ハッピーエンド
壇上にはサンパチが立っている。男がふたり。ひょろっとした長身の男と、小太りの男が立っている。
「将来の夢とか考えたことありますか」
「あ、将来の夢。よくありますね。将来なにになりたいとか。小学校の頃、作文なんか書いたりして」
「書きましたね書きましたね」
「うんうん。サッカー選手になりたい! とかね。でも子どもの頃だったから仮面ライダー! とかもあったよねー」
「ははは、痛々しいですねー」
「何てこと言うんだよっ」
どうやら、小太りのほうがツッコみで長身のほうがボケのようだ。
「こういうのは可愛らしいって言うんだよ可愛らしい」
「あ、可愛らしい」
「うん。で、あなたは将来の夢とかは、なんだったの?」
「あーでも、警察官とか、カッコいいって思いましたね」
「あぁ警察官! じゃ、ちょっとやってみよっか」
「いいんすか!?」
「うん。せっかくだしさ」
「あざす!」
まだ20分あるから早めに来たとばかりに思っていたが、体育館は人で埋まっていた。皆、考えることは同じようだ。このお笑い研究会にとっては、ギャラリーが増えて天知しろあ様々といったところだろう。
「……ちっ。もうサツが来たか」
「お、おい。もうやめろ。銀行強盗だなんて……どうしてこんなことを!」
人質になった警察官と銀行強盗といった役らしい。警察官役がひょろっとした男で、強盗役が小太りの男。立て籠もっているらしい。
「ははっ。そんなの、金がほしいからに決まってるだろ」
「……くっ。じゃあ、どうして金がほしいんだ。なに使うんだよ! なにがほしいんだよ!」
「……それは」
「いったいどうしてこんなことを! もうすこし相談してくれてもよかったじゃないか! こんな……こんな、犯罪に手を染めるだなんて。お父さんがっかりだぞ!」
「ちょっとやめて!? 関係複雑になっちゃうから。なんでお父さんなの? そこのドラマ要らないから」
「……ああ、そうか。要らないのか……」
「うん。……で、まあ、金が要る理由、だな。あー、あれだ。借金だ」
「ギャンブルで負けたのか……!?」
「完全に見た目で判断してるよね!?」
すると、警察官役の男は、奇妙そうな顔をする。
「覆面してるんだから見た目で判断できるはずないだろ……。何言ってるんだ……?」
「ヤバい急に正論言われちゃった。どうしよう……」
「俺にわかるのは、その肥満体型による腹の丸さと、脂ぎった顔、最近頭の天辺が薄くなってきた、父親も祖父も毛量が薄かったことを思い返して将来に不安を抱いていること。たったそれだけだ」
「めちゃくちゃわかってるじゃん! しかも覆面関係ないしー!」
「……はっ! だから銀行強盗を!?」
「将来の不安ってそっちじゃないから! だったらAGA行くから!」
「あ、AGAはこの先の道を」
「だから違う! 物の例え!」
強盗役は地団駄を踏むようにして、それから苛立ちのままに銃の形をした手を天井に向ける。すると、わかりやすくばきゅーんという発砲音が鳴った。
「いいから金を持ってこい! じゃないと、……人質を殺すぞ」
「……いくらだ」
「……へっ。そうだな。五億だ」
「ご、五億……」
「それぐらいあんだろ」
「いやぁそうしたいのはやまやまなんですが……最近ウチも厳しくてですね……そこをなんとか、負けてくれませんか?」
「……じゃあ三億だ!」
「もう一声!」
「も、もう一声……? 一億!」
「隣町の強盗と一緒か……」
「……じゃあ五千万!」
「うーん……」
値切っている。
強盗は警察の顔色をうかがって、
「三千万!」
「一千万なら即決できるんだよなあ……」
「ふざけんなよ! 何値切ろうとしてんだ! ここは八百屋か!?」
「いや銀行です」
「わかっとるわ!」
「まあ、とにかく、お前の事情はわかった。俺がいくらでも力になってやる。だからまずは、その拳銃を床に置け」
爪先で床を叩いていた強盗も、警察になだめられてすこし落ち着いていく。
「……わかってるさ、こんなこといけねぇってな」
「ああ、そうだ。話ならいくらでも俺が訊いてやるから」
「……あんたが初めてだよ。そこまで熱心に俺のことを気に掛けてくれたやつ」
強盗は、拳銃を床に投げるようにした。
「取り調べっての、あんだろ。それはあんたに頼むわ」
「ではいつ頃から生え際が気になり始めました?」
「うーん、また髪の話してる!」
ネタが終わると拍手が起こる。腹を抱えている人も苦笑いで終わった人もいた。逢坂は声こそ出さなかったが、おおむね満足していた。
それから小休憩を挟んで、ロミオとジュリエットの開幕となる。
体育館はいつもの集会よりも人が多いように感じられた。千人はいるだろう。集会をサボるような人でも、天知しろあ主演ともなれば自然と足が向くのだろうか。
金曜日は一般向けには解放されていないが、外部の客が入る手立てがないというわけではない。生徒からの招待を受ければ入ることはできる。逢坂には招待状を送るような人はいなかった。中学からの友達は疎遠だし彼女たちも学校がある。興味があれば土日に自分たちで来るだろう。両親もあまり呼びたくない。恥ずかしい。
逢坂は辺りを探った。
二階やキャットウォークから見下ろす観客も多い。だがそのどこにも、あの不気味な長髪を被り白のロングワンピースを着た目立つ貞子はいなかった。派手な看板もない。天理らしき人物の影もない。
「本当に観る気ないんだ」
天知はデレデレで甘々で愛情表現の激しい彼女だが、天理からはそれが感じられない。しかし天知のことを想っていないわけでもないことは、会話や態度の端々から感じられている。だから劇も、口では観ないと言いつつこそこそ陰から覗いているのかと思ったのだが、今回に関しては嘘偽りなく観ないらしい。
「天知さん、悲しむだろうなあ……」
愚痴を言うところも怒りをぶつけるところも容易に想像がつく。
あはは……と逢坂は苦笑いをした。その矛先がすべて天理に向くことを願って。巻き込まれるのも、愚痴を聞かされるのも御免だ。
開幕の合図が鳴る。ざわざわとした興奮と期待は、舞台幕が上がるとやがて静まっていった。
ロミオとジュリエットはたしか、対立関係にある家柄の息子と娘が恋に落ちるという話だ。これもまたシェイクスピアの書いたもの。劇でやるには王道の中の王道。どうしてあなたはロミオなの、という台詞が有名。しかしあんまり、いい終わり方をしなかったはずなのだが。
ハムレットは原作に忠実な終わり方をした。独自の解釈もせず、変に手も付けず、言ってしまえばふつうに終わった。
ロミオとジュリエットは、その辺り、どうなるのか。すこしの期待を胸に抱き、ステージへ注目した。
舞台幕が上がると、そこにはワイングラスを酌み交わし談笑している風な男女が数名いた。シャンデリアも吊され、豪華絢爛な背景があり、彼らの衣装や佇まいも相当なもので、ああなるほどパーティか、とすぐに理解できた。
そこが会場であり、パーティの真っ最中であると演出すると、彼らも背景に溶け込んでいく。
ひとりの少女が、パーティ参加者よりも一段上の場所で物憂げな表情をしていた。皆と同じくワイングラスを手にし、手中で混ぜるように揺蕩わせる。
となりの男子が息を飲むのが伝わってきた。押し殺せなかった歓声がまばらに湧き上がる。二階では柵に身体を預けるようにして斜に構えていた人も、彼女の登場に背筋を伸ばしていた。
その少女、ジュリエット役を務めるのは、天知しろあ。
天知しろあは素材がいい。誰が見てもそうだ。一級品のステーキにソースをかけては油と旨みが損なわれてしまうのと同じように、天知しろあにも手を加える必要はない。塩とコショウで最大限、素材の味を引き出す程度でいい。
化粧は血色をよく見せるための口紅とフェイスパウダーぐらいだろう。眉や睫毛といった目元は弄らず、チークも入れない。コンシーラーも塗る必要がない。ナチュラルメイクですらないのかもしれないが、それでいい。
髪は後ろで束ねて耳に掛け、その上に花髪飾りをしている。赤いそれはダリアという花だったか。アイドル時代に、アイカとして逢坂も装飾をつけたことがある。それと似ていた。しかし、天知しろあに赤というのは、すこし似合わない気がしないでもない。天知しろあは何でも着こなすし何でも似合うのだろうけど、もっといい物があることは間違いなかった。
白に近い淡い水色、白藍色のドレス。谷間までは見えないがそれでもU字の胸元はかなりゆったりと肌色が露出している。砂時計のようにくびれがはっきりしていた。絞られているのだろう。ただでさえ細く、逢坂から見ても小柄な天知しろあは、いまや小枝のように力を込めれば折れてしまいそうでもある。儚く、か弱く、物静かな佇まいは、逢坂の知らない、皆の知る天知しろあのようだった。
パーティに相応しい煌びやかで豪華な衣装であったが、それでも分を弁えているというか、一歩引いていた。あくまで自分は天知しろあの一部であり、天知しろあを引き立てる役目なのだとわかっているようだった。しかし当の本人は、それを窮屈としか感じていなそうだ。
これ以上お姫様が似合う女の子はいないだろうな、と思う反面、これほどまでにお姫様が似合わない女の子はいないだろうな、とも思う。
天知しろあの裏の顔を知る逢坂は、あの物憂げな態度、儚い表情の裏にあるのが、ただ窮屈で動きづらく苦しいことを必死に耐えているのだとわかってしまう。きっと内心では暴れ回りたいだろう。プリンセスラインに感動もなにもない。もしも天知しろあの裏を知らなければ、逢坂は純粋に彼女をお姫様と呼べていただろうに。実体はもっと、お転婆娘だ。
まあ、名実共にお姫様だったなら、逢坂は万に一つも友達になろうとは思わなかったのだろうけど。
舞台袖から、ひとりの青年が入ってくる。堂々とした登場は、彼がロミオだろう。
逢坂にその顔に覚えはなかった。一年一組の誰かなのだろう。髪を掻き上げ整え、ジュリエット役の天知しろあと比べると、彼はかなりの厚化粧をしているようだ。そうでもしないと、見劣りしてしまうということなのだろう。彼は俯き、憂鬱な足取りでパーティ会場を歩く。その肩を、ある男が抱いた。
「ロザラインはいい女かもしれねぇ。だがもっといい女はいるさ。世の中にどんだけ女がいると思ってるんだ? こん中にもいるかもしれねぇぞ? 俯いてばっかじゃ、石ころしか見つかんねぇ。顔をあげて星を見つけようぜ」
「マキューシオ……」
ロミオはロザラインという女性に心を寄せていたが、それがどうにも実らない、あるいは玉砕したのか、落ち込んでいたのだ。それを励ます男はマキューシオというらしい。なんだか軽薄な印象がするが、悪い人ではなさそうだ。
励まされたロミオはおもむろに顔をあげる。その顔を隠すように仮面を被る。思えば、他の参加者も仮面を被っている。となればこれは仮面舞踏会なのだろうか。敵対関係にある家の舞踏会でも、参加者全員が仮面を被っているとなれば、ロミオとバレることもないのだろう。マキューシオも、仮面を被った。
そして、顔をあげたロミオは目の色を変える。
「……! マキューシオ」
「どうした、ロミオ」
ロミオの視線の先にいるのは、ジュリエット。ジュリエットもその視線に気付いたのか、お互い目を合わせている。
「あの麗しきご令嬢はいったい……」
そこにあったのはほの字に違いない。すっかりロミオの心はジュリエットのものになってしまったのだ。
マキューシオもそれを察して、苦々しい表情をする。
「あれはジュリエット。キャピュレット家の娘だ」
「な、なんだって!?」
衝撃の事実は嘘であってほしかったのか、ロミオはマキューシオに縋るようにする。しかし友の目に偽りがないと知れば愕然とし、ジュリエットにもう一度、目を向けた。
ジュリエットも悪い気はしないとロミオに和やかに手を振る。
そこで、不穏な雰囲気となる。ロミオが出てきた舞台袖とは反対の舞台袖から姿を現したのは、粗暴な風格のある男だった。男はロミオを、睨みだけでも殺さんばかりとギラついた。
「あれはモンタギュー家のロミオ! よくものこのことキャピュレット家の敷居を跨げたものだ!」
憤慨し勇むその男はいままさにここで決闘でもせんばかり。しかし止められる。
「ティボルト。落ち着け」
血気盛んな男の名はティボルト。
「しかし、やつの視線の先にはジュリエットがいるのです! ジュリエットをやつの毒牙にかけてもいいのですか!」
ロミオとモンタギュー家に憎悪を燃やすキャピュレット家のティボルトであるが、ジュリエットのことを大切にも思っているようだ。
「この場で騒ぎを起こせば泥を被るのは我がキャピュレット家だ。放っておけ。やつも下手は打てまい」
「……っ」
しかし諫められ、ティボルトは溜飲を下げる。
仮面舞踏会とは身分や地位も関係ないという建前がある以上、自由にせざるを得ないというのは正論でもあった。キャピュレット家の者が仮面舞踏会参加者の仮面を剥ぎ取ったとなれば、ロミオを始めモンタギュー家は嬉々として醜聞を広めるだろう。
ティボルトは歯ぎしりし、拳を握るしかない。
対して、自分がロミオであるとバレているとは露ほど知らないロミオは、消沈していた。運命の相手であるジュリエットが、キャピュレット家であるとは、と。ジュリエットも満更ではなさそうなのが、余計に拍車をかけるだろう。
「マキューシオ、帰ろう」
「もう、か?」
「ああ。もうここに用はない」
すごすごと立ち去るロミオの背中を、ジュリエットは悲しそうな顔で見送った。
ロミオが帰ったあと、ジュリエットの元には先ほどのティボルトを諫めた男がやってくる。
ジュリエットは物憂げな態度も悲しげな表情も隠し、言う。
「お父様」
どうやらティボルトを諫めた男はジュリエットの父らしい。
「ジュリエット。先ほどの男とは、何かあるのか」
「いえ」
何もない、と言うがその表情はわずかにはにかんでいた。
「ですがどうかしたのですか、先ほどの方が」
ジュリエットの父は、厳しい面持ちで言った。
「あれはモンタギュー家のロミオだ」
「え……」
絶句するジュリエットに、彼女の父は告げる。
「わかっているな、ジュリエット。モンタギュー家の連中は何を考えているかわからない。やつもそうだ。ジュリエットを絆し、騙そうとしているのだ。傷つくのはジュリエットの他ならない。私は、ジュリエットのことを思って言っているのだ」
ジュリエットは、小さく弱々しく何度か頷いた。そうするしかなかっただろう。激しく動揺したジュリエットに、できることはなかった。
舞踏会が終わった夜も夜、ロミオが悶々と歩き回っていた。その顔は苦悩、葛藤。迷いが強く見て取れる。足取りは乱暴で早い。自分でもどこへ向かっているのか、きっとわかっていないだろう。
ふと立ち止まり顔をあげたそこは、先ほど訪れたキャピュレット家の家だった。そこのバルコニーに、ひとりの少女がぼんやりと夜空を見上げて立っている。
ロミオは見間違えなかった。舞踏会で見たときの物憂げで儚げな様子はなく、ただ悲しげに観念した様子だったが、それでも見間違えなかった。階下に入ると、ジュリエットの夜空へ向けた独白が響く。
「ああ、ああ、ロミオ。私たちの敵はこの名前だけ。どうしてあなたはロミオなの」
逢坂の知る、誰でも知る有名台詞だった。しかしこういう経緯だったのかは知らなかったし、こうも序盤に出てくるものだったのかと驚いた。
いまにもジュリエットは泣き出しそうに、続ける。
「名前を捨てて。そうすれば私の敵はどこにもいない。あなたがモンタギュー家でなくなっても、名前を捨ててもあなたがロミオであることは変わりない。それが叶わないというのなら、私がこの名前を捨てましょう。あなたの敵はいなくなります。そして、私を受け止めて」
「私が名を捨てましょう」
「! 誰ですか」
ジュリエットは独白が聞かれていたことの羞恥と、盗み聞きするような輩を警戒して飛び退くと、誰何した。
「夜に隠れて私の心の内を知ろうとするあなたは誰ですか」
ジュリエットが階下を覗くと、ロミオが素顔を晒して立っている。
「ああ、モンタギュー家のロミオ様」
それに驚き目を丸くするも、ジュリエットはすぐさま警告した。
「どうしてこんなところに、ロミオ様。すぐに立ち去って。でないと、あなたの命が危ない」
「いいえ!」
ロミオは真っ向から歯向かい、踏ん張る。
「いいえ、ジュリエット。私に怖いものなどありません。私の心はあなたのもの。あなたを想う気持ちは変わることはありません。どうか、愛の証をください。愛の誓いを私と共に結んでください」
ロミオの愛の告白を、ジュリエットも真正面から受け止める。ふんわりと笑うと、力強く頷いた。
「ええ、ロミオ様。私の惜しみない愛をあなたに捧げましょう。海より深く、無償の、終わりなき愛を、あなただけに捧げましょう。私の愛が尽きることはありません。与えた分だけ満たされていく、そんな愛を」
演技であっても天知しろあからの愛の告白を受けただなんて、きっと一生涯の自慢になるだろう。
ロミオ役の男子生徒は本気で天知しろあに告白していそうだ。役柄ではなく、本物の熱がある。ジュリエット役の天知しろあは演技として言っている、というのがわかるほど、差が歴然だ。
お互いが熱い愛を誓い合い、しばし見合う。やがて、ジュリエットは言った。
「では、明日。私たちの未来を話しましょう。それまで、気持ちが変わりないように。私は信じます。モンタギュー家のロミオ様」
そうしてふたりは別れる。
その後、ふたりは神父の前で結婚をする。
しかし、ティボルトがマキューシオを殺してしまう。ロミオはそれを目の当たりにし、制止も効かずティボルトを殺してしまう。その罪によって、ロミオは追放処分となった。
そこからが、逢坂の知っている『ロミオとジュリエット』との違いだった。
「ああ、ロミオ様」
神父の元で身を隠していたロミオの元へ、ジュリエットがやってくる。
「ジュリエット……」
歩み寄ろうとするジュリエットに、ロミオは叫んだ。
「来るな!」
どうして、とジュリエットは顔を歪める。ロミオは顔を背けた。
「私は札付きの人殺し。あなたと一緒にいる資格はない。あなたへの愛を語ることは許されない」
「ではあの晩の言葉は嘘だったのですか」
「……」
「ロミオ様、私たちの敵はいなくなりました」
それが何を意味するか、ロミオにわからないはずがなかった。
「自由となった私を、受け止めてください」
「ジュリエット、そんな、まさか」
「ええ」
ジュリエットはもう何者でもない。キャピュレット家の者ではなくなっていた。ロミオと同じく、名を捨てていたのだ。
そうしてロミオは、ジュリエットの手を取る。ふたりは国外へと逃げる。
その後、紆余曲折とあった。
キャピュレット家がジュリエットと結婚するよう言いつけていたパリスという伯爵が、ジュリエットを探し始める。ロミオとジュリエットのふたりに追っ手が迫るのだが、ふたりはそれを躱しながら愛を育んでいく。
逢坂の知っている『ロミオとジュリエット』は、けっきょくロミオもジュリエットも死んでしまうという悲劇的な話だったはずなのだが、天知しろあ主演のものはずいぶんとハッピーエンドだった。
めでたしめでたし、といった感じだ。
まあ、追っ手もまだ諦めていないようだし、行く末は語られていないから本当にハッピーエンドかはわからないが。そこは観客の想像に任せる。といったところだろうか。
劇が終わると、拍手喝采だった。
ロミオとジュリエット、どちらも名を捨てて家を捨ててふたりで生きていく。その際のジュリエットが、吹っ切れたように明るい姿だった。逢坂の知っている天知しろあがいたし、観客からすれば普段とは違った自由奔放な少女らしい天知しろあが見れて新鮮な気分だった、というのもあっただろう。
最後、赤いダリアの髪飾りを捨て、ロミオから贈られた透明な花びらをした髪飾りをジュリエットは付けた。それがもっとも、天知しろあらしかった。




