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何でも知ってるしろあちゃん  作者: 家佐水井
古江琉重による全知を出し抜く方法
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69/99

重罪、ネタバレ!


 時刻はそろそろ12時となる。あれからもう二時間経っているのか、と時間の速度に身震いする。一旦落ち着こうと、わたあめを頬張った。

 逢坂を惑わす手強い手練れが校舎内外に蔓延っている。芳しい香り、甘い誘い文句。興味が惹かれる度に好奇心に従っていては、今日もまた一日を失ってしまう。わたあめを頬張る。


「いい加減にしないと」


 一般棟四階という体育館からもっとも離れた場所。距離が遠くては出会う敵も多い。ここからは非情にならなくてはならない。甘えは捨てるのだ。

 わたあめを頬張った。




 汗を拭う。


「ふう」


 苦節三時間、やっと一般棟四階、一年一組に到着した。

 逢坂は一息つくため、チョコバナナドリンクなるものを飲む。チョコが強い。バナナはおまけ程度に風味が鼻に抜けていくだけで、ほとんどチョコを飲んでいるようなものだ。カップの中身も、液体の色はまさしくチョコ。

 扉の採光窓から中を覗く。天知しろあはいた。まだメイクはしていない。服も、ジャージ姿だった。分厚い本を持っている。それを手にして、なにか言っているようだ。おそらく台本で、最終練習か打ち合わせでもしているのだろう。


「…………――!」


 なにか、決め台詞っぽくカッコよく決めている天知。しかし昨日観た『ロミオとジュリエット』にそんなシーンはあっただろうか。天知しろあ演じるジュリエットはたしかに気高く強く気丈ではあったが、勇ましさがあったわけではない。まるで敵と相見えたような、いまから決戦の宣言でもしているかのような。

 ふと、天知と目が合った。覗き見していたのは悪かったな、と思う反面、どう呼び出せばいいか困っていたのでちょうどいい、と思う。

 挨拶か謝罪か半々な会釈をする。天知はクラスメイトに二、三告げると、笑って手を振ってこちらに歩いてきた。


「なにか?」


 ジャージ姿の天知しろあ。その額は薄ら汗が滲んでいる。


「ごめん。いま、忙しい?」

「ううん。14時始まりだから、まだ二時間近くある。お昼休憩みたいなもんだよ」

「練習じゃなかったの?」

「じゃないって言えばじゃないし、じゃなくないって言えばじゃなくない」

「じゃあ、ちょっと付き合って」

「いいよ」


 天知はクラスメイトをふり返る。


「すこし、部活仲間と文化祭を見てきます」


 恭しい。逢坂の知らない表の天知しろあだ。

 クラスメイトからは暢気な返事が返ってくる。はーい、いってらっしゃい、夕飯までには帰ってくるんだよ。お母さんかっ。


「夕飯までに帰ったら間に合わないでしょ……」


 逢坂はつぶやいた。


 しかし、そうなのだ。逢坂と天知はべつに友人ではない。関係性を表すのに、現時点では部活仲間がちょうどいい。

 相談部という名の機能しているのか、どう機能するのかも怪しい実態不透明な部活動が文化祭で出し物ができるはずもなく、準備も何も時間が足りないので、天知が部活動に顔を出す道理はないのだが、断るにもまた、部活仲間というのがちょうどいいのだろう。

 にこにこと慎ましやかに微笑む天知しろあは、逢坂の知っている天知とも、先ほどの勇ましい暫定ジュリエットともまた違う顔をしている。


「行こっ」


 クラスメイトから許可をもらった天知と歩く。


「文化祭、楽しんでる?」


 校舎でも体育館でも天知の姿は見ていないし、天知しろあという名前も耳にしていない。家庭科部のお菓子やパンの買いだしを天理に頼むぐらいなのだから、さぞかし忙しいのだろう。


 天知は満足な顔をしていた。


「うん、楽しいよ」

「忙しくないの? 展示とか、見れてる?」

「その忙しさも込みで楽しいね」

「ならよかった」


 体育館の流れはある程度決まっている。天知たち一年一組の『ロミオとジュリエット』や演劇部の『ハムレット』は三日間、同じ時間で上演される。天知の拘束時間も決まっていて、その時間にしか見られない出し物は見に行けないだろう。

 それでも、満足らしい。なら、よかった。


「逢坂さんは、もの凄く楽しんでるね」

「そうかな。ふつうだよ」

「その見てくれでふつうは、ちょっと通らないかな」


 天知は逢坂が右手に持った紙コップが気になってるようだ。


「それはなに? 黒いけど……コーヒーではないね」


 コーヒーのような液体ではない。これはどろっとしていて、重そうな感じがする。匂いも嗅げば合点がいくだろう。


「チョコ?」


 嗅がせてやると、天知はそう言った。

 逢坂は得意げに首を横に振る。


「惜しいね。チョコバナナ」

「チョコ、バナナ?」


 いったいどこにバナナがあるのだ、と訝しんでいる。


「飲めばわかるよ」

「いいの?」

「私はもう飲んだから、それでもいいなら」

「間接キスだね」

「天理くんに殺されそう」

「まさか」


 天知からすれば天理は嫉妬なんてしないのだろうけど、逢坂からすれば笑い事ではない。


「んっ、く」


 喉が動く。呻き声のようなものが漏れた。


「……美味しくない」

「不味いよね」

「不味いとは言わないの。作ってくれた人がいたから」

「ちなみに作ってくれた人も、あちゃあ外れだあって言ってた」

「もの凄く不味い。これを考えた人はどうかしてる。ふつうにチョコバナナを売るとか、チョコだけ売る、バナナだけ売る、のほうが売れるよ」

「うわ、出てくる出てくる」


 もしも天知しろあの酷評を制作者が聞いていたら、卒倒ものだろう。


「溶けたチョコ飲んでるみたい。飲んでもバナナはわからないし」


 話が違う、とすがめられる。逢坂は肩をすくめた。


「飲んだらバナナなんてほとんどいないっていうことがわかったでしょ」

「なんだかかいくんに似てるよ」


 あんまり嬉しくない。


 酷評しながらもクセにはなっているのか、紙コップを押し付けてくることはなかった。両手で包んでちびちびと飲んでいる。


「それで、そっちは?」


 目線は逢坂の頭の上だった。


「参加賞だって」

「参加賞で王冠もらったの?」

「優勝してればここに宝石がついてた」


 王冠と言えば聞こえはいいが、ちょっと大きめな折り紙で作られただけの王冠だ。お弁当の仕切りに入れられるバランのようにギザギザが三つほどある。逢坂の王冠は参加賞だから黄色だけなのだが、三位だと一個、二位だと二個、一位だと三個の宝石が、ギザギザ部分にそれぞれつけられていた。

 まあ、その宝石も折り紙なのだが。


「何の参加賞だったの」

「王冠はクイズだった」

「クイズ部?」

「有志」

「あぁ」


 クイズ部、ないしクイズ研究会というものがあるのかは知らないが、総合学習室という一学年は収まるほど広い集会でも使われる教室で、有志によるクイズ大会が開催されていた。


「名前はクイズショック25」

「喧嘩したいのかな?」

「どっちと」

「どっちもと」

「でもぐるぐる回ることはなかったし、パネルを選ぶこともなかったよ」


 不正解で椅子がアトラクションのように縦横無尽に回転することはなかったし、正解で数字を指定してオセロをすることもなかった。


「最初は私も見学のつもりだったんだけどね」

「勢いに乗っちゃった?」

「全員参加だったの」

「全員?」

「そう。ひとりが問題を出して、総合学習室にいる人全員が答えを選ぶ。二択問題から四択問題になって、三人までの勝ち残り。そこからは一対一対一」

「ニューヨークに行きそうだね」


 双方に殴り込みかと思ったが、どうやら三方に殴り込みをしていたらしい。というか、


「古いよ、たとえが」


 天知なら何でも知れるから遥か昔に終わったテレビ番組の存在も知っているのだろうし、何なら彼らがなにをモチーフにしたのかまで知れるのだろうけど。


「でもわかるんだね」


 高校生の彼らがモチーフにできるのだからそれだけ有名番組だった、ということでもある。逢坂が知っているのも何らおかしくない。


「で、見事に私は三問目で運が尽きて敗退。参加賞にこれをもらった」


 捨てるのは心苦しいし、仕舞うには潰れてしまう。致し方なしと、せっかくなので被っているのだ。


「じゃあそれは?」


 今度は首元。メダルを示してきた。


「数学研究部で数学オリンピックを体験してきた。参加賞」

「それも参加賞」


 失望の目をされる。それは不服だ。

 逢坂はスカートから、丸まったパンフレットを取り出し該当ページをめくる。指で叩くようにして強く強調した。


「ほら、見てここ」

「数学研究部 フラッシュ暗算 パズル 数検 数学オリンピック。これがどうしたの」

「そのあとだよ」

「勝ったら凄いマジ凄い。……なにこのもの凄く頭の悪そうな語彙力の低さは」


 そこはどうでもいい。語彙力があるからといって、何でもかんでも難しい言葉で形容すればいいというものではない。フラッシュ暗算や数学検定、オリンピックという硬い言葉がハードルの高さを感じさせるが、天知曰くもの凄く頭の悪い言葉を語尾に置くことで、気軽に立ち寄らせることができている。

 逢坂も、文化祭でわざわざ検定を体験しようとは思わないが、語尾でどれくらい凄いのだろうと興味が湧いたのだ。


「頭の悪そうな語彙力は置いといて。勝ったらマジ凄いのであって、負けたからって凄くないわけじゃないよ」

「つまり?」

「私が凄くないんじゃなくて、あちらが凄いの。勝ててたら凄かっただけなの」


 負けて当たり前。相手は数学“研究”部なのだ。熟練の達人に勝てる道理はない。

 まるで未経験な初心者と逢坂がダンス対決でもしようものなら、相手が可哀想にもなってしまう。それと同じだ。


 逢坂はしっかりと道理を説いたというのに、天知はがっかりを通り越して見切りをつけたように遠い目をした。


「またかいくんみたいなことを言ってるよ」


 二度も言われるとさすがに気になる。


「あんまり嬉しくないから」

「ちょっとは嬉しいんだ?」


 それは言葉の綾というものだ。

 ふと、思う。


「私と天理くんの言動が似てるっていうのは、特別なことは言ってないってことだと思うけど」


 もしも天理と逢坂が長年連れ添ったお互いを知る間柄ならまだわかる。付き合った恋人、熟練夫婦は口癖笑い方話し方が似るともいう。しかし逢坂は天理と共にした時間は短い。

 出会いは夏休み前だが、実際に会話して行動を共にしたのは、片手で数える程度しかない。天知とも両手あるかないか程度だから、どちらもすくないことに違いはないのだが、どちらかといえば天知と言動が似そうだ。


「世界が敵になっても俺だけはお前の味方だ、なんて言うけど、実際そんなことになったら、たぶん、世界が敵に回るようなことをしてるのが悪いんだと思う」


 天知は身を仰け反るようにした。


「……これも言ってた?」


 こくんと頷く。

 もう何を言っても天理と同じだな、と思う反面、ここで口を閉じれば認めたことにもなるな、と思う。


「周囲が自分に否定的なときは、まず自分を振り返るべきなんだろうね。本当にわかってもらえないのか、本当は自分が間違ってるのか」

「ガリレオは有罪だったよ」

「それでも地球は動く、ってやつだ」


 今度は天理は言っていないらしいことと、天知の知識についていけたことに、ほっとした。勝ったのだ。……誰と勝敗を競っていたのだろう。

 まあ、天理に勝ったということにしよう。天理かいの負けだ。


「それでそっちは?」


 言い負かすつもりはなかったし、言い負かしたつもりもない。天知は逢坂の持論を受け入れたのか、特に反論はせず目で左手に握る紙を示してきた。

 四つに綺麗に折り畳んだ紙の内側を見せてやる。


「美術部による似顔絵」

「うわあ。べっぴんだね。誰を描いたの?」

「話聞いてた?」


 似顔絵なのだから逢坂しかいないだろう。なぜ他人の似顔絵を持ち歩かなくてはならないのだ。


「それで、ふつうに文化祭を楽しんでる逢坂さんが、何の用?」


 王冠を被り、メダルを首にかけ、チョコバナナドリンクを右手に、似顔絵を左手に持ってふつうに真っ当にそこそこ文化祭を楽しんでいただけの逢坂は、パンフレットを入れていたポケットとは反対のポケットから、これまた四つに折り畳んだ紙を取り出す。ポケットに入れたままだったから、すこしくしゃくしゃになってしまった。


 一般棟四階の最北。廊下の突き当たりからは非常階段が見える。この辺りは出店も展示も出し物もないため、文化祭は嘘みたいに静かだ。

 似顔絵を四つ折りにして、紙コップを受け取る。渡した紙は両手で持つべきなほどのサイズ感。A4紙。天知は広げ、一際目立つ大きな見出しを読み上げた。


「『織高文化祭、怪盗現れる!?』……?」


 首を傾けた天知は、目こそ惹かれたがべつに興味は惹かれていない、といった感じだ。


「これが、どうかしたの?」

「いや、どうかしたかって言われると、べつにどうもしてないんだけど……」

「逢坂さんもこの怪盗の被害に遭った」

「遭ってない」

「じゃあ友達が」

「それもないね」


 そもそも逢坂に友達は柚奈ぐらいだろう。柚奈は何も言っていなかった。


「これが、どうかしたの?」


 もう一度、言われてしまった。


「天理くんに言われたんだよね。昨日、帰りに面白いものがあるってこれを渡されてさ」

「ほう。かいくんの私物を盗んだんだね?」

「とは言ってなかったかな」


 話が読めない、という顔をされた。

 これを言ったらなあ、と思う反面、天知のもとを訪ねた理由はこれしかないからなあ、とも思う。


「天知さんなら、この犯人もわかるんじゃないの?」


 大見出しのあと、小見出しに目を移動させ、本文冒頭を目で追うようにして概要を把握した後、天知は静かに目を閉じた。

 そうすれば、もう、天知はことの全貌を掌握してしまったのだろう。時間にして、約三秒ほど。目蓋をあげた天知は、言う。


「犯人はミステリー部だね」

「ミステリー部?」


 彼らも出し物はあったはずだ。


 ミステリー部 部長を殺したのは誰だ そして凶器はどこへ消えた え? 俺死ぬの?


 パンフレット冒頭にはそう書かれている。察するに、殺人現場でもあるのだろう。殺されたのは部長らしい。犯人を当て、凶器がどこへ消えたのかを当てる。体験型ミステリーゲームといったところか。参加者全員が探偵役になるのか、それともまた違った役割でも振られるのか。参加者が犯人役になることもありうるのだろうか。そこまでの詳細は実際に足を運べ、ということだろう。興味が惹かれる。

 地図にもミステリー部の名前があった。彼らの出し物は、普通棟の三階、二年三組で行われるらしい。

 開催は……ああ。


 逢坂は眉根を寄せた。


「どうしたの?」


 渋い表情に、天知は訊いてくる。


「ちょうど、二回目が終わったところ。三回目は、14時から」

「ふむ。わたしたちと被ってるね」

「そう」


 9時30分から第一回が始まり10時に終わる。11時30分に第二回が始まり12時に終わる。三回目は14時始まり、14時30分に終わる。一回30分周期らしい。それを逃せば四回目の16時始まりとなる。

 一日四回。けっこうハードなスケジュールだ。それだけ熱量があり、力が入っているということでもあるのか。


「一緒には行けそうにもない」


 天知も14時から出番だ。終わりも16時近いので、どう急いでも四回目にも間に合いそうにない。

 残念、という気持ちで言ったのだが、天知は首を傾げる。


「もうわたしはミステリー部がなにやるか知ったよ?」


 今度は逢坂がドン引きする番だ。


「じゃあ、時間があっても行かない?」

「べつに行かないってわけじゃないけど。それか、いま言ってあげようか?」

「重罪、ネタバレだから!」


 逢坂は結末を知ったら興味が失せるわけではない。その過程こそ楽しむべきだと思うので嫌悪感まではないが、知らないなら知らないに越したことはない。逢坂でそれなのだから、嫌悪感のある人にネタバレをしては袋叩きにされても文句は言われないのだ。


 逢坂は遠い目をした。


「それにそれで済んだら、世の中なにも楽しくないんじゃない? 知っても実際に体験したらまた違う発見とかあるかもよ?」


 体験しないとわからないこともあるだろうに。


「またかいくんみたいなこと言った!」

「自分を振り返れ!」


 そういう話を懇切丁寧にしたのだ。


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