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何でも知ってるしろあちゃん  作者: 家佐水井
古江琉重による全知を出し抜く方法
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貞子は観ない


 逢坂は貞子と示し合わせたわけでもなかったが、自然と足は四階にあがっていた。


 一年三組、つまり自クラスにでも戻るのかと思っていたが、貞子が足を止めたのは一年一組だった。一年一組は展示も何もしていないが、『ロミオとジュリエット』を主演に天知しろあを迎えて演じる。数多の展示、出し物、劇や演奏が行われる中で、もっとも多くの関心を集めている内のひとつだろう。

 教室では一組が準備に取り掛かっている。衣装に着替えたり、メイクアップしたりしているようだ。そういえばいつ開始なのかは見ていなかった。午前から逢坂は体育館にいたがロミオとジュリエットはやっていない。いまはお笑いコントでもやっている頃だろう。次なのかもしれない。


 ともかく、貞子の背中を指で突いた。


「それ、もの凄くホラーだから」


 一組の生徒が貞子に気付いたら仰天ものだろう。扉にある小さな採光窓から、貞子が様子を覗いているのだから。

 一階の家庭科室から四階まで、貞子を面白がって笑っていた人たちばかりだったのに、いまでは貞子の不気味で怪しい行動に、廊下を行き交う人たちはひそやかに話している。

 やっと貞子は自分がいかに異様な光景を晒していたか、気付いたようだ。まるで自分は怪しい者ではございませんよ、と言いたげに看板を持ち出す。カラフルで派手な色はホラーと相容れず、宣伝か……と納得する面々も多い。


「しろあ、いるか?」


 貞子に同じことをさせるわけにもいかず、逢坂が覗くことにする。天知は、いた。椅子に座ってメイクをしてもらっているようだ。


「いま、お化粧中」

「化粧してたらこれ、食えないだろ……」


 肩を落とす貞子。


「それ、天知さんに言われて買いに行ったの?」

「そう。新聞で見てクラスメイトも美味しそうにしてて食べたくなった、自分は着替えとか再調整とかがあるから出られない、買ってきてって」


 骨折り損ということか。

 逢坂はパンフレットを確認した。


「いまやってるお笑いコントが終わったあとだって。ロミジュリ、天知さんたちの劇」

「それってあと何分後?」

「30分ない」


 食べてる暇はなさそうだ。

 劇の時間はハムレット同様、二時間近くある。


「まあ、じゃ、終わったあとのご褒美ってことだな」


 貞子は一組から離れ、三組へと足を向ける。店番の女子は骸骨の仮装をしていた。なんとも雑だ。というかこれではハロウィンではないか。


「お、貞子くん。やあやあご苦労ご苦労」


 労うようにバシバシと貞子の背を叩く。彼女は逢坂のクラスメイトでもある。名前まではわからないが、たしか名字は早瀬とかだったはずだ。押しの強さもイメージと矛盾していない。


「これの成果、ありそう?」

「……うん」


 視線が明後日の方向に飛んだ。泳いでいる。微妙な間は、貞子も見逃さなかった。


「その間はなに」

「成果が大きすぎて頭がパニクってた」


 どう思う、と逢坂は意見を求められる。曖昧に苦笑いを浮かべておく。早瀬とはしゃべったこともない。急に意見をして嫌な顔もされたくない。


 彼女は一時期、前野や岡部、三浦とも一緒に行動していた。天理は平気なのだろうか。あの天知が、未遂とはいえ被害に遭いかけたというのに。それとも、彼女はまったくの無関係なのだろうか。名前が挙がらなかったと言えば、たしかに挙がらなかった。


「ホントだよ!? アンケートとかも取ってるんだから!」

「アンケート?」

「よくお店とかにもあるじゃん。どうしてこのお店を知ったんですか~? 誰からどこで知ったんですか~? って。そしたら、貞子が徘徊してて、看板を見て、って」

「ふうん。で、そのアンケートっていうのは、どこに?」


 アンケートらしき紙は見当たらない。店番の早瀬の横には椅子があり、そこには缶があり、薄い紙束が重なっている。アンケートとは思えない。


「あ、アンケートは、口頭ですから……」


 どう思う、と逢坂は意見を求められる。だから答えたくないのだ。ははは……と曖昧に笑っておく。




 パンとお菓子の類いをロッカーに仕舞う貞子。貞子はふたたび、徘徊の旅に出るのだろう。意味があるかもわからず、あるかもしれない、ないとは言えないという理由だけで、笑いものにされるのだろう。


 逢坂は言った。


「可哀想に」

「藪から棒どころの騒ぎじゃないな。寝耳に熱湯か?」

「なに言ってるかわからない」

「俺もわからないよ」

「可哀想に。そこまで貞子に苦労してるんだね」

「べつに苦労はしてないし。おかしいのは貞子が原因でもない」


 苦労を苦労とも思わなくなってしまった。これがふつうとまでになってしまった。危ない。


「代わってもいいよ、貞子」


 貞子はすこし硬直した。やがて、訝るような目つきをする。とは言っても髪で隠れているので、そんな雰囲気がした、程度なのだが。


「急な心変わりは怖いぞ」


 さっきまで代わってほしそうにしていたくせに。


「他意はない。単純に、看板製作もほとんど丸投げして、私は今回の文化祭の準備なにもしてないから、負い目があるの。当日だって、みんな仕事あるのに私だけ遊んでる」

「まあ、役割分担だからな」

「その役割を全うしてないんだけどね」

「それは不慮の事故だからしょうがないさ」


 店番の早瀬やお化け屋敷の中で脅かし役はそういう振り分けの結果で、逢坂は看板製作を拝命したから気にしなくてもいいのだろうけど、その看板も天理の話し相手になるだけで終わった。そしてその天理は今日、なぜか貞子で宣伝という仕事を押し付けられている。逢坂が押し付けられるのならまだ筋は通っている気がするが、天理は都合よく使われているだけな気がする。

 それに。


「貞子やってたら、せっかくの文化祭なのに楽しめないじゃない? このあと、ロミジュリやるよ? 天知さんの、観なくていいの?」

「元から観るつもりない」


 言葉をなくす。


「え。なんで? 天知さん、たぶんだけど天理くんに一番観てほしいんじゃない?」


 冷めたような目を見た。気がした。

 それを微塵も感じさせず、天理はいつも通りに言う。


「貞子やってても文化祭は回れるよ。いろんなところに顔出すから、むしろ一番楽しんでいるまである」


 質問の答えにはなってない。

 貞子は看板を背負って、また宣伝に戻っていった。体育館とは真逆だ。貞子をやらずとも済んだのなら、当初の予定通り、逢坂は『ロミオとジュリエット』を観に行くこととしよう。まだ20分ほどあるが、お笑いコントというものを覗き見るのも悪くない。


「なんだかなあ」


 貞子の背中に、逢坂はつぶやいた。

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