いつ、いちゃいちゃしないと言った?
二時間ほど、面接には時間を要した。時刻は午後の6時を過ぎている。
入部希望者を篩にかけた結果、希望が通って部員になった者はひとりもいなかった。天知が最初に宣言した通りだった。篩には網がなかったのだから、投げられればそのまま素通りしていくのは当然と言えば当然だった。誰も残れなかった。
天知は面接官のようにいくつか質問して、逢坂はその横で黙って座っていただけなのだが、部活の入部とはこういうものなのだろうか。
逢坂は中学の頃も部活には所属せず、途中からはアイドルを始めた。高校もアイドル稼業と部活動の二足の草鞋ができるほど器用ではなく、またアイドルでも問題を抱えていたため、部活動には関わりのない人生だった。だがたしか、部活への入部というのは希望する部活動名と名前を書くだけだったはずだ。その部に在籍する人、部長からの許諾が必要、なんてことはなかったはず。
それとも、勝手に申請して入部になるなんてことはせず、天知しろあ直々の認可をもらいに行く姿勢は、民度がいいとでも言えばいいのだろうか。事後報告も、しようと思えばできたはずなのに。
天知しろあ面接官の質問はひとつかふたつで終わった。
『わたしたち相談部はどのような活動をするのかご存じですか?』
この質問に答えられる人は多くなかった。当たり前だ。天知や逢坂、名付け親である天理ですらよくわかっていないのだから、答えはないようなもの。答えのない質問をするのは面接としては定番なのかもしれない。このペンを一万円で売ってください、というよくあるあのパターンだ。
それでも、機転を利かせて答えた者はいた。黙りよりかはいいだろうと、
『困りごとを引き受ける部活です!』
そんな風に答えた者はいくらかいた。相談部という名前から連想できる内容としては妥当なものだった。
懸命に知恵を振り絞った相手に、天知はこう重ねた。
『では、あなたはこの部でどのような働きができますか?』
第一問をくぐり抜けた手練れはいたが、第二問には撃沈していた。ひとりもこの質問に答えられる人はいなかった。
逢坂は、いち早く就活というものを目の当たりにした気がした。この時点で逢坂は天知のことを天知しろあ面接官と呼ぶことに決めたし、入部希望者のことは就活生と呼ぶことにもしていた。
「相談部って、どんな活動をすると思う?」
就活生をばっさり切り捨て、下校の時間。一年三組を覗いたが天理の姿はなく、なぜ置いて行った! と憤慨する天知をなだめながら、逢坂は帰路についていた。
「逆質問だ」
「そう。いまは私が面接官。天知さんが就活生」
「就活生?」
自分の中で定着していた呼び名が出てしまった。
「気にしないで」
と手を振っておく。
「まあ、相談を受けるっていうのが妥当だろうね」
「さっきまでの人たちと同じ答えだね」
「わたしは間違ってるとは言ってないからね」
だが合っているとも言っていない。
逢坂は就活はしたことがないが、高校で面接は受けている。自分の解答が合っているかどうかは相手の反応から見定めるしかなく、圧のある面接官からは不安しか読み取れないものだ。
天知の怖いことは、そういうところだ。こっちはいろいろ考えるのに、天知にはすべて知られている。完全に手玉に取られている。
「天知さんが相談部でどんな役目を果たすかはわかる」
自明だ。天知ならどんなことも知っているのだから、どんな解決法も提示できる。相談者が嘘をついていても看破できる。だからそこは問わない。
天理に関しても、天知のよき理解者でありながら影で支えをしつつ、相談者へのアフターケアも欠かさない。嘘を暴くのは時として恨みを買うことにもなるし、追い込みの一手にもなり得る。逢坂がそうだった。だから天理の暗躍は必要不可欠で重要な役目を担っている。
なら、逢坂は?
「私は相談部で、何をする役目なの?」
逢坂は唯一無二のポテンシャルがあるわけではない。勉強も可でもなく不可でもない。逢坂よりも頭の良い人はいる。運動だってそう。アイドルは珍しいだろうが、不完全だし引退の身だ。
推理力なんてドラマの中でしか触れ合いはなく、直感や勘が冴えているわけでも溢れんばかりの熱量に由来する行動力があるわけでもない。
「かいくんは逢坂さんに何て言ったの?」
「え?」
「かいくんは誰彼かまわず引っ掛けるけど、引っ張ることはしない。引っ張ったってことは、それだけ逢坂さんに何かを見出したんだと思う」
それだと引っ掛かって引っ張られたことになるので逢坂としても多少なりとも言い分はあるのだが、それは後にするとして。
すこし考えた。
天理は、逢坂にしろあの友達になってくれと頼んだ。逢坂はそれは違うと言った。友達は斡旋するべきものではないと思っているからだ。だから部の設立を提案した。天知と自然に関係を持てる場を作り、天知が逢坂をどう評価するか、また逢坂が天知を見定めるために。
この相談部の活動を通じて、天知が逢坂と友達になりたいと思うかどうか。逢坂が天知と今後も付き合っていけるか。その時間を作るための部活だ。
天理に言われた、友達になってくれという言葉を、そのまま天知に言ってもいいものかどうか考えあぐねたが、これは何も言わない言葉足らずな天理が悪いだろうと結論づけることにした。
「天理くんは、私に、天知さんと友達になってくれと言ったの」
その微妙そうな表情は、思わず笑ってしまうがごく自然な反応だ。たぶん、逢坂も言われた側ならそのような反応をするだろう。
「え、かいくんそんなこと言ってたの?」
「うん」
「お母さんかっ!」
「うん、私もそう思った」
しかも、あんまり褒められたお母さんではないだろう。
「それを言われたのが夏祭りの日。私は夏休み明けに断った。だって、友達ってそういうものじゃないでしょ?」
「そうだね。それぐらいは、わたしにもわかるよ」
「でも、断ったっていうのは友達にならないって意味じゃなくて、他人の言葉で友達になるならないは決めないって意味。だから私は、部活動の設立を提案した。クラスも別な私たち、もしも一緒でも天知さんとはまともな交友関係を持てないからね」
「ひとりになるのはトイレぐらい。それでもけっこう、ついてくることはあるよ」
連れションというやつか。あいにく逢坂にそんな趣味はない。
「うん。なら、部活は何でもよかったのかもね。曖昧でよくわからない、っていうのが狙いだったのかも。そうすればほかに部員は入ってこれないだろうし」
「天知さんが男子と一緒にもなれない」
「そこまで考えてたかは、微妙だけど」
逢坂はそうだと確信している。なぜと言われると説明には困るが、天知が思っているよりもずっと、天理は天知のことを大事にしているし考えているし溺愛もしていると思っている。
「そんなに気になるなら、知ればいいんじゃないの?」
無理難題を言ったつもりはないのだが、天知はむつかしい顔をした。
「それを誰かに言っているんなら、知れるよ。でも、たぶん言ってないだろうから知れない。わたしの全知は万能じゃないからね。もちろん人の頭の中までは知れないし、心や感情を知ることはできないの」
「そっか。名残だもんね」
「これは名残云々は関係ないね。元の全知でも、人の気持ちまでは知れないの」
「そうなんだ」
だからこそ、天理の一挙手一投足に天知は過剰なほど嫉妬して一喜一憂するのかもしれない。何でも知れるからこそ、知れないことは気になるだろう。それが好きな人ともなれば、ただの人間よりも冷静ではいられないのかもしれない。
「逢坂さんの話を訊いてひとつ、思ったことがある」
信号で足を止める。逢坂は目で促した。
「だからこそ、かなって」
「だからこそ?」
「かいくんの友達になってくれを断った。友達はそういうものじゃないって。これは、言い換えれば誠実なんだよ。だからこそ、かいくんは逢坂さんを信頼しているのかも」
「そう? ふつうじゃない?」
首を傾げる。天知はくすりと笑った。
「それをふつうと思えるなら、かいくんの判断も信頼も間違ってないね。わたしも、逢坂さんは好きだよ」
ドキッとする。
「それは人間性の話だよね?」
「それ以外に何があるの?」
「だよね」
さらりと好きというものではない。天知は自分が美少女であることを忘れているのではないか。逢坂は忘れていた。いまのふんわりとした笑みは学校で大衆に振りまくお嬢様感ある笑みではなく、ひとりの女の子天知しろあの笑みだったのだ。ドキッとしないわけがないだろう。何を考えているのだまったく。
「じゃあ、今後は入部希望者が来ても全員門前払いでいいの?」
逢坂は露骨過ぎるほどに話を変えた。
「そうだね。もしかしたら逢坂さんのところに来るかもしれないけど、適当にあしらっておけばいいから」
実は逢坂は柚奈のことも部活に誘っていた。アイドルを辞めたのだから新しいことをするのもいいのではないか、と。最初は前向きだったのだが、新たに設立することと天知しろあ、天理かい両名の名前を出すと、途端に首を横に振った。
これはふたりが悪いというわけではなかった。天理のほうはまだいいらしい。逢坂同様、恩人でもあるのだから。しかし天知しろあが部にいては、まともに部活動なんてできないのではないか、周囲から必要以上の注目を浴び、色眼鏡で見られるのではないか、と考えたらしい。もう柚奈は目立つのを極力控えたいようだ。
そう言われては逢坂も強く柚奈を勧誘できなかったのだが、天理発案である相談部が天知のための部なのならば、そっちのほうが都合はよかった。天理が今日、部室に来なかったのもこうして逢坂と天知にふたりで交流を持たせるためだったのかもしれない。
「そういえば、天知さんに彼氏がいるってうわさが流れてるけど」
ふと、思い出す。
昼休みに柚奈と昼食を突いているとき、そんなうわさがあると言われた。天理と天知は実際のところどういう関係なのか、とも訊かれた。答えには困ったものだ。彼氏彼女よりも深いのはそうだし、何なら同棲すらしている。だが逢坂は明確に関係性を理解しているわけではない。
実は天知しろあは全知全能の神様で、あでもそれは昔の話で、いまは人間なんだけど……でも全知の名残はあるんだって。なんて詳らかにできるはずがない。頭がおかしくなったと思われるに違いない。それ以前に、他人の事情を広める趣味も逢坂にはなかったから、その場はよくわからないと誤魔化しておいた。
表向き、天知は天理との関係を隠している。学校で話している姿は見たことがないし、もしもあのお転婆な態度で接していれば天理は有名人にもなっているだろう。嫉妬の餌食だ。だから逢坂は、このうわさは喜べないものだと思い注意喚起のつもりで教えたのだが、天知はにんまりと口角をあげた。
「その彼氏、たぶん天理くんのことだと思うんだけど……いいの? うわさになって」
「流れてるのはどんなうわさなの?」
天知の耳には入っていないのか。本人だからこそ、周囲も耳に入らないよう気を付けているのか。
逢坂は柚奈から聞いたうわさを横流しした。
「天知さんは放課後、学校のとなりにある市立図書館に行く。男の子と出てきて仲良さそうに帰っていくから、彼氏との待ち合わせに使っているんじゃないかって」
「ただの友達って可能性もあるよ。勉強仲間、趣味友」
まあ、図書館なのだから自習室もあるだろう。図書館とは本がある場所のことだ。一緒に勉強するのも、本の趣味が合うというのも、頷ける。
「図書館に通っている人が言うには、天知さんは本があるエリアにも自習室にあるエリアにも行かない。そもそも一階から動かないで、入ってすぐのソファーに腰掛けてるって。まるで誰かを待っているみたいに。それに、天知さんの図書館滞在時間は五分もないらしい」
五分では二階に到着するので精一杯だろう。本の吟味も自習室の椅子を引くのも叶わない。その短時間で男子と共に図書館から出てくるのだから、待ち合わせとしか思えないのはそうだ。
にまにまと頬を揉んでいる天知に、逢坂は言わされている気分になったが、自分の意見も言うことにした。
「同級生らしいのに、コソコソしてるの怪しい。ふつうに校門から並んで出ていけばいい。校門とか生徒玄関とかで待ち合わせすればいいのに、わざわざとなりの図書館で待ち合わせだなんて……まるで逢い引きみたい」
「逢い引き……!」
やましいことがあると言っているようなものだ。
「その、一緒に帰ってるっていう彼氏は、誰か特定されたの?」
「いや、それはまだ。天知さんに彼氏っていうのが衝撃が強過ぎたみたいだし、一時期は三浦くん? がその筆頭だったらしいんだけど、その三浦くんは不登校。で、うわさもうわさに過ぎないなって眉唾物扱いだったみたいだから」
天知しろあに男の影!? という話題は夏休み前から、球技大会よりももっと前からあったらしく、一時期は盛り上がったようだ。そこに浮上してきた影の正体が三浦彰。しかし彼は突如として不登校になる。それでも見かけたといううわさは途切れず、じゃあほかに誰がいるんだと議論になり、該当者が見つからなかったため、所詮はうわさと取り扱われなくなる。その後も男といたと言う人はいたにはいたらしいが、皆が笑ってまともに取り合わなかったらしい。
しかしこの頃になっても見かけたと言う人は途切れることがなく、むしろ増える一方。議会の席につく者が現れ、じゃあいったい誰なんだ! と再燃した、といった感じだ。
天知は頬を揉む手を止めた。ちょっぴり唇をとがらせ、どことなく不機嫌になる。
「まあ、天理くんだと思うんだけど」
逢坂は、天知とも天理とも一緒に下校しない。片手で数える程度。下校を共にするほうが珍しい。それ以外のとき、ふたりが一緒に帰っていてもなんらおかしくない。それこそ、待ち合わせでもして。
天理は真夏さえあのフルフェイスのヘアスタイルを維持していた。衣替えが視野に入ってきたこの頃に切るはずもないだろう。あの鼻まで覆ってしまうヘルメットでは顔の造作を表現できない。天知のとなりにいれば天知に注目が集まり、なおさら天理は視界から外れる。
彼氏の影として天理が浮上しないのは、そういう問題もあるのだろうと逢坂は思っていた。
天知はまた頬を揉んでにまにまし始める。
「で、いいの?」
「なにが?」
「天理くんと、そういううわさになっても」
「事実そうだしね。むしろなんでダメだと思ったの?」
「なんでと言われると……うーん」
そう言われると、逢坂も言語化には苦しむ。
逢坂は頭の中を整理した。
「なんか、回りくどいって感じがする。天知さんにしては」
「最後の言葉は褒め言葉だとして、と。回りくどい?」
「図書館で待ち合わせ、なんて隠れずに、教室に迎えに行く、迎えに来させるぐらいが、いまの天知しろあ像には当てはまってる気がする」
みんなの知る天知しろあお嬢様ならばお淑やかに静かに慎ましやかに、まさしく逢い引きをするのだろうけど、逢坂が知るお転婆娘天知しろあだと、そこには何か裏があるようにしか思えない。
「じゃあ、実際にそれをしたらどうなるかな」
クイズと呼ぶほど硬い形式ではなかった。口を突いて出る。
「天理くんが八つ裂きにされるんじゃない?」
「わたしのファンクラブに?」
「磔からの火炙り。市中引き回しの刑とか」
「野蛮すぎる。ファンクラブじゃなかった。なにその蛮族こわいよ」
冗談冗談、と言えないのが本当に怖いところだ。
「まあ、すくなからず逢坂さんの言うように拳を握る人たちはいるだろうけど、こうも思えるんじゃない? あの天知しろあが見初めた相手だ、生半可な男ではないだろう」
「そうだね」
野蛮な手段に出る蛮族ことファンクラブは嫉妬をするだろう。主に男子だ。男子生徒が天理かいによくない視線を向ける。ならば女子は? 天知が言ったように、天理へ好奇心の眼差しを向けそうだ。
「天知さんが彼氏にしたんだからって一目置きそう」
「わたしはその一目すら嫌。わたしほど人集りがないから比較的話し掛けやすいってことで、かいくんにちょっかいをかけられるのも嫌。だから学校では表立って接触しない。我慢してるの」
拳をきゅっと丸めている。いまにも涙を流しそうだ。
「家に帰ったらこの我慢してた分まで上乗せするんだけどね」
「心配して損した」
むしろこれ幸いと思っていそうだ。学校では我慢したんだから! と大義名分を掲げていそう。
「じゃあ、なおさらダメじゃん」
その論でいくと、現状は危うい。
「天理くんの印象は薄い。というかあのフルフェイスじゃあ槍玉に挙がらない。けど、消去法でいずれは辿り着く。バレちゃうんじゃない?」
「フルフェイス。逢坂さんも言うね」
「あの髪型を指したのであって、決して天理かいのことを揶揄しているわけじゃない」
それだけは、強調しておきたい。
ふむと顎に指をあてた天知ははたして聞いていたのかどうか。
「高校三年間、わたしがかいくんと本当に接触しないつもりでいると思ったの?」
不敵な笑みでなにやら名言っぽく格好つけて言っているが、逢坂は遠い目をするばかりだ。
「青春だよ、人がもっとも後悔する時期、もう経験できないイベントだよ! 体育祭、文化祭、修学旅行。ほかにも数え切れない。制服放課後デートは卒業したらもうただのコスプレになっちゃう! ……わたしがこの状況にあぐらを掻いているだけだと思ったのかな?」
早口で捲し立て、こちらの意識の裏を突いた悪役のようなことを言うが、逢坂は遠い目をするばかりだ。
「なにもかっこよくないんだけど」
逢坂はばっさりと切り捨て、
「つまり、どういうこと?」
「つまり、ポッと出のよくわからない、一見冴えないフルフェイス男子だから嫉妬の的になるのであって、仄めかし匂わせをして、観衆に答えを探させれば、納得するんだよ。わたしがいきなり公表するのと、自分で見つけた回答との答え合わせじゃ、受け取り方はぜんぜん違うからね」
「天知さんもフルフェイスって言ってるけど」
「それはあの髪型を指したのであって、決してかいくんのことを揶揄しているわけじゃないよ」
「どこかで聞いた台詞だ」
「パクられた!?」
「私がね」
しかし天知の言い分はもっともだ。
他者から下賜されただけの結論と、自分で考えて集めて出した結論とではその後のアプローチも扱い方もまったくの別物だ。
他者の結論なら、瑕疵にも気付きやすいだろうし粗探しも平気でする。だが自分の結論はそうはいかない。その答えの間違いを指摘するのは己のミスを指摘するのと同じ。すでに結論として提出している以上、そんなことも気付かなかったのかと屈辱にもなる。認めることはまた一からのやり直しも意味する。
自分の結論は丁重に扱うだろう。それは自分を守るのと同意義なのだから。結論は終わりでもあるのだから、その後の粗探しもしない。
「でもそれで言うと、うわさを流したのは天知さん自身ってことになるけど」
「だからそういうことだね」
「心配して損した」
「そもそもわたしならもっと完璧にやるよ。市立図書館に通う織田生がいるかどうかぐらいは確認する。いたから待ち合わせ場所をあそこにした。目撃させ、うわさを流させるために。本当に隠したかったら、本当に立ち寄らない場所を待ち合わせ場所にするし、すくなくとも、表立って正面から出ていくことはしないね」
「まあ、そう言われるとそうなんだけど」
となると、天知はうわさが流れていることも知っていたのだろう。しめしめ、と思っていたのだ。自分の計画が順調に進んでいて、逢坂がその話を振ってきたから、にまにまが止まらなかったのだ。
「天理くんはそれ、知ってるの?」
「知らないんじゃない?」
「言ってないんだ」
「言ってはないね。そもそも、学校で会話はしないでおこうって言ったのはかいくんだし。図書館は学校じゃない、放課後は学校の時間じゃないってことで、待ち合わせと下校は約束させた」
なら、女子から一目置かれてちょっかいをかけられる云々は天理の言い分だったのだろう。天理が説得しなければ、天知は高校一日目から腕を組んで校舎を歩いていたかもしれない。
天理の苦労が目に浮かぶようだ。敬礼。
それでも天知は完全に納得することはなく、水面下で秘密裡に作戦を実行している。そう遠くない日、天知の彼氏として天理の名が挙がることだろう。そのときになってからではもう遅い。じわじわと周囲から固めていく。これが外堀を埋めるということか。天理は気付かぬうちに、浸食されている。
天理の恐怖が目に浮かぶようだ。合掌。
「あんな厄介ごとを抱えてなきゃ、今頃お昼を一緒に食べるぐらいはできたはずなんだけどね。この調子じゃ、今年の文化祭も回れそうにないよ」
「それは、ごめん」
「口だけでは何とでも言えるんだよ」
「じゃあ、協力する。天知さんのその作戦に人手が必要になったとき、私も手駒になるよ」
「言ったね?」
「うん」
「二言はないからね?」
「うん」
天理を見捨てるような行為だが、仕方ない。自分のほうが大事だ。
天知という名の底なし沼に天理が沈んでいく光景が目に浮かぶ。可哀想に。南無三。
「まあ、逢坂さんの件は夏休みだから関係ないんだけどね!」
「……そうじゃん」
観衆とは同じ織田高校に通う生徒だ。一年二年三年、それから教師に用務員。彼らに天理との関係性を匂わせて、仄めかして、探させ、校舎で腕を組んでもやっぱりなと心構えを作っておくのが天知の魂胆だった。となれば、逢坂の件は主に夏休みの一幕だったのだから、匂わせ仄めかし探せることは不可能だった。
一杯食わされたと天知に視線を向ける。
「二言はないって、言ったよね?」
悔しいが、その通りだ。
けらけらする天知に、逢坂は拳を握る。いつか放てる日が来るだろうか。
「じゃあ、作戦は順調ってほどでもなかったってこと?」
厄介ごとがないのに天理かいは群衆の捜査線上に浮上していない。天知の見立てとは違うのではないか。
「いやいや、逢坂さんとは別の厄介ごとがあったからね」
「へえ」
交流を持ったのは夏休みとすこし前。入学の四月からそれまで、天知が何をしていたのかは知らない。そこでごたごたがあったから、作戦の進行は芳しくないのか。
逢坂は好奇心で尋ねる。
「なにがあったの? 訊いても平気なやつ?」
軽く天知は頷いた。
「三浦くんにストーカーされてたの」
「え」
「いや、厳密にはストーカーはされてないのか。ストーカーの自作自演を、前田くんと岡部くんと画策してた。それでわたしを、三浦くんしか信用できないようにしようとしてたの」
「え?」
「その対処をしてたし三浦くんと帰ることもあったから、かいくんと帰ってる姿を三浦くんだと勘違いされちゃったんだろうね。でも安心して。もうそっちは終わってるから。本当は、あと一歩で押し倒されるか殴られるかで事件になって逮捕できるところだったんだけどね。かいくんが助けに来ちゃったから、襲われないで終わっちゃったの」
「えぇ……」




