活動内容不明の部活
つい昨日、逢坂は天理と企てを実行し、部の設立、そこの部長に天知を据えることに成功した。たった一日、いや正確には一日も経っていない。昨日の放課後に設立してばかりだというのに、いったいどこにうわさになる隙があったというのか。翌日にはもう、天知しろあが部活に所属している、立ち上げた、部長になっている、と朝から学校の話題をかっ攫っていた。
逢坂たちが獲得した部室は地歴教室、選択授業で取る科目となっている地理、世界史、日本史で使われる教室らしく、普通棟にある逢坂たちのクラス一年三組の半分ほどしかないが、四十人もこの教室で一斉に授業を受けないので、半分ほどでもちょうどいいのだろう。机はだいたい、二十ない程度。の、となりである準備室だ。
三人の部員なら寝転んでも余りある広さだったが、準備室ともなればそうはいかない。ふつうの教室の半分の地歴教室、その準備室なのだからさらに半分で、一般的な教室の四分の一程度しかない。当然、準備室なのだから荷物置きにも近く、周りは棚で埋まり段ボール箱が積み上げられている。長机と椅子を三脚開くだけで、あとはなにが置けるだろう。おまけに、場所も特別棟三階の角部屋。しかも生徒玄関からはもっとも遠い。立地はお世辞にもいいとは言えない。
なんて僻地、と思う反面、そりゃそうか、と逢坂は思う。
ほかの教室は文化系の部活の活動拠点として活用されている。便利で広い教室はすでに埋まっているのだ。仮入部ももう五ヶ月ほど前の話。文化祭前に設立を目論むような突拍子もない行動にしては、教室をもらえたことすら奇跡、ありがたいと思うべきなのだろう。
その辺りは天理がやった。顧問の確保も教室の確保も、設立の申請も天理がやった。顧問には佐白先生がなってくれることになった。逢坂の担任であり、天理の担任でもある。もしかしたら交渉があったのかもしれない。巧みな手腕によって、部は設立したのかもしれない。逢坂には与り知らぬところだ。
こう振り返ってみると、細々としたことはすべて天理がやってくれた。部の設立を提案したのは逢坂だというのに、逢坂はその後の行動に関してはノータッチだ。行動力は天理に敵わない。部長は天理がお似合いではなかったのか、と思わずにはいられない。
放課後、授業が終わって逢坂はかなり急ぎ足で部室へ向かった。だというのに、僻地である地歴準備室からは長蛇の列が伸びていた。列の横を通り抜けると、不審に思われているのが丸わかりな視線を頂いた。頬が痛い。べつに列を抜かすつもりはない。逢坂は悪いことを何もしていないのだが、ちょっと悪いことをしているような気分になってしまった。
さながらVIPのように、列を追い越して部室の扉に手をかける。
「おい、ちゃんと並べよ」
言われたくなかった。あはは……と苦笑いしながら、逢坂は先頭の男子生徒に弁明する。
「私、ここの部員」
「あ、そうなのか。悪い」
「いえ」
部室に入ると、天知はいた。面接官のように微笑みを湛え、スタンバイしていた。
「すごい列だよ。あれが全員、入部希望者?」
「そうみたいだね。はたしてあの中の何人が、わたしたちがどんな活動をするのか知ってるのだろう」
「ひとりもいないんじゃない?」
「わたしたちでさえ、何をする部活なのかわからないもんね」
頷く。
所属部員ですら活動内容を知らないのだから、知る由もないだろう。
「そもそも、相談部ってどんなネーミングセンスよ」
「まるでどこかの部署みたい。部活動っぽくはないね」
「そんな部活、ほかにあるの?」
天知は何でも知っている。厳密には、何でも知れる。逢坂はその差異を特に重く捉えていないが、わざわざ天理が訂正していた。何でも知れる天知なら、相談部といった耳にしない部活がこの日本の学校のどこかに存在しているか、わかるのかもしれない。
すこしの間、天知は脳内検索するがごとく閉目した。逢坂はカバンを置き、天知のとなりの椅子に腰を降ろす。きっと、第二面接官に見えるだろう。逢坂は、威圧感のある面接官役かもしれない。
「なさそう。相談部っていうのはないね。ピアサポート部っていうのがあるらしいけど、これは部活動とはちょっと違うみたい。あとはオカルト部。オカルト研究会」
「オカルト?」
オカルトと相談はまったくの別物のように思えるが。
「占いもオカルトに入るところは入る。タロットとか風水とか、そういう占いの類いは何かに悩んでいてやることが多いから、丸っきり違うとは言えないよね」
「たしかに」
そう言われると、そうかもしれない。仕事に悩んでいて、人間関係に悩んでいて、占いに助言を求める。そう考えると、占いは悩みありき。相談とも近しい。
「実際、織田高校にもスピリチュアル部があるよ。そこでは占いもやってる。まあ、スピリチュアル部は、それを宣伝してるわけでもないから、誰かを占ってるというより部内でわいわいしてるって感じだけど。オカルト研究会も、かじる程度だけど去年はやってたみたい。今年もやるんじゃないのかな」
「わかってても、ずるいね。その全知」
「名残だけどね」
名残でこれなのだから、末恐ろしい。本物の全知だったら脳内検索の時間も要らないのかもしれない。過去のことすら知っている。逢坂自身も、過去の言動を言い当てられた。
逢坂は織田高校にスピリチュアル部があることも、オカルト研究会があることも、知らなかった。もし知ろうとしたら、入学前の高校案内でもらったパンフレットを取り出さないといけない。それがどこにあるかと言われれば、自宅のどこか。それを探し出す苦労がある。もっと楽な方法はあるかもしれない。この校内のどこかに、全部活動が記された何かがあるのかもしれない。職員室の教師に訊くのでもいい。
いずれにしろ、この部屋を出るのは決まっている。椅子に座ったまま、目蓋を閉じて数秒で知れることではない。
「それで、かいくんは? 一緒じゃなかったの?」
逢坂は天理とクラスメイトだ。逢坂が放課後、自由に動けているのだから天理も自由時間。一緒に部活に来ると思うのは自然だ。
「文化祭の看板製作に勤しんでる。手が離せないから、そっちは任せたって言われた」
「ふつう、逆じゃない?」
逢坂が看板製作をするべき、とのこと。
「彼女とは一秒でも一緒にいたいでしょ」
「私もそう言ったんだけどね。腕も、この通り。ギプスは外れたから」
左腕を持ち上げ、無事な姿を見せる。
「でも、まだ完治ではないだろって」
「かいくんの言いそうなことだ」
リハビリは続いてる。しかし、そう長くはないだろうとも言われている。リハビリというと支えを使って歯を食いしばりながら歩く姿を思い浮かべるが、逢坂の骨折は腕だしそうひどいものでもなかったので、物を持ったり曲げたりするぐらいの簡単なことしかしていない。そのリハビリも最初から順調だったので、通院はあと二、三回で終わりそうだ。
だから刷毛で色塗りすることぐらい造作もないのだが、天理には断られた。治ったらバリバリ働いてもらう、と言われたのだが、完治の頃にはもう看板もすべて完成していそうなペースだ。
「天知さんのことも頼まれたよ」
「なんて信頼がないんだ。愛が足りないね」
それはどっちだろう。逢坂は苦笑いした。
天知のことを任せられた、を、天知はストッパーのような役割で逢坂を送ってきた、とでも解釈していそうだが、天理は入部希望者が殺到することを予想して、希望者が暴走しないように守ってやってくれ、という意味で任せられたのだ。
どちらかというとこっちのほうが、骨折のリハビリ中の人に任せることではないだろう。逢坂に守り切れる自信はない。まあ、そんな危険なことは起こらないだろう。ここには衆人観衆が多い。
「はあ。まあ、仕方ない。かいくんが来ないなら、始めるしかないね」
「入部を認める条件とかはあるの?」
「ない」
「即答。全員、落とすってことでいいの?」
「うん。活動内容不明の部活動に入部するだなんて下心しかないよ。できれば逢坂さんも落としたいけどね」
「それはなぜ?」
先は読めたものの、逢坂は尋ねる。横目ですぼめた。
「そしたらわたしとかいくんのふたりきり。学校でも人目をはばからずいちゃいちゃできる」
「一番の下心がここにいた」
学校で、もっともパーソナルスペースを与えてはいけないのはこの天知しろあだ。扉があって鍵をかけられて閉鎖空間にできる場を与えてはいけないのは、この天知しろあだ。逢坂はいろんな意味で、気を付けようと思った。クラスメイトが不適切な行為をしていた、だなんてうわさにはなってほしくない。




