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何でも知ってるしろあちゃん  作者: 家佐水井
古江琉重による全知を出し抜く方法
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おばけ屋敷


『ロミオとジュリエット』が終わったのは、16時前だった。


 最終日の日曜日は、文化祭は夜まで続く。外部の招待客や一般客は帰されるが、生徒は夜遅くまで残る。最後、後夜祭として校庭ではキャンプファイヤーをやるらしい。日曜日ではない今日、そして明日の土曜日は、17時に解散となっている。18時までには全員、敷地内から出るように言われている。いつも通りだ。

 つまり、金曜日の今日は、あと1時間ほどあるということだ。


『ロミオとジュリエット』が終わると、観客は用は終わったとばかりに体育館を出て行く。天知しろあパワーで客集めに成功していただけで、ただのロミオとジュリエットではここまで人も集まらなかっただろう。駄作と酷評までされていたかもしれない。それは否めない。


 逢坂は身体を解しつつ、体育館の出入り口を見ていま行くのは得策じゃないな、とパンフレットに目を落とす。このあと、体育館ではなにをやるのだろう。アナウンスで小休憩を挟んだあとの予告はあったはずだが、周りの興奮や話し声でうまく聞き取れなかった。

 今日は一日中、ほとんど体育館だったからこのままそれを貫くのでもいいな、と考えつつ、パンフレットを捲る。すると、影がかかった。出し物のないいま、天井の明かりはついている。


 顔をあげれば、そこにいたのは柚奈だった。


「柚奈、どうしたの」

「どうしたの、じゃないわよ」


 腰に両拳を置いて冷ややかな視線をする柚奈。逢坂は首を傾げる。


「なんかあったっけ?」

「ははあん、そう、そういうことね」


 なにかひとりで、柚奈は得心がいったようだ。


「実はおばけ屋敷、怖いんだ」

「あ、忘れてた」

「ふん、あたしを騙そうったってそうは上手くいかないんだから! 愛花の泣き顔拝んでやる!」


 本当に忘れていただけなのだが、柚奈は逢坂がお化け屋敷を怖がっていたから柚奈を避けていた、と解釈したらしい。


「ほら行くよ!」


 背中を押される。


『ロミオとジュリエット』を演じた一団が、舞台から降りて移動しているのが遠くでわずかに見えた。ジュリエット役の天知しろあは出待ちをされているようだ。プリンセスラインがはっきりしているドレスでは動きづらいだろう。対処にも困っているのがわかった。ただ、そこはクラスメイトが上手くボディガードを引き受けているらしい。

 この分なら逢坂が話し掛けるのは無理そうだ。感想を言うのならいつでもいいし、ボディガードもする気にはなれない。


 頑張れ。

 と、心の中だけで言っておく。




 体育館から一般棟四階、一年三組までやってきた。


 いつもなら一年三組と知らせるための札も今日ばかりは入れ替わっている。看板のように、血が垂れたような文字で一年三組と書かれている。細かいところまで手が入っている。逢坂は自分のクラスの出し物であるはずなのに、いま気付いた。


「ふたり、入れます?」


 柚奈が指でピースを作り、自分と逢坂を示す。

 店番は相変わらず早瀬だった。同級生なんだから敬語じゃなくても、と思う反面、自分もべつにしゃべったことはないのでそうするな、と思う。


「入れる入れる! ってかガラガラだよー」


 早瀬はタメ口だ。同級生だから、というのは関係なさそうだ。上級生にもああいう砕けた対応、フランクさがありそう。逢坂や柚奈がやれば生意気と思われるのは間違いなし。早瀬の特殊技能だろう。


「誰のせいか、明らかだ」


 ガラガラなのはさっきまで『ロミオとジュリエット』をやっていただから。天知しろあの演技を一目でも見ようと文化祭参加者のほとんど全員が体育館に詰めていたからだ。ほかの出し物、展示も閑古鳥が鳴いていただろう。文化祭とは思えないほど、静かな校舎内だったに違いない。


 早瀬は扉を開け、中の誰かに


「ふたり!」


 と告げる。

 中から、


「うっし来た!」

「やったるぜこの野郎!」

「天知さんに負けてらんねぇ!」


 と意気込んでいる。外から聞こえている。早瀬は聞こえないふりをしている。きっと、何のこと? と惚けるだろう。


「そこまで張りきらなくてもいいのに」

「怖いからね?」


 ムスッとする。


「そうは言ってない」


 天知しろあに対抗心を燃やすのはどうぞご自由に、なのだが、その燃えた対抗心をこちらにぶつけられても困るというだけだ。望んだリアクションができるかどうか、わからない。


 逢坂はおばけ屋敷の経験がまともにない。ホラー映画やスプラッター映画も基本、真顔で観ていられる。怖がれる自信がない。きゃー! なんて、女の子らしい言動はできないのだ。

 柚奈も、相当自信家な発言をしていた。

 逢坂が怖がっている、だから避けている、怖がる顔を見せろ、といった風だ。そこまでの大胆な発言は、柚奈もおばけ屋敷に耐性があるという自負があるからだろう。

 女子ふたりが暢気に世間話でもして順路を歩み、おばけの細かい仮装や演出に感心し唸っていれば、幽霊の方々が燃え尽きてしまうだろう。こちらに非はないのだが、それだとすこし申し訳ない気がしてくる。


「じゃあ、まず説明するね」


 幽霊たちの準備時間を稼ぐためか、早瀬が丁寧に説明を始める。


「あなたたちは、呪われていました」


 唐突だ。

 早瀬は雰囲気重視で低い声音で言う。


「最近、妙な気配を感じたり不幸の連続続きを怪しく思い、お寺に相談しに行ったところ、呪われていると告げられました。お祓いをするには、その呪われた場所で誠心誠意謝罪して、自分の身代わりとするために御札を置いてこなければなりません」


 一息で言い切った早瀬は大きく息を吐き出す。間違ってないよね……という振り返るような微妙な間の後、懐から御札を取り出した。


「これが、その御札です」


 一枚ずつ、受け取る。

 よくわからない言葉が書いてある。草書体だ。昔ならこれが一般的な文字で親しまれていたのだろうけど、現代人の逢坂には何も読めない。まあ、御札ということだ。それ以上でもそれ以下でもない。


「何か、質問は?」

「呪われた場所に行くってことは、そこに行ったってことだよね?」

「そういうことになります」

「つまり、呪われるようなことをした?」

「……」


 意地悪な質問だったか。


「意地悪だった?」

「ちょっと困る」

「ごめん」

「あはは」


 扉は、内側からノックされる。それはどうやら準備完了の合図だったらしい。

 早瀬は低い声のまま、言う。


「まあ、中にもその都度、手順が書かれているから。その通りにすれば大丈夫。でも、わからないことがあったら、幽霊に訊いて」

「わかった、ありがとう」


 幽霊に訊く。おばけ屋敷だからあくまでキャスト。正しいのだが、幽霊と意思疎通を取れるのは面白い。


「行こう、柚奈」

「う、うん」


 はて、と首を傾げる。


「柚奈、おばけ屋敷平気なんだよね?」

「……もちろん」

「あこれダメなやつだ」


 自分で誘っておいて、乗り気だったくせに、人のことを煽っていたくせに、あの自信は虚勢だったらしい。


 柚奈は強張った表情で、御札を握る。握りしめる。

 扉を開けると、中は真っ暗だった。足元に薄ぼんやりとしたランプらしきものが置かれているな、ぐらい。真っ暗で不気味な雰囲気に、柚奈は


「ひうっ!」


 と小さな悲鳴をあげ、逢坂の背中に隠れた。


「はぁ」


 仕方ないなあ、と逢坂は先頭を行く。


 道は一本道のようで、突き当たりには背の高い木が立っている。枯れているのか、実はなっておらず花も咲いていない。ぐったりと柳だけが項垂れているようになっている。あれはたしか、枝垂れ柳という名前の木だ。幽霊が足元にいるイメージが強い。おばけ屋敷にあっても何ら違和感がない。本物は見上げるほど大きいはずだが、教室の天井が足りないのだろう。逢坂より頭二つ分あるぐらいの大きさ。

 本物なら立派だ壮観だと唸るほどだが、小道具となっては遠目でも安っぽさは否めない。まあ、何も参加していない逢坂が言えた義理ではないだろう。それに、本命は枝垂れ柳ではない。


「見て、柚奈」

「な、なに。なにがあるかを先に言って」

「じゃあ見ないじゃん」

「まだわからない」

「おばけいるよ」

「見ない」

「ほらー」


 おばけ屋敷なのだからおばけがいるのは当然である。詳細を語らずともそれだけで見ないという判断を下したのだから、逢坂の言葉は関係なく見ないという返答は決まっていたのだろう。


 目を瞑って逢坂を盾に身を縮める柚奈に、逢坂はからかってやろうと言う。


「うわ。すごいね。不気味。髪長くて顔見えない。しかも白装束だよ」


 不気味とは口にしつつも、まったくその気はない。逢坂は見慣れている。貞子に近い格好だ。もしやあれも天理か? と思ったが、雰囲気は違うし背ももうすこし高かった気がする。肩幅から察するに女子だ。長身な女子。それに、声も違う。


「いいいい言わなくていいから!」

「ってか、ほら、見て見て」


 肩を叩いて指を指すが、柚奈は頑なに目を開けようとしない。


「見ない見ない絶対見ない」


 見なくてもまあ、逢坂が言うだけなのだが。


「そばに井戸もあるよ。あれは皿屋敷だね。じゃああれは梅。……あれ松だっけ。いや女性だったはずだから……竹じゃないよね?」

「菊でしょ。ってかわざとでしょ! なんで松竹梅!?」


 なんて言い争いの最中にも、皿屋敷のお菊は、


「……まーい…………ろくまーい……」


 と皿の枚数を数えている。

 ふと、逢坂は思った。


「これさ、早めに通り抜ければよかったんじゃない? ほら、たしかお皿って十枚でしょ? いちまいの内に駆け抜けてれば逃げられたんじゃない?」


 この薄暗く不気味な雰囲気に飲まれ、歩数にして十歩もない距離を遅々とした足取りで進んでいなければ、素通りできたのではないか。客が扉を超えたところから、カウントダウンが始まっていたのだ。

 まあ、おばけ屋敷をずんずんと進むのはどうかと思うが。


「じゃあ行こう早く行こう!」

「でももう」

「はちまーい……」

「だよ」

「じゃあ戻ろうギブアップ!」

「まだ何も始まってないよ……」

「きゅうまーい……」


 せっかく進んだ距離を戻り、柚奈は扉に手をかける。しかしガタガタと鳴るだけ。


「と、閉じ込められた!」

「鍵かけてあるだけだよ」

「だから閉じ込められてるんだよ! 前には進めないのに来た道も戻れないなんて!」

「ふつうに進めるけど」

「じゅうまーい……」


 と、そこでじゅうまいに達してしまった。皿屋敷のお菊さんはかなり間隔を空けてくれたが、それでも限度というものがある。逢坂たちはまだ入り口。お菊さんとは距離がある。これで脅かしは無理だろう。いや、柚奈には通じるのかもしれないけど。


 ぐずぐずとしていた逢坂たちに、お菊さんは気まずそうに声をかけた。


「あの……そろそろ行ってくれないと」


 表情は見えないが、それでも困っているのは明らかだった。逢坂は頭を下げる。


「ごめん、本当に」


 柚奈のせいで逢坂まで迷惑客に見られる。すたすたと歩き出した。


「ちょっ……愛花!」


 柚奈が密着してきた。動きづらい。が、もう気は遣わない。逢坂は柚奈を引っ張るようにして進んだ。

 枝垂れ柳のゾーン、あるいは皿屋敷のお菊のゾーンを抜ける。身を屈めて逢坂を盾にする柚奈の震えが、背中に伝わってくる。緊張の一瞬。井戸も通り抜けると、柚奈は大きく息を吐き出した。


「なんだ、たいしたことないわね」

「どの口が言ってるんだか」


 ふん、とお菊に勝ち誇ったような顔つき。


「そもそもあそこで脅かしても……なんか違うでしょ」


 キャストとしての一面を見てしまったのだ。役でしかなく生身の人間とわかってしまえば、恐怖も薄れる。そこでいちまい足りない! と追いかけられても、笑ってしまうかもしれない。それはあのお菊さんにも申し訳ないし、いよいよ逢坂が迷惑客となってしまう。

 お菊さんにも、どうするか葛藤は、すくなからずあっただろう。クラスメイトであることはわかるが誰だかはわからない。本当に悪いことをした。心の中で謝っておく。


「それに、終わったような顔してるけど、これでようやくスタートだからね」


 ひどい顔をしていた。ここがおばけ屋敷で薄暗くてよかったと心底、逢坂は思う。


「次は……まあ、定番か」


 墓地だった。

 墓石が左右を埋めている。青白い火種が浮いてはどこかへ流れていく。


「いま火の玉が!」

「いわゆる人魂だね」

「なんで愛花そんな冷静なの!?」

「逆にどうしてそんなにビビってるの?」

「……愛花って、意外とひねくれてるんだ」

「やめて」


 そう思われるのは心外だ。冷めてるね、という顔を向けられるのも耐えがたい。逢坂は弁明する。


「べつに、楽しんでるよ。ただ怖くないだけ。作り物ってわかってるからね」

「でもあの火の玉は!?」

「あっちはベランダだから」


 誰かが火種でも持って踊っているのだろう。その証拠に、火の玉は胸より上からしかない。足元には窓がないからだ。ふっと突然消えたりもせず、瞬間移動の真似事もしていない。誰かが操っている証左。


「愛花が逞しく見えるよ」

「私には柚奈が可愛く見える」


 きっと、本来の楽しみとしては柚奈が正しいのだろう。きゃー! という女の子らしい悲鳴が求められている。逢坂にはそれができない。本当に怖くなったら思考停止して狼狽えるし、驚いたらうわ! と言いそうだ。

 まあ、入り口から出ていこうとしたり、皿屋敷のカウントダウンを終わらせるほどのビビりも大概なので、逢坂と柚奈でちょうど均等が取れているのかもしれない。


 墓地を抜ける。

 区切りのように暗幕が垂れていた。潜ると、そこはまた一風変わる。枝垂れ柳と墓地と室外だったのが、ここからは室内という扱いのようだ。


「うわ、うわうわ……うわぁ。これはダメだ、本当にダメだよ愛花」

「うん。これは私もさすがにちょっと……」


 道は細い。

 左右は障子が壁の機能を果たしているのだが、それよりも内側に並んでいるものがある。それらのせいで、圧迫されていてより道が細く感じるのだ。


「ごめんなさい、ごめんなさい……」


 頻りに柚奈は両隣に手刀を入れている。何に対して謝っているのだろう。


 障子よりも内側に並んでいるのは人形だ。赤い着物を着た、片手で持てるサイズのいわゆる日本人形。それがずらっと並んでいる。体数は、百じゃあ利かないだろう。いったいどこからこんな数を、どれだけの値段がしただろう。もしや、クラスメイトに日本人形職人でもいるのだろうか。

 とは冗談めかすものの、さすがに逢坂も身体が強張ってきた。


「なんか……寒くない?」


 その辺りはエアコンや扇風機で説明はつくだろう。柚奈の訴え通り、足元の冷気は感じられていた。

 手汗に気付く。逢坂は意を決して、柚奈に声をかけた。


「……行くよ」


 宿題と同じだ。やらなければやらないほど、億劫になる。いつかやるのだから、さっさとするべき。ここで立ち往生していても、いつかは進むことになる。時間切れで解放はあるかもしれないが、それは負けだ。


「ぜったい来る。ぜったい出る。ぜったいなにかある」


 黙っていられないと柚奈は震えながら漏らす。逢坂もそれには同意だった。短い道がやけに長く感じるのは、歩みが遅いからだろう。

 一歩進むごとに、なにもない。じゃあ次は? と足が重くなる。

 じわじわと迫ってくるような演出だ。まったくいったい誰が考えたのか。クラスメイトには日本人形職人と相当な腕前の演出家がいるらしい。


 やがて、角が見えてくる。目と鼻の先に来なければ見えない。左に曲がる角だ。

 いつも使っている一年三組の教室を思い浮かべると、前の扉から入って黒板前を通り、ベランダを右手にする形で進んでいることになる。直進すれば後ろの扉、ということで左折しているので、いまは教室の中央に向かっていることになる。


 角も要注意箇所だ。

 逢坂は覗きつつ覗きつつ、すり足忍び足。


「……ほっ」


 角を曲がって先を見通しても、通路があるだけだ。なにもいない。


「なに、なに。なにかいた?」

「いやいな」

「……え?」


 おそるおそる、と目を開けた柚奈。柚奈も逢坂と同じく、何も誰もいない通路を目にし、ほっと一息。


「なんだ、なにもいないじゃない。脅かさないでよ。……愛花?」


 最後まで言わなかったことを、逢坂も片棒担いで演出に加担したのではないか、と疑ったようだが、そんなことはない。

 言わなかったのは言えなかったのだ。言葉が、続かなかった。

 柚奈の肩を指でとんとんとする。


「な、なに……」


 そのまま、指を後ろへ。つまり、いま通った日本人形ゾーン、障子ゾーン、人はいなかったはずの場所を指さした。


「……っ」


 面食らった、と柚奈は仰け反り息を詰まらせる。

 そこには、日本人形がいた。

 柚奈とそう変わりない背丈。赤い着物。おかっぱ。髪型や衣装だけではない。その顔も。小さく赤い口、人間らしい感情のない黒目、白い肌。まさしく日本人形。髪が伸びたり目が動いたりと曰く付きのそれを体現したようなそれが、呆然と、逢坂たちの背後に立っていたのだ。


「きゃ」


 どこから出てきたのか。どこにいたのか。追いかけるようなこともしてこない。なにもしてこない。それがまた怖い。身体の硬直は、次の叫びによって解けた。


「きゃぁああ!!」


 柚奈の絶叫、悲鳴。女の子らしく、おばけ屋敷のコンセプトに則った綺麗な悲鳴。

 置いて行かれた。


「はっ。ちょっ、柚奈待って!」


 散々盾に使われたというのに、見向きもせずに捨てて行った。さすがに逢坂も、日本人形と正面切っての一対一、睨み合いはしたくない。逃げていく柚奈を追いかける。日本人形が追いかけてくることはなかった。追いかけてくるのが相場な気がするが。まあ、本当に追いかけられても困る。


 柚奈は、教室の中央と思しき場所にいた。すべてを放り出して出口に一目散、というわけではないらしい。


「あ、愛花ぁ……」


 置いて行ったのは柚奈だというのに、ずいぶんと都合がいい。へなりと寄り掛かってくる柚奈を無視して、それを見る。


「御札を置き、心の中で誠心誠意謝罪を。お祓い完了の証明写真を隣で撮り、後生大切に扱いなさい。……だって」


 日本人形に追われたあとの場所は、これといったモチーフのある場所はなさそうだ。

 いま逢坂が読んだ通りの立て札が置かれ、その横には道祖神もある。道祖神が乗せられた台には、いままでの客たちが置いて行ったであろう御札の束が添え物のように置いてある。


 念のため、逢坂は訊いた。


「御札、持ってるよね?」

「あるよ。……ある」

「……手汗で濡れてるけどね」

「愛花こそ。くしゃくしゃじゃん」


 わかりやすく悲鳴をあげたりしないし、怖い怖いと及び腰になったりはしないが、感情を失ったわけではない。怖いものは怖いのだ。特に、あの日本人形が何も言わず静かに現れたのには、驚いた。あれがなければ、逢坂の御札は綺麗なままだっただろう。


 ここで御札をなくしたとあらばシャレにもならないが、そんなこともなく。逢坂と柚奈は御札を道祖神の前に置き、手を合わせた。


「ごめんなさい」


 ごめんなさいでいいのかわからない。

 道祖神に御札というのもなんだか罰当たりな気がしないでもない。


「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」


 何度も謝ればいいというわけでもないだろう。そもそも、何を謝ったのだろう。逢坂は疑問に思いながら、とりあえず従った。


「……ここで写真が撮れるのかな?」


 こうなるとテーマパーク染みている。そしてもう終わりなのだろう。それはよかった。


 逢坂と柚奈は白い枠組みの中に立つ。ちょうど、道祖神が前に来る形だ。ピースなんてポーズを取る気にはなれなかった。いちおう、逢坂たちは謝りに来た身なのだから。

 柚奈にはそんな余裕もなさそうで、気付けばフラッシュが瞬いた。道祖神がカメラだったらしい。これまた罰当たりな気がしないでもない。


「いいの……かな?」


 来た道とは別に奥行きが感じられたので、逢坂たちは進むことにした。そこはただの通路で、明かりも青白かったり足元だけの薄暗さから、人工的な電球の光へと移ろいでいった。現世に戻って来れたのだ、と扉から屋敷を脱した。


「おかえりなさい」


 出迎えてくれたのはひとりの男子。きっとクラスメイトなのだろうけど、誰だかわからない。覚えてないのかもしれないが、見覚えがあってもわからないだろう。なにせ、判別方法は声だけなのだから。


「なにか、気付いたことはあるか」


 口許は返り血で染まり、額や頬といったところどころに引っ掻き傷が目立つ。ゾンビマスクを被った男子に問われ、ゾンビとまともに受け答えしていることに奇妙な感覚を覚え、やっぱりハロウィンじゃないか、と思いつつ、柚奈と見合った。

 小さく首を振る。柚奈も特に、変なことには気付いていないらしい。


「せめてヒントとかないの?」


 気付いていたけどそれがおばけ屋敷の常だと思っていた、という場合もあるだろう。しかし、ゾンビは取り合ってくれない。


「残念だ。お前たちの呪いは解けていないらしい」

「え」

「え」


 揃って声をあげる。

 誠意が伝わらなかったのか。数が足りなかったのか勢い不足だったのか。何に謝っているんだ? と変に考え事をせず、とにかく柚奈のように平謝りをするべきだったのか。

 ゾンビが、二枚の紙を渡してくる。表に返すと、それは写真だった。先ほど、道祖神に撮ってもらった写真だ。

 ポーズも取らず、どのタイミングでシャッターが来るかもわからず目線がさ迷っている逢坂と、身を屈めて及び腰な柚奈が写っている。いよいよ遊園地のアトラクションみたいだな、と思ったのも束の間。


「え」

「え」


 柚奈も同じく気付いたようで、お互い写真を見合わせる。写真は、同じ画だった。

 逢坂と、柚奈。その後ろから伸びる、白い手。十本近くはありそうだ。それが呪いということか。


「……」


 柚奈は青ざめていた。

 逢坂も、こればかりは背筋が凍った。

 そう思うと、手足を撫でられたような気がしないでもない。


 チャイムは、織高文化祭一日目の終わりを告げるものだった。


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