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何でも知ってるしろあちゃん  作者: 家佐水井
逢坂愛花はアイドルである
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夏祭り二日目


 後日。

 逢坂は天理に一報を入れていた。呼び出しにはふたつ返事だった。


 7月の終わり、月末。この日は賑わっていた。数日前から街は彩られている。駅前、役所前、商店街、学校前。道に沿って提灯が釣り下げられており、夜になればオレンジ色が灯っていた。人は入りばかりで出ることはない。歩行者天国になっても大行列で、いつもなら五分で辿り着けそうな場所にも、倍の十分以上は平気で掛かるだろう。浴衣でおしゃれしている人たちを傍目に、人混みを抜け出せた逢坂は、静かに佇んでいた。


「ごめん。お待たせ」


 声が掛かり、お堀の鯉から顔をあげる。


「私もいま来たところ……」


 そして顔をあげれば、硬直する。目の前の男、天理は疑問符を浮かべている。


「ああ、これ? せっかくの夏祭りだし。こういう時ぐらいしか、着ないし」


 天理はそう言いながら腕を広げてみせる。彼が着ているのは甚平だった。髪型も弄って、ばっちりおしゃれしていた。整っていた。


「わたしもいますからねー」


 人気がなく、明かりもない。天理の背後からひょっこりと顔を覗かせ、きつねのお面の下にある素顔は、天知だった。


「あ、ああ。天知さん、久しぶり……って、ほどでもないか」


 一週間も経っていないが、ここ数日はいろいろあって一日一日が濃すぎたため、天知や天理とも長く会っていない気がしてしまった。


「はいどうも。お呼ばれされてない天知さん。ついでの天知さんですよー」

「ふて腐れるなって。逢坂はしろあと連絡先交換してないんだから」

「いやそもそも、もう事は終わったんだから連絡先を消せよ」


 逢坂は天理を呼び出した。天理に連絡を入れた。そこに下心はない。天理が言ったように、天知の連絡先を知らないからそうせざるを得なかったに過ぎない。

 自分のせいで喧嘩されるのも困る。仲を取り持つため、逢坂は口を挟んだ。


「か、かわいいね。天知さんのそれ」


 すると上機嫌。


「でしょう? やっぱりかわいいわたしは何でも似合っちゃうんだよね~」


 天知もまた、ばっちり決めていた。白っぽい浴衣は天知らしく、ちょっとした花びらは慎ましさがありヘアピンは主張し過ぎない適度な映え。よくよく見れば、そのヘアピンは天理も付けている。お揃いということか。

 天知しろあは素材が一級品を超えた特上品なので、服やアクセサリーで着飾る必要はないのだろう。逢坂も、もしも天知と関係を持っていなければ、その派手過ぎない主張のすくない慎ましさも、天知らしいと評価していたかもしれない。


「……似合っちゃうんだよねー?」


 再度、天知は言った。どうやら今度は天理に向けて言ったらしい。


「じゃあ、行こうか」


 すると不機嫌。頬を膨らませて、……伸ばした足は浴衣では届かないらしい。


「私も着てくればよかったか」


 独りごちる。

 本日は夏祭り、二日目。日曜日。

 昨日の土曜日は花火が打ち上げられたこともあって、県内県外あらゆる場所から人が集った。日曜日の今日はもう花火は打ち上げられないが、それでも熱が冷めることはなく、賑わいはむしろ増しているかのように思えた。


 逢坂は天理を呼び出したのであって、天知のことは特に呼んでいなかった。だが、考えてはあった。天知の性格が普段の学校での評価とはかけ離れていることは知っていた。ふつうの女の子だし、ふつうに恋もしているし、彼氏? もいるようだし。夏祭りにその想い人らしき天理を呼び出して、天知が天理を女子とふたりきりにしないであろうことは、わかりきっていたことだった。そもそも、ふたりで出掛ける予定だったかもしれない。いまの甚平と浴衣で見た目を整えた姿を鑑みれば、逢坂の呼び出しに応じるのはついでの案件だったのだろう。


 今日の逢坂の服装は、白シャツにショートパンツというかなりラフな格好で味気がなかった。おしゃれからは程遠いだろう。しかしこれにも考えがあった。

 浴衣を着て、髪を整えて、化粧なんかしようものならあからさまに気合いを入れているではないか。気合いを入れてるように見えてしまい、天理にどう思われるか、天知にどう見られるかわかったもんじゃない。

 天理に、告白されるのか、好意を持たれているのかと勘違いされるのも嫌だったし、天知に泥棒猫のように思われるのも嫌だったため、あえて味気のない格好をしてきていたのだ。しかし、ふたりが一緒に浴衣と甚平で夏祭りデートを楽しんでいるのであれば、逢坂も浴衣を着ても自然だった。そうでなくても、もうちょっと気を遣ってもいいだろう。この格好で並び立つ方が浮いている。


「何か食べたいものとかは?」


 天理に問われる。首を横に振った。


「じゃあ、食べたいものがあったらその都度」


 頷く。

 暗い場所から明るい場所へ移動する。人混みの一部になる。これからは大声でなければ声は通らなそうだ。


 煌びやかで華やかなのは、街だけではなかった。行き交う人々もそれぞれ楽しんでいる。そこにひとつとして同じ顔はない。遠くでは、太鼓の音と掛け声がこだましてくる。

 焼きそば。たこ焼き。かき氷。ベビーカステラにチョコバナナ。イカ焼きやらきゅうりの一本漬けやら。とにかく目に入ったもの全てを買っているのではないかと思うほど、屋台に入っていく。全て天知主導。彼女があれ! あれも! と言う度に進路を変え、天理が支払い、天理の腕に負荷が掛かっていく。


「はぐれるなよ」


 天知が急ぎ足で駆ける。天理がそれを追いかけ、その背中を逢坂が追う形。しかし人混みに潰され、わかりやすい背中の天理も見えなくなってしまう。押し潰されながらも背中を掴もうと手を伸ばせば、その手は掴まれた。


「あ……」

「残念。わたしでした」


 頭にお面を乗せた、天知だった。


「ちょっとこっち行こう」


 引かれるまま、移動する。歩行者天国の車道から、屋台裏の歩道へと出る。比較的こっちの方が人はいない。二列になるぐらいの余裕はある。天知はたこ焼きを所持していた。どこかの隙で天理から奪ったのだろう。


「食べる?」


 せっかくなので、頂く。


「それで、逢坂さん」

「なに?」

「今日。かいくんを呼び出したね、夏祭りに」

「……うん」


 それが何か。と気丈に振る舞う。


「わたしが来て、残念だったね」


 どうだろう。べつに残念という意識はない。ただ、天理を誘う際に、逢坂は天知のことを明確にしなかった。それは事実だ。いまも、掴んでくれた手の先には天理がいると思っていた。それも事実だ。

 これを残念と思うかどうかは、人それぞれだろう。


「天知さんが来ないなら、そっちの方がいいかなとは思った」

「へえ」

「でも、それを私が天理くんを好きだから、とか思ってたなら、勘違いだよ」

「じゃあ、どうして?」

「きっと、天知さんだったら答えてくれないから」




 外の皮はパリパリ。中はとろっとしている。タコも大きくしっかりとした歯ごたえで存在感を示してくれる。夏祭りの屋台では、同じものを扱う店がいくつも並ぶ。たこ焼きに関しては当たりを引いたらしい。となりでは天知が、はふはふしてる。


「はぁ……だからはぐれるなって言ったのに……」


 かなり疲れ切った天理がいる。人混みに揉まれ、熱気に包まれ、人探しをしながら腕の食べ物たちにも気を遣う。体力のみならず、神経も消耗しただろう。対照的に、人のいない公園のベンチに座った逢坂と天知は、暢気にたこ焼きを食していた。

 歩行者天国には十秒とかからずに戻れるし、ここからでも屋台の裏側は見える。一歩脇に逸れただけの公園ではあるが、それでも一気に祭りからは離れたような静けさがあった。ベンチから全体が見渡せる、滑り台とブランコ、それから砂場がある程度の広さ。球技はできないだろう公園に、人は数える程度しかいない。待ち合わせとしてはちょうどいいのだろう。いまも合流した男女が、公園を出て行った。


「この場合、はぐれたのはかいくんの方じゃない?」


 和やかに天知は言った。二対一だ。逢坂も頷く。


「私たちは一緒だったわけだし」

「俺がどれだけ…………!」


 もの凄くいろいろ言いたそうにしていたが、はぁ、と飲み込んでいた。天理もベンチに座る。間に天知を置く形。


「たこ焼きは?」

「これでラスト」


 天知の口の中に、たこ焼きが消えていく。はふはふしてる。天理はすこし名残惜しそうに悲しそうにしていた。たこ焼きは六個入りで、逢坂と天知は、仲良く三個ずつ食べた。


「俺も食べたかった」

「じゃあ、わたしが買ってきてあげよう」


 名乗り出たのは天知。天理が意外そうにしている。


「明日は槍が降るかもしれない……」

「それを言うなら雪でしょ」

「ふぅん? 逢坂さんも言うようになったね?」


 つい言ってしまっただけだ。


「でもいいよ。危ないし」


 天知の目の色が変わる。


「! ……たしかにぃ? かわいい子には旅をさせろなんて言うけど、ここまでかわいかったら、さすがに旅には出したくないもんね? 連れ去られちゃうかもしれないもんね~? しょうがないなあー、撫でてもいいよ?」

「危ないのは財布だ」

「どう思う逢坂さん!」

「こっちに話を振らないでほしい」


 実際、逢坂は天知の言った通りのことを危惧していた。天知をひとりであの歩行者天国、人混みに送り出すのはなかなか勇気が要る。どこか天知は危機感も欠如しているようにも見えるので、根拠のない自信で行って帰ってこない、というのは容易に想像できた。だから、どう思うと訊かれれば、素直じゃないな、と思う反面、もうすこし天理の言葉の裏を考えればと思う。

 どちらの味方にもならないので、けっきょくは何も言わないのだが。


「ふんだ。こうなったら全部食べちゃうんだから!」


 なにがどうなったら全部食べるのかよくわからないが、天知は天理から先ほど買い占めるようにした料理たちをふんだくる。まず手をつけたのは焼きそばだった。


「かいくんかいくん」


 紅ショウガが嫌いらしい。それだけ摘まんで、かいくんに食べさせている。


「俺は残飯処理かなにかか?」

「一番風呂なんだからいいじゃん」


 文句を言いつつも天理は大人しく紅ショウガと、それからピンク色が付着した麺を食べている。


「なにか食べる?」


 天理は視線を、物欲しそうにしていると解釈したらしい。いや、と遠慮しようとして、


「遠慮しなくていいよ。かいくんのお金だから」


 と言われてしまう。おい、と天理がツッコんだが、焼きそばを啜って聞こえないふりをしていた。


「じゃあ、それちょうだい」

「それでじゃあって言われると、なんか複雑な気分だけど……」


 たしかに、天理のお金だから遠慮しないと言っているようだったか。

 逢坂もきゅうりをかじって、聞こえないとした。

 みずみずしくて、塩味が効いている。すっかり夜で太陽が沈んでいるというのに気温は高く、人混みで熱気が渦巻いているから、さっぱり感がたまらない。


「いちおう、報告はしておかないとかな、って思って」


 切り出すタイミングを見計らっていた逢坂は、きゅうりを飲み込み終わってから、言い出した。


「後藤さんからも、お礼を言っておいてほしいとも言われて」

「そういえば、きちんとお礼も言われてないね。え。じゃあ今回タダ働き!?」


 逢坂と天理たちに交友関係はなかったし、クラスメイトだからという理由だけでは働かせすぎた。現金なものだ、と思う反面、まあ妥当だろうと思う。

 当初、東城社長の思惑はどうあれ、依頼という形だったのだから、金銭の発生はあっただろう。後藤も、そこはうやむやにするつもりはないらしい。


「あとで依頼料も払うって言ってた」

「ちゃんとしてて助かったよ」


 懐の温かさか、焼きそばがそこまで美味なのか、天知は大層ご満悦のご様子。


「必要なら、私たちからもお礼はするつもり」

「たちっていうのは、橘さんのことかな?」

「うん」


 後藤が支払うから、依頼したのは私たちじゃないから、と何もしないでいられるほど、逢坂も橘も図々しくない。金銭を要求されたらバイトしてでも払うつもりだし、両親にもすこしは借りる。それが逢坂と橘で至った合意。どちらかが死んでいたかもしれない、殺していたかもしれない、そうでなくても決別はしていたのだ。

 親友に戻れた……いや、親友のままだったと再確認できたのはふたりのおかげなので、それぐらいはするべきだし、したい。


「まあ、桁違いなお金じゃなければ、の話だけど……」


 探偵業と関わりがあるわけではないので、相場というものがわからない。それに天知は厳密には探偵じゃないらしいし、政治家警察も頼るらしいので、探偵という枠組みで計るべきでもないのだろう。

 弱々しくなっていく逢坂に、天知はにやりとした。


「わたしへの依頼料って、すごく高いんだよ」


 ごくりと生唾を飲み込む。


「依頼解決100%だからね。情報も決して漏らさないし、即日解決だし、依頼人の望み通りにするし」

「分割払いってできる?」

「何年かかるかな~?」


 それほどのものなのか。と、頭の中で0が七つを超えそうになったそのとき、天知の頭にチョップが入った。


「いたい!」

「べつに、逢坂たちから金を毟り取るつもりはない」

「なんでさかいくん! わたしたちの結婚生活の資金調達だよ!?」

「逢坂からの依頼料は後藤さんが立て替えるって話だったろ。あの人からもらってそれで満足しろ」

「ぶう」


 そんな話だったか。しかし後藤にばかり負担を強いるのもなんだか気が進まない。


「たぶん、後藤さんにとってはそれが贖罪にもなるはずだし、俺たちも、逢坂がありがとうって笑ってくれるのが一番嬉しいよ」


 天理は逢坂の胸中を言い当てた。

 後藤にとって、依頼料をしろあに支払うことですっきりするのだろうか。となれば、支払わせてあげるのが逢坂にできることで、大人しく支払ってもらうべきなのか。


「じゃあ、そうする。ふたりとも、ありがとう」

「どういたしまして」

「……どういたしまして」


 天知はまだ、不服そうだが。


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