいなんて聞いていない。それに、たしかに窃盗は事件で探偵の出番、ミステリーっぽい。だけど、怪盗はミステリーとは相容れないよ」


 どう違うのか。逢坂は首を傾げる。

 天知は静かに反論した。


「アルセーヌ・ルパンや怪人二十面相はミステリーではないと?」

「そう思う人はいるだろうけどね。でも僕の主義とは相反する。ミステリーは謎があってそれを解くものだ。探偵が怪盗と心理戦をしたり追いかけっこをするのは、バトルもの。ファンタジーだよ」


 逢坂はミステリーの定義を能動的に考えたことがない。ミステリー本として売られていればミステリーなのかと思う。怪盗が出てくればミステリーではない、バトルものでファンタジーだ、と思ったこともない。

 だから反論する気は起きなかった。そこまでミステリーに明るくないし、アルセーヌ・ルパンも怪人二十面相も名前しか知らないからだ。ルパンといえばルパン三世のほうが真っ先に思い浮かぶぐらいだし。


「フーダニット、ハウダニット、ホワイダニット。これを正式な手順で、特別な技能を使わずに証明されなければならない。怪盗だからできた、なんてナンセンスだし、おためごかしに人を操った、なんてもっての外」


 とすれば、これがもしもミステリーなら、天知はナンセンスでもっての外ということになるのか。全知でたちどころに事の真相を見通し、知ってしまう。天知以外にできない特別な技能だ。

 いや、彼の言い分は、犯人について言っているから、すこし違うのか。

 いずれにしろ、眼鏡男子は人知れず天知に喧嘩を吹っ掛けている。それも天知は涼しい顔で受け流した。


「ここにはミステリー談義をしにきたわけでも討論をしにきたわけでもないです」


 で、とふたたび言う。


「わたしが言った、あなたたちが怪盗エスなんですよね? という問いには、否定をする、ということでよろしいんですか」


 話の流れ的にそういうことだろう、と顔色をうかがう。

 眼鏡男子は、にこりと笑った。


「そうは言ってないよ」

「え」


 と声を漏らしたのは逢坂だった。


「僕の主義とは相反するけど、だからって認めないってわけじゃない。そういう形のミステリーってだけだ。僕が書くなら、そういう話は書かないけどね」

「じゃあこのやり取りは何だったんですか」


 心底あきれたように天知は言った。


「あはは」


 眼鏡男子は大変に楽しそうだ。逢坂も肩透かしを食らった。


「だって、やっと探偵が現れたから」


 つい舌が回ってしまった、ということらしい。


「まさか、あの天知しろあ嬢だとは思わなかったけど」

「そんな風に呼ばれてるんですか」

「いや。いま僕が、そう呼んだ。敬意を込めてね」


 なんだそれ。


「一日目もそれなりに人は入ったんだけどね、誰もあの事件を解き明かしてくれることはなかった」


 指は黒板。ミステリー部部長殺人事件が示されている。


「それで二日目。新聞部の広報のおかげで来てくれる人は急増。でもみんな、怪盗エスの正体を訊くばかり。ミステリーを読んでいるからって推理ができるわけじゃないし、第一ミステリーを結末から読む人なんている? そりゃあ、倒叙ミステリーならそうかもしれないけど、あれにも探偵はいて、推理をする。最初から推理を放棄してる人なんていないよ」


 やるせない思いで、眼鏡男子は首を振った。


「どちらの事件に対しても、誰も推理してくれない。探偵がいない。僕らが仕掛けてる犯人役で、探偵役は誰でも成り得るのに。犯人に答えを訊く探偵はいないよ」

「犯人になってみたかったんですか」

「というより、現実で名探偵を見てみたかったんだよ。本当に人殺しなんかできないし、ちょうど文化祭だから。……盛り上げの一旦を担ったつもりだったんだけどね」


 失敗か……と明後日のほうを見るのは、この騒動に関して悪気があるのでも、曲がりなりにも盗みという行為を反省している風でもなかった。誰も探偵になってくれなかったことを、憂いているようだった。

 くだらないな、と思うのが、逢坂の正直なところだった。


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