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何でも知ってるしろあちゃん  作者: 家佐水井
古江琉重による全知を出し抜く方法
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泥棒≠怪盗


 翌日、土曜日。一般開放もされる織高文化祭二日目。


 出欠確認を体育館で済ませ、吹奏楽部のオープニングもそこそこに体育館を抜け出た。吹奏楽部の演奏の出だしは昨日と同じだった。演奏は昨日聴いたのでそれで充分だった。


 体育館から校舎に戻る。


 一日目は体育館でその時間のほとんどを使ったため、あまり校舎内の出し物は見て回れなかった。

 昨日もそうだったのだが、いつもと違い校舎は色彩に富んでいた。天井には折り紙の輪っかが繋がり飾り付けがされていて、窓にもシールが貼られたり、男子生徒女子生徒が駆ける姿、昂奮した姿が絵となっていたりした。普段は何もないただの壁も掲示板として働き、宣伝や告知で埋め尽くされている。

 なによりも、人だ。

 5メートルもない先の階段が、人の頭で隠れてしまっている。人の熱で雲ができるだろう。


「骨が折れそうだ」


 一般客も入っているので昨日よりも盛況。いよいよ祭らしくなってきた。

 この一階から四階に行くのは骨が折れそうだ。しかも体育館と繋がっている校舎は特別棟で、逢坂が目指しているのは一般棟の四階。骨が折れそうだ。ただ、


「もう骨は折りたくない」


 強行して人混みを掻き分け一般棟四階を目指すのは骨の折れる仕事だが、逢坂はもう骨を折りたくない。


 骨を折ること自体に忌避感があるわけではない。痛みを感じる前に気を失ってしまったから、骨折の痛みは知らないのだ。しかし、病室で夜中に激痛には襲われた。あれはもう経験したくない。腕一本使えないだけで物もまともに持てないし、常に庇って神経を尖らせなくてはならない。リハビリまで、長い。痒いし。


 逢坂は人混みの一団に紛れることにした。

 気になる案件はあるのだが、べつに誰に頼まれたのでもないし、事を急ぐ案件なのかもわからないし。単なる私情で時間制限もないので、この人の波に身を委ねることとしよう。


 パンフレットに目を落とす。


「ん。奇術部」


 校内地図で目を惹く一文。


「つまりマジックってことだよね」


 マジックは好きでも嫌いでもない。どうせ耳の裏に隠してたんでしょ? イカサマだタネはあるじゃないか! とエンタメが通じないほど偏屈ではないものの、今日○○でマジックショーだ行こーと足を運んだことはない。テレビで流れていたらそれなりに眺める程度だ。

 ただしいまの逢坂は、マジックショーに足を運ぼうとするほど、マジックに対しての興味があった。


「実習室……近いな」


 実習室はちょうど真上辺り。特別棟三階にある。遠回りにもならないし、道すがら覗くのも悪くない。


 ページを飛ばし、奇術部の欄を見る。


 消えたのか 最初からいなかったのか なにが本物なのか……


 そんなコンセプトらしき一文が掲載され、奇術部部長の名前、副部長の名前、部員の名前が隅に書かれている。一日に何回、何時からやるのかもそこに記されていた。スマホで時刻を確認する。


 8時30分。

 第一幕は、9時かららしい。30分程度なら、いいだろう。逢坂は実習室に向かうことを決めた。

 階段を上がるだけだというのに、ふたつ上の教室に辿り着くだけだというのに、15分もかかった。これでは普通棟四階まで到着するのに、一時間以上かかってしまう。


「はぁ」


 後々の苦労を思えばため息も出る。実習室を出る一時間後の自分には、同情せずにはいられない。

 実習室という教室には逢坂は来たことがなかった。存在も初めて知ったぐらいで、何のために存在しているのかもよくわからない。実習室なのだから、なにかを実習するのだろう。


 教室の広さは、普通棟にある一年三組一組といったクラスの教室よりかは狭く見える。ただ教室を埋める四十ほどの机がないので、広々としているようには思えた。狭い教室を最大限使っている。

 実習室には椅子が等間隔に置かれているだけで、視線の先には教壇らしき机がある。外が見える窓も、廊下が見える窓も暗幕で覆われている。それは教壇の後ろ、黒板前もそうだった。

 椅子は三十ない程度なのだが、それはすべてが埋まっている。いまも客足は途絶えない。奇術部もここまでの人気は想定外だったのだろう。客の、後ろで立って観るから、という押しに負けて、それならまあ……と渋々了承している風なやり取りが廊下から聞こえた。


 逢坂は運良く、椅子を確保している。


 客層は制服が多い。どこかで見たような顔がいない気もしない。

 私服の一般客はこれだけの人気でも二、三人しかおらず、それでもまあ妥当な方だろう。文化祭の出し物一つ目で奇術部を選ぶことに意義を唱えはしないが、一番に選ぶかと言われると首を捻る。

 きっと、昨日の第一幕もここまで賑わってはいなかったはず。

 なんとなく、人気の原因も客の意図もわかってしまう。悲しいかな、わかってしまうのだから、逢坂も彼らと同じ経緯なのだ。


 後ろの扉が閉まる。開幕の音楽が短く鳴った。黒板があるであろう暗幕の裏から、ひとりの男が現れた。実習室にも予備室があるのだろうか。

 その男は両手を広げてギャラリーに自分を誇示するようにした。どこかの誰かが拍手をして彼を出迎える。みんなが拍手をするので、逢坂も遅れながら拍手でその奇術師を出迎えた。


「いやはや、ありがとうございます、ありがとうございます。できれば昨日もこうなってほしかったものですが。

 皆さんがどうして奇術部を訪れたのかは、まあ、わかっています。ええ。ええ、その通り。私の人気ですね。あ違う。そうですか。それは残念」


 訪れたのはお笑い研究会だったか。

 黒のスーツと黒のシルクハットを被り、黒の蝶ネクタイを首につけた男はそう前説のように話す。逢坂は面白いと思ったのだが、他にはあまりウケなかったようだ。


 雰囲気作り、場を温めるように話したマジシャンは、早速マジックに入る。被ったシルクハットを緩慢な手つきで、胸の前に持ってくる。

 帽子の中に手を突っ込んでかき混ぜるようにする。

 上下に振るようにして、中に物があれば落ちるようにする。

 そうして、帽子の中には何もないですよ? と示してから、もう一度、ゆっくり手を入れる。すると、中からトランプが出てきた。感心するように頷いたり、小さくおぉ……と歓声をあげる者がいる。


「凄かったら凄いって言っていいんですからね?」


 シルクハットを教壇のような台に置く。箱を開け、トランプの束を広げてそこにたしかにトランプがあると示される。また、ふつうのごく一般的な市販で売られているトランプであると教えられる。


「さて、ではどうしましょう……」


 マジシャンは客を品定めするように首を巡らせた。そうして、当たりを見つけたように壇上から降り、ひとりの客の前に出てくる。


「それではあなた。これはふつうのトランプですね?」


 一番前の椅子に座っている客が指名された。悔しい。もうすこし早く来ていれば、あの役目は逢坂だったかもしれない。惜しいことをした。

 指名された制服を着た男子は、注目と羨望が集まっていることにドギマギしながらも頷く。


「ま、まあ……そっすね」

「手に取って確認してみてください」


 マジシャンは惜しげもなくトランプの束をその生徒の手に落とした。

 彼はトランプを表にし、図柄を一枚一枚確認していく。同じ数字同じ図柄同じスートの組み合わせがないことを確認したあと、思い直したように裏面も確認した。


「念入りですね」


 念入りなのは、彼がこれだけの数の客の信頼を一身に背負っているからだろう。彼は逢坂にとっても、目の役割となっている。しかし裏面にも傷や凹みといった印になるものはなかったか。

 おずおずと、彼は言う。


「五十二枚。ちゃんとあります」

「ではその中から、一枚選んでください」

「え? ……っと」


 もうお役御免だと思っていた彼にまた仕事が振られ、返そうとしたトランプを手元に戻していく。


「もちろん、私は見ないでおきましょう」


 悠然とふり返る。トランプに背を向ける。


「ついでに、こうしましょう」


 さらに、目を自分の手で覆うようにしてしまった。

 もしもあの暗幕に何か仕掛け、合図があっても気付けないではないか!


「あ、決まったら教えてくださいね? なにせ、私には見えないので」


 くすっとした笑みが漏れる。

 客も、やっとマジックに集中できたようだ。


「え、選びました……」

「では、それを皆さんに」


 椅子を立ち、ふり返った男子は逢坂や他の客にもわかるよう広く示してくれる。ハートのエース。一往復したところで、椅子に戻る。


「では、それをトランプに戻して。もしも不安でしたら、シャッフルしてもらってもかまいません」


 言われるがまま、彼はトランプをシャッフルする。ハートのエースはどこかに行ってしまった。もう逢坂にも、あの男子にもわからないだろう。


「お、終わりました」

「ふう。よし、それでは始めましょう」


 トランプが手元に戻ってきたマジシャンは水を得た魚のように生き生きと壇上へ戻っていく。

 マジシャンはすでにシャッフルされたトランプを、自分でも再度、シャッフルした。

 逢坂もシャッフルと言われたらするであろう、先ほどの男子もやったふつうのシャッフル。それを縦にして、トランプの裏面を横向きに、客に見せてシャッフル。半分ずつ持って、ばちばちと勢いのあるマジシャンらしいシャッフル。

 三つのシャッフルを手慣れた通りにやった。練度は高い。さぞかし練習をしたことだろう。


「さあて困った。これでもうハートのエースがどこに行ったかわからなくなってしまいました」


 どよめきが起こる。ハートのエースと言ったのだ。男子生徒が選んだトランプを言い当ててしまった。

 マジシャンは逢坂たちが驚きなぜと思う表情を嬉しそうににやりと口角を上げる。

 そのまま、トランプを持ってふたたび壇上を降りる。すでに目当てはつけていたのか、次は女子生徒の眼前にトランプを出した。

 トランプを手中で広げ、裏面を表にし、数字、図柄、スート等判別できる表面を床に向け、マジシャンは言う。


「ではこの中から、一枚選んでください」


 女子生徒はすこし迷った後、適当にトランプを選ぶ。


「これですね」


 選ばれたトランプを束の中から飛び出させたまま、マジシャンは教壇前に戻っていく。

 伏せたままのトランプ。あの飛び出たトランプが、ハートのエースなのか。逢坂は息を飲む。

 周りの客も同じようにしていたのは間違いない。前のめり、見入っている。


「これがハートのエースだったら、凄いですよね」


 誰も何も言わないが、逢坂は自然と頷いていた。

 昂奮と緊張が最高潮に上り詰めたところで、選ばれたトランプが開示される。


「あ、あれ」


 マジシャンは狼狽えたようにした。逢坂たちの反応が芳しくないからだ。

 逢坂は、首を傾けている。

 もしもそのトランプがハートのエースだったら、わっ! と声があがり歓声があがり、拍手が巻き起こっていたのだろう。だが実際、現実に選ばれたトランプは、何の変哲もない8のクラブ。


「……ハートのエースだったら、凄かったですよね」


 聞こえ方が違ってくる。はは、と乾いた笑みを誰かがした。

 マジシャンは頭を抱え、トランプを教壇の上にすべて表にするように投げた。


「あっれー、おかしいなぁ」


 失敗、ということだろうか。

 まあ、所詮は高校生のマジックだし、と落胆したところで、


「……んん? ハートのエースがどこにもないぞぉ?」


 マジシャンの一言に、まだ終わってないと顔があがる。

 慌てたようにマジシャンは壇上から降りてくる。だがそれも演技だろう。失敗というのも演技だろう。慌てた素振りで、マジシャンはトランプをまたべつの、三人目の生徒の前に出す。


「こ、これが何枚か確認してください……!」


 どうしたどうした、とふたたび興味が掻き立てられる。目が離せなくなる。


「……五十一枚」


 数え終わった生徒はつぶやく。すると、マジシャンはにやりと笑った。そして、後ろを指さす。

 逢坂はふり返った。


 後ろの棚の上にぽつんと置かれているのは、ハートのエースではないか!


 ええ、と今度は良い意味でのどよめきが起こる。おお、と歓声があがり、自然と拍手が巻き起こった。逢坂も右に同じく、無意識に拍手をしていた。

 マジシャンはハートのエースを回収して、


「これで五十二枚、ですね」


 恭しくお辞儀する。


 大変、面白かった。

 何気ない調子でハートのエースと言い当て唖然とさせ、期待を募らせる。そこでの裏切り。期待が大きかったほど、落胆への落ち幅も大きい。そこからの巻き返し。期待まで一気に跳ね返る。

 大変、面白かった。

 すっかりマジックショーに夢中になっていた。その後もトランプを用いたマジックがいくつか行われた。別のマジシャンによる違ったマジックは、同じトランプでこうも魅せ方、芸が違ってくるのか、と個性が映えるものだった。

 第一幕はトランプという取り決めでもあったのか。マジックとなればトランプが定番だが、なにもトランプだけではない。第二幕、第三幕となれば、また違ったコンセプトのあるマジックが見られるのだろうか。


 マジックショーが終わり、実習室を出る。奇術部の予定を見ながら、第二幕第三幕を見るのも悪くないな、と唸っていると、


「あ」


 思い出した。実習室に来た、奇術部のマジックショーを訪れた本来の目的を。


 数歩後ろ向きに歩く。暗幕から、顔だけ突っ込んで実習室を覗く。あの黒のマジシャンはすでに取り囲まれていた。

 逢坂は近づけそうにはないし、あそこで怪盗が出たそうなんですが、と水を差すのも悪い。

 そもそも、マジシャンと怪盗はまったくの別物だろう。マジシャンは手品師であって、怪盗がその技法を使うことはあっても、マジシャンが泥棒のようなことをするとは限らない。

 どうやら泥棒が出たみたいですね。同業者として、どう思いますか。

 それはお前は泥棒だ! と言っているようなもの。失礼という。


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