浮気の波動
夏祭りから離れるように歩けば、駅に到着するまで早かった。すでに屋台は辺りになく、車通りも戻ってきている。それでも太鼓の音は響いていた。広場に集結したいくつかの山車たちが、お互い鎬を削っているからだろう。間近にいれば、ライブ会場のような興奮と熱気があり、音の膜、衝撃を感じて腹に重さを感じることになる。
残飯処理を済ませた天理は、天知を背負って帰路に着いていた。逢坂もそのとなりを歩いている。
「今日、ドキドキとかしなかった?」
「ドキドキ?」
「告白かもしれないでしょ。夏祭り。定番」
「ああ、たしかに……」
たったいまその考えに思いついたという顔をされるのは、負けたような気がする。女として見られていないような気がする。まあ、見られたいのかと言われると、そんなことはないのだが。
「告白だったらもっとばっちり決めてきそう。告白って気合い入れるもんでしょ」
すくなくとも、こんなラフな格好ではしない。もっと自信を持てる自分で、精一杯かわいくして、告白するだろう。
「それに、逢坂に好かれる覚えはないし」
「それは違う」
「え」
「あ」
つい口から出てしまった。いまの『あ』も含めて。つい出てしまった。
「いやっ、そういう意味じゃなくて。人として! 人として、ふつうに、好きになる要素はある」
「あ、ああ……なるほど」
「うん……」
顔を伏せる。赤くなっていないだろうか。気まずい。
ウーロン茶を飲もうとしたが、歩きながらではペットボトルが開けられない。すると、天理が無言で手を差し出した。逢坂も無言でペットボトルを差し出し、キャップを外してもらう。
「あんまり、こういうことしないほうがいいと思うけど」
「なんで」
ペットボトルの蓋が開く。純粋な瞳でそう問われると、なんだかこっちが悪者な感じがしてくる。
天知の気持ちが痛いほどにわかるし、困っていればこの男は誰彼構わず助けてしまうのだろう。
「だから天知さん、いろんな人を牽制してるんだよ」
「それはお互い様だな」
その意味はよくわからない。
逢坂は救われた。天知にも、天理にも。天知には真相を明るみにしてもらったし、天理には親友の嘘を暴いてもらった。背負っているものを、半分背負わせてもらった。
天知は、逢坂と橘の行く末なんてどうでもいいと思っていただろう。そう思うのがふつうで、天理は危険な賭けをしてまで深い深い泥沼から引き上げてくれた。
もしも天知の語りでふたりが去って行ったら、逢坂はどうなっていただろう。具体的な想像はできないが、橘と一緒に沈んでいったに違いない。底のない沼に一緒に沈んでいき、共に終わっていただろう。
「ありがとう」
「もう何度も聞いたよ」
「何度も言うことなんだよ」
「そうか」
そうなのだ。だから黙って受け入れればいい。
「私個人としても、なにか、お礼を聞くよ?」
「そうだな、じゃあ。しろあと友達になってやってくれ」
「……」
苦笑が漏れる。案外、このふたりはお似合いではないか。どこまでも、お互いがお互いを溺愛している。
天知は神様でもなく人間でもない。人間になろうとしている元神様。成長過程で歩き始めたばかりの彼女を心配して、友達の斡旋までしている天理という男のほうが、すこし過保護かもしれない。しかもこのお礼を、ノータイムで言うのだから。
「天理くんって、前髪切らないの?」
「切れないんだ」
「宗教上?」
「家庭の方針」
後ろの天知だ。
もしも髪型を整えて学校に来たら大変な騒ぎになるだろう。天知がそれを良しとしていないのもよくわかる。
「髪切ったら凄い人気になりそう」
「逢坂も」
「私?」
「いまの感じでいれば、さらに人気になれると思う」
すこし考える。
「仔猫から、女豹になったんだって」
「……ノーコメント」
「ふふっ」
掲示板での言葉を引用したのだが、天理もあまりいい言葉ではないと察したようだ。
「ていうかさ、天理くん前、駅前で会ったよね。ほら、アイドル? って訊いてきて」
「ああ、あったな。雨の中、傘もささないアイドルがいて、一瞬撮影かとも」
「そのときから、何か勘付いてたの?」
「勘付いてたっていうか、何か抱えてそうな気配はあったから。すこし気にしてたら、アイドルをやってるって知って」
「……一歩間違えればストーカーだね」
「……ライブの円盤も買ったよ。逢坂の中学時代は、もっとキュートっぽい感じがしてたな。いまの逢坂は、ちょっとクールっていうか、その辺の差異も感じて」
仕返しのつもりか。
「やめてやめて! 本当に、私が悪かったから!」
「ははっ」
「……浮気の波動を感じる!」




